夜の森と妖精
夜の森はまるで生きている感じがする。
静かでたまに何かの鳴き声が聞こえてくる。
その中で俺は一人縄に縛られている。かなりシュールだ。人は死にそうな状況になるともしかしたら冷静になることができるのかもしれない。今の俺がまさにそうだからだ。
「最後にカップラーメン食べたかった。腹減った」
正直カップラーメンじゃなくても良いんだが一人暮らしをしていて食べ慣れていたせいか最後に恋しくなったのが何故かカップラーメン。月明かりがあるせいか真っ暗というわけじゃない森は本当に生きていてこのまま俺のことを食べてしまうんじゃないかなってくらい不気味。俺はこの先ここで餓死するしかないんだろうか…。
さっきから何度も抜けだそうと体がワサワサと動かしているもののロープはかなり厳重に結んでいるのか抜け出すことができるような気配もない。こんな状況でもう一度死ぬなんて思いもよらなかった。どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
まぁ間違いなく俺が悪い。
あんな安っぽい優しい言葉なんかに乗せられてしまったからこんなことになってしまったんだ。俺が悪いのは間違いないが腹が立つ。もしも俺がここから生きて帰ることが出来た暁には絶対に絶対に痛い目をみてもらう。心の中でそう誓った。
こんな場所で何時間も放置されている割には俺は何事もなく生きているのが少し不思議だった。この世界には魔物がいる。魔物が居るのはこういう場所だよな?ってことは普通こんなとこに何時間も放置されていたら食べられて殺されていてもおかしくはないはず。それなのに俺は今こうして生きている。どうしてこの場所には魔物がいないのだろう。
不思議だ。
色々なことを考えているうちに眠気が襲ってきた。眠っている食べられてしまうかもしれないと不安には思っていたものの人間は睡眠欲には勝てることが出来ない。そして疲れもあったのだろう…俺は睡魔に襲われて眠ってしまった。
……。
………。
…………。
「ねぇ。姉さま。ここに人間がいます」
「あら。珍しい。こんなトコに人間いるなんて」
「はい。姉さま。どうしてここに人間が入ってきてるんですか?」
「さぁ?どうしてででしょう?」
「ここは人間が入ってきたらダメだってことになっているはずですっ」
「そうねぇー。不思議だわ。それにこの人どうして繋がているのかしら」
「わからないです。きっと仲間に裏切られてこんなことになっているんです。悪いやつなのかもしれません」
「そうかもしれないわね。ここは妖精の森。人間が入ることは禁じられているのに入ってきちゃうなんて…これは残念だけ処刑されてしまうわね」
「そうなりますです。それに悪いやつなら死ぬべきなのです」
…ん?
声が聞こえてくる。眠っている間にもしかしたらあの悪党共が戻ってきたのかもしれない。慌てて前を向いたらそこには小さな女の子達が浮いていた。それも羽が生えている。これが俗にいう妖精という生き物なのか。森の月夜に照らされてとても神秘的な印象を受けた。
そんなことよりも今の状況を改善してもらうためにこの子達にはお願いしないといけない。
「話をしているところ悪いが…ちょっと良いか?」
「こ、こいつ話かけてきましたです!」
可愛らしい長い髪の妖精が俺の話に耳を傾けてくれた。
「あら。私達の姿が見えるのかしら?」
「ああ。ばっちりと見えてる。そこでお願いがあるんだけど良いか?」
もう一人の髪の短い妖精が俺のことを不思議そうに見ている。もしかしたらこういう森の中だ。人間がこの時間にこんな場所にいることを不思議に思っているのかもしれない。
「なんなのですか!人間が私達に指図するなんておこがましいのです」
「悪い。本当にお願いだ!1回で良いから俺の頼みを聞いてくれ」
「そのお願いというのは何なのかしら?教えてもらえる」
中途半端な敬語を話する妖精よりもこちらの髪の短い妖精のほうが話がつじるようだ。もしかしたら生きて帰ることができるかもしれない。そうなった暁には絶対に復讐してやる。絶対にだ!
「この縄を解いて欲しい。本当にそれだけで良い。それをしてくれたら直ぐにこの場から離れるから。お願いだ」
これで助かったらお詫びに何か持ってこよう。良いことをしてもらったら必ず返さないといけないからな。もちろん嫌なことをされたら同じように返すのが俺の流儀だ。
「嫌だわ。どうして人間なんかのためにそんなことをしないといけないのかしら」
現実は残酷だ。妖精にまで俺は見下されているようだ。どうしてこんなに俺のこの世界での人生はハードモードなんだろう。ここまでハードモードだとリタイアしたくなってくる。もう少しイージーモードでも良いだろうに。
「そこを何とかお願い出来ないか?頼む。このままじゃ本当に俺は死んでしまうんだ。嫌なことは分かるがこのまま俺がこんなところで餓死していくのを見るのも嫌だろう?」
「そんなの気にするわけないのです!人間なんて生き物に協力なんてするもんかです!」
「そうねぇ。確かにここで餓死していくのを見るのはいい気分ではないかもしれないわ」
二人が同時に違う意見を出していた。とりあえず髪の短いのも髪が長い妖精も両方共あまり性格は良くないみたいだ。月明かりだけが唯一の明かりのせいか妖精の顔などはよくわからない。でも、本当に妖精って居るんだな。初めて見た…って当たり前だが神秘的なもんだ。
「髪の短い妖精さん!お願いだ。助けてくれ。助けてくれたら本当に何でもする。命の恩人なわけだから俺にできることなら何でもするつもりだ!言ってくれ」
「あら。本当に何でもしてくれるの?」
「もちろんだ。助けて貰ったのに何もしないなんて俺の流儀に反するからな。必ず何かお返しはさせてもらう」
少しだけ考え込んでいるみたいだ。これは可能性が見えてきた。俺が生き残る可能性が見えてきたぞ。眠る前は半ば生き残るのを諦めていたがここまできたら生き残るしかない。何とかお願いしてここは生きて帰ってやる。そして這い上がってやるぞ。くよくよするのももう止めだ。
「貴方は妖精について何も知らないのかしら?妖精は人間の心…というか相手の心が読めるのよ。だから、貴方が今何を考えているのかわかるの」
「な…んだと」
「それに私達妖精は人間が大嫌いなのよ。そんなのも知らないなんてどうかしてるわよ」
「そうなのです!生きていたら普通知ってるものです。それに普通人間には妖精なんて見えないのにどうしてお前には見えるのですか!」
妖精が普通は見えない?いや普通に見えている。ばっちり見えてるんだが…。
「ここは妖精の森。人間は本来ならここに立ち入るのを禁じられているものなのよ。それなのに貴方はどうしてここにいるのかしら?」
「騙されたんだ!俺は悪いやつに騙されてここに縄で縛られてしまったんだ。そうかあいつら俺が何も知らないことをいいことにここに連れてきてこんな目に合わせたんだな。余計に腹が立ってきた」
「悪い奴らに騙された?そんなの騙される方が悪いのです。自業自得なのです」
ちびっこ目…さらりと当たり前のようなことを言いやがって俺がどんなに人の優しさに飢えていたのかも知らないくせに。
「こいつ私たちのことをちびっ子扱いしたのです!嫌なやつなのです」
くそ。心が読めるとかそれ卑怯すぎるだろう。プライベートもあったもんじゃない!
「残念だけど貴方の人生はそこが終着点だったんじゃないかしら?残念だけど私は貴方を助けないわ。行くわよシルビア」
「はい!姉さま」
「ちょっと待ってくれって!待ってくれ!本当困ってんだよ!助けてくれーーーーー!」
俺の叫び声が森に響き渡る。でも、その叫びも虚しく妖精達は見えなくなってしまった。マジで俺の人生はハードモードすぎるだろう。本来ならここで助けてもらえて何とかなるものなんじゃないのか。人が…いや人じゃないが遭遇することが出来ただけでホッとしていたのに。こんなのあんまりだ。
「助けてくれ!!お願いだ!誰かーーーー!居ませんかーーー!」
大きな声で助けを求めるも虚しく返事はなし。あの妖精以外にも妖精が居るかもしれない。さっきの妖精以外だったらもしかして助けてくれるんじゃないだろうかと思い何度も大きな声を出した。結果は虚しく惨敗。夜の森に俺の声だけが響き渡ることになるだけだった。
さっきまでは助かると思っていたのに一気にどん底に叩き落された気分だ。こんな気分になるなら姿を見なければよかった。そうすれば絶望したまま俺が絶命していてだろうに。
叫び過ぎてお腹も空いた。喉も乾いた。そして疲れがまたどっと押し寄せてくる。
いつの間にかまた俺は夢の中に誘われるのだった。
◆
「姉さま。どうするのです?」
「何をなのかしら?」
「あの人間は本当にあのまま放置するのですか?」
「そうね…あと3日生きていたら助けてあげるようにしようかしら。私は弱い人間が嫌いなの。群れなければ強くなることが出来ず一人になったら何かにすがろうとする。でも、3日間頑張ることが出来たならあの人間は助けてあげても良いかもしれないわ。だって、私達妖精の姿を見ることができる人間なんてそういないものね」
「はいなのです。珍しい人間もいるものなのです」
「楽しみね。3日間生き残ることができるかしら」
楽しそうに話しながら森の中へと妖精たちは消えていく。その姿は人間には見ることは出来ずまれに見ることが出来たとしても話などをすることも出来ない。妖精にとって人間というのは醜く汚い生き物なのだ。コミュニケーションを取ることが出来ないという理由もあるがこの世界ではそれが常識である。