猫の手
昭和の子どもはたくさんのお手伝いをしていました。
うちには、ミーコという名前の猫がいる。
三毛猫だからミーコ。わかりやすいと言えばこの上なくわかりやすい。(笑)
ミーコは向かいの家のおばちゃんからもらった猫だ。夏美が猫を飼いたいと散々駄々をこねてもらったのだが、猫というのは「飼う」という言葉が当てはまらない動物だとつくづく思う。
うちの母ちゃんは猫が嫌いで、いつも足で邪険にミーコを押しのけている。夏美はいつも首や喉を撫でてやって可愛がっている。それなのにミーコは、お腹が空けば母ちゃんにも愛想をするし、他所から来た初めての人にも気が向けば身体をこすりつけに行く。いくら呼んでも、普段可愛がっている夏美の所へ来ようともしない時もあるのにだ。気の向くままに自分の考えで生きているそれが猫だ。
夏美が小学校に入った時に、我が家へ電話がやって来た。
この電話は玄関から奥の台所へと続く土間の通路の途中に据え付けられた。通路の壁際にある横長のタンスの上に置いてある。この電話機がやって来て、一気に夏美の生活が忙しくなった。
黒い電話機が時たま大声で夏美を呼ぶ。
「ごばぁーーん、ごばん、ごばん、ごばん! ごばぁーん、ごばん、ごばん。」
後から知ったのだが、家の電話の番号が「五番」だったらしい。夏美が出るまで、その交換士のお姉さんの声が呼ぶのだ。
「はいっ、山村です。」と受話器を取って夏美が応じると、「山村さんですか?小原さんから山村麻生さんにお電話です。」と交換士のお姉さんが言う。「わかりました。少々お待ちください。」と言って夏美はじいちゃんの仕事場へじいちゃんを呼び出しに走って行くのだ。
「早くっ早くっ、小原さんからだってっ。」とじいちゃんを引っ張って駆けてくるところまでが、ひとセットになって、夏美の役割と決められている。
たまにうちの家族ではない近所の人への電話もある。
交換士のお姉さんが、「山村さんですか?朝山さんに東京の戸倉さんからお電話です。」などと言われようものなら、猛烈なスピードで裏の朝山さんの家に走って行かなければならない。
「おばちゃんっ! 早く早くっ。東京からだってっ!」
「なっちゃん、誰からぁ?」
朝山のおばちゃんは大柄な人で、動作がゆっくりとしている。夏美は東京からの電話代が一秒ずつ上がり続けているようで気が気ではない。
「戸倉さんだよっ。」と叫ぶと、「あらぁー、おじさんが亡くなったのかしらー。」とおばちゃんがやっと急いで草履をはいてくれた。
こういう電話の用事をすると決まって大人たちは、「なっちゃんも大きくなって役に立つようになったねぇ。猫の手よりましね。」と言う。
その言葉を聞くといつも夏美は疑問に思う。「猫の手」って言うけれど、ミーコは何にもしないじゃん。どうして猫の手が役に立つことになるんだろう?
でもミーコが「はいはい。」と言いながら、土間の電話の所まで駆けて行って「朝山さんですね。今日は大賀に行って留守だと言われてました。」と交換士のお姉さんに言ってくれれば、楽でいいのになぁ。とたまに想像する夏美であった。
今のiPhoneを夏美に見せたらなんて言うでしょう。