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踏み込むならそれなりの覚悟を

「ーーーはあ!?いなかった?」



山手家の長男の部屋、つまりは俺の部屋で素っ頓狂な声が上がった。まあ、あげたのは俺だが。

俺のベッドに腰掛けた弟の実が耳を抑えて呻いた。


「兄貴は声がデカイんだよ。リアクションもデカイし、芸人じゃないんだからさ」


「うっさい!それよりいなかった?マジで!?」


椅子に腰掛けた状態で、身を乗り出すと実がこくりとうなずいた。


「一年全員の名簿を見て、確認したから間違いないよ」


友達にも協力して一年生に呼びかけて探してもらったという実を見てから俺は腕を組み首をかしげた。

先日、弟の学校に竪山先輩の妹がいると知った俺はどんな子なのか気になり、先輩の妹について調べてもらっていた。その結果が出たからと報告を受けた俺はあまりにも予想外な事態に目を回していた。


実の話では、竪山先輩の妹は、あの学校の一年生の中にいないというのだ。


「てことは、先輩は嘘をついてるってことだよな…?なんだってそんな嘘………ハッ!やっぱり中学生に手を…」


俺がブツブツつぶやいていると、実が呆れた声を出した。


「まだそう決定すんのは早いだろ。もしかしたら苗字が違うのかもしんないし」


「苗字が違うって……アレか…」


腹違い、離婚などという、なかなかディープな言葉が頭をよぎる。弟が渋い顔でうなずいた。


「まだ確証はないけど。もしそうなら探すのは難しいし、やめといた方がいいと思う」


弟の真剣な目つきに俺も同じようにうなずいて見せた。


「そうだな。これ以上は他人が踏み込んじゃマズイよな。悪かったなわざわざ」


弟は首を振ってニッと笑ってみせた。


「これで貸し借りなしだからな」


「はいはい」


俺のちょっとした好奇心はこれで終わりだった。いままで通り、竪山先輩は謎が多く、やる気がない困った先輩として俺の中でポジショニングされたまま、俺たちは曖昧に広く浅く、お互いに節度ある距離を持った先輩後輩としてこれからも接していく。


…そのはずだった。


けど、俺は甘く見ていた。

人が人の隠された秘密に触れるということが、どれだけの危険を孕んでいるか。

軽い気持ちでふみこんだ結果、何かが変わることもあるということを俺は知らなかったんだ。


珍しくも、今回の騒動を引き起こすきっかけを作ってしまったのは、いつだって平穏を願ってやまない俺自身だということにまるで気がつかないまま、俺の預かり知らぬどこかで静かに、だが確実に止まっていたはずの誰かの時間が動き出していた。



***


それから数日が経ち、俺が竪山先輩の家族事情なんてすっかり意識の外にやってしまっていたある日のことだ。


弟が突然部屋に来訪してきてとんでもない吉報を知らせて来た。


「え?な、なんだって?」


「だから、居たんだよ。苗字竪山さん」


弟の実はこともなげにそう告げた。

正直な俺の感想は「なんでいまさら…」という冷めたものだったが。

それを言うより早く弟が追加説明をしてくれた。


「正確には元だけどね。旧姓竪山女子なら確かに一年生にいたよ」


「旧姓か…やっぱり俺たちの読みは当たってたみたいだな」


にしてもよく突き止めれたな、と感心する俺に実はゆるゆると首を振った。


「相手の方から言ってきたんだ。自分は旧姓が竪山ですって」


「律儀な子だなぁ。竪山先輩の妹とは思えん。あ、いや、まだわかんないんだっけか」


俺の問いかけに実は妙に困ったという顔をした。


「なんだよ」


「それがさあ…なんかその子が妙なこと言ってきてさ、ちょっと困ってるんだ」


「妙なことぉ?なんだぁ?告られでもしたか?」


にやける俺に実はそれなら良かったんだけどね、と苦笑いで答えた。


「なんだよ。意味深だな」


「やっかいな頼まれごとをされたんだよ」


「やっかい?なんて言われたんだ?」


「えーっと、なんていうか…最初に聞かれたんだ。なんで竪山って苗字の一年生を探してるんですかって。それで、鎌掛けたんだ。

お兄さんに頼まれてって」


「おぉ…それで?」


「そしたら、なら人違いかもしれません。私に兄は居ませんからって言われたんだ。だから彼女じゃないと思ったんだけど…その子が続けてこう言ったんだ。

"いないと最近まで思ってた"って」


「ん?え?………は?」


ちんぷんかんな俺に実は僕もそうなったと笑った。


「どういうことだ?」


「その子の名前、畑中清子(はたなかきよこ)って言ってさ。彼女、まだものごころつく前、3、4歳くらいに両親が離婚してるんだって。それで母親に引き取られて竪山から畑中(はたなか)っていう母方の名前に変えたらしい。離婚するより前の記憶がなぜか全くないらしくて、父親のことは覚えていなかったから別に片親なのが嫌だったことはないんだって。そんで、母親からずっと一人っ子だったって聞かされてたから当然きょうだいはいないものだと思って今まで生きてきていたんだけど、じつは兄がいたことがつい最近わかったらしくて」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!お前、なんでそんな詳しいんだ…?」


俺の驚愕の顔を見ながら実はキョトンと目を丸くする。


「本人が話してくれたからに決まってんじゃん」


「決まってんじゃんじゃねぇよ!お前、自分の言ったこと忘れたのかよ!誰にだって人に言えないことはあるだの、踏み込むのはマズイだの言ってたじゃねぇかッ」


「し、しょうがないだろ。本人が聞いてないのに言ってきたんだから…」


実は手をパタパタと振りながら僕は悪くないと弁解してから、早口に続けた。


「とにかく、その竪山先輩?が、兄かもしれないから会わせてくれって頼まれたんだよ」


「そんなこといきなり言われてもなぁ…だいたいなんだって兄がいるってわかったんだよ」


俺の当然の指摘に弟は頭をかいて事情を説明してくれた。


話を聞いたところ、その女の子、畑中清子さんは先月からこの町に移り住んで来た新参者らしい。

離婚前はこの町に居たらしいが、離婚後は引越しをして遠く離れた場所で暮らしてようやくこの地に戻ってきたという。

母親の再婚が決まり、新しい父親が仕事の関係上この町から離れられないらしく、流れで一家全員で移り住むことに決めたのだという。

ならば新参者という言葉は不釣り合いな気もするが、清子さん自身が当時この町にいた記憶がないというからあながち間違いではないのだろう。

その、自分にとっては初めて住む町の近所の神社に参拝に参った時、清子さんは住職に意外なことを言われたという。


『ありゃあ…お嬢ちゃん、ひょっとして竪山さんとこのお嬢ちゃんかい?』


もちろん清子さんに竪山なんて苗字は馴染みがない。だから彼女は人違いだと住職に言った。しかし、住職はちょっと待っていなさいと寺に戻ると一枚の写真を持ってきて清子さんに見せた。

その写真を見て清子さんは驚いた。

そこには幼い自分と小学生くらいの男の子が笑って写っていた。

この神社を背景に夏休みなのかタンクトップ姿の元気の良さそうな男の子と自分にそっくりな花柄のワンピースの女の子が仲良くてを繋いで立っている。


清子さんにはこの神社で遊んだことも、隣にいる男の子にも覚えがなかった。

ただ、写真を見て不思議なことに懐かしいと感じたという。

住職に聞くとその女の子はもう10年以上前に何回か遊びに来ていた子で、名前はきよこと呼ばれていたという。

もちろん赤の他人で、他人の空似と同姓同名と言ってしまえばそれまでだが、清子さんにはどうしてもその写真に写る女の子が自分と関係ないとは思えなかった。

だから隣にいる男の子について尋ねた。

するとまたもや意外な回答が返ってきた。


『何を言うとるんじゃ。その子はあんたのお兄さんじゃよ』


自分に兄などいない。

ならばやはり人違いなのだろうか。

そう考えるも、この少年を自分はどこかで知っているのではないか。

なんの根拠もない思いつきだったが、止まらなかった。

清子さんはもうこの写真に写る女の子と男の子が他人には思えなかったという。

しかし、両親には聞けなかった。

やっと再婚が決まり幸せを掴んだ母親に自分には兄がいるのかなど、口が裂けても言えなかった。

自分に兄がいたとしたら、母親がそれを隠していたことになる。

隠すだけの理由があったのだろう。

それをわざわざ暴くということは母親にとって苦痛以外のなにものでもないだろう。


清子さんの心はすでに決まっていた。

彼を探し出して本当のことを知る。

母親に知られてはならない。

自分だけで見つけなければ…


そう決心した早々に今回の実の竪山という女の子を探しているという呼びかけがかかった…


俺はぽかんと間抜けつらをしていたことだろう。

それくらい今の話は突拍子のないものだった。


「偶然つーか、運命というか…すげーな」


ぶっちゃけた感想に実もこくりと頷いた。


「お兄さんを覚えてないことに関してはこの町自体覚えてないから不思議なことじゃないって言ってた。ただ、もし母親が隠しておきたい何かが兄がいることだとしたら、さらけ出す気は無いんだって。血の繋がったきょうだいに会いたいだけだって」


「でもなんだって覚えてないんだろうな。普通ものごころがつく前っていったって、兄貴がいるかくらいは覚えてるもんだろ?」


やはり人違いというやつではないのか、と首を傾げる俺に実は肩をすくめてみせた。


「それを確認するためにもあわせて欲しいって聞かないんだよ」


実はそういうと、そうだと思いついたようにポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。


「なんだそれ」


「住職さんが見せてくれた写真。清子さんが借りたんだって。ほら」


そう言って見せられた少し黄ばんだ古い写真には確かに幼い女の子と男の子が楽しそうに笑って映っていた。


「兄貴から見てどう?その竪山先輩に似てる?」


「えー…うーん…似てるようなー、似てないようなー…」


「はっきりしないなぁ」


落胆の声を出す弟にムッとして写真から顔を上げる。


「仕方ないだろ。小さい子ってみんな似たような顔してるし、俺そんなに先輩の顔ガン見したことないし」


じいっと写真の男の子を見る。

確かに面影があるような気がしないでもないが、やはりはっきりとはわからなかった。

実に写真を返すと、再びポケットにしまってから実が口を開いた。


「やっぱ会ってみて、竪山先輩に直接確認してみるしかないね。じゃあ兄貴、話といてよ」


「は!?俺が!?」


「当たり前じゃん。僕は清子さん連れてくるから日程合わせて、二人を引き合わせるよ」


「いやいやいや!無理無理!そんなのどう言えばいいんだよ」


「聞いたまんまを言えばいいじゃん」


「そんなヘビーな内容言えるか!だいたい先輩だって、納得して黙って見守るだけにしてんだろ。今更俺たちみたいな赤の他人が家族のことに首突っ込むのはどうかと思うんだけど…」


実が出て行こうとした足をピタリと止めた。

ゆっくりこちらを向いた表情には少しの怒りが込められていた。


「きょうだいが離れ離れで暮らすことがいいことだって、兄貴は本当に思ってんの?」


責められているような物言いに俺もムッとして言い返していた。


「離れて暮らした方が幸せなきょうだいだって世界にはいるだろ。他人には他人にしか幸せかどうかなんてわからない。お前の価値観で人の幸不幸を決めんのは間違ってるって言ってんだよ」


「それこそ兄貴の勝手な判断だろ。勝手に竪山先輩たちきょうだいが離れ離れでいることがいいことみたいに思おうとしてるだけだ。

今のままで幸せならなんで清子さんはお兄さんに会いたいなんて言うんだよ。なんで竪山先輩はわざわざ妹の学校に行ってたんだよ」


実の言葉に思わず言葉を失った。

言われてみればそうなのかもしれない。

竪山先輩の別れ際に見せたさみしそうな表情が頭をよぎった。


「兄貴がやらなくても、僕はやるから。だって、きょうだいに会えないなんて可哀想だ…少なくとも僕はそう思うから」


実は憮然とした態度でそれだけ言うと俺の部屋から出て行った。



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