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ぬいぐるみ


 一息吐いて詳しい話を聞く。やいやい騒いでまとめるのに時間がかかったがどうやら今回のこれはチャルナがケーラ達と世間話をしていた流れで起きた事らしい。

 ケーラ達曰く『扱いが悪い』とのこと。

 (それについては娼館の方でも言われていたので言い訳のしようも無かった。)

 それで何か怒られるような真似をしたのか、という話し合いが行われ、結果、ムリヤリついて来たせいだとの結論に至る。

 そこから『男に許しをもらうなら色仕掛けの方が良い』というなんとも偏った価値観のもと、作戦が立案され実行に移された。

 これが今回の経緯らしい。


「…………もうちょいマシな思考の持ち主はこの中にいないのか……」


「いや、だってほら。あたしら職が職だし」


「ていうか思ったより普通だねユージーン君」


「そうそう。もっとこう……『ふははははッ!我こそは征天覇王ユージーンなりィィィィッ!!』みたいな子かと」


「どこの馬鹿だそいつは」


 というかどこからそんな発想が。

 色々と計り知れない連中だ。


「でもたまにそんな笑い方してるよね?」


「ぐッ……あ、アレはだなぁ……」


「しかもなんだかんだ言って引っかかってるし」


「そんなことは……ないこともない……」


「そもそもの原因もユージーン君だって聞いたけど?」


「…………マジですみませんでした」


 中学生に論破される28歳……。

 それもこれも俺がチャルナをいたわらなかったのが悪いのか。

 ベットに横たわるチャルナの頭を撫でる。なんとも間抜けな展開になったがコイツのことを見つめ直すにはちょうど良かったのかも知れない。




「うん……にゃ……?」


「起きたか」


 さっきからザワザワとやかましかったからな。

 パチパチと瞬きしていた視線がこちらを捉える。起き上がり、周りを見てケーラ達がいることに気づいた途端にチャルナはバツの悪そうな表情になった。


「うにゃ……マスター……?」


「ああ。おはよう。……さっきのことは覚えているか?」


「うん。ごめんねマスター……」


 そこまで言うとくしゃっと顔を歪ませて涙目でこちらに訴えかけてきた。

 ケーラ達はこちらの空気を察したのか。静かに馬車から出て行った。

 それにも気づかずチャルナは言葉を続ける。


「ホントはあたしのこと置いてくつもりだったでしょ?だから怒ってたんだよね……?あたしバカだから気づけなかった。ケーラ達に言われるまでわかんなかった……。――ううん。ホントは今もわかんない」


「チャルナ……」


「だってマスターは優しくしてくれてたもん。ゴハンもいっぱい食べさせてくれるし、相手だってしてくれた。

 ……でも、マスターがホントは怒ってたなら――」


 言葉を詰まらせて俯いてしまうチャルナ。その耳がペタリと悲しげに伏せられていた。


「――――ごめんなさい。なんでもするから嫌わないで……」


 ポタポタとベットにチャルナの涙が落ちる。

 ――俺もチャルナもどうやら勘違いしていたらしい。いや、そそのかされたのか。

 うなだれた頭をそっと撫でる。一瞬ビクリと身をすくませたが、なすがままになっている。


「お前はバカだなぁ」


「うにゃッ!?」


「俺が嫌いだったり怒ったりしてたら、遠慮なんかするように見えるか?」


「…………ううん」


「だろ?だから別に俺はお前のこと嫌いでもないし怒ってもいない」


「…………ホント?」


「ああ。ホントだ」


 いつだかも同じようなやり取りしたな。あの時のことを思い出しながら言葉を続ける。


「俺がお前を置いていこうとしたのは、これから危ない旅をすることになるからだ。魔物とだって戦うし、よくわからない場所にだって行かなくちゃいけない」


「…………うん」


「お前にも生き方があるだろ?エミリアのところであいつらと一緒にいた方がお前に取って良いかと思ったんだよ」


 俺が家を離れて旅に出るとき、いつもこいつは隣にいた。

 危険にも晒した。魔物退治なんてさせてたのはこの何も知らないコイツがこれからも生きていけるように、強くなって欲しかった、という一面もある。

 俺が誰かの面倒を見て行くなんてできないと思っていた。

 だからいつかはチャルナも独り立ちさせようと。


「あいつらと離れて寂しい思いをするくらいならいっそのこと置いてっちまえ、ってな」


「…………でも」


「ん?」


「でもッ!あたしはマスターと一緒にいられなくなった方がもっと寂しい!」


「…………そうか」


「お願いだから置いてかないで!マスターッ!イヤだよ!ひとりは……マスターと一緒にいられないのはイヤだよぅ……ッ!」


 俺の胸に抱きつきながら泣き叫ぶように想いを吐き出すチャルナ。

 よっぽど俺から離されるのは不安だったらしい。

 もしかしたら、ケーラたちはきっかけに過ぎず、まどろむ子ヤギ亭で俺から置いてかれることを聞かされた時から、ずっと不安だったのかも知れない。

 チャルナはまだ子供だ。

 猫なら独り立ちし始める歳かもしれないが、こいつはずっと猫と人の間にいた。

 親に依存する子供なんて珍しくもない。むしろ普通だ。

 親代わりの俺から引き離されるのは辛いだろう。

 そんなことも俺は分かっていなかった。どこかチャルナを特別なものとして扱っていたのかもしれない。


「お前がバカなら俺はもっとバカだな。大バカだ」


「ますたー?」


「ゴメンな、チャルナ。それでも俺はお前を置いていくかも知れない」


「ッ!?い、イヤッ!イヤだよ!」


「でもな、それは別にお前を捨てたわけじゃない。チャルナに待っていて欲しいんだ」


「……?待って……?」


 不思議そうに見上げて来るチャルナに、ゆっくりと分かるように言葉を選んでいく。


「そうだ。俺はみんなを置いて、誰にも知られずやらなくちゃいけないことがある。そこにはチャルナも連れて行けない」


「絶対?絶対にダメなの?」


「ああ。絶対だ」


 魔物ならともかく、俺が相手にするのは怪物、それも世界を変える怪物だ。間違っても誰かを一緒に巻き込むことなんてできない。

 俺自身があろうとしている『英雄』の形も孤独であることを望んでいる。

 誰も信じず。

 暴力に負けず。

 怒りのままに――。


「だから俺が帰ってくる場所をチャルナに守ってほしい。全部終わったら迎えに来れるようにな」


「守る……あたしが……?」


「そうだ。チャルナだからこそ頼めるんだ」


 信じているわけじゃない。

 知ってるんだ。

 チャルナは俺に依存している。ならば俺を裏切ることはない。

 その事実を、知っている。


 俺から何かを任されるのが嬉しいのか、そのことで不安が薄れたのか。

 少しばかり涙も引っ込んできたみたいだ。


「それでも不安だって言うなら……こいつだ」


「?なにこれ?」


 俺はアイテムボックスから出来たばかりのぬいぐるみを取り出す。

 少しばかり不格好だが、ちゃんと形はできている。小さな、片手に乗るくらいの人形。

 茶髪のポニーテールがついた犬耳の少女。

 桃色の髪を編んで三つ編みにした兎耳の少女。

 それは――


「ヴィゼとフィルシア……?」


「お前が出会った友達をこうしてぬいぐるみにしてプレゼントする。ちと安易だけどこれなら少しは寂しくもないだろう?」


 娼婦達と決めたプレゼントがこれだ。

 ただのぬいぐるみでは味気無いだろうと考え出したのが、こうして友達をデフォルメしたぬいぐるみ。やや子供っぽいかもしれないがチャルナには丁度いい。


「これくれるのッ!?」


「ああ。誰かと出会うたび、友達になるたびに増えていくぞ。エミリアのはもう少し待って…………」


「じゃ、じゃあッ!」


「なんだ?」


「マスターのッ!マスターのお人形もッ!」


「……ああ。わかった。あとで用意しておくよ」


「やった!ありがとうマスターッ!」


 先程まで泣いていた影はもうない。

 底抜けに明るい笑顔がチャルナの顔に戻っていた。

 これでいい。

 俺が歪んでいても、両手に抱えるくらいいっぱい友達が増えたなら。

 この小さな子猫はきっと真っ直ぐに育ってくれるだろう。

 そして例え、俺が帰れずに、死んでしまっても――

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