剣の技・武器の技
パチパチと薪の爆ぜる音が聞こえる。
松明の明かりに照らされて、相手の持つ槍の刃が光る。
切っ先を下に向け、右手を手前に、左手を刃に程近い部分に添えている。
持っているのは突きに特化した形状の槍。
対峙しているのは長身痩躯と言うのがぴったりと当てはまるような美形の男だ。一般的な革鎧に身を包んでいる。
「がーんばれー!ガッツだよー!」
「え、えと怪我しないように気をつけてくださーい!」
「にゃおー!」
「……ただの訓練に何を頑張るってんだよ」
今はコネホに頼んだ『武術指南役』との訓練中。
遠巻きにケーラやレリュー、チャルナ(猫)などが見学しているが、今は放っておく。
相手は護衛の中でも技巧派と名高いロレンスという男だ。隙のない構えで闇の中にその身を浮き上がらせている。
だが口を開いて出てくるのは、緊張感の欠片もない軽薄なセリフだ。
「いやいや、可愛い女の子に応援されたら、そりゃ身も入るってもんでしょ」
「そうかい。んじゃ、ひとつよろしく頼むぜ?センセ」
「あいよ……くれぐれもお手柔らかにね?ホントに」
その顔が引きつって見えるのは俺にぶっ飛ばされたせいか。
俺の手には稽古に使う竹刀が握られている。万が一、これで殴ってもそうそう致命傷にはならないだろう。一応説明もしたのだが、いまいち信用してないようだ。
その竹刀を振り上げるとロレンスも構えを変える。
持ち手の位置を変え、頭上に掲げる形で防御する形。
いつでも槍の向きや傾きを変えられるようにしているのが分かる。
打ち下ろした竹刀は、その方向性を変えられて槍の柄を滑っていく。
俺が体勢を崩したのを見て、ロレンスは体を旋回させる。
「うおッ!?」
横から襲ってきたロレンスの左足が俺の肩を捉えた。
衝撃でたたらを踏んだ俺に、さらに槍が突き出される。
――――切り返しが早い!
先ほどまでの体勢を持ち直し、すぐに攻撃してきたその動きに舌を巻く。
槍の突きは『点』での攻撃だ。
竹刀を縦に構えたくらいでは簡単には防げない。
大きく横に動いて、長く伸びた槍の横面を叩く。
弾き飛ばされた槍に引っ張られ、ロレンスの脇がガラ空きになった。
そのマントの向こう側にある背中に向かって、竹刀を薙ぐ。
――もらった!
「――――があッ!?」
なんだ!?いきなり反対側から衝撃が……!?
見れば、ロレンスの背中に広がるマントを貫くようにして、陰から槍の石突が生えていた。
恐らく弾かれた槍を思いっきり手前に引いたのだろう。
「……んなのありかよ……」
「おいおい。槍ってのは前後どっちにも素早く動けるんだよ?横薙ぎに突きに打ち下ろし。なんでも御座れ」
槍には穂と呼ばれる刃が付けられているせいでその先端に意識が向きがちだが、こういった風にも使えるらしい。基本は棒だからな。
武器ごとの形状による『特性』ってやつか。
「……一応、手加減してるんだよね?たった一撃受け止めただけで腕がビキビキ言ってるんだけど……」
「もうちょい弱めるか……ごほッ……!ここまでのところでの寸評を聞きたいね」
「うーん……。まずユージーンの大きな武器はその馬鹿力だよね。それさえあればなんでもできる。ぶっちゃけ僕の技なんていらないんじゃない?」
「身も蓋もねぇな。……それじゃ困るんだよ」
それで解決できるんならわざわざこんなマネしてねぇ。
「他になにかこう……『お前に足りないのはコレだ!』みたいなモンはねぇのか?」
「――――身長……?」
「すり身にされてーのかテメーは!?」
「うーん……。流石に今の一戦だけじゃなんともね」
「そりゃそうか」
まだ一合二合しか打ち合ってないしな。
「んじゃ一般的な戦闘の心得でいいからレクチャーしてくれ」
「君にそんなの要るのかい?まぁいいか」
それじゃ、構えて。という言葉と共に再び打ち合いに入る。
しばらくその場には激しく動き回る音と短い苦鳴だけが響いていた。
…………ちなみに応援していたケーラとレリュー、チャルナは途中で飽きて遊びに行ってしまったようだ。薄情な……。
「かはッ!ゲホゲホッ!……くっそ……なんの遠慮もなく打ち込みやがって……」
「いやぁ、いくら刃を潰してあるといっても、これだけ打ち込んでも咳き込むくらいで済むなんて。ホントに何者なんだい?」
「ただの可愛い『お子様』だよ……」
戦闘中に色々と教えてもらったが、それが頭からぶっ飛んで行きそうなほど槍での攻撃を食らいまくった。
『戦闘の、というか回避の基本は呼吸と間合いの読み合いだよ』
『はいッはいッ!テンポよく!』
『自分で自分のリズムを作って!相手のリズムを崩して!』
……なんていうか今までダリア家で教えられたことと違いすぎて、そっちの意味でもブッ飛んでたな。
訓練の中で自分なりにそれを解釈して、理解したつもりにはなったがどこまで近づけるのやら。
さて、あとはこいつから寸評を聞こうか。
「うーん……なんていうか……違うんだよね」
「何がだ?」
「ユージーンの戦闘スタイルってさ、どんなの?」
「俺の……?いつもは魔法を中心にやってるが……それがどうかしたのか?」
「うんとねぇ。間合いの取り方が違うんだ。基本的にその木剣の間合いなんだけど、時たま間合いの取り方やら足運びやらが別の武器のソレに変わるんだ」
「……?そりゃあデタラメに動いてんのと何が違うんだ?」
無秩序に変化するなら滅茶苦茶に動いてるのと変わらないはずだ。
ロレンスは首を捻りながらそれでも否定する。
「いいや。確かにアレは斧だったり槍だったりの動きだね。それがいくつか絡まり合って独自のリズムを築いているみたい」
複数の武器の動きが絡まり合って……?
もしかしてあれのせいか……?
「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を断つ 破敵の戦斧 いざここに』」
「『アックス・クラフト』」
詠唱の終わりと共に輝く斧が現れる。
俺は魔物のタイプに合わせてよくこうやって武器を切り替えていた。
硬いものにはハンマーや斧を。
素早い奴には短剣を。
距離を取りたい奴には長柄の槍や大剣を。
「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を断つ 破敵の大剣 いざここに』」
「『ソード・クラフト』」
「『ランス・クラフト』」
「『ダガー・クラフト』」
「『ハンマー・クラフト』」
「これは……もしかして『斧槍王』の……?」
次々に現れる光り輝く武器。
それは地面に突き立ってもなお眩く輝く。
ロレンスが目を見開いてそれを見つめているが、それは今はどうでもいい。もしも、俺のスキルが……武術習得補正が勝手に一番いいスタイルを、動きの中で取っていたとしたら……。
「ロレンス。もっかい頼む。これなら……上手くやれそうだ」
「いいけど……それ大丈夫なの?間違ってもすっぱり切れないよね?」
「ああ。鋭さの調節はお手の物だ。これは何も切れんなまくらだよ」
そう言って笑うとロレンスもまた、引きつった笑いを浮かべた。
「あれ?ユージーン、もういいの?」
「ああ。ヒントは掴んだ」
訓練からの帰りにケーラ達と会った。
俺の姿を見つけたチャルナが、ケーラの方から降りて擦り寄って来る。
何やら3人で買い食いをしていたらしい。あちこちに散々楽しんだ痕跡が見て取れる。
「ふーん?あれ?ロレンスさんはどうしたの?やたらぐったりしてるけど……?」
「本当です。とてもお疲れの様ですが、大丈夫ですか……?」
「あ、はは……。なんの問題もないさ。大丈夫大丈夫」
真っ青になって笑うロレンス。訓練とは言え、それなりに重量感のある攻撃をさばき続ければ疲弊もするだろう。それでも虚勢を張るのは、女の子の前では情けない姿を見せられないという、こいつの底意地だろうか。
見上げた根性だ。
ロレンスの犠牲のおかげで、なんとか俺独自のスタイルを掴むキッカケにはなった。
今は各武器の練度を上げて、全体的な技術の底上げを図るのが目標だ。ロレンスにはこれから槍やランスの使い方を学ぼうと思っている。
「これからもよろしく頼むぜ、セーンセ♪」
「…………お手柔らかに頼むよ。ホントに……」
にこやかに笑う俺に対し、ロレンスは肩を落としてそう言うのだった。