蜥蜴の村で
あいも変わらず馬車から見えるのは広大な砂漠とカラフルな木々。代わり映えしない景色だ。それがあと月単位で続くと思うと気が滅入ってくる。
とはいえ今日は少し景色が違う。
時間は昼。夜間の警備をするならば寝ていなければいけない時間だが、今日はいつもと違って休みだ。というのも俺がぶちのめした連中がちらほら復帰し始めたのだ。
俺としては働き続けても問題ないのだがケーラ達が休むようにしきりに勧めてくるので従った。あとはそう、当の警備班の連中が俺と一緒に仕事をすることを嫌がっているとか。そこまで怖がるようなことかと思うが、どうにもダメらしい。
そんなこんなで起きていても差し障りがない。しかも今日は最初の村に到着するというので期待して起きている。話によればリザードマンの集落らしい。竜人でもなく獣人でもない。いわばトカゲの人間版のような容姿を持つリザードマン。その文化はどのようなものか。そこに俺が求める情報はあるのか。知らない場所というのはかくも色々な情報に満ち溢れているのである。
「――っとそろそろか」
「そうだねー。……ユー君なんか楽しそう」
見れば前の馬車が左に……森の方に続く道に曲がって行く。
――と、いうか。
「………………何をしている。リツィオ?」
「んー?カワイイ弟分が不安になってないか見に来たんだよー」
「いらん。帰れ!……っていうかどうやって走る馬車の中に来れたんだ!?」
声がするので振り返ればそこにリツィオがいた。座って外を眺めている俺の背後で手を大きく広げて今にも抱きつかんとしている。クワガタのハサミのように構えられたそれを手を使って食い止める。
どうやって馬車に乗った!?夜に発車した時には確かにいなかったはずだぞ!?
「んーふーふー……。それは乙女のヒミツなのだよ〜」
「誰が乙女だ!誰が!離せ!」
「そんなこと言う弟くんにはぁ〜……こうだぁーっ!」
「なんっ……!?ふ、あひゃひゃひゃひゃ!?だ、誰だ!?」
いきなり脇の下に手が伸ばされて擽られる。リツィオがここにいてもうひとり、ってことは……。
「る、ルカか!?やめ、くふふ、ヤメろって!」
「すみませんユージーンさん……。主命ですので……」
「そうそう!仕方ない仕方ない。『本当はイヤなのに……………ああっ!命令だから!命令だから仕方ないのぉ〜っ!』」
「何のエロゲだ!?ちょ、おいそこは……っ!」
「……ユージーンさんお顔を真っ赤にして……カワイイ……」
呟かれた言葉に艶が含まれているのを感じて背筋が粟立つ。唯一マトモだと思われた人物の意外な性癖が、こんなタイミングで発覚した。発覚してしまった。
どかそうにも手の力を緩めれば褐色の腕に挟み込まれる。かといってこのままじゃ背後の少年趣味に好き勝手やられる。どうする!?どうすればいい!?
「あッ!マスター!着いたみたいだよー!」
そんな俺の葛藤を他所に、チャルナの呑気な声が響いた。
―
降りた村は精々500世帯ほどが暮らす集落だった。家の材質は……レンガみたいだ。あの漁村みたいに白い一枚岩で作られているなんてことはない。結局アレは何だったのだろうか。
住人は話に聞いていたとおりリザードマン。爬虫類そのものの造形で二足歩行で歩いているのは異様だ。全身ウロコに覆われている肌はとても硬そうで特徴的だ。
とはいえ。見た目に反して友好的な者が多いらしく、商人たちとは朗らかに売り買いしている。
「――――なのでもう少し、お値段お安くなりませんかね?」
「はっはっは。奥さん。冗談でしょう?最低でもこのくらいですよ」
「うふふふふふふ」
「はっはっは」
…………あの辺はなんかにこやかに殺伐としているが。
「ううぅ……。何もそんなに怒ることないじゃない……。まだ痛いよぅ……」
「うるさい。自業自得だ」
「何かしたの?」
「別にどうもしていない」
まだ痛そうにしているリツィオ、無言で付いてくるルカ、不思議そうにしているケーラ、そもそもこっちを見ていないではしゃぐチャルナ。
ぱっと見ればタイプの違う美人が集まっている一団なだけに村人からの注目を集めている。なんとも居たたまれない気分だ。
ともあれ。
まずは情報収集だ。商人連中の噂はコネホバアさんが集めてくれるだろうし、商人たちも独自に村人たちに世間話として集めてくれていると思う。それが契約である以上、それの不履行は信用を落とすことに繋がる。
しかも俺に対しては二度目となる。情報はまず間違いなく集まるだろうが、自分でも一応集めておいて損はない。嘘を掴まされるとも限らないからな。
聞くべきことはいくつかある。一つは妙なことが起きていないか。『黄道十二宮』が起きたら何かしらの変化が起こると予想している。魔物の活性化とか生態系の変化とか。
もう一つはこの辺で強い者の話だ。それが人間であれ、魔物であれ、そいつと接触すれば強くなる手がかりになるかもしれない。練習でしか分からないこともあるように、実戦の中でのみ見えてくる物もあるだろう。
後は魔法関係の品が無いかだな。俺の戦闘に魔法は欠かせない。魔法の品があったらそれを解析して応用できるかもしれない。まぁ、リザードマンは獣人と同じく魔法が使えないらしいので期待は薄いが。……いや、逆に有り得るのか?魔方陣を使用していない、『変化の輝石』のような不思議アイテムがあるかもしれない。あれなら魔力の有無は関係ないからな。
あまり期待せずに村長(族長)やウワサ好きそうなマダム達を中心に話を聞いた結果、やはりというかあまり意味のある情報は入ってこなかった。今はそれをまとめたメモを片手に夕食を摂っている。
あたりは薄暗く、ロウソクの明かりが広場を照らす。ココは移動式の食堂のような店で、いくつかのテーブルにが置かれていて、ウェイトレスが食事を運んできてくれるサービスがある。
ちなみに今はひとりだ。リツィオ達は仕事があるので途中で仮眠しに戻った。途中で電池切れのように眠ってしまったチャルナも一緒に連れて行った。
そんなわけでひとりで食事を取りながら今日のまとめをしているわけだ。
最近の変化について聞いた結果はあまり良くなかった。精々この商団がもたらした、『炎龍の周期外活動』くらいだ。あのドラゴンは元々百年周期で活動するものらしく、少なくてもあと十年以上は起きてこないはずだった、という。変化といえば変化だが、これと『黄道十二宮』を結びつけるには情報が足りなすぎる。というわけで見送り。
魔法の品についてはこの村には無いらしい。エルフの里から流通している物は存在しているというが、そういった物は獣人の亜種であるリザードマンには使えないので村にない、という話だ。つまり、獣人の村以外にはある、ということなのだが……大抵は村の防衛に関わることなので一般公開はしていないだろうということを聞かされた。つまり収穫なし。
唯一の収穫といえば魔物関係だ。村に程近い場所に厄介な魔物が巣を作っているというので明日、そこを襲撃することにした。質は悪いが量はあるので俺の食指(?)が動いた。精々頑張って経験値狩りに勤しもうか。
「――こんなものか。……ん?」
「………………」
ふと視線を上げると青い髪の女性がテーブルを挟んで反対側に立っているのに気付く。
…………なんだ?じっと俺の方を見つめて来ているが……。
種族や薄いワンピースのような格好を見るに、この村の人ではなく娼館の者だろうが……。
俺の視線に気づいた女がひとつ息を飲み、意を決したようにこちらに話しかけてくる。
「あの……すみませんがユージーンさんだよね、じゃなくて!ですよね!?」
「ああ、そうだが……。話づらいなら普通に話してくれ。こっちがやりづらい」
「えッ!?い、いいんですか!?後から怒ったりしない……?」
「しねぇよ。俺をなんだと思ってんだ」
一応貴族だが。
たかだか話し方一つでキレたりはしないだろう。どんだけ狭量だと思われているんだか。
俺の言葉に胸を――(結構大きめな)胸を押さえて大げさに息をつく女性。ニコリと笑いながらこちらに顔を向けてくる。とはいえ。まだ何かおもうところがあるのか、緊張しているのが見て取れる。引きつった頬のあたりとか。
「良かったー。では改めて、貴方がユージーンだよね?」
「そこからやり直すのか……。ああ。そうだ」
「そう。えっとね。こないだの事のお礼を言いに来たの」
「…………こないだ?何かあったか?」
本気で覚えがない。こいつと面と向かって話すのも初めてだと思う。
「ほら、店の中でリツィオに絡んできたお客さんが居たときの話」
「……?悪いが話が繋がらないんだが。あれとアンタがどう繋がってくるんだ?」
「んーとね。リツィオってお店の看板みたいな感じでみんなから可愛がられてるんだ。だからみんなを代表して、ってこと」
ああ、なるほど。そういう経緯か。
でもなおさら礼を言われる筋合いはないな。
「俺はアレが仕事だ。給料はコネホのバアさんから支払われているからいらんよ」
「…………やっぱり『あたしたち』みたいな人からは、イヤ?」
俺の返答を聞いた女性の顔が悲しげに歪む。
ッ!?なんだ!?なんでこんな泣きそうになるんだ!?俺はなんかの地雷を踏んだのか?
「意味がわからん。なんであんたらから貰うのがイヤ、って話になるんだ。俺は素性のしれない好意というのものに警戒しているだけだ」
「…………ッ!じゃ、じゃあもしあたしが普通の職業の子でも受け取らない?」
「…………?だから意味がわからん。娼婦ってのは別段特別な職でもないだろう?」
「え……!?」
別段変なことを言ったつもりはないが相手の反応が変だ。
……なんかいらんこと言ったか?とりあえず質問の続きを言うか。
「まぁ、アンタが例えば店の売り子だったとしても俺は拒否したけどな。知らない相手の好意の押し付けなんざ、得体がしれん」
「ほ、本当に!?」
「うおッ!?あ、ああ。ホントだホント」
突然身を乗り出して来た女に驚いて飛び退く。さっきから不審な動きをする奴だ。好意がどうこう言う前に不審なやつからは何かを受け取る訳にはいかん。
俺の返事にしばらく俯いてフルフルと震えたあと、急に振り向いて背後の集団――あれは店の奴らか?――に手を振って呼びかける。
「おーい!みんなー!ケーラの言うとおり、いい子みたいー!」
なんだそりゃ?ケーラ?いい子?
俺が展開について行けなくて戸惑っていると、声をかけられた集団がこちらに走って…………って!?
「おい!?ちょッ――」
見ればその近くに座っていた店の連中もがこぞってこちらに走りかかってくるではないか。
聞き耳立ててやがったな!?
慌ててその場を去ろうと立ち上がる。
が。
「うふふー。逃がさないわよー?」
「なにぃッ!?」
背後から伸ばされた手に羽交い絞めにされてしまう。
いつの間にか後ろにも座っていたらしい。ムニムニと心地よい感触が背中に押し付けられている。
「おい!離せ!」
「だぁめー。あんな嬉しいこと言うような子にはおネェさん方からご褒美をあげちゃいます」
そうこうしているうちに周りの連中が集まってしまった。ひとりひとりは特別強くないとは言え、自分よりも身長の高い者達に囲まれるのは圧迫感を覚える。
ましてや彼女たちは体を使う職業だ。そのセクシーな凹凸が回りを囲んでいる光景は俺の欲望を強烈に刺激する。
なんだこれは……?ある意味男の夢だぞ?それがなぜこんな場所で、しかも子供の体の時に。
これはあれか。
神か。神が俺に楽しめ、と、そう言っているのか。よしならばさっそく――――
『〈ザザ〉ホン・・君のこと〈ザザザザザザ〉と思って・・んだ〈ザッ〉』
あー、うん。デスヨネー。
最近ご無沙汰だったからすっかり忘れてた。
神は言っている。ここでやる定めではないと。
内心で動揺しておかしな事を口走っている俺に構わず、すぐ目の前にまで来た娼婦たちは口々に囀り始めた。
「この子があの『英雄っ子』?」
「ちっちゃーい!」
「さっきの聞いたー!?」
「バッチリ!もぉービビっと来ちゃったねー!」
「最近の男どもはこっちが商売だからって平気でデリカシーのないこと言うからねー」
「………………」
なんだこれ。なんだこれ?
周りが柔らかいやらいい匂いするやらで変なボケをやるほど動揺している。それを自覚していても、この状況じゃどうしようもない。
っていうかどうしろと!?
押し黙る俺に気づいたのか、女たちは一様にぎらつく視線をこちらに向けてくる。獲物を前にした肉食動物そのものだ。
「ぬふふー。ごほーびにあたしらが筆おろししてあげようか?」
「そうそう。リツィオの時も本気で怒ってくれてたみたいだし」
「うんうん。お礼お礼」
「実はちょっと興味あるんだよね。小さい子供の相手とか」
「何それ?あんたそっちのケがあったの?」
「あー、分かる気もする。脂っこいオッサンの相手もいい加減うんざりしてきたし」
「よし!じゃー剥くか!この子」
「ちょッ!?」
危険な会話の流れに思わず声を上げてしまった。色っぽいオネーサンに手ほどきを受けるのは大変にご褒美だが、今の俺の体にそれをするととてもマズい。
いや、年齢的な事もそうだが、さっきから頭の奥で自己主張している耳鳴りがそれを許さない。またミゼルのときのようなことになるだろう。
「さぁーて。ウェイトレスさんに見られながらいたす覚悟はいいかにゃー?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。天井のシミ、じゃなかった。夜空の星を数えていればすぐに終わるわよ」
「あら?すぐに終わるなんて限らないんじゃない?」
「それは……ふふふ……やって見ればわかるでしょ」
「や、やめ――」
「そぉーれッ!脱がせ脱がせー!」
「ぎゃああああああああああああッ!?」
無数の手によってもみくちゃにされることしばし。
結局、本気で耳鳴りで意識がなくなりそうになった俺は、閃光を生み出す魔法弾でなんとか逃げおおせた。
貞操が守れたことは幸いなのか、折角のチャンスをフイにして不幸なのか。
しばらく夢でうなされても、答えは出なかった。