悪魔の三日間
■1日目■
気づいたら朝だった。トイレにも行くことが出来ないというのがどれだけ辛いものなのか分かった。今まで普通に排泄物を出すことができるだけで幸せだったのかもしれない。今物凄くおしっこに行くのを我慢している。こんなにトイレを我慢するのは電車の中で腹痛を感じて以来だ。あの時は本当に人間をやめるかどうするのかの瀬戸際を感じていたが今はそれと同等の辛さがある。
「はぁ。どうしてこんな目に合わないといけないんだ」
生きているのがこんなにも辛いことなんて思わなかった。ここで汚物を垂れ流すくらいならば生きるのを辞めたい。でも自分では死ぬことも出来ないという状況。はぁ。どうしてこんなことになってしまったんだろうか。そんなことばかり考えてしまう。
「お腹も空いた。トイレに行きたい」
頭の中では死ぬ以前にそんなことばかりが浮かんでくる。
「くそっ!どうしてこんな目に…」
そしてしばらく経って俺はおしっこを我慢することが出来ずに放尿してしまった…。それと同時に俺はもう早く死にたいと思ったのだった。
そうだ。
ステータスを確認しよう。きっと今の俺の状態がわかるはずだ。こちらの世界に来てステータスを確認することを教えてもらったものの全く俺の中では定着していなかった。ステータスなんて確認することをしたことがなかったためかそんなことを今のいままで忘れていた。
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ケイ LV2 平民
HP60/120
MP20/20
スキル
剣術LV1 体術LV1 料理LV2
ポイント 1550
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HPが減っている。多分ここに来る前にはHPが最大まであったとすると…1日で半分減ったことになる。もしも明日も同じ勢いで減っていくとするならば俺は明日には死ぬということになる。まぁ…この状況が続くのであれば死んでも構わないという気分だ。
頭のなかは空っぽで死にたい気分が高まってくる。どうして富士山の近くの樹海が自殺の名所なのか何となく分かった。こんなに静かな場所だと人間は死にたくなってくるのかもしれない。死に近い人というのはそれに惹かれてしまうのだろう。本当どうして俺まだ生きてるんだろう。
「姉さま。あいつ臭いのです。おしっこ垂れ流してやがるのです」
「そうねぇ。困ったものだわ。人間という生き物は本当にああいう部分でも醜いわね」
またあの妖精がこちらを伺っているみたいだ。話し声聞こえてるんだよ。悪口を言うならせめて俺の近くにいない時にしてくれ。俺は今本当に死にたくてたまらないんだよ。
「姉さま臭い人間は必要ないのです!消してしまうのです」
「あらあら。シルビアは過激ね。でも、ダメよ」
いっそのこと殺してくれよ。そんなに人間が嫌いなら俺のことを殺してくれても良いじゃないか。そのほうが俺としても助かるんだよ。こんな状況のままなんて言うのが俺には本当に耐えることが出来ないんだよ。だから、もうずばっとやってくれる方が本当に助かるんだ。
「なぁ。妖精さん」
「あいつ。こっちに気づいてるのです」
「見つかってしまったわね。困ったわ」
何が困るんだ。昨日はあんなに人間なんて大嫌いと言っておきながら。俺のHPはもうゼロだぞ!いや、まぁ半分くらいは多分まだHPは残っているんだろうがこのままでは明日にはきっと死ぬんだ。
「暇だからちょっと話相手になってくれよ。もう助けてなんて言わないからさ。死ぬ間際にここまで孤独だったら寂しくて俺はここに地縛霊として居残ってやるぞ」
「怖いのです!あんなのがずっといたら本当に怖いのです」
髪の長い妹らしき妖精が俺に怯えている。別に俺は怯えさせるつもりとかはなかったのだがなんだか勘違いしているみたいだ。
「いや違う。ただただ寂しいから話相手になって欲しいんだよ。こっちの世界に来てから俺はずっと一人寂しいんだ」
「こっちの世界?どういうことなのです?」
妹のほうが俺に興味を持ったのかどうかわからないが聞いてきた。
「俺は一度死んだんだよ。それでこっちの世界に何故か来たんだ。神様?みたいなのと会ってこっちの世界にくることになったんだけどほとんど一文なし。お金も無ければ力もなくてこんな所に悪いやつに縛られたんだ」
「神様?それはどうことなのかしら?教えてもらえる?」
俺のこちらの世界に来た事情などを話ししたら姉が食いついてきた。これはもしかしたら助かるかもしれないフラグが立ったか?立ったのか?
「俺は前の世界で一度死んだんだよ。それで何か手違いがあったらしくそれで死んだってことで俺はこの世界で救世主になることができるかもとか言われてこの世界に迷い込んだわけ」
「救世主?神様が言ったのに貴方はここで死にそうになっているということ?」
「こいつ馬鹿なのです。絶対に頭がいかれてる馬鹿なのです」
おいおい。髪の長いほうちょっと口悪すぎるだろ。もう少しオブラートに包んで言ってくれよ。俺自身ちょっとおかしいことを言っているのは理解しているんだ。もしも俺がこんな話を人から聞いたらきっとどこかで電波を拾っているんだろう。あまり関わらないでおこうと思うだろうからな。
「確かに変なことかもしれないがこれは事実なんだ。信じる信じないは君たちに任せるよ」
「そうなのですか。それじゃ前の世界の話を聞かせて教えて欲しいのです。教えてくれたら少し信じてあげても良いのです」
口は悪いが好奇心は旺盛。なんだか可愛いな。よく考えたらこいつら人の心の声を聞くことができると言っていたけれども今の俺の声は聞こえていないんだろうか?不思議な生き物だ。
「聞こえているわよ。でもね?それは聞こうと思った時だけしか有効じゃないの」
なんて便利なんだ。常に相手の心の声が聞こえていたら大変なことになるだろうからな。昔何かのラノベでそんな話を読んだような気がする…どんなのタイトルかも忘れたらその話だけは妙に心の中に残っていた。
「すごい便利な能力だな。その能力があれば俺も騙されたりすることなんてなかっただろうに」
「下等な人間にはこの能力を得るなんて不可能だわ」
本当妖精さんは人間を嫌っているみたいだ。どうしてそこまで人間を嫌うのだろうか。昔に何かあったのか…俺はこの世界に来てまた数日。知る由もないな。
「それよりも貴方とっても臭いわ。私達の森を怪我されるのも嫌だから浄化の魔法だけはかけてあげる」
「■■■■■■■■■■■■」
なんて言っていたのかまるで聴き取ることが出来なかった。俺の体が何かに包まれてすっきりした感じがした。これが魔法の力。もっと派手な魔法じゃないと感動することは出来ないがそれでも凄い。この魔法があれば風呂入らずだ。
「すげーな。今何したんだ?体がスッキリしたんだが」
「浄化の魔法で貴方を綺麗にしてあげたの。感謝しなさい」
「もうそんなことはどうでも良いのです!早く前の世界の話をするのです」
もう一人の妖精さんはせっかちさんのようだ。俺はそれから小一時間ほど前の世界の話をした。この世界にはない電車やテレビにアニメ・ゲーム。とりあえず思いついたことを色々と話ししてあげた。髪の長い妖精さんはそれが大層気に入ったのかしっかりと耳を傾けてくれていた。多分髪の短い妖精のほうも俺の話を聞いてくれていたように思う。
「シルビア。もう時間よ。今日は帰らなければいけないわ」
「えーなのです。私はまだ色々と話しを聞きたいのです」
「ダメよ」
「う~…わかったのです」
「面白い話が聞けて楽しかったわ。貴方はもしかしたら本当にこの世界じゃない違う場所から来のたかもしれないわね」
「また聞かせて欲しいのです!」
「いつでも来てくれ。俺はここに捕らえられているからな。来てくれたら俺はすげー嬉しい」
そして妖精さん達は森の闇へと消えていった。これでも大きな進歩だろう。このまま仲良くなったらもしかしたら助けてもらえるかもしれない。また聞かせて欲しいと言ったからには明日もここに来るような気がする。それで仲良くなってさりげなくこの縄を解いてもらえるようにお願いしよう。腹は減っていたが疲れがきたのか俺はそのまま眠ってしまった。
■2日目■
人間は食べ物を食べなくても1ヶ月は生きていくことができるらしい。でも、水を飲まない限りそれは不可能。そんな話を聞いたことがある。今の俺はまさにその状態だった。お腹も空いてはいるがそれ以上に水が欲しい。水を飲みたい。昨日話をしすぎたせいか喉が乾いて仕方なかった。
昨日のHPの減り具合を考えると今日には俺はHPがゼロになって死ぬはずだ。簡単に死ぬことができれば楽なのだろうが身動きが出来ない状況じゃそうも行かない。
ステータスを確認してみる。
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ケイ LV2 平民
HP42/120
MP20/20
スキル
剣術LV1 体術LV1 料理LV2
ポイント 1550
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HPがまた少し減っている。昨日に比べるとHPの減少具合は少ない。それでも着実に減ってはきている。まるでカウントダウンされているみたいで気分が良いものじゃないな。
水が飲みたい。
水が飲みたい。
水…
頭の中では水のことばかり考えていた。眠れたら楽なのに体は正直だ。水分を貰えるまで眠るのを許さないと言っているような感じ。雨でも降れば少しは変わるのだろうが天気は晴れ。雨が降る要素などは微塵も感じられない。
そして今日もまた夜になる。1分1秒が物凄く長く感じた。やっと夜なんだ。1日以上が経過したように感じられた。
「今日も来てやったのです!感謝するのです!」
暗闇の中から妖精さんの声がした。昨日に比べると視界がぼやけているように感じる。きっと食べ物も飲み物も口にしていないからだ。サバイバル以上にサバイバルな状況だもんな。本当嫌になる。
「ありがとう。今日も来てくれたんだな」
「どうしたのです?今日は昨日よりも元気がないのです」
「飲み物も食べ物も口にしてないからな。話しづらいんだ」
「人間は不便ね。私達は水も食べ物も摂取しなくても長いこと生きていけるわ。本当下等な生き物ね」
後ろから髪の短い妖精さんも出てきた。二人は昨日も一昨日も俺とある程度距離をとっているので顔までは判別できない。髪の長さと話の特徴で見分けている。
「もしも俺のお願いを聞いてくれるのであれば…「嫌よ」」
俺のお願いは残念ながら遮られてしまった。どうして俺の前に現れてくれるのに助けてくれないんだ。ここにずっと居て俺はちょっと精神的に情緒不安定になってきているんだぞ!
「どうしてもか?」
「ええ。もちろんよ」
「そんなことはもうどうでも良いのです!今日も昨日の話の続きをしやがれなのです」
髪の長い妹の方は俺の話を本当に気に入ってくれているようだ。嬉しい。話をしてあげたいとは思うのだが喉が乾いて仕方ない。まともに話をすることができるだろうか。むしろここで体力を使ったら長く生きることが…いやむしろそのほうが好都合かもしれない。早く死んだほうが楽になれる。
「はぁ…仕方ないわ。水が飲めれば良いのよね?」
「えっ!水飲ませてくれるのか?」
「今回だけよ」
髪の短い妖精さんは冷たいようで優しいかもしれない。昨日も浄化の魔法をしてくれたからな。今日も水をくれるなんて…それならむしろ助けてくれれば良いのにどうして助けてくれないんだろうか…。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
昨日と同じで妖精さんはなにか訳の分からない言葉を発した。普段の声は聞き取ることができるのにどうしてこの魔法を使おうとする時の声は聞き取ることが出来ないのか不思議で仕方ない。そんなこともつかの間。頭上から水が落ちてきた。
「えっ。ちょっと待て」
待てと言っても水は待ってくれるわけもなく降り注いでくる。バケツをひっくり返したかのように落ちてくるため飲むのも一苦労だ。それでも俺は必死に少しでも口に水を含むために口を開ける。生き返る。水を飲むことがこんなにも幸せだとは思わなかった。こんな風に幸せを感じることができるなんて前の世界じゃ有り得なかっただろな。蛇口をひねれば水が出るのが当たり前だったのだから。
「助かった。本当に助かった。ありがとう!本当にありがとう!」
「べ、別に貴方が見苦しかったからよ。それにシルビアに違う世界の話をしてあげられないってなったら悲しむからよ」
なんだただのツンデレか。二人とも個性がある。妖精という生き物について何も知らないがこんなものなんだろうか。
「もう終わったのですか?早く昨日の話の続きをするのです!時間がもったいのです!このやろー」
口の悪さは相変わらずだ。それでも今はそれが嬉しい。誰かと話をできるのはこんなにも孤独を感じず安心することができるのだろうか。縄で繋がれたときには死を覚悟したが今はやっぱり生きたいと思う。喉も潤って精神的にちょっと安定したせいもあるだろうけどこの妖精達には恩はしっかりと返してあげたい。助けてはくれないと言っているが俺は十分すぎるほど彼女達に助けられている。
それからまた小一時間ほど妖精たちに前の世界の話を聞かせた。普通の話じゃ面白くないと思い童話などの話を聞かせてあげるとすごく喜んでいた。あまりこの世界には童話のような話がないのだろうか?それとも本というのが流通していないというのもあるのだろうか…楽しそうに聞いてくれるなら俺も話がいがあるというものだ。
「シルビア。そろそろ時間よ」
「あい…もう時間なのですね。悲しいのです」
「仕方ないわ。帰らないとダメよ」
「あい。わかったのです。明日も来てやるのです。感謝するのです」
そして今日も妖精さんたちは森の闇に消えていく。この時の孤独感は半端ない。また一人ぼっちになるのか…という気持ちが一層強くなる。でも、今日は昨日と違ってまた明日と言ってくれた。この言葉だけで少し救われた気になれた。
■3日目■
縄に繋がれてから3日目に突入。縄を解こうと頑張ってはみるものの一向に縄が解ける気配はない。どれだけ固く結ばれたのだろうか。水分は昨日妖精さんに貰うことが出来たからかまだ何とかなりそうな感じだ。だが空腹感が凄い。2日以上食べ物を食べないという経験がなかったから知らなかったがかなり辛い。
ステータスを確認しておく。
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ケイ LV2 平民
HP21/120
MP20/20
スキル
剣術LV1 体術LV1 料理LV2
ポイント 1550
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着実にステータスは減っている。睡眠は取ることができているもののご飯を食べることが出来なければスタミナは回復することが出来ないのは当たり前。本当なぶり殺しにあっているような感覚だ。
昨日よりも精神的には落ち着いているがこのような状況に今までなったことがない手前不安が大きい。この先縄を解いてもらえなければ間違いなく死ぬ。何とか妖精さんと仲良くならないといけない。それだけが俺の頭の中にあった。早く夜になって欲しい。そうすればまた妖精さんが来てくれる。それだけが俺の中での唯一の救いだ。
そしてまた長い時間待っていたら気づいたら妖精さんたちが姿を見せてくれた。
「今日も来てやったのです。感謝の言葉を述べろ!なのです」
この口が悪いのもなんだか慣れてきた感じがする。むしろこの口の悪さが微妙に可愛いとさえ思う今日このごろ。
「ありがとう。嬉しいなー」
「なんだか感謝の言葉が適当なのでやり直しを要求するのです」
意外と手厳しい子のようだ。
「悪いな。ありがとう。こうして話が出来るだけで俺はすごく嬉しいんだ。今日も来てくれてありがとうな」
「よろしいのです!それじゃ早速昨日の話の続きをするのです」
「今日は昨日よりもなんだか元気そうね。普通ならもっと衰弱すると思っていたのだけれど」
もう一人の妖精もしっかりと来てくれていたようだ。衰弱するのを期待しているのだろうか…もしもそうならば少し怖いな。
「昨日に水を飲ませてもらえたおかげで助かったからな。君にも本当感謝してる」
「まぁ別に良いわ。話を聞かせて頂戴」
この子も俺の話を楽しみにしてくれていたのだろうか。それなら嬉しい。そしてまた小一時間ほど俺は前の世界について色々と話しをした。童話は昨日話しをしていたので俺の大好きだったアニメの話などをしてあげたら喜んでくれていた。そしてまた別れの時間がやってくる。
「シルビア。そろそろ時間ね」
「あうー。もう時間なのですか?」
「ええ。もう時間よ」
「今日ももう帰っちゃうのか?」
俺は少し引きとめようとしてしまった。また月明かりがあるとはいえ暗い森の中で一人になるという寂しさがあったためか彼女たちともう少し話をしていたかった。
「ねぇ?貴方は私達に縄を解いて欲しいのよね?」
いきなりの提案に驚いた。俺はもう縄は解いて貰うことが出来ないものだと思っていたがもしかしたら解いてもらえるのだろうか?仲良くなればその可能性もあると思っていたがまさか今日にそんなことがあるとは思ってもみなかった。
「もしかして…解いてくれるのか?」
「どうしようかしら?私達の気分次第よ」
「頼む。解いてくれるなら本当に何でもする。本当にお願いだ」
縄で縛られている為きちんと頭を下げることが出来なかったが首だけ下げた。本当に助けて貰えたら何でもするつもりだ。命の恩人を無下になんてしたらバチが当たる。
「良いわ。開放してあげる。3日間生きていたら開放して上げる予定だったもの」
「はいなのです。その予定だったのです!」
なんて意地悪な子達だ。それならそうと言ってくれれば良いものを。どうして言ってくれなかったんだろう。彼女たちの中に人間という存在に対して思うことがあるからなんだろうか。俺には分からないがとりあえず助けてくれる。そんなことはどうでもいい。
「信じて良いんだよな?嘘でしたー。みたいなことにはならないよな?」
「妖精という種族は一度した約束は必ず守るのよ。私は助けてあげると言った。その約束はきちんと守ってあげるわ」
そして二人の妖精が初めて俺の近くまで寄ってきた。いつもは暗がりで顔が分からなかったがきちんと確認することが出来た。月明かりに照らされてとても神秘的で美しいと思った。この姿を見た人間は虜にされるんじゃないだろうか。それくらい美しく神秘的に感じたのだ。
「君たちの姿を初めてきちんと見ることが出来たな」
「ふん。人間風情に見られるなんてちょっとしゃくだわ」
「感謝しやがれなのです」
相変わらず口だけは悪いが優しい子なんだろうな。必死に縄をほどいている姿が微笑ましくて仕方ない。日本に居た頃にフィギュアとかを集めたりはしていなかったがこの子達のフィギュアが出たら買ってしまうかもしれない。
「解けたのです!」
「本当こんなところに来るなんて馬鹿だわ。これから気をつけなさい」
そして俺の長い長い長いとても長い縄で拘束された3日間は終わりを告げた。