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フードファイター


 さて、新たに旅の仲間に加わったレリューだが、その生活はかなり他人の手を必要とするものだった。


「すいません……。まさかこれほど動きづらいとは……」


「仕方ないだろ。今まで陸にあがったことなんてないんだからな」


「にゃうん」


 何しろ1人で歩くことすら儘ならないのだ。フラフラと危ない足取りで進むレリューに肩を貸すのが俺の最初の仕事だった。

 今まで魚のように泳いでいた器官が、いきなり2本の足になったのだ。歩き慣れないというのもあるが、今まで感じなかった重力の影響をモロに受けているのが大きいようだ。

 申し訳なさそうにしているレリューだが、俺としてはしょうがないと流している。

 ちなみに今は少しでも足の動きを阻害しないようにスカートを履かせている。派手目な物を勧めてくるリツィオに対してレリューは落ち着いた色使いのものを選んでいた。

 真面目で大人しい性格のようだ。


「――――そういやぁ……リツィオと何かあったのか?」


「え?……ええ、はい。ちょっと……」


「ん?」


 なんというか煮え切らない態度だ。そんなに言いづらいことなのだろうか。

 ゆっくりと歩を進めながら、視線を向けたままにしていると、そのうち観念したように口を開いた。


「その……疑問に疑問で返すようで申し訳ないのですけれど……彼女はずっとああ・・でしたか?」


「?よくわからんが……俺が会った数ヶ月前からあんな感じだぞ?」


「そう……ですか……」


 ああ、っていうのは性格のことだろうか?

 俺が会ってからすっと気分屋で捉えどころのない印象から変わっていない。裏が有るのも入れてもそれは変わらない。

 意味深な呟きをしたまま、レリューは黙り込んで何か考えているようだ。次に口を開いたと思ったら、アイツのことをどれだけ知っているか、と聞いてきたので、俺が知りうる限りのことを教える。


 酒場(婉曲的表現)で歌姫として仕事をしていること。

 それがなかなかに人気があること。

 ルカという護衛がついていること。

 気分屋で騒がしくて、イタズラ好きであること。

 自称『オネーサン』であること。


 話していて気づいたが、俺はアイツのことをそれほど知らない。

 どこで生まれたとか、なんでここで仕事しているとか。

 俺に対して何か隠していることがあるのは気づいていたし、こっちに被害がない限り俺から接触するつもりもなかった。

 どうでもいいのだ。

 ただひたすら興味がない。

 あれほど触りたがるアイツを俺は疎ましく思っていることもある。

 レリューに答えながら、俺はそれを再確認していた。



 レリューは俺が話せば話すだけ、困惑していったように見えた。

 この態度からすれば、コイツがリツィオと以前に会ったことは想像がつく。

 …………その困惑の原因も。


「それほど違ったか?いまのアイツは?」


「……はい。まったくの別人のようです。なぜここにいるのかもわかりません」


「詳しく聞いてもいいか?」


「……いえ、やめておきます。彼女が話さないなら私から言うべきではないでしょう」


「そうか。んじゃ、ウジウジ考えんのはヤメだ。お前もそうしろ」


「……そう、ですね」


「ちなみにまだウジウジしていると、俺がお前を料理したくなってウズウズする」


「ひッ!やめますやめます!」


 俺が脅すとようやく考え込むのを辞めたようだ。

 まったく。これはこれで面倒な性格だ。


「あんまり難しいこと考えんな。まだガキなんだからよ」


「え、えと。ユージーンさんに言われたくないですね、それ……」


 なんだと?せっかくの俺のアドバイスにそんなこと言うなんて、何様だ。

 そう問い詰めたかったが、目的地についてしまったようだ。ワイワイと騒がしい場所に向かって、俺とレリューはゆっくりと歩いて行った。




 騒ぎの中心は宴会を開いている酒場(婉曲的表現ではない方の)だった。そこで鎧やら剣やらを携えた連中が、思い思いに食事をしている。

 今日は『護衛全員復帰記念』と『レリュー歓迎会』と称して日頃の鬱憤を晴らすためにコネホが酒宴を開いているのだ。

 これにはレリューの顔見せというのも含まれている。

 だがまぁ、肝心のレリューにとっては誰かに顔を売る、なんていう考えはないようで。


「うわぁ……!スゴイです!」


「ああ、どいつもこいつも浮かれて――」


「スゴイ料理ですー!」


「…………おい?」


 そんなセリフとともに料理のあるテーブルにすっ飛んでいってしまった。大人びた言葉遣いとか、変な気遣いとか、全部どこかに置いてきてしまったようだ。

 今のアイツは年相応の子供らしい振る舞いをしていた。

 これはコネホが狙っていた効果ではあるのだが……自分が歩けないことも忘れているあたり、効果は抜群らしい。


『逃げ続けてお次は慣れない馬車生活、しかも周りは知らない連中。これじゃエストラーダに着く前に潰れちまうよ』


 俺としては知ったこっちゃないのだが、巡業商団ストローラーズ側からしたら大事な評判に関わることなんだし、そういったケアも力を入れる方針らしい。

 ご苦労なこった。俺はその間、コイツのお守りだ。

 俺は1人で突っ走っていったレリューに追いついて、その頭を叩いた。


「こら!勝手に走っていくな!」


「きゃうッ!い、痛いですッ!」


「……ったく。護衛の俺から離れてどこに行くつもりだったんだ」


「で、でもゴハンが……」


「走らなくても無くなんねぇよ。それよりも、コケて泥だらけになるつもりだったのか?飯の前に?」


「あ、そういえば私……」


 ようやく自分のしていたことに気づいたのか。

 次に気をつけるように言ってメシを食わせることにする。いつまでも申し訳なさそうにしていたら、せっかくの宴会が無駄になるからな。


 欠食児童か、という勢いで次々に料理を平らげるレリュー。聞けば逃げている間、ほとんどまともに食っていなかったらしい。

 1週間の逃亡生活で口にしたのは小さな川魚のみだとか。まさしく欠食状態だったようだ。

 一応この宴会の前にも食事はさせていたが、遠慮してかあまり多く食べていなかったな。


「おーい!ユージーン!チャルナちゃん知らなーい?――ってありゃ?」


「ん?ケーラか。チャルナならここに……」


「ユージーン……」


「どうした?」


 何故かレリューを見てケーラが固まっている。

 なんだ?まさかコイツまで前に会ったことがあるとか言わないよな?


「浮気?」


「はぁ?何がだよ?」


「いや、チャルナちゃんからその子に乗り換えたのかな、って」


「……本当に子供なのかお前は」


 その発想はなかなかできるもんじゃない。

 意外とコイツも転生者とかじゃないだろうな?……いやそりゃないか。

 レリューがこっちに気づいたので、丁度いい機会だと思って紹介しておくか。当の本人はまだ口の中一杯のようだが。


「アホなこと言ってないで挨拶しとけ」


「うーん。このくらいみんな普通に言ってるんだけどねー。まぁいいか。私ははケーラだよー。よろしくー」


「んんッ!ごくん……!ご丁寧にどうもありがとうございます。私はレリューと言います。以後お見知りおきを」


「う、うん?――――ちょ、ちょっとユージーン、この子何か変じゃない?」


 予想外の返答に小声でケーラが話しかけてくる。

 まぁ、確かに口に飯を頬張っておいて、お上品に挨拶するのはかなり変だが。

 今まで巡業商団ストローラーズに居なかったタイプなので、いつもは気軽なケーラも少々戸惑っているらしい。


「後でコネホから聞いておけ。ちと事情があるやつだが、悪い奴じゃない。……きっと、たぶん、おそらく」


「メチャクチャ不安になるようなこと言われてもねー。――ま、いっか。レリューちゃん?改めてよろしくー」


「はい♪――あッ、あッ!これも美味しそうです!ケーラさんもどうぞ!」


「あー。うん。ちょっと落ち着こうねー」


 食欲で暴走しかけているレリューの世話を見始めるケーラ。

 なんだかんだで面倒見がいいからこのまま任せておいていいだろう。

 さて、俺は俺でやるべきことがある。

 少女の世話は少女に任せて、俺は酒宴のテーブルから離れた。





「はぁ?『武術指南役』と『ビーストテイマー』を見繕ってくれだって?なんだってそんなことを言うんだい?」


「まぁ、俺に足りないものを補うためにな」


 中心から少し離れたテーブルで優雅に酒を飲んでいたコネホを見つけたのは、レリューの所からさほど離れたところだった。

 ちなみに『ビーストテイマー』は魔獣を契約によって使役する、魔法使いの形態スタイルのひとつだ。他にも『契約魔法師』とか呼び方はあるらしいが。


「丁度、護衛連中が戻ってきただろ?その中で適当なヤツを見繕っておいてくれ」


「そりゃ構わないがねぇ……アンタがそんなこと言うなんてちと意外だね」


「そうか?」


「そうさ。『弱き者に価値などないッ!死ねぇッ!』……みたいなこと言うもんだとばかり」


「…………なんでここの奴には変な勘違い野郎が多いんだ?」


 あとモノマネめっちゃうめぇ。どこの世紀末覇者だよ。


「別に弱いからと言って構いやしないさ。俺に楯突かなきゃいい話だ。…………それに『弱さ』が『強さ』を生むこともある」


「へぇ……?そりゃどういうこったい?」


「最初から力のある者は技を磨かない。鋭い牙を持つ獣は毒を持たない。そういうことだろ」


 まさに今までの俺だ。与えられたスキルの恩恵を享受するだけで、特に技術的なものを磨いてこなかった。


 剣は力任せに振り回すだけ。

 魔法は威力と手数に物を言わせるだけ。


 俺の『剣』は『剣技』ではない。

 俺の『魔法』はあの『魔力の奔流』と変わらない。

 2度も獲物に逃げられて、ようやく俺も重い腰を上げることにした。


「だから、自分が一度ぶちのめした相手に頭下げて教えを請うって言うのかい?」


「ああ。よろしく頼む」


「……素直過ぎて何か企んでるんじゃないかと怪しんじまうねぇ」


「はっはっは。ブッ殺すぞババア」


「にこやかに殺気振りまかれてもねぇ。――――ま、いいさ。貸しも返さないといけないからね」


 そういえば店の護衛をした時にそんなことを言った覚えがあるな。

 ゴタゴタを起こしたせいで取り消しになったものだとばかり思っていたが、ちゃんとカウントされていたようだ。


「それはそれとして、だ。ちゃんとレリュー様の護衛はしてるんだろうね?」


「ああ。今はケーラに預けてある。流石にこんな人の多いところで誘拐なんてできないだろう」


「んじゃ、あれはなんだい?」


「『あれ』?」


 見ればレリューのいたテーブル付近に人だかりができている。

 なんじゃありゃ?事件とかではないだろうが、何を見て――――


『――――美味しいです美味しいですッ!フォークが止まりません!』


『おおぉーッ!ついに五十皿を超えたー!』


『良い食いっぷりだ!さぁさぁ五十皿に掛けたヤツは前に出てこい!それ以下のヤツはテーブルの端でも噛んで悔しがれ!あとから俺も行く!』


「…………」


「…………」


 何のフードファイトだよ、と言いたくなるような騒ぎが聞こえる。

 レリューか……。なんだかんだであいつも結構変な奴だな。


「…………回収してくる」


「あいよ」


 肩をすくめながら、俺は騒ぎの中心に向かって歩き出す。

 とにかく、約束は取り付けた。後はレリューを守りながら自己鍛錬に励むのみだ。

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