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月の映る湖のほとりで 3


 フードでわからないが、何やら困惑した雰囲気が布越しに伝わってくる。

 わからないやつだな。俺はこれをどうするか、こいつをどう料理・・するかを教えてやることにした。


「いいか?まず、さっき見たパンツの食い込みがちと甘かったから、この剣で切れ込みを入れる。もちろん乱暴に見えるように荒々しくだ。

 次に体にぴっちりフィットしたチャイナドレス…………ああ、別にわからなくてもいい。俺が全部やろう。要はスリットがついたタイトスカートみたいなものだ。

 それを着せてゆっくり、そう、じっくりゆっくりとスリットを深くしていく。下に着けているのは今にも切れて落ちそうなパン――――」


「いやああああああああッ!耳元で変なこと言うなあああああッ!ヘンタイッ!こいつすごいヘンタイ!アタシに何する気なのよ!?」


「なんだ、まだ聞きたいのか?お次はだなぁ……」


「言うな!?言ったら絶対ぶっ殺すかんね!?」


 自分でも気持ち悪いような妄想が次から次に出てくる。

 献身的な自己犠牲を言い出す奴には、こうしてやるといい。残った方ではなく、残していく方からすれば罪悪感がハンパじゃない。


「……で?そっちのやつはこんな変態の元に友達を残していくのか?」


「くッ……卑怯です!」


「くっくっく……。何とでも言うがいい。さぁ!何をするのか知らないが、その人魚は大切な鍵なのだろう?お友達は自分を犠牲にしてまでもそっちを優先しているんだ。お前もその意思を汲んでやったらどうだ?」


「ううぅ……」


 向こうは滅茶苦茶葛藤しているようだ。

 俺も俺で夜食なんかより、オモチャになるヤツの方が欲しくなってきたが、これはあくまで演技。

 そう、いくらキモくても、欲望たっぷりでも、俺の人格とは関係ないッ!関係ないんだ!演技だから!これ演技だから!


「ど、どうしたらいいんですか……?この人魚さんのことは諦めますからルトちゃんを返してください!」


 聞かれちゃったよ。

 交渉は基本的に強気にやらなくちゃいけないだろうに。


「人質交換といこう。そっちの魚とこっちの食い込み娘、ゆっくりと歩かせて交換だ」


「…………いいでしょう」


「ってか食い込みって言うなあッ!」


 悪態吐きながらフラフラと覚束無い足取りで立ち上がり、向こうのコートの方に歩いていく食い込み娘。


 さて、向こうの魚も……。

 魚、も……。

 ……。

 …………。

 ………………。

 人魚を『歩かせて』交換?


 見れば向こうの方は困惑して動いていない。

 自分で言っておいてアレだが、こうも間の抜けた人質事件も無いだろう。

 とりあえず俺もあっちに向かって歩いていくことにする。





 俺が近づいた分だけ、向こうのコートのやつに離れてもらってなんとか人質交換は無事に終わった。後は向こうにお帰り願うだけだ。

 結局なんの騒動に巻き込まれたのやら……。


 よく眠っている人魚を地面に降ろして、油断なく向こうの動向を探る。

 今はまだ食い込みの方が上手く動けないようで、未だにそこにいた。


「…………」


「――ん?」


 なんだ?後から現れたコートの方がこちらに顔を向けたままじっとしている。

 何を見ている?

 ………………。

 人魚?


「くぁウッ!」


 !?

 いきなりそいつが吼えたかと思えば、人魚の足元に魔法陣が現れて、その体がゆっくりと地中に沈んでいく。

 見れば、コート連中の足元にも同様の魔法陣が現れている。


「引っかかりましたね…………!」


「テメェ……!騙したのか!」


「はい!すみませんがそちらの人魚さんも私たちには必要なので、連れて行かせてもらいます!これぞ影魔法『シャドウゲート』!ですッ!」


 くそッ!あんまり間抜けな連中だったから油断してた!

 名前から察するに影を使った転移魔法か!?

 咄嗟に落ちていく腕を掴んで引っ張りあげようとする。


「ダメです!無理に引き上げようとすれば死んでしまいますよッ!」


「ちッ!」


 全く面倒な!

 どうする?別にこれで諦めてまた魚を釣ればそれで済む話だが、ここまで俺の邪魔をし続けたんだから、何かしらの報復をしてやりたい。

 だが、どうやって?

 人魚の方は引き上げれば死ぬ。

 向こうに直接何かするには、転移まで間に合うか分からない。

 この魔法をどうにかしなければ…………。


 お?そういえば、この魔法って……。


「――――にひひ……」


「ッ!?も、もう何したって無駄ですからねッ!?そんな怖い顔したってダメなんですからねッ!?絶対ですよ!?」


 慌てて俺に釘を刺そうとするが、それこそ無駄だ。

 とりあえず人魚は一旦置いておく。

 俺は拳銃型魔道具フライクーゲルをあっちの連中のゲート……魔方陣・・・に向けて引き金を引く。

 轟音とともに生じた魔法弾が吸い込まれていき、連中の沈むスピードが落ちる。


「あ、あれ!?なんで!?どうして遅くなるんです!?」


「ちょ、ちょっと!早くしないとアイツが!アイツが来ちゃうよ!?」


 あっちは困惑しているようだが、俺は構わず歩を進めながらさらに引き金を引いた。ますます魔法陣の構築が遅くなり、俺が近づくにつれて向こうの動揺も大きくなっていく。

 この魔法、どうやら魔法陣がゲートの役割も兼ねているらしい。なのでこうやってゲートに直で妨害を仕掛けると、その転移自体も遅くなるようだ。

 俺がコートに手が届くところまで近づいても、転移もできず、かと言って中断もできずに、連中はそこにいた。


「――――はろー♪」


「――――ヒイイイイイイイイイィィィィィィィ!?」


 失礼なやつだな。せっかく極上の笑顔で迎えて挨拶したというのに。

 足元の魔方陣に向けて連射しながらコートの奴らの後ろに周る。


「よいしょっ、っと」


「な、何をする気ですか!?やるんですか!?チャイナですか!?」


 別に変なことする気はなく、そのまま脇の下と思われる場所に手を差し込んだ。2人共抱き合っているので一方を捕まえればそれで済む。


「いや、さ。移動中の人物をムリヤリ引き抜くと死ぬ、ってんならさぁー?

 お前ら引き抜いたらどうなんだろうなぁ、って」


「いっ!?なんてこと考えんのよアンタは!?やめなさい!今すぐやめなさい!この変態!」


「やめ、やめて止めて辞めてヤメてええぇぇぇぇぇぇ!?」


 そんなこと言われてももう遅い。

 せっかくなのでこの状況に合った歌を歌いながら、掴んだ腕に力を込めた。


「うんとこしょ♪どっこいしょ♪大きなカブは抜けません♪」


「ひいっ!?なん、なんで!?さっきまで低い声だったのになんでいきなり普通の子供みたいなカン高い声出してんのよ!?」


「怖いです怖いです!もう嫌ですおウチ帰りますうううううぅッ!」


 んー……感触が結構硬い……?

 なんというかゲートの向こう側で大きな力で固定されているような……。

 だがもう少し力を入れれば抜けそうだ。

 俺が思いっきり踏ん張って力を入れるとほぼ同時に、手にかかっていた抵抗がふと消える。


「抜けたか?…………っておお!?」


「ううぅ…………危うく死んじゃうところでしたよぅ…………」


「くッ……どこかの騎士ならともかく、こんなガキ相手に逃げないといけないなんて……」


 見上げれば先ほどまで震えていた影がふたつ、頭上に飛んでいた。

 どうやら魔法を解除して、俺の腕から飛んで逃げたらしい。

 その身を包んでいたコートは脱げて、その中身を晒していた。

 月を背後にを広げるその特徴的な姿を見て、あいつらの正体を悟る。


「そういやぁ、いたな。詠唱も必要なく、魔法陣を構築して魔法を使い、それぞれに特殊な能力を持つ奴らが」


「…………気づいたみたいね!そう、アタシ達は魔人!ただの人間風情が絶対に届かない存在だと思い知りなさい!」


 居丈高に言い放つ元コートの人物。あれは……食い込みの方か。

 ハイレグのレオタードにスカートをつけたような格好をしているそいつは、腰の当たりからコウモリのような皮膜を持つ翼を生やしていた。

 髪は黒のショートボブ。頭からは牛のような角が。尻尾もあるのを見ると悪魔系の魔物の魔人らしい。猫のようなつり目が闇夜に光る。


「しょうがないです……今回は王女は諦めましょう」


 後から来たコートのほうは薄紫色のビキニにパレオのようなスカートを着けている。全体的に露出度が高く、メリハリの効いた体をその扇情的なコスチュームに押し込んでいる。髪は濃い紫色。ロングヘアにゆるくウエーブがかかっている。

 タレ目で気弱そうな表情と、ワガママボディ(死語)のギャップがすごい。食い込み娘ほど大きくはないが、コイツもまた申し訳程度に翼が生えている。こちらは一見して何の魔物が元になっているのか分からない。


 魔人とは、一定量のエーテルを吸収した魔物が変化する上位生命体だ。魔人がさらにエーテルを吸収すると魔王になる。

 魔人単体でも人間にとっては重大な驚異になり得る存在だが……こいつらがそうだとは思えないな。

 ちなみに魔人どもは俺の手が届かないような高さにいる。もう完全に逃げの体勢だ。


「そのお偉い魔人様が、ただの人間のガキにいいようにされて、そのまま尻尾を巻いて逃げ帰る、ってのはどうなんだ?」


「うっさいわね!覚悟して置きなさい!絶対に取り返してやるんだから!」


「まぁ確かに陸上では人魚は目立ちますからね。それを目印にまた来ます」


「…………とは言ってもなぁ……これから捌いて食う予定だし」


 件の王女様の方も魔法が解除されたのか、力なくその場に倒れている。

 いかにも面倒を呼び込みそうだから、さっさと食っちまうか?

 いや、こいつらはこれが目当てらしいし、とりあえず生かしておいてエサに使ってみるか。


「いい?絶対その子を食べちゃダメなんだからね!?」


「………………本当に食べるつもりだったんですか……!?」


「うるせぇ。わかったからとっとと帰れ。お前らごときに構っているほど俺も暇じゃない」


「なんですってぇッ!?」


「ううぅ……本当にかなわないみたいだし、今日はもう帰ろうよルトちゃん……」


「くっそー!覚えてなさいよねッ!」


「セリフがいちいち古臭いなオイ……」


 俺のボヤキが聞こえたのか聞こえていないのか。憎々しげな顔をして魔人たちは飛び去っていった。きっと離れた場所であの魔法を使って一気に帰るつもりなのだろう。


 バサバサという羽音が消えると湖にようやく静寂が戻る。

 やれやれ……腹ごしらえをするつもりが、とんだ運動をしちまった。チャルナも探しに行かないとな……。

 とりあえずひとつため息を吐いて、眠っている人魚の体を抱えて馬車の方に戻る。とにかく人を集めてコイツのことを聞かないとな。

 なにかきな臭いことになってきた。


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