海賊と宣告と
「シーリウス♪」
「なんだ、マリアか」
「なんだとはなんだ!」
シリウスの頭の上でしかめっ面をするマリアはエリザベスの妹で、とても嫉妬深く、欲があると言われていた。しかし、シリウスにはなぜそう言われていたのかは分からなかった。
「アルシレナ様が呼んでたわよ」
「そうか。」
お気に入りの海が見える丘にある木に、背を預けて寝ていたシリウスはスッと立ち上がり、名残惜しくも背を向けて歩き出した。
そんなシリウスの背を見てうまくいったとばかりに歪んだ笑みを浮かべたマリアにシリウスが気づくことはありもせず、シリウスはアルシレナの館に向かった。
「来たよ、アルシレナ。」
「あ、あぁ。シリウス」
若干言葉が詰まったアルシレナに疑念を抱きながらもシリウスは話を待った。
「久しいな。大きくなった。」
「そんなことより話を聞きに来た。」
アルシレナの異変に気が付いた。
(眼の光が消えた···?)
しかし、そう思ったのも束の間で直ぐにいつも通りのアルシレナに戻った。シリウスはこのままではらちがあかないと踏み、一気に核心を突いた。
「私に何隠してるの?」
「何故、そう思う。」
「勘」
大きなため息をついたアルシレナはそのまま続けた。
「お前は鋭い勘を持っている。だが、それだけじゃない。その他にも多数の才能をあわせ持つ。
だから、気が付かなくていいことにまで気付いてしまう」
シリウスとアルシレナの間に冷たい空気が流れる。
<人を簡単に信じてはいけない。でも、人の過ちを赦せるようになりなさい。>
(母さん···)
走馬灯のように聞こえてくる声は、今は亡き母、サザンの声だった。
「シリウス」
シリウスに呼び掛けたその声は恐ろしい程冷たい声だった。
「お前を国外追放、ならびに、国内繁栄の為贄となって貰う。」
「何故、私が!!」
<何故、わらわが贄などに!!>
身の毛がよだつような言葉に思わず噛み付くとそれに被せるようにして知らない記憶が頭のなかに浮かび、それとともに、少女の声も聞こえてきた。
(何···今の···?一体誰···?)
騒然とするシリウスを余所に、アルシレナは告げる。「服を着替え、荷をまとめて再び来い」と。
「ここで着替えろ。何かあったら呼んでくれ。」
ジェットは手短に伝えて部屋の外へ出た。
(さっきのは何だったの?)
自問自答していても仕方ないと早々に諦めたシリウスは支度をするべく服を着替え出した。
シリウスは着ていた丈の長い上の服を脱ぎ、室内にあったシャツの中から大きめのシャツを選び、しっかりとボタンを閉めて着た。裾はもともと履いていたズボンの中に入れた。
次に、これまた丈の長い袖無しの、裾が左斜めにカットされた、というよりはシリウスが自分でカットしたベストを着、腰のところでベルトで縛り、上をゆったりとしてベストの胸元を広くした。サザンの形見をベルトで複雑に縛り付け、髪を一つにくくり、父のものであるという首飾りを付け、靴を履いた。
シリウスは深呼吸を二回繰り返し、部屋の外へ出た。
「お待たせ」
ギィッと扉を開けて出たシリウスはジェットと会話をせず、再びアルシレナの面前へと出た。
「似つかわしくないな。」
「そう言われると思ったよ。でも、アンタが黒いものに手を染めるとはな。大方、マリアにでも吹き込まれたんだろ。」
氷の刄の如く冷めた眼に、敵意が剥き出しとなった立ち振舞い。とどめと言わんばかりの全てを魅了する妖艶な、悪魔的な笑み。天と地程に変わってしまったシリウスにその部屋にいたもの、全員が震えた。
「あれが···あのシリウスなのか···?」
思わずジェットもそう呟いた。
(前々から海賊的才能は認めていたが···まさかここまで急に牙を剥き、姿を現すとは···)
想定外。誰もがそう思った中、アルシレナは平常を保った。だが、その裏では乱れに乱れていた。
一方、当のシリウスはそんな皆の反応が面白いと言わんばかりに満足気な笑みを浮かべた。
(計画通り。)
そう思った矢先、とんでもない言葉がシリウスを襲う。
「シリウス・ゼロ·シルバーナ。貴様はこの国の民ではなくなった。贄として送り出す為に、まずは感情を棄てて貰う。」
「感情を···?」
初めてシリウスの計算が狂った。心を棄てるなど想定外だ。
「感情等、無意味な物。
ジェット、この者を船の牢に入れておけ。目隠しをして連れて行き、牢に入ってから外せ。」
「しかし···」
「船出は三日後だ。···連れて行け。」
アルシレナの声が震えていたことに気付いたのはシリウスだけだった。
シリウスは至極冷静だった。
ジェットは対象的に申し訳なさそうだった。
「すまない。痛くはないか?」
「···あぁ」
そう言いつつも、縛られていた手首を擦っていた。目隠しが外されると、すぐに辺りの様子を伺った。
(やはり何もない···か···。湿っぽくて気持ち悪い。)
「···赦してくれ」
「!?」
あのジェットが頭を下げている。それだけでシリウスは動揺した。
「お前を助けてやれず···何もできない俺を赦してくれ。」
牢の外で項垂れるジェットを見て、シリウスは手を伸ばし、ジェットの首筋に触れた。
「ジェットが謝る必要なんて何もない。自分を責めるな。私は平気だ。」
「シリウス···」
柔らかな微笑みも束の間。だが、と険しい眼をして続けた。
「私がこの事を容易に赦すと思うなよ。ツケは必ず回ってくる。
それに、忠実なのは良いが、お前のことはお前が決めろよ。」
イシシと笑うシリウスに罪悪感が込み上げてくる。何故この少女はこんなにも冷静なのか。何故、自分を責めないのかと。そして一つの結論にたどり着いたジェットはしっかりとシリウスの眼を見た。
「待っててくれ、シリウス。必ず迎えに行く。」
「長そうだな」
夜に紛れ、静かに忍び寄る一隻の船。しかし、船の上ではてんやわんやで水夫達が走り回っていた。
「キャプテン、準備が整いやした。」
「では、派手にやるとしよう。」
キャビンから出た男は水夫達に指示を飛ばした。
「撃ち方構え!弾薬をセットし合図を待て!
上陸班は金目のモノを奪って来い!邪魔する奴等は蹴散らせ!」
男達の指揮が高まる中、一等航海士が口をはさんだ。
「アイツらはどうする。投入するか」
「いや、今回は戦闘では無いから要らんだろう。」
大人しく引き下がった一等航海士を横目に、キャプテンと呼ばれた男・ラメラは甲板長に指示を出した。
「一発目は俺が合図を出す。その後は頼んだぞ」
「アイ、キャプテン」
満足そうな笑みを浮かべ、水夫達に向き直った。
「諸君、攻撃開始」
一斉に港に砲弾の雨が降り注いだ。しかし、ここはほぼ普通の人間が住む場所。唄守達は島の反対側だったが、シリウスは違い、港にいた。
砲弾の音が鳴り響き、唄守達は港に駆けつけた。そこには乗り込んできた海賊達がいた。