一 唄守とお嬢様
一 唄守とお嬢様
「シルヴァ、強くなったね」
シリウスにそう声をかけたのはシリウスの唯一の友にして伝説の国・唄守の国のお嬢様·エリザベスだ。
「うん。早くっ···ハっ···父さんに、近づき···フッ···たいからね。」
剣の稽古をしながらエリザベスの言葉に返事をしたのは、唄守の国、冬の星族王・シリウスだ。シリウスは、唄守の種族の中の選ばれし6人の星族王の座に君臨する最年少者だ。
「すごいね。シルヴァは。」
「せっかく母さんがくれた唄と星族王の座だもん。絶対守り抜く。兄さんとね」
「アルタイルさんもそう言ってた。」
もともと、シリウスとシリウスの兄・アルタイルの君臨する夏と冬の星族王の座は二人の母・サザン・ポラリス・シルバーナの座るところだった。しかし、サザンが殺される寸前に二人に唄と夏と冬、それぞれの星族王の座を譲って死んだため空席にならずにすんだ。
「ベス、貴女はこの国をどう思う?」
ポツリと呟いたその問いにエリザベスは何故と言うことなく返した。
「とてもいい国だと思うわ。絶対的な支配を受けず、自由な国。貧富の差もなく幸せな場所だと思う。
シルヴァは?」
「私もここは自由な国と思う。私たちは自由な種族。この国には、絶対的な支配権を持つ者がいないから出来ることなんだろうね。」
エリザベスはこの国を愛していた。シリウスたち唄守の種族の暮らす国の内の一国として存在する伝説の国を。だが、彼女には、劣等感を覚えることが一つあった。それは、唄のことだ。自分もここの国の民なのに。と自分にひけを感じていた。それをわかっているからこそ、シリウスはエリザベスの前では決して歌わなかった。
「シルヴァ」
「何?」
いきなり呼ばれた自分の名前に内心驚きつつ、それを悟らせないように返した。
「私に···唄を教えて。」
「どうしたの?」
「ずっと考えてた。シルヴァが嫌がるってわかってたけど、私は大事なものを守る為に唄を知りたいの!」
必死に懇願する瞳に射抜かれ、シリウスは溜め息をつき眼の色を変えた。
「エリザベス。唄を修得したいというなら、私が婆様に頼み、私と婆様の指導のもと稽古をします。厳しい稽古になるでしょう。それでも貴女は唄を修得したいですか?」
普段とは全く違うシリウスに気圧されながら、エリザベスは決断した。
「えぇ。どんなものが待っていようとも私は唄を修得したいわ。」
「良いのですね。もう後には引けませんよ」
「承知のうえです。星族王様」
「では後程、私から婆様に伝えておくわ。」
シリウスは相手があのエリザベスであろうとなかろうと、自分の星族王についてのことや唄のことをとやかく言うやつには容赦なく冬の星族王の冷徹さと威厳を示す。
そして、今回のエリザベスの件についてもシリウスは暖かな炎でくるむのではなく冷たい炎でくるむのだった。
「シルヴァ!」
「何?」
エリザベスがもう一度声をかけるとそこにはいつものシリウスがいた。
「私は、」
「ベス。」
「私は」
「ベス。無理に言わなくてもいいよ。私はわかってるから。」
「シルヴァ、私は貴女をあの時のことでとがめる気はないわ。」
シリウスは返事をせず、ただ淋しそうに静かに笑ってエリザベスの前から去った。
<ベス。貴女がとがめる気はなくとも、私はとがめるのよ。>
エリザベスとシリウスの間にある溝はとんでもなく広かった。