幕間:ケーラ視点
―――――ケーラ視点――――――
その子、いや、その子たちが私たちのところに来たのは今から一週間ほど前のことだった。そしてその日、私はその子達に命を救われたんだ。
炎龍が『旅の灯台』を襲ったのは夜中。
馬さん達がその体を休め、私たちのような夜の仕事が行われる時間。
私たちを取りまとめるコネホさんは娼館を経営してるんだー。
とは言っても私みたいな子供だと『体がまだ出来ていないから』って言われてお仕事させてもらえないんだけどね。
だからお酒の相手をしたり話し相手になってりしてお金を稼いでるんだ。(あとからあの子に話をしたら『キャバクラ、だと……!?』って言ってすごくびっくりしてたけど。よくわからなかったよー)
その日もいつものように商人のパパさんとお話してたんだよね。
そしたら外の警備をしているガレットさんが息を荒くして駆け込んできたんだ。「炎龍が出た」って。
『炎龍』っていうのはこの辺の子供だと寝物語によく聞かされるお話の怪物だ。いつもは炎龍山脈に住み着いていて滅多に下には降りてこない。けれど降りてきたときには大きな街一つまるごと消えてしまう。そんなお話。
そんなことを聞かされたものだから、お店の中は酷いことになった。お酒の瓶がひっくり返されて割れる。樽が床を転がり、それに足を取られて転び、その人にまた足を取られて……。
ようやく外に出れた、そう思った次の瞬間には目の前を走っていた男の人の上半身が無くなった。悲鳴を噛み殺して目を瞑る。後から猛烈な風が吹き荒れて立っているのも難しかった。地面に転がりながら考える。
―― 一瞬だけ赤いモノが過ぎ去たのが見えた。たぶん、アレが……。
それ以上の想像をするのが怖くて、風が過ぎると同時に走り出す。
さっきまで高いお酒を飲んでだらしない顔をしていたオジさんは鼻水を垂らしながら息せき切って走っている。その人も次の瞬間には頭上から炎を浴びせかけられて火だるまになった。
――死にたくない!死にたくない!死にたくない!
その一心で走っていけど、また大きな風が吹いてコケてしまった。
「いてて……」
思わず呟いたあとに気づいた。
さっきの風で壊れかけていた馬車がこちらにゆっくりと倒れてきている!
慌てて逃げようとしたけどダメだった。
轟音と一緒に私の視界は真っ暗になって――――
気づくとリツィオが必死に私を馬車の中から引っ張り出そうとしていた。今は護衛のルカさんがいない。早く逃げてと言いたかったけど代わりに口をついて出たのは悲鳴だった。
――炎龍が!アイツが空にいる!
私の悲鳴にリツィオが空にいる炎龍に気付く。いつもは気丈なリツィオも腰が抜けたようにヘタりこんでしまった。
炎龍は私たちに狙いをつけたのか、目にも止まらぬ速さで降りてきた。
私もリツィオもあのオジさんのように炎に巻かれて死んでしまうのだろうか?
それとも食いちぎられてしまうのだろうか?
イヤだ!イヤだイヤだイヤだ!そんな死に方は絶対にイヤ!
「きゃああああああああッ!」
溢れた恐怖が悲鳴になって漏れ出す。
恐ろしさのあまり視線を外すこともできない。
手で目を塞ごうにも馬車の下だ。
私は自分に死を運んでくる者を見つめることしか出来なかった。
――だから。
「…………え……?」
避けられないハズのそれが轟音と共に吹っ飛んでいった時は、恐怖でおかしくなったのだと思った。
もうすぐ幻は消えて、耳には自分が噛み切られる音が聞こえるのだと思っていた。しかし呆然としている私に聞こえてきたのは――――
「へへっ!ザマァ見ろ!これでようやくケンカができるってもんだ」
そんな得意げな、男の子の声だった。
恐れも怯えもないその声の主に目を向ける。
命を燃やす赤い炎の光に照らされて、その綺麗な金髪の少年は笑っていた。
歯をむいて、獣のように獰猛に。
その端正な顔を歪ませて、この地獄の中で笑っていた。
――それが私とその子達の出会いだった。
―
それからその子と再び会えたのは炎龍が去り、ようやく死者の埋葬が終わってからだった。少し不貞腐れたように頬を膨らませて、コネホさんに連れられてきた。
「伸びちまった警備の連中の代わりにコイツがウチの護衛に就くことになった。みんな覚えておきな」
「…………コネホさん。お言葉ですがそんな少年が、ですか?」
「ああ、そうだよ。色々と不安があるだろうけどね、これでも炎龍を追い払ったのがこいつだよ」
その言葉に集められたみんながざわつく。
それはそうだろう。目つきが鋭い以外は普通の子供にしか見えない彼が、自然災害と並べられる炎龍を退けたなんて誰も信じられない。
でも、私とリツィオは知っている。それが嘘でもなんでもないことを。
「…………少なくとも状況証拠は揃っている。何より警備の連中を吹っ飛ばした張本人だ。少なくとも並の冒険者よりは強いんだよ」
ため息混じりにコネホさんが呟く。
吹っ飛ばした?できなくはないと思うけど、でもなんで?
そんな疑念混じりの視線を集めて、その当の本人は――
「…………なんでよりにもよってバアさんの所なんだ」
物凄く不満そうだった。
助けてくれた時にすごくナマイキそうだったから、不満があれば遠慮なく暴れるのを想像していたけど、ここにいるってことは満更でもないのかな?
照れ隠しでそんなことを言っているのかもと思うと少しカワイイかもしれない。
「アンタの処遇を押し付けられたのがアタシだよ。文句があるならもっと酷いとこに厄介払いしてもいいんだからねぇ」
「ちっ。陰険ババア」
「何か言ったかい!?」
「いーえー。何も言ってませんー」
ありゃりゃ。コネホさんとは仲が悪いみたい。何もなければいいんだけど……。
―
それから私はその子、ユージーンについて回るようになった。
別にお仕事をサボっているわけではないよ?馬車の下敷きになった時に怪我しちゃって、それを理由にしばらく療養しておくように言われたからね。
「……お前も暇人だな。何が楽しくて俺を追っかけてくるんだ?」
「ちょっとちょっと。ひどいんじゃない?こーんな美少女が一緒にいるのに」
胸元を少しくつろげてポーズをとってみる。これでお店に来るお客さんはイチコロだよー!
「……はっ」
む。鼻で笑わなくてもいいじゃない。これでもお店じゃ引っ張りだこなのに。どうやらこの年下の男の子は色仕掛けに引っかからないみたい。
いくら娼館にもっと魅力的な姉さま方がいるからって見向きもしないとは。
「マスター!ゴハンもらってきたー!」
「仕事サボって何やってんだ……」
あ。チャルナちゃんが来た。この子はユージーンの同行者らしい。無邪気な笑顔がカワイイんだよね。
チャルナちゃんは綺麗な黒髪を揺らして走ってくる。その手にはいっぱいの――
「――おい。またあのオカマのとこの串焼きか」
「らっておいひいよ?」
「食いながらしゃべるな。ほら落ち着いて食え」
いつもはナマイキなユージーンもチャルナちゃんには優しい。
チャルナちゃんの方が年上なはずだけど、今はユージーンがお兄さんに見える。それがなんとなく微笑ましい。
私がクスクスと笑っているとそれに気づいて睨んでくる。
でもチャルナちゃんの口元を拭きながら睨んでも怖くない。むしろおかしく感じてしまう。
「あははっ。はい、どーぞ。飲み物あげる。」
「……どーも」
ぶっきらぼうに答えるのが照れ隠しに思えてしまってまたおかしくなってしまった。仕事も辛いだろうに昼は護衛車に乗って睡眠。夜は止まった馬車の警護、という昼夜逆転の生活をしている。
なんだかんだ言いながらきちんとお礼も言うし、頼めば動いてくれる。
みんなが言うほど恐ろしいわけでは無かった。
―
けれど、そう思うわけではない人もいた。
「妙だねぇ……」
「妙、って何がですか?」
コネホさんだ。
実は療養するほど怪我は酷いわけではない。むしろこれを口実に追加でチップが貰えるかもしれなかった。だけど、一応の面識がある、ということで私はユージーン達の監視を命じられていた。
「ユージーン達、いい人だよ……じゃなかった。ですよ?」
「それが妙だと言ってるんだよ」
そう言ってコネホさんは紙を見せてくる。
これは……報告書?
「あんたみたいにユージーンに接触したやつに書かせたモンだ。それによると生意気言う以外はそれほど問題ないらしいねぇ。腕前の方もここらじゃ強い部類のブロンズタートルを一撃で両断したとか」
「スゴイじゃないですか。それがなんで『妙』なんですか?」
良いコト尽くめだ。
それまで10人以上でやっていた夜間警備がすごく少ない人手で済む。
今更ながらあの子は何者なんだろう?
しかし、コネホさんは頭を振ってそれを否定する。
「腕前はいい。断トツに良い。あのくらいの子供にしては破格。けれどね、あの子の性格と合わせて考えてみるとおかしいのさね」
「性格……?」
「なぜその腕を誇らない?」
あっ!?そういえばそうだ!一度もユージーンから強さの自慢を聞いた覚えがない。
「普通、あれくらいの子供なら得意満面になって自慢しに来たっておかしくない。それを笠に着てわがまま言ってもおかしくない。けれどユージーンはよっぽどのことがない限りそんな事はしない」
「確かに性格は悪そうなのに普通にお礼を言ってきましたし」
「アンタも大概口が悪いねぇ」
くくく、と低く笑いながらコネホさんはその手に持ったナイフを投げる。それは軽い音を立てて壁の的に突き立った。
うわーすっごく悪役っぽい。たまにワザとこういう真似をすることがあるから面白い。もちろん本人には言えないが。
「あの子の根っこの部分は善良なんだろうねぇ。まるで『悪人』の型に『善人』を無理矢理はめ込んだみたいじゃないか」
「無理矢理、悪人を演じているってこと?」
「いいや。あの小僧にそういう意識はないね。どっかの誰かが小僧を『悪人』にしちまったのさ」
そう言って真っ白な紙を取り出しながら、ふとコネホさんの目が真剣な光を帯びる。その鋭い眼光でいくつもの不利な商談をこなしてきた『伝説』と人に言われるこの人は、今は何を睨んでいるのだろうか。
「あの子には何かある。感情を我慢している人間ってのは裏に何か隠している時が多いもんさ。願い、夢、計画、下心、それは……『目的』っていう言われ方をする。
誰かが背後にいて『目的』を持つ人間。あの子自身にそのつもりはなくてもそれがアタシらにとって害がないとも限らない。徹底的に調べな」
「分かりました。けどユージーン本人のこと、私は良い子だと思いますよ」
「なんだい、惚れたのかい?」
相変わらず人が悪い。その気がなくてもドキっとする。
私はただあの子達といるのが楽しいだけだ。私は苦笑いしながらコネホさんの馬車を後にした。
目的、か。私の当面の目的といえば――
「一回でいいからドキっとさせてみたいなー」
あのすました三白眼の顔を真っ赤にしてみたい。こっちだって男の人を手玉に取るのがお仕事だ。私のプライドにかけて年下のあの子を落とせないとか許されない。
これじゃ目標か。とりあえずベットの中に潜り込んでみれば驚くかなー?