歌姫とひと騒動
俺の仕事は警護。とはいえ、それは何も対魔物、対盗賊に限らないらしい。
「はぁ?店の中の警備ぃ〜?」
「そんな嫌そうな声を出すんじゃないよ。ホントはアタシだって嫌なんだ」
どうにも最近悪質な客が増えているとかでお店、娼館の中の警備をして欲しい。コネホのバアさんから用があるというから来てみれば、聞かされたのはそんな話だった。
「つったって俺は外の警備があるぜ?魔物が出たらどうすんだよ」
「何人かはアンタにやられた者が帰ってきているからね。その子らにやらせるさ」
「……いや、最初からそいつらに任せろよ」
「お客の前にまだ傷の残る警備を出して不安を煽る訳にはいかないさね。『こんな頼りない連中に守られている』なんて考えたらオチオチいたしてられないだろ?」
だったら子供の俺ならいいのかよ、と言いそうになったがここなら客は他の商人。大抵のやつは俺のことを知っているはずだ。抑止力として睨みを効かせてやれば仕事になるはずだ。
とはいえ、だ。
「俺が受ける道理が無い。ルカだけでも十分だろ」
「あの子も女。酒に酔った男には獲物にしか見えないのさ。そもそもルカだけで抑えられるならアンタなんかに頼まないよ」
「ほう。そこだけは共通しているな。俺もアンタの依頼なんざ受けたくない」
「そうかい。別にアタシゃアンタを放り出して行ってもいいんだがねぇ……」
2人で睨み合うこと数秒。
互いにこれ以上やりあうことがムダだと悟り、同時にため息を吐く。
「…………貸し一つ、だな」
「もうそれでいいよ……」
結局、意地を張り合っても不毛なだけだ。
しゃあない。どうせこれっきりだ。やるだけやってやろう。
―
そんなこんなでその後。
俺は娼館として使われている馬車の広間に来ていた。この馬車はいくつかの馬車を結合してできている。中央に大きめの馬車を据え、小部屋として小さい馬車を取り付ける。もちろん特注の品だ。ワンオフでしかも合体機能付き。なんともロマン溢れる一品だ。
そしてこの娼館の中にあるのはロマンだけではない。
「はーい♪シエラちゃんご指名入りましたー!お待たせー!」
「おおっ!待ってたよぉシエラちゃーんっ!」
「ルリルカさんご指名のお客様、ご来店です!」
「「「いらっしゃいませっ!」」」
「…………」
なんというか幾分テンション高めな気がするが、これが異世界のキャバクラか……。ロウソクの不明瞭な明かりがムーディーな雰囲気を醸し出している。妖しい空間に客の感情が染み出しているようだ。
この広間で客はキャスト、女の子を選んで各部屋へ行く。娼館として利用する客ばかりでもないのがここ独自だ。この広間で規定年齢以外の娼婦は酒の接待をするのだが、それを目的にしてくる客も少なくないのだ。
「いらっしゃーい。あんまり来てくれなくて寂しかったよぉ?」
「いやぁすまんすまん。酒代稼ぐのにちぃとばかり時間かかっちまってな」
「そんなこと言って〜。他に女が出来たんでしょう……?」
「おっ、妬いてくれるのかい?嬉しいねぇ」
こっちでは自分に気があると錯覚させている子がいれば。
「――――と、言うわけで。俺は商人として成功したと言えるわけだ」
「すっごーい!お客さんスゴイね!将来はストラーダでおっきなお店構えちゃうんじゃない?」
「え?そ、そうかな」
「そうそう!よっ!未来の大富豪っ!」
そっちで過剰に煽てて上機嫌にさせる子もいる。
どのボックス席でも男は鼻の下をだらしなく伸ばしている。
俺はバックヤードでため息を吐きながらその光景を見ていた。
「…………なんというか、男ってのは救いようがないな……」
「そんなこと無いよ?こうやってお金落としてくれるじゃん」
そう言ってケーラは笑った。
ケーラ自身には悪気はなさそうだがそう言われるとなんだか金のためだけに生きている。いや、生かされているような気がして余計に気が滅入る。
元々病気療養で仕事を休んでいたケーラだが、今日は俺の警備に合わせて一時復帰していた。偶に出てきて顔を繋いでおかないとすぐに忘れられてしまうんだとか。なんだか世知辛いものだ。
ちなみにバックヤードにはケーラ以外の少女もいるのだが、俺の方を見ると一様に怯えたように視線を逸らす。別段仲良くしようとは思わないがこれはこれで傷つくな……。たぶん、俺の噂に尾ひれがついて伝わっているせいだと思うが。
それでなくともドラゴンを蹴散らすような存在だ。あのドラゴンがどれほどの脅威として伝わっているかは知らないが、あれと同等と考えるとわからなくもない……のか?
「あ、ケーラ!ご指名入ったよー!」
「はーい!すぐ行くー!……それじゃユージーン。お仕事頑張ってね?」
「ああ。お前の方こそ久しぶりだからってドジ踏むなよ」
「そんなことしないよぉ」
屈託なく笑いながら暗幕の向こうへと足を向けるケーラ。すぐにロウソク揺らめく世界へと溶け込んでいった。
この馬車の中にいるのはほとんどケーラと同年代、中学生くらいの子供だ。現代日本ならまず間違いなくしょっぴかれる雇用状況だが、この世界なら当たり前だという。つまりそれだけ需要があると言える。
どいつもコイツもロリコンか。胸が熱くなるなぁ。……悪い意味で。
そんなことを考えながら監視を続けていると、奥の方から透き通った歌声が聞こえてきた。
「――――La〜♪LaLa〜♪――――」
「…………あれは……リツィオか」
奥まった場所が高くなっていてその上に優美な格好で歌うリツィオがいる。いつかも思ったがあいつの格好は凄まじく色っぽい。そんな格好で迫られると正直穏やかでない心境になるのだが――――
「…………」
メリハリのある褐色の肢体。
それを包むビキニのような衣装。
動くたびに揺らめく白銀の髪。
追随する薄絹の比礼。
いつもなら劣情を呼び覚ますだけのソレに、今日だけは、今だけは、神秘的な物に対する感情が混じる。ステージの上で一心に歌い続けるリツィオは、精霊と言われても納得してしまうような荘厳さを持っていた。日常のおちゃらけた雰囲気は微塵もない。
見れば店の客も目の前のキャストを忘れたように壇上の歌姫に魅入っている。キャストの方も特別咎める気が無いようだ。それを見ればこの光景がいつものことだと理解させるのには十分だ。
歌っているのは故郷に残してきた恋人を想う曲だ。物悲しさと焦がれる気持ちが伝わってくるメロディを、伴奏もなく、ただ熱心に歌い上げている。
店中の視線を独り占めしてクライマックスを終えた歌姫に、惜しみない拍手が贈られた。
これが……あいつの仕事か……。
なんだか圧倒されてしまった。壇を降りればきっといつものリツィオだろうけど、なんとなく気後れしてしまいそうな力を感じた。
だから。
俺も歌に聞き惚れていたせいか、ソレに気づくのが遅れてしまった。
歌を終えて壇を降りようとしたリツィオにひとりの男が迫る。
「――きゃっ!?」
「――ちっ!」
ゆっくりとした動きではあったものの、だからこそ周りの連中も反応が遅れた。男は手を掴んで引きずり下ろすような強引さでリツィオを腕の中に収めた。
「いい女じゃねぇじゃねぇか。ほら、抱いてやるからこっち来いよ!」
「あ、あの、私は客はとってませんが……」
「ああッ!?客の選り好みしようってのか!?俺じゃダメだって言うのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
客の男はかなり酔いが入っているようだ。興奮した様子でリツィオの言葉も聞こえているのかどうか。当のリツィオは毅然とした対応をしようとして失敗し明らかに腰が引けていた。
護衛のルカは何をしている……!?
見れば客の連れらしき複数の男から絡まれて身動きがとれなくなっているようだ。ありゃあダメか。俺が行くしかないか。
連れの連中はまた別のキャストの子にもちょっかいをかけているようだ。ほとほとしょうもないやつらだ。
一応相手は客だからな。丁寧に、怪我しないように対応しないとのちのち問題が出るかもしれない。
全く面倒なことだ。
「お客様。すみませんが――」
「ああ?ガキがこんなところで何をしてる!?ここは遊び場じゃねぇんだ!向こうへ行けッ!」
「…………」
酒が入って気が大きくなっているのか、俺に気づいていないのか、それとも最初から俺のことなど知らないのか。
俺が顔を出しても怯む様子もない男に衝動的に拳を叩きつけてやりたくなるがここは我慢だ。
「おい!ボサッとしてんじゃねぇぞウスノロが!」
…………我慢だ。
例えナメた口をきいたとしても、だ。
ここは何とかして――――
「だめッ!逃げてッ!」
俺が何かをする前にリツィオが俺と男の間に進み出てくる。
恐らくリツィオは俺から客を逃がそうとして進み出てきたのだろう。それを勘違いしたのか、男は好色な笑みを浮かべた。
「お?なんだ?お前コイツの弟かなんかか?丁度いい。このガキの目の前で犯してやる。そういうのも好きなんだろ売女?」
「…………ゲスが」
見下げ果てるような思考と嗜好に、俺の感情が冷え込む。この下衆な思考のために自分に向けられた言葉すら勘違いして、せっかくの逃げるチャンスを逃すのだ。
俺はその男に近づき、スッと軽く押し出した。
「ん?おうッ!?」
よろけた男は背後に居た仲間を押しのけて、椅子に腰掛ける形で尻餅をついた。そいつが何かを言う前に、近くにあったコップを横の机に大きな音を立てて置いた。
ドンッ!とコップを置いた音とは思えない響きが馬車内に満ちる。途端にざわめきつつあった店内が静まり返る。
イライラした感情を晴らすために少しばかり茶番に付き合ってもらおう。俺は努めて丁寧な態度を装って笑いかけた。
「お客様?お客様は商人の方では無いようですね?」
「て、テメエッ!?」
「ここにはここのルールがあります。そしてココを利用する多くのお客様は商人の方です。簡単に商人の方と同じ考えになれるようにしてあげましょう」
ルカを囲んでいた連中も何事かとこちらを見つめている。好都合だ。
横にあったフルーツの盛り合わせから適当な果実をふたつ。ケーラに合図を送って放り投げてもらう。片方はリンゴ、もう片方はゴーヤに似た果物。硬さは盛り合わせの中でも高い。
「商人の方は計算が得意ですよね?
ここにふたつの果物があります。仮にこちらの赤い果実が銅貨2枚、こちらの緑の果実を銅貨3枚だとしましょう」
「何を意味のわからないことを……。商人みてーに俺に計算させようってのか?」
「これをジュースにするとして、いくらのジュースになると思います?」
「そりゃ、銅貨5枚だろ」
「そうですか?」
にこやかに笑いながら俺は――
――手にした果実を握り潰した。
グシャッ!と音を立てて果肉がはじけ飛ぶ。
「…………!?」
「はぁい。どうぞ?銅貨5枚分のジュースです」
ちょうど果実の下に置いたコップにボタボタと果汁と果肉がこぼれ落ちる。殆どは弾け飛んでコップに入らなかった。それをスッと男の方へと差し出した。男は何が起きたのかわからない、という表情でそれを見つめていた。
子供が片手で果実をふたつ同時に握りつぶしたのだ。その衝撃はよっぽどのものだろう。
他の客の中には気の毒そうな視線を向けてくる者も居た。あの辺は俺が誰か良く分かっている。
さて。もうひと押しだ。
「ケーラ。アレを用意してくれ」
「アレ?」
「こないだリツィオが持ってきてくれたやつだ」
そう言うと理解してくれたようだ。すぐにバックヤードから持ってきてくれた。投げられたそれをキャッチして向き直る。
「さて、お客様?今、そのコップには銅貨5枚相当のジュースが注がれていますね?では次はこの『石晶水の実』を入れたら…………いくらになるんでしょうね?」
「――――え?」
顔をコップから上げた男の眼前で、強固なはずのガラス質の実を粉微塵に砕く。
硬質な音を立てて実が砕け、同じような音を響かせながらコップに落ちた。
「ひいッ!?」
聞いた話ではこれを砕くには専用の道具が必要で、人間の力では決して割れないらしい。地球でいえばヤシの実辺りか?
もしそれを素手で、容易く割る存在が居たとして。
それが己の前で明らかに怒っていれば…………?
「では。銅貨2枚足す3枚、足す……ええといくらでしょうね。まぁ関係ないか」
怯える男の耳元に口を近づけて、囁く。
努めて、笑みを浮かべたままで。
「次は……お前がこうなる番だからなぁ……?」
「ひいいいいいいいいいッ!?」
転がり落ちるように椅子から床に逃れた男は悲鳴を上げて逃げ出した。
こちらを伺うように見ているツレの連中も、俺が首を傾けてやると青ざめてその後を追った。
「逃がすかッ!」
「――――アンタをなッ!?」
「げうッ!?」
咄嗟に追いかけようとした俺をコネホのバアさんが捕まえる。首根っこを抑えられて押し潰されたような声が口から漏れた。
こ、の、ババア!何をしやがる!?
「お客を追いかけて何をしようってんだい!?そこまでにしておきな!」
「人の職業を馬鹿にしてあの程度で済むと思ってんのか!?離せコラ!」
「いいからコッチ来な!」
捕まった猫のような体勢で連行される俺。店中のなんとも言えない視線を引き連れながらバックヤードから連れ出された。
――余談――
「アンタは限度ってもんを知りな!どうすんだいあんなことしてお客が来なくなったら!?」
「そんなことで来なくなるような、ヤワな商売してないだろ?」
「それはそうだけどねぇ。というかなんだい?商人と同じ考え方、ってのは?」
「なんつーかあれだ。『長いものには巻かれろ』ってことだ」
「……?なんだいそりゃ?」
「強いやつには逆らうな、ってこと」
「…………じゃあなんだい?あの果物の値段とか計算とか何の意味もないのかい?呆れたねぇ……」
「アレはそのまんま『お前がいくらの果物でも俺からしたら無価値だ』って意味」
「物騒も程々にしておきな!?」