扱いについて
リザードマンの村で逗留すること3日。
商団がそれぞれの商いをやっている間にしたことといえば情報収集と魔物狩りだった。
近くにできたという巣にいたのは例によって魚系の魔物。空中を泳ぎ、すぼまった口を持つ熱帯魚のような魔物は20匹ほどの集団だった。
口先から魔法弾を飛ばしてくるので少し手間取ったが少しずつ誘い出して各個撃破、ほぼ力技で全滅できた。収穫といえばその窄まった独特の噴口をいくつか切りはずしたものくらいだ。時間があれば鍛冶屋などに頼んで拳銃型魔道具のパーツにでもしよう。
魔物全滅の報告を村長にするといたく感謝された。なんでも冒険者ギルドがエストラーダにしかなく、巡業商団の護衛に高額な依頼料を払って退治してもらっていたそうだ。
退治してくれた人に渡してくれ、と半分ボケたような村長に謝礼を手渡された。…………俺がただの使いだと思っているらしい。結構な金額だったが、それでも依頼するよりは安いとか。
まぁ貰えるものは貰っておく。正当な、とは言えないが『報酬』だし、な。
あれから娼婦達からは何故か気に入られたらしく、ちょくちょく店の警備に回されるようになった。からかわれるし、経験値は手に入らないし、俺としては外の警備の方がいいんだが。
そんなこんなで顔を合わせれば挨拶や雑談するくらいには仲良くなった。それで今は俺自身の話に水を向けられたのだが――――
「ええ〜ッ!?チャルナちゃん、友達から離されてずっと一緒にいるの!?」
「え?あ、ああ。そうだが……」
「ありえない!ずっと付いて来てくれているのにあんな雑な扱いなの?」
――――何故かダメ出しをくらっていた。
チャルナの扱いが雑、と言われても……
「あいつは俺のペットだぞ?」
「来ましたワー!ご主人様 関 白 宣 言 ッ!」
「あーあー。こりゃダメ男だねぇ。釣った魚に餌をやらないどころか自分の所有物扱いとか」
「いや、そんなこと言われても……」
なんなんだ。こいつらのこのテンションは?そしてなんだこの深夜のバラエティ番組っぽい進行は。確かに今は日も暮れて夜に差し掛かっている。娼婦たちも夕食を食べて仕事に入る時間だ。
「いくら身も心も征服しちゃったからってそれはないでしょー」
「ええー。最近の子供って本当にそこまでやるの?」
「いや、そこはホラ。ユーちゃんだし」
「ユーちゃん言うな」
なんだここの奴らは。神の工作すらも効かないのか。好き勝手あだ名付けやがって。
まさか……噂の女子力か?神すらも超えるのか女子は。
「とにかくいたわってあげないと可哀想でしょ?ユーちゃんがいくら大人っぽいからってチャルナちゃんは年相応なんだし」
「う、ぐ……。一理ある……が、具体的にどうすればいい?」
「そうねぇ……旅行に連れて行ってあげるとか」
「おばあちゃんか。そもそもこれ自体が旅行だしな」
「だめか。……友達に会わせてあげる、は無理か。新しく作ってあげるのは?」
「ケーラに任せてある」
あいつの人脈に頼んで同じくコネホのしたで働いているやつを紹介してもらっている。ちょうど今も遊ばせている時間だ。それでもダメらしい。
「なら休みをあげるとか」
「あいつはむしろ暇を持て余してる感じだろ」
「なら……そうねぇ……プレゼントは?」
「ふむ?シンプルでいいが、モノによるな」
「チャルナちゃん可愛いものあんまり持っていないから髪飾りとかは?」
「いや待って待って。もっと子供っぽく――」
あーでもないこーでもないと騒ぎながら計画を詰めていく。最終的に俺がヌイグルミを自作して渡すことになった。それも感謝のセリフ付きで。罰ゲームじみてきたな。幸い材料なら問題ない。ここは商人の集まり。なんでも揃うのが売りだ。
―
手芸関係の店から布と針、一部のモンスターから取れる綿毛を買い取る。染料はそれ専用の魔法を買い取って使用する。紙型もミシンもない。一から作らなければいけないのがツライが、今回作るのはそれほど大きいものではないのが幸いだ。
地球で妹にも余った布で小物を作った経験が活かせる。チクチクと布を縫いながら考える。
――思えばチャルナにはかなりの不便を強いている。
年頃の子供らしく遊ぶ相手もままならない、移動中心の生活。
魔物との戦い。
そして無茶をする主人。
さらに装飾品のひとつも買ってくれない主人。
あいつらの言葉ではないが、可哀想と言われてもしょうがない生活だ。
俺が勝手に決めるものではないとも思うが、チャルナはまだ子供。何が良くて何が悪いか。そんなことさえ今の生活ではわからないのかもしれない。
「……まいったな。ダメな飼い主そのものじゃないか」
チャルナがただの猫ならば、そんなものは必要ないのかもしれない。
けれど、あいつは人に、獣人になった。獣人のチャルナとして他人と関わってしまった。
人は誰かと関わることで、そいつは、そいつの人格は成される。
少なくとも俺はそう思っている。
チャルナは『獣人のチャルナ』として関わることで人格を得る。
例え――何かが欠けていたとしても。
歪な人格を、得てしまう。
「…マ……たー…」
今のあいつは俺に依存している。
幼い頃から一緒にいて自分を振り回す俺に。
果たしてそれは正しい事と言えるのか?
影響を与える俺自身が、こんなにも歪んでいるというのに。
「…………すたーっ?」
迷い。
不甲斐なさ。
申し訳なさ。
そんな内面が表に出てしまったのだろうか。
ぬいぐるみの顔が悲しみに歪んでいた。無意識にそんな顔にしてしまったらしい。ため息をついて糸を解く。
まったく。情けない。
再び針を手にとって――――
「むぁーすぅーたあああああっ!!」
「うおっ!?」
なんだッ!?
いきなりの大声に振り向くと涙目になったチャルナが居た。いつの間に……。
っとっと。ヌイグルミを隠しておかなくちゃな。サプライズサプライズ。
「ど、どうしたチャルナ?何かあったのか?」
「もーッ!ずっと呼んでるのにこっち向いてくれないんだもんッ!」
「ああ、すまんすまん。それで?何か用があったんだろ?」
「えっとね、うんとね!…………なんだっけ?」
ああ、やっぱりアホの子か……。
それまでどシリアスな空気を醸し出してた俺がバカだった。まぁどうせバアさんあたりが呼んでるとかそのへんだろ。
最近増えつつあるため息をまたひとつ吐いて、ポンポンと頭を軽く叩きながら馬車を出るのだった。
「ようやく出てきたー!何してたの?」
馬車を出たところでケーラに声をかけられた。……大層ご不満そうで。周りには店の女の子達がたむろしている。
ふむ。どうやらチャルナの要件はこいつだったらしい。何の用があるのかは知らんがさっさと終わらせて続きをやろう。
「なんだ?やることがあるから急ぎでなければ後にして欲しいんだが」
「ありゃ?チャルナちゃんから聞いてない?」
「いや、なにも」
「ふーん……?恥ずかしかったの?」
「うにゃ?別にー?」
恥ずかしい、って何をするつもりだったんだ?
俺の疑問を他所にニヤニヤとイヤラシい笑い方をするケーラ。他の子は……同じくニヤニヤしてたり恥ずかしがったり。ますますわからん。
「まぁいっか。ユージーン?後でお店に来てね」
「ん?俺は今日仕事は休みだが」
「いいから来てね。絶対だよ?」
絶対だからねぇー、と合唱して声を響かせながら退場していく女子たち。いったいぜんたい何なんだあいつら……。
というかチャルナも一緒に連れて行かれた。本当に何がやりたいのだろうか。
「女子ってのは異世界だろうが地球だろうが相変わらず訳わからんなぁ……」
やっぱり理解などできないものなのだろうか。
馬車で針を繰りながら、しみじみと呟いた。
―
なんとか2体作り上げたところで、いい時間になっていた。店に行くには少し遅いくらいだが、大した用でもないだろうし気にしないでいいだろう。
――――と、思っていたのだが……。
「もうッ!遅いよ!どれだけ焦らせば気が済むの!?」
「い、いや、そんな遅いわけでもないだろう」
「言い訳無用ッ!ほらほらこっちこっち!」
「お、おい?」
何故か酷くご立腹なケーラに押されて、いつもは娼館として機能している馬車に案内された。
中は薄暗い。ランプの光で照らされてはいるが光量が抑えられているらしく、妖しい空気が漂っていた。
というか香が焚かれているらしく、本当に『妖しい空気が漂っている』状態だ。
こんなところで俺に何をさせようってんだ?……家具の模様替えとか、か?
「それじゃ、後は若いお二人にお任せして……」
「どこの見合い上手婆さんだ!?」
ぬふふ、という含み笑いを残して扉は閉じられた。
うん……すげぇ腹立つ。これが終わったら仕返ししに行こう。
さて、何が待ち受けていることやら……。
部屋の中に目を向けると中心に当然のように大きなベットが置いてあり、その上には――――
「――ちゃ、るな……?」
「うにゃ…………」
チャルナが、居た。
店の娘達が着るような布地が薄い桃色のワンピース。その向こうにはうっすらとその裸体が透けて見えるほどだ。
恥ずかしそうに身を捩る仕草が、たまらなく色っぽく見えるせいで、一瞬チャルナだと分からずに何度も瞬きしてしまった。
頬を赤くしているその顔には化粧を施しているらしい。いつもとは印象が違ったのも間違えた理由のひとつだ。
髪飾りもして身奇麗にしている。なんというか……化けた、というのがしっくり来るな。
「その……どう、かな?ますたー?」
「あ、ああ。うん……」
どうしよう……たかが一言告げるのがかなり気恥ずかしい。
それでも目を潤ませてこちらを見上げてくるチャルナに何も返さないのは悪いだろう。
喉から搾り出すように声を出した。
「似合ってる、と思うぞ……?」
「ほ、ホント!?」
「ああ。可愛いよ」
「良かったー……」
何なんだ。
なんでコイツはこうもしおらしいんだ?
お陰で調子が狂う。俺がなんでこんな落ち着かない気持ちにならないといけないんだ?
「どうしたって言うんだ?そんな格好して」
「えとね。その……ケーラに言われたんだ。『仲直りするならおめかししなさい』って」
なんだそりゃ。いかにもキャバクラ嬢っぽい理屈だが……仲直り?
俺は別にケンカしていたつもりはないのだが。
「仲直り?なんでまた?」
「うにゃ……だって……ついてくるときムリヤリだったから怒ってるかも、って」
「ついてくる、ってのはエミリアの……【まどろむ子ヤギ亭】でのことか?」
こくりと頷く様子を見るとそれが原因のようだ。
あー。あれか。要はそのことで俺が機嫌を悪くしているのかもしれない、と。ケーラあたりにそそのかされたのか。なんとも間抜けな誤解だ。
そんなわけないのにな。
アホらしい。無駄なドキドキだった。さっさと誤解を解いて…………
「そ、それでね?」
「――ん?」
「ケーラたちに色々聞いてね?謝って許してもらえないならマスターにこう言えって」
なにか――なにかおかしい。
なぜチャルナは口元を軽く握った指で隠している?
なぜ頬を染めて視線を逸らす?
いや、そもそもただ着飾って謝るだけなら、こんな部屋には――――
俺の疑念を彼方に置き去りにしたまま。
チャルナはベットにコロンと寝転がって何かを期待したような眼差しでこちらを見ながら――
――――とびっきりの爆弾を投下した。
「『私と……ニャンニャン、して?』」
「――ッ!?」
あ、あざといッ!
いかにも言わされているセリフだが、顔を真っ赤にしてベットで受け入れ準備OKな体勢になっているチャルナを前にしたらそんなこと頭から吹っ飛んでしまった。
フラフラと誘われるように前に進み、ベットに乗る。
仰向けになっている猫娘の頬に手を添えると、くすぐったそうに擦りつけてくる。
柔らかな肌の感触。
ベットに散る艶やかな髪。
限りなく薄い衣装の向こうに浮かぶ幼い肢体。
…………これは、ダメだ。
完全にドツボにハマった。ハメられた。
「ん……にゃ……」
「チャルナ……」
何故か耳鳴りも聞こえない。今なら前世でも行けなかったステップに進めるかもしれない。
どうする?どーすんの俺?
1、このまま突き進む。
2、存分に突き進む。
3、むしろチャルナに突き進ませる。
4、いいところで邪魔が入る。←
「あ、これだ」
「きゃ、ちょっと押さないでよ……!」
「え、ちょ」
ガタンッ!ガタガタッ!!ゴトンッ!
「ひゃあん!」
「あうッ!」
「にぎゃんッ!」
俺の脳内選択肢がこれから起こる可能性をはじき出すと同時に、馬車の入口から囁き声が聞こえてきた。
さらに続いて慌てるような気配と物音も。
薄闇の向こうに声をかける。
「…………いるんだろ?」
「――――――バレ、ちゃった?」
「ばっちりな」
次々と顔を出す中学生くらいの少女達。その中にバツが悪そうな顔をしたケーラが居た。
まったくベタな……。というか春の大陸のことと言い、誰かが部屋に入ってくるパターンが多いな。今度簡易の結界でも研究しておくか。
あまりに馬鹿らしくてさっきまでの興奮が冷めてしまった。お陰で取り返しのつかないことにならなくて済んだのだが。
「ありゃりゃダメだったか。ゴメンねー」
「もうッ!やっぱり見に来ない方が良かったじゃない」
「そういうあんたこそ乗り気だったじゃない」
「そっ、それは……」
「せっかく演技指導したのになー」
「いやぁ惜しかったねえ」
さっきまで雰囲気漂う魅惑の部屋だったのに途端に姦しくなる。こんな奴らに踊らされてたなんて情けないな。
「本当にゴメンね。チャルナちゃん。――――あれ?チャルナちゃん?」
「ん?……ああ、なんだ」
「すー……すー……」
ベットに転がったままチャルナは寝息を立てて寝入っていた。ヤケにしおらしいと思ったがどうやらただ眠かっただけらしい。
思えばこいつはまだ生まれて2年も立っていない。発情期を迎えても肝心の行為ができないほどだ。
見た目も中学生にすらなっていないのだ。大人になるにはまだまだ早い。
「うーん。お酒飲ませたのが悪かったかにゃー?」
「おい!?こいつに飲ませたのか!?」
どうりで真っ赤になってドモっているはずだよ!
アレは興奮とか恥じらいじゃなくてただの酔いか!!
というか中学生の立てた計画を、酔っぱらいが仕掛けて、それに引っかかる俺っていったい……。
手を顔に当てて空を仰ぐ。あいにく馬車の天井しか見えなかったが、外では綺麗な夏の星座が見えるだろう。
そのまま夏の大三角形とやらに吸い込まれて消えてしまいたい……。