つくし取り
この時期には、つくし取りに行くのです。
私達がつくし畑と呼んでいた所へ工業団地が出来た。
県を流れる一級河川の内の一つ、高良川が私達の町の西端を流れている。この高良川は、昔、産業交易の盛んな川だったらしい。今も土手の上の道が県道として整備され、県の南北を結ぶ主要道路となっている。
この土手の上の道が舗装され整備されたことが、私たちのつくし畑を工業団地に変えてしまったのだ。
土手の上の道が土の道であった時は、土手から河原に降りたところは一面に畑になっていた。川に近い上原の集落の人たちが、共同で畑を借りて野菜を育てていた。うちのじいちゃんは中溝の人間だが、高良川が一級河川として整備されるまでは、川の中州の村に先祖が住んでいたらしく、その関係で河原に自分の畑を持っていた。ところが時代が変わり、その畑は潰され河川運動公園ができることになった。ここで、少年野球をしたり、消防の訓練大会が催されたりするらしい。
そして土手のこちら側にも開発の波がやって来た。私とのぶちゃんと友ちゃんが転げまわって遊んでいたレンゲ畑と、風に吹かれると気持ちよさそうに青草の葉先をそよがせていた牛の牧草地、それに何よりこの時期には宝の山であった私達のつくし畑が全部潰されて二十社以上の中小企業がひしめく工業団地になってしまったのだ。
今年五年生なる夏美と、四年生になるのぶちゃんと友ちゃんの三人で、自転車に乗ってつくし取りに来ている。
春のこの時期には必ずつくし取りにこなくてはならない。これは三人の中で不文律の行事だった。
「どうして、私達のつくし畑に工場が建つのよっ!」
夏美は鼻息も荒く言い放つ。
「それは、ここの土地を持っている人が売ったからじゃない?」
とりなし役の友ちゃんが宥めるように言う。
「なにもここに建てることないじゃないねぇ。ここの畑だと座ってるだけで袋一杯、背の高い王様つくしが取れたのに・・・。」
のぶちゃんもこの状況の理不尽さに腹を立てている。
大人たちは大人たちが勝手に作った決まりの中で行動しているのだろうが、私達子どもにしてみれば、一番の利用者である私達に何の断りもなく物事を変えていかれるのには憤りを感じるのである。
私達のつくし畑が無くなったからには、急な土手を上り下りしてつくしをひくしかなくなった。
土手の上の道も交通量が増えて自転車を止めておけなくなったので、工場の裏に三台の自転車を止める。
なんとも不便になったものだ。政府はいったい何を考えているのだろう。選挙権があったなら物申すところだ。
三人で土手の壁に沿ってローラー方式で、つくしを取り残さないようにひいて行くことにする。
スギナを見つけると用心して周りを見回しておかなければならない。思わぬところにつくしん坊が隠れていることがあるのだ。つくしどこの子スギナの子だからね。
「あったっ!」「わっ、ここは家族連れだ。」「ちょっと来て!応援がいるぅー。」
私達三人は片手に持ったビニール袋に次々とつくしをゲットして行った。
今年の功労者はのぶちゃんだった。
「見て見てッ。なっちゃんも友ちゃんもこっちに来てー!」
という大声にみんなで集まってみると、野ばらの群生があってその周りに丈の高い草が茂っていた。そこの草の中に太い茎をぐんっと伸ばした青々とした頭のつくしがにょきにょき生えていた。
「うわぁっ、凄い!!」「こんなの見たことない。」
王様つくしだっ。それも飛び切りの上等ものだ。
皆で顔を見合わせて、ニッと笑う。
つくしの茎が折れないように丁寧に下の方から摘んでいく。
踏みしだかれた青草からあおい春の匂いが立ち上って来た。つくしのかさが少し開いているものは、取る時に首を振って周りに花粉を落としておく。王様つくしの子どもが来年また生えてくるように、子種を散らしておくのだ。
「ここ、いいとこ見つけたね。また来年ここに来よう!」
皆で力強く頷いた。
三人とも持って来た袋が一杯になったので、今年のつくし取りはお終いだ。
他の人もつくしがひけるように欲張らないで残しておかなくてはいけない。
三人で自転車の所に帰る。夢中でつくし取りをしていたので自転車を置いておいた所まで随分距離があった。
夏美は、自転車の籠に水筒と敷物を持って来ていた。のぶちゃんは、お菓子の係。友ちゃんは、果物の係だ。自転車を押して土手を登り、車に注意して道を渡って河原の運動公園に降りていく。
運動公園は、川の水辺側にずらっと桜の木が植えられてあった。
まだ桜は咲いていないけれど、つぼみが薄赤く膨らんできている。もうすぐ本当の春がやって来ると言っているようだ。
桜の木の下に敷物を敷いてピクニックだ。
「はいっ、お手拭き。」夏美はのぶちゃんと友ちゃんに水で濡らしてビニール袋に入れて用意してきていたお絞りを渡す。「なっちゃん、用意いいねー。」と二人とも喜んでくれた。
お茶やジュースを飲みながらお菓子や果物を食べて、みんなでおしゃべりをする。
話題は事欠かなかった。三人でいつまでもしゃべっていられるのである。夏美は最近始まったスポ根ドラマの主人公、健一に夢中だ。将来は健一という名前の人と結婚したいと思っている。のぶちゃんは、そのライバルでピアノの上を歩く人が好きだ。どっちがカッコイイかで話し出すと止まらない。友ちゃんは少しおませさんなので、歌手のヒロキが好きだ。先日友ちゃんにつき合って、夏美とのぶちゃんもコンサートというものに初めて行った。舞台の天井からヒロキがブランコに乗って、スモークの煙と一緒に降りて来た時には唖然として開いた口が塞がらなかった。
その時の驚きについても話さなくてはならないし、少女漫画雑誌のことも話題にしなければならない。テレビでは、新しいマンガ動画も始まるのだ。それも観なければならない。
いくら時間があっても足りゃあしない。
お腹が良くなったので、今度は新聞を膝に敷いてつくしのショウヤクだ。
つくしの袴をくるくると取って、食べられるようにする。綺麗に裸んぼになったつくしを新しいビニール袋に入れておく。こうしておくと、かあちゃんがつくしを洗って、油で炒めて醤油とみりんと砂糖で甘辛く煮て、最後に全体を卵でつって、つくしの煮物を作ってくれる。夏美はそれが大好物だった。
想像するとよだれが垂れる。ほろ苦くて甘じょっぱくて、ご飯が何杯も食べられるのだ。
日が傾いて来て、川からの風が少し冷たくなってきたので、やっと三人は腰を上げて帰ることにした。
「あの王様つくし、絶対にかあちゃんたちびっくりするね。」
「また、来年もこようね。」
「うん、来よう。つくし取り!」
夏美は、まだ知らない。
将来、夏美の旦那さまになる春夫さんが「あの問題の工業団地」の会社に勤めるようになることを・・・。
そして、他所からやって来た友ちゃんが一人だけここ中備に残り、夏美はここから三十分かかる岸蔵にお嫁に行き、のぶちゃんなどは皆と滅多に会えない中阪で一生を過ごすことになるのだ。
子ども時代の終わりが二年後に迫って来る春の一日の事であった。
今回は、こういうエンディングにしましたが、ここは時系列がランダム設定にしているので、まだまだ思いつくままに書いていきます。