偉大なる翻訳家
「ところでさ」
「・・・・・?」
「なんでお前、そんなに外国語強いの?」
帰り道、気になっていた事を聞いてみた。
「・・・・・えっと、・・・」
「まさかお前、帰国子女?」
「ちっ違くて、・・・お母さんがね、・・・その、・・・ポリグロット、で」
「は?ぽりろぼっと?」
「ポリ、グッ、ロット。ぇっと、・・・多言語話者ってゆったら、分かる、かな?」
「沢山外国語話せる人っつうことだよな?」
「うん、そう。・・・小さい頃から、お母さんに教えてもらってて、・・・それで外国語に、ちょっと・・・強い」
「ちょっとどころじゃねえだろーがよ」
「う、ううん、ちょっと・・・だよ。お母さんなんか・・・殆んどの外国語、マスターしてる、し」
「尊の母さんって、すげえのな」
「翻訳家・・・だから」
「翻訳家だったんだ、お前の母さん」
つうか翻訳家ってそんなに多国語覚えないといけねえのか?
よっぽど根気強い奴じゃないとできねえよな。尊の母さん偉大だわ。
「・・・ぁの」
「んぁ?」
「あ、いや、なんでも、ない」
いいかけて止める。尊がよくすることだ。俺は眉を寄せながら尊を見下ろした。
「言いかけて止めんなよ」
「ご、ごめん」
声のトーンが心なし低かったせいか、尊は肩をビクッとふるわせ身を縮めた。
それを見て小さく舌打ち。なんでコイツこんなにビビるんだよ。
恋人云々以前に、尊は本当に俺のこと好きなのか?
なんで好きな奴相手にここまで怯える?
なんで顔を上げようとしない?
あぁやばい。苛々してきた。さっき糖分とったばかりなのにな。
気付けばため息が出ていた。
「・・・っごめんなさぃ」
「だから、なんですぐ『ごめんなさい』がでてくるんだよ?別にお前、悪いことしてねえし」
「で、でも・・・なーくん、ぼくのせいで、苛々してる」
「お前がそうやって悪くもねえのに謝ってくるからだろ?」
「ごごごめっ・・・・・ぁ、」
「はああぁぁー・・・」
これほど深いため息出したのも久々な気がする。
何故か自分に呆れていると、尊は今にも泣きそうな顔をしてきた。
たく、頼むからそんな顔すんなよ・・・。俺、お前の泣き顔、すっげえ苦手なんだから。
ため息を吐いた。無意識だった。
「俺さ、遠慮とかしてほしくないだよ。お前には」
「・・・・・・ぇ?」
「それから、謝ってもほしくないし」
「・・・・・ぁ、う」
「俺も、そりゃあ・・・悪いとこあるかもしんねえけどさ、けど俺は・・・」
「ち、ち違うっ!!なーくん、はなにも悪くないっっ!!」
「・・・・・・」
驚いた。驚いて言いかけていた言葉を忘れてしまった。
あれ、俺、何言おうとした?いやまあそれは、今は置いとこう。それよりも尊だ。尊。
尊はいつも下げてる顔を上げ、目を大きく開き、俺を見上げてきた。
少し息が乱れてる。そりゃそうか。あんなにデカい声だしたもんな、コイツ。
普段小さい声で話すコイツが、暗い夜道に響き渡るほど、デカい声をだした。
俺は驚きのあまり、ただ、尊の大きく見開かれた瞳を見つめ返すことしかできなかった。
胸がドクンドクン鳴っている。尊はまだ、俺の瞳を見つめている。
初めてだ。
こんなに長く見つめ合っているのなんて。いつもはすぐ尊の方が目を逸らすのにな。
・・・俺は何か、まずいことでも言っただろうか。
沈黙が続いた。
その沈黙を先に破ったのは意外にも、尊だった。
「・・・ぼく、ちゃんとする、から。嫌いに、ならない・・・で」
やばい。コイツの言葉の意味が全く理解できてねぇ。
てゆうか、なんでいきなり『嫌いにならないで』なんだっ?
「嫌いって、なんでいきなり」
「ぼく、喋るの苦手、だし・・・挙動不審、だし・・・すぐ・・・謝っちゃう、し・・・目見て、話そうと、しないし・・・」
「どれもごもっともだけど・・・お前それ以上興奮して話すと酸欠になんぞ?」
「明るく、ないし・・・目立たないし・・・取り柄ない、し・・・」
「いや、外国語喋れんじゃん。それはすげえ取り柄だと思う。自信を持て、自信を」
「か、可愛く・・・ないし」
人の話聞け・・・。そんでもって鏡を見ろ・・・。すっげぇ可愛い子が映るはずだから。
「不器用、だし・・・なーくんに迷惑、掛けっぱなし、だし・・・それに・・・それ、に」
まだあんのかっ。まじで酸欠になるってっ。
「おい、みこ。そろそろ・・」
「それにっ、雪城くん・・・じゃない、し」
あ、尊の眉が八の字になった。つか、まじで泣きそうなんだけど。そのまま顔下げんなよ、絶対涙零れっから。
・・・っつうか、
「なぜに雪城?てか雪城って調理部の雪城?」
尊はゆっくり頷いた。
息がカナリ上がってる。顔も耳まで真っ赤。初めて見たぞ、こんな尊。
・・・まさかこんなところで倒れたりなんか、しない・・・よな?
「雪城がどうかした?」
「可愛い、から」
「理由になってない」
「ごめんっ。あ、ごめん」
「あー・・・もう良い。謝んの禁止。とりあえず、なんで雪城の話しになったか言ってみ?」
「・・・・・・・ぁぅ」
「目逸らしたって無駄だぞ。さっさと言え」
少し強い口調で言ってやると、尊は益々泣きそうな顔になって俺を見つめてきた。
あぁやっぱし可愛い、と思ってしまうのは愛ゆえで。
それでも表情は変えず尊を見つめていた。
口をモゴモゴしていた尊だったが、暫くして、ようやく観念したのか「あの、ね」と控えめに話し始めた。その声はいつものよりも小さく、俺は耳に神経を集中させることになった。