妖精の村
拘束されるというのはどれだけ辛いことなのか分かった3日間だった。日本で普通に生活をしていたらこんなことを経験することもなかった。いや経験したかったわけじゃないんだが。
「ありがとう。本当に助かった」
「感謝するのです。土下座して頭を地面に擦り付けるくらい感謝するのです」
こいつは本当良い度胸しているな。この口の悪さだけは何とかならないものなんだろうか。
「まぁ別に感謝なんてしなくても良いわ。それよりも貴方は本当にここの世界の人間じゃないのかしら?」
「おいおい。あれだけ色々な話をしただろう?いい加減に俺の言っていることを信じてくれ」
3日間拘束されて飲み物も食べ物もろくに食べず排泄物を出すことが出来なかったからなのか立とうと思ってもまともに立つことが出来ない。まさに体が言うことを聞かないという状態だ。
「本当ダメダメね。シルビア何か食べ物をあげて頂戴」
「はいなのです!食いやがれ…なのです!」
そしてシルビアと呼ばれる妖精は一体どこから食べ物を出したのかわからないが果物らしきものを俺に差し出してくれる。口は悪いが優しい妖精さん達なんだろう。俺のことも助けてくれたわけだからな。
「本当君たちには感謝ばかりしているな。ありがとう。頂くよ」
「私はネアよ。そしてこの子はシルビア。きちんと名前で呼んでくれるかしら」
「分かった。これからは名前で呼ばせて貰うよ」
姉の方はネアというらしい。そういえば妹らしき子はずっとお姉様とばかり呼んでいたのでこの子の名前は知らなかった。
「それでお腹は少しくらいは膨れたかしら?」
「ああ。大丈夫だ」
「聞きたいのはひとつ。貴方は本当に神様に会ったのね?」
「間違いないと思う。光ってるじいさんだったが自分で神様だと名乗っていたからな」
「そう…それじゃ貴方は本当に救世主なのかもしれないわ」
何を言っているのだろうか。この子までおかしくなってしまったかもしれない。散々罵っていたにも関わらず俺のことを救世主かもしれないと言っている。俺はそんなのになりたくない。できれば平穏な生活を送りたい。縄で拘束なんてされずにのびのびと暮らしてある程度安定した生活があればそれで良い。人生はそれだけで十分だ。あとは可愛い子が隣にいれば最高だっ!
「俺は救世主なんかになりたくない。平穏に暮らしたいだけだ」
自分の気持ちはきちんと伝えておかないといけない。面倒なことになるのだけは避けなければ。
「そうなの?でも、きっと世界が貴方を放っておかなくなるわ」
なんて世界だ。そんな世界はこちらからお断りだ。いや死ぬわけじゃない。ただただ世界を救うとかそんな大それたことを俺はしたくないというだけだ。
「今この世界のマナは急激に減少しているの」
「マナ?なんだそれ?」
「マナというのはこの世界のエネルギーみたいなもの。それが今急激に減少しているのよ」
「うん。それでそれが俺とどう関係しているんだ?」
「さぁ。それはわからない。私達妖精も昔はもっと人間との交流があったのよ。マナが減少してきてから人間との関係も悪くなってしまったの」
うん。さっぱり分からない。よくよく考えたらこの世界の常識もこの世界についての知識も俺はほとんど持っていない。だからこんな所で拘束されたりとかしたわけだ。妖精さん達の言うマナが減少して人間との関係が悪くなったというのもどういう経緯なのかどういう事情なのかもさっぱり分からない。
「マナが減少したことがそんなに悪いことなのか?俺にはそれがまるっきりわからないわけだが」
「そうね。貴方はこの世界の人間じゃないならわからないもの当然ね」
「お姉さま。そろそろ時間なのです!」
「あら。もうそんな時間?帰らなければいけないわ。貴方も私達に恩があるならついてきてくれるかしら?」
「いや、どこに行くのか教えてくれ。そうじゃないとわからない」
「人間がもう200年も入ったことがない【妖精の村】よ」
そして俺は妖精の村に行くことになった。何か変なことに巻き込まれてしまうんじゃないかという不安が大きい。レベル2である俺に一体何ができるというのだろう。もしも魔物と遭遇したらゴブリン1体でいっぱいいっぱいだ。それ以上の魔物が出てきてしまったら俺は間違いなく即アウトだぞ。嫌なフラグが立った気配がプンプンする。こいつぁ臭うぜ。
「恩があるのはもちろんだが…何か嫌な予感がするんだが」
「気にしなくて良いわ。私達に恩があるんだもの。貴方に拒否権はないわよ」
「はぁ…こんなことなら宿を1週間も借りるんじゃなかったよ。もったいないことをした」
そして妖精さんたちについて行く。よく考えたら俺もこの世界に少し慣れてきたかもしれない。目の前で妖精が飛んでいるというのにもう驚くこともない。人間は常に環境に適応する能力があるとかないとか聞いたことがあるがこの環境になれてきてるんだろうな。妖精と仲良くすることができるなんて昔の俺に言ったらきっと頭が可笑しいとしか思えないだろう。
「その妖精の村というのは結構妖精が居るのか?」
「そうね…それなりに居るわ。まずは貴方には長老と会って貰わないといけないわね」
「長老ってなんか大げさだな。ただの客として村に行くだけじゃダメなのか?」
「当たり前よ。人間が来るなんて知ったらみんな大騒ぎになるわ。長老の許可なしじゃきっと貴方は他の妖精に何かされると思ったほうが良いわね。妖精の多くは人間のことを嫌っているもの」
「お前が言うなよ。お前も人間のことを嫌っているんだろう?それなら俺を村に入れても大丈夫なのか?」
「貴方は特別よ。だって妖精が見える人間だもの。それに神様に選ばれた。長老にもきちんと話を聞いたほうが良いわ。これは貴方の為にも言っておくわ」
長老という人の話を聞いて何を得られるのかは分からないが…まぁ聞いておいて損はなさそうだ。ここに来てまだ本当に数日と言うレベル。これからここで生きていくためには情報は少しでも多いほうが良い。
「分かった。その長老という人に色々と聞きたいことがあるんだ」
「貴方が聞きたいこと?まぁ良いわ。あまり粗相がないようにね。妖精の中で一番えらい人なのよ」
森の奥へ奥へと進んでいく。月明かりの森の中というのはとても神秘的だが怖い。魔物でも出るんじゃないかと心配になって聞いてみたが妖精の森には魔物は居座らないらしい。入ってきても危機感を感じて逃げていくのだとか。何年化に一度強い魔物が入ってきて大変なことになるらしいがそれ以外は基本的に魔物が居ないとのこと。
「妖精の森はまだかー?ずっと縛られていたせいか体力がないんだ。もしもまだなら休憩させてくれ」
「もうすぐよ。休憩していたら村に帰ることができなくなってしまうわ」
「このクズ野郎。急ぐのです。お前に休憩をやる暇はないのです」
妹の方は本当に口が悪いな。姉ちゃんのほうが口が悪いと思っていたがこれは間違いなく妹のほうが口が悪い。一体どういう教育をしているんだ。親の顔が見たいものだ。
「どうして村に入れないんだ?別にいつでも帰ることができるんじゃないのか?」
「無理よ。村には月の明かりが強い時じゃないと出入りすることが出来ないの。村は月によって守られているのよ」
月にそんな力があったのか。日本じゃ月にそんな力はないぞ。いや…狼男の話とかもあるくらいだからあったのかもしれないが俺は月にエネルギーを与えてもらったような経験はない。満月の夜には犯罪は多くなるとも聞くし本当に何かあるのかもしれないな。
「分かった。それじゃとりあえず急ごう」
「ええ。急いで頂戴」
「急ぐのです。このやろー」
そこからは少し小走り気味についていく。俺が縛られていた場所から歩いて1時間半くらいか?腕時計をしていないせいか時間の感覚というものがわからない。
「着いたのです!ここなのです!」
「間に合ったみたいね。良かったわ」
ホッとしている二人をよそに俺は目が点になる。目の前にあるのは大きな木。そうただの木が目の前にあるだけだった。おいおい…これが村とか言わないでくれよ。俺はどうやっても入ることが出来ないだろう。木の中に村があるとか言われてもあまりにも小さい。一体これのどこが村なんだ。意味がわからない。本当この世界に来てからわけわかめなことが多すぎる。
「失礼ね。この木が村なわけないでしょ」
こいつ心を読みやがった。そういえば妖精は心が読めるんだったな。プライバシーの侵害だ。簡単に心を読まれたら変なことを考えることも出来ないじゃないか。
「いやらしいわね。これだから人間は欲望にまみれて薄汚いのよ」
「はぁ。とりあえずどこが村なんだ?それをまず教えてくれよ。話はそれからだろう」
「まぁ誤魔化されておいてあげるわ。シルビアよろしく」
「わかったのです!任せるのです」
「■■■■■■■■■■■■」
また魔法か?どうしてこの時だけはまともに声を聞くことができなくなるのだろうか。モザイク的なものがかかっているような感じだ。ボイスチェンジャー?うーん…何かもっと他にあるような気もするがとりあえず聴き取ることが出来ない。不思議だ。ファンタジーだな。
「魔法で何かするのか?」
「見てなさい。驚くわよ」
つかの間。目の前の木がどんどん形を変えていく。正直…気持ち悪い。木が生きているように形を変える。静かな森の中で木が変形していく音だけが響き渡る。不気味な光景に唖然をする。
「本当失礼ね。こんな光景が拝める人間なんて他に居ないのよ」
「ぶっころすぞこのやろーです!」
うん。シルビアは口が悪いな。もしももっと仲良くなった暁にはこの口の悪さはきちんと指摘してあげないといけない。このままじゃお嫁に行くことは出来ないな。
木の変形が止まる。先程は大きな木だと思っていたが目の前が門のようになっている。ここを通って行けば妖精の村とやらに行くことができるのだろうか。日本に居た時代に見たファンタジーの映画やアニメのような光景に俺は少しワクワクした。気持ちわるかったがここでときめかないやつは男じゃない!
「ここを通れば妖精の村なんだよな?」
「ええ。そうよ。早く行きわよ。シルビアも行くよ」
「はいなのです!」
そして木の門をくぐっていく。いきなり元の木にならないかちょっとびくついていたもののそのようなことはなく無事に木の門をくぐる。目の前に広がった光景はまさしくファンタジーだ。この二人以外の妖精と会ったことがなかったから妖精という存在はそんなに沢山いないのだと思っていたが予想以上の光景が広がっていた。小さなお家が沢山あり。妖精達が飛んでいる。
サノワの町を最初に見た時も亜人などに感動はしたが。この光景は美しいと思った。森の中にこんな場所があるなんてすごく素敵なことだ。妖精という存在はすごく美しいんだろう。自分の語彙のなさに悲しくなるものの目の前の光景に対して純粋に感動する。あそこで縛られたまま死ななくてよかった。
「凄いでしょ?ここは綺麗なところなのよ。この場所に来れることを私達に感謝しなさい」
「感謝するのです。ここは私達の村なのです!」
「ああ。ありがとう。すげー感動したよ」
「まぁ良いわ。とりあえず…ようこそ【妖精の村】へ」