笑顔の仮面
「――にしても意外だねー……」
「何がだ?」
「ユージーンがそういう細かい作業が得意ってこと」
あれから2日経って夜。エミリアと俺、ついでにセレナのぬいぐるみを作り終えた俺は、他の友達……ケーラ達の人形を作っていた。
ちなみにリザードマンの村はとうに出発して、また砂漠と森の間にある街道を南下していた。出発の際にえらく村長に感謝されていたが……未だに俺が魔物討伐した本人とは思っていないらしい。感謝の言葉を伝えてくれと言われた。
今はケーラの人形を作っているところだ。場所はいつかの移動式食堂。当の本人はテーブルの向こうにいて人形のモデルになってくれている。休憩時間に一人ずつ呼んでガワだけ作っているのだ。
最近は前の警備の奴らがだいぶ戻ってきているので俺の休みの時間もだいぶ増えた。前は出ずっぱりだったからな。
「前はよく作ってたからな。それなりに慣れてはいる」
妹や弟相手だけどな。
「ふーん。なんか戦い方が大雑把だから細かいのは苦手かと思ってたよ」
「まぁあいつらは力任せにやればなんとかなるからな。……ほいっと。できたぞ」
大まかな表情や服装を縫い終えて、後は形を整えて綿毛を詰めるだけだ。
ケーラは自分の特徴を捉えたぬいぐるみの布地を興味深そうに眺めている。今日のケーラは妙に大人しい。いや、モデルしてる時に動かれても困るんだが。
「へぇー。これがあんなふうになるの?」
「ああ。できたら見せに行くよ。……チャルナがな」
「うん。楽しみにしてる。……それとちょっといいかな?」
「ん?なんだ?」
「そのぅ……いつもそうやってイチャついてるの?」
「?何がだ?」
言ってる意味がわからん。
ケーラの指差す先を見ると、俺の膝に頭を預けて丸くなっているチャルナの姿があった。ワンピースのスカートがちょっと危ない感じに捲れているので直しておく。
寝返りをうったチャルナの髪を整えて、ついでに頭を撫でてやる。よく寝ていて尻尾が時おりリズムを刻むようにベンチを叩いた。
気持ちよく寝ているのが傍から見ていてもよく分かる。
「……っと、すまん。それでなんだって?」
「えぇー……。自覚ないの?うーんと……いつもそんな感じに過ごしてるの?」
「ああ。落ち着くとこんな風になるな。いつもは本読んでるんだが」
「めちゃくちゃイチャついてるじゃん」
「はぁ?こいつはペットだぞ?頭大丈夫か?」
「え!?私!?私がおかしいの!?」
変な奴だ。飼い猫がじゃれついてくるのなんて普通だろうに。
…………本当はある程度意味がわかっているのだが、前回のことを引きずるのはよろしくないので、意識してそういう方向に考えないようにしてある。
照れくさいのであくまで鈍いと思わせるような態度をとっているだけだ。
どうにもチャルナは鈍いからな。この前のこともどこまで理解しているやら。
ケーラは大げさにため息をつくと苦笑を浮かべた。
そういえばコイツ『にゃんにゃん』とか知ってるなんていったいいつの年代の人なんだろうか?オッサン相手のお仕事だから覚えてしまったのだろうか?
……まぁ見た目十歳くらいのチャルナに言われて、反応する俺が言えた義理じゃないが。
「こりゃいらない心配だったかもね」
「さっきから何を言ってる?」
「んーん。なんでもない。んじゃ、次はリツィオ呼んで来るねー」
「ああ、頼むわ」
店に向かって歩いていくケーラの背中を見送って、次のぬいぐるみの準備をする。これから大量に材料が必要になるので、一括で商人から仕入れておいた布やら何やらがアイテムボックスに一杯になっている。
ついでにコネホのバアさんから渡された、件の報告書を取り出して読み始めた。
多くの報告は大したものではなかったが、いくつか見逃せない情報も混じっていた。
まず、『天上殿会議』が開かれるのがこの夏の大陸、エンコントロ・エストラーダの大会議場であるらしい。
各大陸の各国首脳が揃い、起こりうる災厄の予想、それに対する対策について話し合う。全てが決まり次第、いよいよ『英雄召喚』を執り行う、という話だ。
時期は俺たちの巡業商団がストラーダに着いてからひと月ほど後のこと。なかなか良いタイミングだ。
英雄を目指す俺からすれば捨て置けないイベント。近くにいられるのは運がいい。介入はできないとしてもその動向くらいは把握できるだろう。
これに先立ち、大陸各地からそれぞれの族長が集ろうと、準備を進めているとか。
巡業商団よりも遅く出発して追いつけるのか、とは思うがそれぞれに何かしらの方法があるらしい。報告書には軽く触れてあるだけで、その中身までは言及されていない。
それさえあれば俺もエストラーダまでひとっ飛びなのだが。
…………あるいは文字通り飛んで行くのかもしれない。街道は巡業商団が居るだろうし。
お次は少々きな臭い話だ。なんでも一部の部族が隣の別の部族に戦争を仕掛けている、という話。もう一年ほど前から争っているが、未だに決め手にかけてズルズルと引き伸ばされているらしい。
これ以上引き伸ばされるようなら、エストラーダの議会から軍が派遣されて鎮圧に向かうだろう、と、商人の予測で文が締められている。先にも述べた『天上殿会議』の開催が近いのだから、大事にして残しておけば弱みを見せることになる。
そりゃ躍起にもなるだろう。各大陸の国々はその距離の遠さから互いに関わりが薄いが、弱みを見せたならそれを切り口に介入してくる。別の大陸からの侵攻が絶対にないとは言えない。
それを今のうちに無くしてしまおうというのは至極真っ当な話だ。
…………介入されたその地域がどうなるのかは知らないが。
魔物関連では、冒険者がエストラーダ付近に留まっていて、各地の村まで手が回っていない、というのが書かれている。これもまた『天上殿会議』の関連だろう。来るまでに一斉掃除をしようということだ。恐らく先の戦争についても軍に組み込まれる前提で備えているはずだ。
お陰で凶悪な魔物が各地で増え、それを解消しようと会議が行われているらしいが、どこもそんな状況なので紛糾しているとか。
どこに行っても強い魔物と謝礼が出る。これはうまい話だ。飛びつかない訳にはいかないだろ。ぬふふ。
あとはこれに関連してドラゴン……炎龍の情報もまとめて出てきている。どうにも俺とのタイマン(いや、チャルナもいたが一応な)から逃げたあと、巣のある炎龍山脈に逃げ込んだとか。大慌てで空に羽ばたく尾の無い竜の姿が目撃されている。
今回こっぴどくヤられたのであと百年は出てこないでしょう、と媚びるような言葉があとに続く。どれも俺がやったことについて賞賛しているが……本心では無いだろう。
『こちらにとばっちりが来ませんように……』という恐れが透けて見える。まったく、現金なヤツらだ。会議の場ではあれほど批判してきたというのに、個人では手のひらを返す。ある意味商人らしいと言えるしたたかさ。恐れ入るね。
書かれている内容に呆れながら、俺は次の報告書に目を通していった。
―
「にゅふふ……。ゆ〜う〜くんッ!」
「――――甘い」
程よく時間も経ってそろそろ来るかと思っていたので、後ろから忍び寄ってきていた魔手にも対応できる。
背後に気配が生じると同時に、俺は手の力だけで体を浮き上がらせてテーブルに座る。さっきまで俺の頭があった位置を、褐色の腕が通り過ぎていった。
その腕の主は俺が避けたのが気に入らないのか、子供っぽく頬を膨らませてむくれている。
こっそり俺に忍び寄ってきていたリツィオだ。そばにはルカの姿もある。
「んもぉーッ!なんで避けちゃうの!?オネーサンのムニムニを味わえなくても良いの!?」
「いいんだよ。そんなことになったら客にナイフ付きつけられるだろうが」
それが刺さるかどうかはさて置き。
いきなり歌姫として評判の娘が現れたせいで他のテーブルの客が騒ぎ出した。もう少し場所を考えて呼び出すべきだったか?
「お、おい、今の……」
「ああ、あのガキ、スゲー動きしてた……」
「大道芸人か何かか?」
…………違ったらしい。
「あの小僧……ッ!我らがリツィオちゃんの御褒美を……」
「どこのどいつだ?折角の好意を無駄にしやがって」
「いや、避けなくてもぶっ殺すけどな」
こんなところまで狂信者がいるらしい。一部男性陣から殺気混じりの視線が飛んでくる。
上等だ!今すぐかかって来やがれ!返り討ちにしてやらァ!……などとは思っているだけで言いはしないが。
それはともかく。
「ほら、ちゃんと大人しくしてないと変なデキのぬいぐるみにするぞ?」
「むぅ……。それはイヤね……。わかったわよー。ちゃんと座ってる」
「よろしくお願いいたします」
不満そうなリツィオと、ペコリと頭を下げるルカ。
その2人が反対側に腰を落ち着けたのを見て、俺も布と針を手に取った。
まったく、最初から普通にやらせてくれよ……。
何度も顔を見返しながら、ぬいぐるみの布に針を通す作業がしばらく続く。モデルの2人は最初のうちは雑談に興じていたようだが、気づくとリツィオがじっとこちらを見つめているのに気付く。
テーブルに肘をついて手の平に頬を乗せて完全に観戦モードだ。
ちなみにルカは、リツィオがその行動に出た時点で何も言わずに石像のように固まってしまった。
最初はそんなに気にする事もないかと、無視していた。(顔を見ながら作業しておいて『無視』というのも変な話だが)
が、流石に経過時間が30分を超えた時点で、いい加減に気になってきたので声をかけることにする。
「――――なんのつもりだ?」
「んー?一生懸命だなぁ、ってね」
「なんだそりゃ」
俺から言い出した事なんだから当たり前だろうに。
リツィオはそんな俺の疑問を察したように、意味深なお姉さんスマイルを浮かべて言う。
「だってさ、いつもは戦う事くらいしか興味なさそうな態度なのに、チャルナちゃんが関わると態度がまるで違うんだもん。もしかして――」
そこまで続けてから一旦言葉を切って、意地の悪い笑みを浮かべ、そして。
「好きなの?」
と聞いてきた。
まるっきりガキが相手の弱みを握ろうとしているテンションだ。
付き合う義理はないが……。それでもこっちは協力してもらっている立場だ。無視しているわけにもいかない。
俺はため息を一つ吐いて、膝の上のチャルナに目を落とす。
よし。よく寝入っていてこちらの会話は聞こえていないようだ。
それを確認してからリツィオに視線を戻して、俺なりの答えを告げる。
「――気に入っているか、という意味ならその通りだ」
「あら?結構素直に認めるんだ?てっきり『ベっ、別にこいつなんて好きじゃねーよっ!』みたいな反応を期待してたのに」
「なんと言おうがお前は素直に取らないだろ。それなら何言ったって同じだ」
しょうもないことを聞くなと言外に伝える。
大方、俺の反応を見てからかおうという意図なのだろう。
受け答えしている間も手元の作業は続いている。あくまでこれは作業の合間の遊びだ。真面目に答える必要はない。
だが。
「少なくとも俺はお前らみたいに裏がある連中を気に入ることはない」
「―――ッ!?」
空気が音を立てて凍りついた。
俺の言葉に反応したのはリツィオ――――
――――ではない。
その横に居た、石像のように硬直していたルカだ。
ルカは突如冷たくなった俺の言葉に過剰に反応し、椅子から腰を浮かせていた。その狼の耳も尻尾も緊張でピンと伸びきっている。
対してリツィオは特に何も無かったかのように、目立ったリアクションを返さない。
何事も無かったかのように針を動かし続ける俺と、先程から全く変わらない笑みを浮かべ続けるリツィオを見て、己の失態を悟ったようだ。
気まずげに座りなおすその姿に、しかし、俺もリツィオも特に反応しない。
どうでもいい。
俺は本当に何かあるのは、目の前で変わらない笑顔を意地しているこの女だとずっと以前から知っている。
先程までただのじゃれあいをしていた長閑な雰囲気はもうどこにもない。
外野だけが何も起きていないように、変わらず在り続けているせいで、ここにいる3人だけが透明なガラスを隔てているようにすら感じる。
俺が動かす針だけがこの3人の中でひたすらに変化し続けている。
ルカはまだ動けずにいるし、リツィオは面白そうにこちらを観察している。
俺からは動く気はない。
奇妙な硬直はしばらく続いた。
「――――よく分かったね。偉いよユー君。オネーサン感激だよー」
最初に口を開いたのはリツィオ。
まるでいたずらの種明かしをするように、楽しそうな口調でその答えを口にする。
「私たちはコネホさんに言われてユー君を監視してたんだー」
「ケーラ達みたいに、か?」
「ありゃりゃ、気づいてたんだ」
「気づかないわけあるか。明らかに何日も休むような怪我じゃないのに、未だに俺らにくっついて来るんだからな。他の連中からも探るような視線を受けてたし」
あれほどスパイが合わない奴もそうそういないだろう。俺がすることに興味を持ち、どんなことでも根掘り葉掘り聞き出そうとする。
あからさまに怪しんでくれ、という要素満載だ。
とはいえ、俺がこの商団に来た経緯を考えればしょうがないと思う。
「流石におかしかったか〜。でもケーラアレはユー君たちに興味があるから自発的にやってる部分も多いんだよ?」
「知ってるさ。じゃなきゃコイツに友達を紹介させたりなんかしないからな」
そう言って俺の膝枕で眠るチャルナを指し示す。
ケーラの興味だか好意だかわからない気持ちをとっかかりにして、コネホのバアさんにアプローチできた。
俺からすれば、アレはこれ以上ないほどわかりやすいアプローチだ。
こちらに害する意思がないことを示し、あちらはそれを受け入れることによって了解の意思を示す。子供を介した俺とバアさんの駆け引きだ。
結果は…………子供らが暴走して少々変な方向に行ってしまったが、良好と言える関係になれた。
だからこそ、了解の意志があったからこそ、娼婦たちを俺に接近させたのだろう。バアさんのところの主な稼ぎ頭と言える娼婦達を。
きっと最初は彼女たちも探りを入れるだけの要員だったはずだ。今はこちらに敵対の意思がない、あるいは無害だとわかったから、取り込む動きへとシフトしているように見える。
俺もその程度ならば実害はないから放っておいているが、馴れ合うつもりはないと釘を刺すのが今回の目的だ。
それはコネホに対しても、リツィオ達に対しても。
先程まで硬直していたルカは肩の力を抜いて大きくため息を吐いた。
俺が気分を害したとすれば、例えルカでもリツィオを守りきれないからな。
こちらも丁度、ぬいぐるみのガワが出来たところだ。
「お遊びに付き合ってくれてありがとさん。なかなか面白い演技だったよ」
礼を言いながら立ち上がる。寝ぼけたチャルナが目を擦りながら体を起こした。
あくまでアレは子供のお遊び。言外に込めた意味をきっとリツィオは受け取ってくれるはずだ。
さて、あとはゆっくり型取って縫い合わせ、中身を詰めて――
「…………それで?ユー君は結局オネーサンのことどう思っているのかなぁ?」
「…………」
広場から立ち去ろうとした俺の背中にリツィオの声がかかる。首だけで振り返ると、この話の間ずっと変わらない笑みがそこにはあった。
――――食えない奴だ。
俺に対して見せるのは子供のようにむき出しの、わかりやすいポーズのみ。
出会った当初から、俺はコイツのことは信じないようにしている。
その笑顔の仮面の下で、彼女は一体なにを考えているのだろうか?
「…………さぁな」
俺はそれだけ返して今度こそ広場を去るのだった。