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好奇心は災いの元

オカルト研究部の唯一の2年生、竪山先輩のお話です。

できるだけコメディタッチにして行きたいけど…シリアスもやむなしかと…

ーーーお兄ちゃん…帰ろう…?


ハッと目が覚めた。暗い部屋の中で、浅く息を吐く。目元に手をやると、水がつき、自分が泣いていたことがわかった。

涙をぬぐい、そばにある時計を見ると、まだ夜中の3時だった。

眠ってからほんの一時間くらいしか経っていない。


小さく息を吐き、目を閉じる。

どうして今更思い出すのだろう。


幼い妹が自分にかけてくれた最後の言葉。


「……くそッ」


過去を忘れられない自分がひどく情けなくなり、なにも考えないように努めて目をつむる。


期待するな。忘れろ。ただの夢だ。


なにかから逃げるようにきつく目をつむる。


(それでも、今夜も眠れないだろうな)


薄暗い闇の中で、もう一度忌々しげに悪態をついた。






***


日差しの強いある日の昼下がり、遅い昼食をとっていた俺は鳴り出した携帯電話を見て眉を寄せた。


今日は平日であり、本来なら高校生である俺は学校に行っているはずだが、学校の創立記念日ということでいつもできない、誰もいない平日の昼間っからお部屋でゴロゴロを満喫していたのだ。


学校が建てられた日など正直どうでもいいが、その日がお休みとなるなら話は別だ。


いくらだって祝ってやろう。記念日様様だ。


呑気にテレビを見つつ、母の用意した昼食に舌鼓をうちながら携帯を片手に通話ボタンを押した。

画面に表示された通りの人物が少し切羽詰まった声で応答してくる。


『あ、兄貴!?良かったー、出てくれた!』


「どうした実。お前今、学校だろ?」


電話の相手は俺の弟の実だった。年のそれほど離れていない俺たちはなかなかに仲が良い。友達的な感覚だ。

親にも話せないようなことや、些細なお願いなんかも遠慮なく話して来た。


たとえばこんな風に。


俺の疑問に実はそうなんだけど、と声を潜めた。


『じつは午後から家庭科の授業があるんだけどさ、家にエプロン忘れちゃって…それないと授業出られないんだよ』


俺はチラリとソファーに無造作に掛けられている黒いエプロンを見やる。忘れないよう掛けといて忘れるなど間抜けもいいとこだ。


「ふーん。で?」


呆れた声を出すとパンと電話の向こうで手を合わせる音がした。拝むようにしてもこっちには見えんっちゅーに。


『頼む!持って来てくれ!』


「やっぱりか…だが断る」


『えー、そんなぁ…』


「…って言ったら?」


『なんだよ!紛らわしい!頼むってば!和也お兄ちゃん!お兄様ッこのとーり!』


「だから見えないっての。一つ聞くが、それをお前に届けて俺になんのメリットがある?」


口でそんなことを言いながら俺はすでに弟の通う柚子霧(ゆずきり)中学にエプロンを届ける気満々だった。

弟の必死な頼みとあれば兄貴である俺が引き受けないわけにはいかないだろう。


意地悪を言ったのは、まぁなんというか、可愛い弟だからこそからかいたくなるのもまた、必然、というか。


弟はしきりに鬼!悪魔!弟がこんなに頼み込んでるのに!と不満を口にしてからはあ、と息を吐いた。


『わかったよ…じゃあ今度のゲーム対戦で兄貴に白星つけてやるから』


「お前、それで俺が喜んで行くと思ってんのか!?」


『え、ダメ?だって兄貴、負けてばっかじゃん』


「だからって手を抜かれて勝ってもちっとも嬉かないわ!」


全く、兄貴をなんだと思ってんだ。お兄ちゃんは悲しいぞ!


じゃあどうすりゃいいんだよ〜と弟は情けなく嘆いた。


『兄貴ぃ…マジ頼むよ。もう時間無いんだよ…六時間目にあるから、今から来てくんないと間に合わないんだよ…』


「わーったよ!届けてやるよ」


『マジで!?恩に着るよ兄貴!!っと…いけね!もう昼休憩終わるから、とりあえず5時間目終わったらすぐ行くから校門で待っててくれ!』


あわててそれだけ言うと、実は携帯を切った。通話ボタンをオフにして、俺は弟のエプロンを掴んだ。

家から柚子霧中学までは徒歩で20分くらいかかる。早くいかなければ間に合わなくなるので俺は準備を早々に済ませ、玄関に鍵を掛け家をあとにした。




柚子霧中学は一昨年建てられたばかりで、まだ卒業生が出ていない新設校だ。

実際にきて見てわかるが、新設校なだけあって、かなり綺麗なものだ。

白い壁にピカピカに磨かれた校門は、清潔感で溢れていた。

弟がこの学校の最初の卒業生になると思うとなんだか不思議な気分だ。

俺はエプロンの入ったショルダーバッグを片手にしばらく綺麗な校舎を眺めていた。ちらほらと校舎から下校する生徒がいるのは、クラスによって授業の終わりが違うかららしい。一斉下校じゃないなんて、俺の中学とは大違いだ。

柚子霧中学は個性を大事にする校風らしく、団体行動などにはあまり力を入れず、生徒一人一人の個性を発揮できるような環境を目指しているという。

日本のよくやる"みんな一緒に"という考えをまるで無視した校風は周りからあたりも厳しいが、賛同者も少なからずいる。

変わっているなと思ったが、実がいうには自由で良いとのことらしく、生徒の評価は上々だ。

ここに通うことで豊かな人間性が弟に養われているかどうかは定かではないが、世間の"一般的意見"などに負けず、歴史を築き上げていってほしいものだ。


少しセンチメンタルなことを考えていると、校門前の電柱の影に誰か一人立っていることに気がついた。特に怪しい格好ではなかったため、素通りしようとさりげなく見て、俺はそこにいるのが知り合いだと気がついた。


「……竪山先輩?」


つい口をついて出た問いかけに相手はかなりギョッとしたように勢いよく背後にいる俺の方に振り返った。黒い革ジャンにジーパンという少し地味な格好の竪山先輩は、俺を認識して顔をしかめた。


まるで嫌な奴に見つかったとでもいうような反応だったが、俺は構わず先輩に笑いかけた。


「やっぱり竪山先輩じゃないですか!奇遇ですねぇ。こんなところで」


「……山手、なんでここに」


しどろもどろにつぶやくように聞いてくる先輩を珍しいものを見ているような気分で見つめながら俺はショルダーバッグをかざした。


「俺の弟がここに通ってるんですよ。次の授業が家庭科らしいんですけど、エプロンを忘れたとかで俺が届けにきたんです。うち、ここまでだいたい20分くらいなんで」


先輩は少しだけ安堵したように息を吐いてそうか、とつぶやいた。


「で、先輩はなんでこんなとこに突っ立ってたんです?ひょっとして…中学生に手を…」


「なわけないだろ」


もちろんからかい半分の他愛のない冗談だったが、こうすぐに否定されては逆に怪しい…


まさかとは思うが、本当に……


怪訝な目を向ける俺に先輩は勘弁してくれと言わんばかりに顔をしかめて肩を落とした。


「俺にロリコンの気はないぞ。下はよくて一、二歳年下ぐらいしか守備範囲じゃないっての」


「ならなんだってこんなとこにいたんですか。匂いフェチな時点で先輩が変態だってことは俺の中で決定事項なんですから、今更ロリコンが入ったくらいで縁を切ろうとか思いませんから正直にぶっちゃけてもらって大丈夫ですよ」


「……お前って仲良くなった相手には毒を吐くタイプだろ。最初の頃の従順な可愛い後輩の山手はどこ行った?」


「そんなものは偶像です。じゃあなんでここにいたか教えてくださいよ先輩。ことと次第によっては俺は110番しなくてはなりません」


竪山先輩の見た目の逞しさや、たまに聞く怖い噂を考えればぶん殴られて病院送りにされて当然なほど失礼な発言であり、普段の俺ならばそんな危ない橋は渡らないのだが、竪山先輩という人となりを少なからず理解した今はこの人はこの程度ではキレないとわかっているから遠慮はしない。

俺の予想通り竪山先輩はなにか言いたそうな顔で俺を見ていたがとくに怒った様子もなかった。

やがて諦めたようにぽそっとつぶやいた。


「…妹を待ってた…」


「妹?先輩、妹いたんですか?」


先輩はどこか居心地が悪そうに頷いた。


「へ〜知らなかったなぁ。何年生なんですか?」


「今年入学した」


「てことは一年生ですね。俺の弟は3年ですんで、先輩の妹さんにとっては俺の弟が先輩ですね」


なんだかややこしくなり俺は苦笑した。それに先輩が妹想いなのがまたなんだか意外で変な気分になってくるのだ。

竪山先輩は複雑な数式でも考えているような顔のまま、ぎこちなく笑った。


「そうだったのか。そう考えると面白いな。…じゃあ、俺はこれで帰るよ」


「え?でも妹さんを待ってたんでしょう?」


竪山先輩はジロリと俺を睨んだ。


目が怖い!


「お前が居たら、からかわれて面目丸潰れだからな」


「そんなことしませんよ」


といいつつ、正直絶対にしないと保証はできなかった。先輩も俺の内心に気づいているらしく、どうだか、と笑いながら俺がきた道へと歩き出していた。


え、マジで帰る気ですか!?これってアレだよな。俺がきょうだい水入らずの時間を割いちゃったってやつだよな…


俺はあわてて先輩に声を掛けた。


「せ、先輩!からかいません!ほんとにしませんから、俺!だから…」


俺の必死な声に気がつき、竪山先輩は振り向いた。どうやら怒っているわけではないらしく、困ったように苦笑いで口を開いた。


「いや、お前にからかわれるのが嫌だから帰るわけじゃねぇよ。もともと妹と一緒に帰る気はなかったんだ。ただ、ちょっとでも顔を見れたらなって思っただけだから別にお前が気にすることじゃない」


俺はキョトンとした。


「え、なんで一緒に帰らないんです。顔見にきたなら…」


一緒に帰ればいいじゃないですか、と言おうとして俺は口をつぐんだ。先輩の顔がとても寂しそうに見えたからだ。けれど、それは一瞬ですぐにいつも通りの少し気だるげな先輩が眉を釣り上げた。


「知ってるか山手。今時の妹と兄というものはお前の思うように仲良しじゃないんだぜ。中1と高2じゃ話も噛み合わないしな」


お前らみたいなきょうだいが羨ましいよ、そう言いながら先輩は踵を返して歩いて行ってしまった。


取り残された俺はなんだか釈然としないままただただ先輩の後ろ姿を眺めるだけだった。


妹と会話できなくて寂しい兄。

先輩の悲しげな顔はそんな感じに見えたが、なにかそれだけではないような、そんな気がした。


ま、気がしただけだけどな。


ふうと息を吐くと、校舎からバタバタと慌ただしく掛けてくる足音がした。

顔を向けると全速力で駆けつけてくる弟の必死な姿が見え、俺は苦笑した。


「あ、兄貴ぃ…はぁ…はぁ…た、助かったよ…!サンキュー…ッ」


「落ち着けよ。大丈夫かお前」


弟の実は俺の前に止まると息を整える前に礼を言って少しむせた。背中をさすってやるとだいぶ落ち着いたのか、起き上がり額から流れる汗を拭った。


「ずいぶん遅かったな」


俺の言葉に実が苦々しくぼやいた。


「5時間目が終わる直前に、窓から兄貴が見えてさ…終わったらすぐ行こうとしたんだけど、ちょっとめんどくさい奴らに捕まってなかなか抜け出せなかった…と、とにかくサンキュー!」


「あぁ。ったく、準備しといて忘れんなよ」


ひょいとバッグを渡しながら言うと弟はムッとしたようでほおを膨れさせた。


「いいだろもう過ぎたことは。それよりさ、兄貴、なんかさっきまで誰かと話してなかった?」


「あぁ。俺の学校の先輩だよ。なんでもこの中学に妹が通ってるらしくて様子を見にきたんだって」


「へえー。偶然だね」


俺は全くだと頷きながら、ふむと少し考えてみた。

さっきはあの竪山先輩に妹がいて、意外と妹想いな先輩に驚いていて意識してなかったが、あの竪山先輩の妹だ。

気にならないわけがない。


「なあ。一年生に竪山って苗字の女生徒いるか?」


「は?あぁ、その先輩の妹?いや、わかんないよ。一年生だけで150人はいるんだから」


「ならさ、調べといてくんねぇか」


実の顔が引きつるのがはっきりとわかった。


「やだよ。めんどくさい」


「エプロン」


その一言に実がウッとことばを詰めた。

ニヤリと笑って卑怯な一手を放つ。


「届けてやったお礼ってことで頼むよ」


「…なんでそんなこと知りたいんだよ。直接その先輩に聞けば?」


「話してた感じだと絶対はぐらかされるがオチだからな。ちょっとした好奇心だよ。仲のいい先輩について知りたいと思うくらい、別にいいだろ?」


なんせさっきの先輩は、普段のあの人からは想像ができないような慌てっぷりだったからな。

家庭の踏み込んだ事情まで知りたいとは思わないが、妹の顔くらい見ておきたいし、その程度なら赤の他人の俺でも許されると思うのだ。

実はショルダーバッグを肩にかけて呆れた声を出した。


「はぁ…わかったよ。調べとく。けど、あんま深入りはやめといた方がいいと思うけどね。人間、誰だって一つくらい誰にも言えない秘密を抱えて生きてるんだから。兄貴が今触れようとしてるものがその、パンドラの箱かもしれないんだからな。気をつけろよ」


「……カッコつけてないでそろそろ行った方がいいんじゃないか」


俺のことばに実はハッと時計に目をやり、あわてて、ヤバッ!と叫んでかけ出して行った。


相変わらず騒がしい奴だ。

小さくなる弟の後ろを見てから、俺はくるりと校舎に背を向けた。


ーーー誰だって一つくらい誰にも言えない秘密を……


実はとくになにか意識して言ったわけではないだろう。それでも意味深なその言葉が耳から離れてくれなかった。


ふと革ジャンの大きな後ろ姿を思い出しながら、先輩も俺のようになにか秘密を抱えているのだろうかと思った。





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