勝敗の行方
それから何度かドラゴンの体に剣を叩きつけてみるが、浅い切り傷を付けられたくらいで有効な攻撃は出来なかった。
向こうの攻撃も俺が回避に重点を置くようになってから当たっていない。体格の違いが回避率の高さに一役買っていた。尾を振り回した攻撃やら、時折吐き出す炎やらであたりは惨状というべきものに成り果てていた。
――身長が足らねぇな……。
俺の攻撃が通らない理由に『攻撃力の不足』が上がっていた。
といっても腕力では『剣豪の系譜』の効果で十分な力がある。
ただ――
「まさかこの身長がここまでアダになるとはな……」
そう。その力を活かしきれないのだ。
俺の身長では全身のバネを使って一撃を放っても、筋肉の総量が圧倒的に足らず、結果として威力が出ないのだ。俗に言う『ケンカ殺法』だ。腕の力だけで振っているのと大差無い。
最初の攻撃が力の入らない空中で放ったものだ、ということを差し引いても威力がないのは問題だった。
「ついでに言えば……脆すぎるだろ。この魔法」
もうひとつの問題は武器によるものだ。
まぁ……ざっぱに言うと物凄く脆いのだ。武器精製で作られた武器は。
一度、手投げ槍を作って投げてみたが、表皮に突き立たずに砕けて消えてしまった。
元々この魔法でできる武器は魔力の塊で実体はない。その刃の表面を、組み込まれた『収斂』の術式で鋭くしてあるだけなのだ。
言ってみれば中空のパイプと同じ。なので強い攻撃を喰らえば容易く消える。これまではそれでも十分だったのだがここで問題として噴出した。
俺はここに来て攻め手に欠いていた。
「けど、まぁ……燃えるじゃねぇか」
攻撃の通らないドラゴンとの死闘。
味方はなく、手札は少ない。
それでも生きて変えれば『孤軍奮闘の英雄譚』の出来上がり。
ああ、これぞまさにファンタジーッ!
そんなことを考えている俺に怒ったのか。いきなりドラゴンは火炎放射器のような幅の広い炎を吐き出してきた。
「あちゃちゃッ!本当に燃やす奴がいるかッ!」
まさか俺の考えが読めるのか!?
などとアホなことをしている内に横からドラゴンの尻尾が迫る。
舌打ちしながらジャンプしてやり過ごす。
その滞空時間を狙ってドラゴンのアギトが迫る。
――ヤバイッ!
咄嗟に手足を突っ張って噛み合わされようとする口をなんとか押しとどめる。刃のような歯が並んでいるのを見て背筋がゾッとする。
このままでは膠着状態だ。体力切れで噛み殺される前になんとかしないと!
「ぐおおおおお……。ていうか口臭い!生暖かいッ!」
なにより俺の精神衛生的にマズかった。
ここさっきまで人食ってた口だよな!?勘弁してくれ!
そんなことを考えていると口腔の奥からチロチロと炎が覗く。
――まさかこのままブレスを吐く気か!?
「――にゃうッ!」
その時、俺の懐からチャルナが出てきて俺の手を駆け上っていく。
ああ、そういえば居たな。頼むぞチャルナ!なんとかしてくれ!
そんな願いが通じたのか。それから程なくして力が緩み脱出することが出来た。飛び降りてきたチャルナをキャッチして再び懐に戻す。
「よくやったな。チャルナ。後でご褒美だ。――まぁ、テメェを片付けてからだがなッ!」
距離をとってからもう一度武器精製で槍を作り出す。
特に穂先に魔力を集中させる。
だがこれだけでは厚いウロコを貫けない。
けれど――
「今、必要なのは俺の筋力……じゃない。武器を突き立てるための力だ。俺の腕で無理だってんなら別のやり方を取るまでだ」
咄嗟に思いついたアイデアだがやれるだけやってやるか。
フライクーゲルを懐に仕舞い、その上で魔法弾の魔法を使う。
「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を撃つ 破敵の弾丸 いざここに』」
「『魔法弾』」
生成するのは弾丸ではなくただの玉。バレットの形質変化の特性を使って作った、イタズラギミックの一つだ。
これを槍の石突の部分にくっ付ける。打ち出されるとぶつかった対象に張り付くのがこれの性質だ。
「……オラァッ!」
そしてそのまま大きく振りかぶって槍を投げた。
闇を切り裂いて光の槍が空を飛ぶ。
その途中で――――魔法弾が爆発した。
爆発の衝撃を浴びて。
その勢いに後押しされ。
槍が加速する。
「ガアアアアアアアアアッ!?」
「……おーおー、時間ぴったり。ナイスタイミング!」
猛烈な勢いで押し出された槍は、自らの慣性に耐えられずに自壊する。
だがその加速された刃はしっかりとドラゴンの尻尾の付け根に深々と傷を付けた。その痛みにドラゴンはのたうち回る。
ようやく出来た成果に俺はニンマリと笑みを浮かべた。
これが俺のアイデア。
時間経過で爆発する魔法弾を武器の後ろに付けて加速させる。
かなり乱暴なやり方だが効果はあった。
不満があるとすれば爆発の威力が放射状に発散され、そのほとんどが無駄になったことだろうか。後で改良しないとな。
「くっくっく……。さぁーて!覚悟は良いな?」
トカゲ風情が……と呟きながら武器精製を連続発動させる。
大剣、槍、斧、ハンマー。
弾丸は多いほうがいい。
光り輝く武器が俺の周囲に突き立つ。
さて、第二ラウンドだ、というところでドラゴンの様子が変わる。
ふむ?それまで使うことのなかった翼を大きく広げて……ってオイ!?
「テメッ――!?逃げんのかッ!?オイコラ待て!」
せっかく興が乗ってきたのにそれはないだろう!
苦し紛れに先程の魔法を連発してみたが、尻尾に弾き返される。唯一大剣だけが回転しながら先程の傷に当たり尻尾を根元から引き裂いたのみだ。
落ちてきた尻尾を尻目にドラゴンは風を巻き起こしながら空へと舞い上がり、西の空へと消えていった。
まさにトカゲの尻尾切り。
森の広場にポツネンと俺だけが残された。
あとに残るのは荒れ果てた森と立ち尽くす俺。跳ねる尻尾。
――清々しいまでの全力逃走だった。
「…………………男がタイマン張って逃げんじゃねえぇーーーーーッ!」
無駄と知りつつも叫ばずにはいられなかった。せめてそのくらいは許して欲しい。パチパチと木の爆ぜる音しかない広場に俺の絶叫が響く。
どれほど長く戦っていたのか。背後からは早起きな太陽が顔を覗かせていた。ああ、太陽が黄色い。ド畜生……。
―
意気消沈して戻ってきた俺を出迎えたのは大量の傭兵達だった。恐らく警備をしているという兵士たちなのだろう。
「おい!ここに子供がいるぞ!」
「大丈夫か?誰か親は……、いやちょっと待て。何を引きずっている?」
「…………あァ?」
――最悪だった。
最悪の機嫌の悪さだった!
もう少しで手に入ったハズの膨大な経験値が、手の隙間からこぼれ落ちたのだ。
あのヘタレ竜のせいで。
いや。それもこれも、そもそもはこいつらがしっかり仕事をしていれば…………!
「――『何を』……だと……?」
「ひッ!?」
「な、なんだ!?この子供?」
こらえきれない思いが、戦闘の興奮の残滓に後押しされて口をついて出る。
のうのうと俺の前に出てきて事もあろうに『何を』引きずってきたか、だと……?
感情に釣られて魔力の欠片が漏れ出す。その魔力を感じ取って兵士から怯えた声が出始めた。
「お前らが……ッ!お前らがちゃんと守ってくれれば……ッ!」
「ぼ、ぼうず……。まさかその後ろにあるのは……」
「そうか……。すまない。俺たちのせいで君の親は……」
「どうした?早く捜索を……」
俺に気づいた兵士が別の兵士に話しかけられる。
そいつは沈痛な表情になって話し始めた。
「いや、それが親が死んだ子供が親の死体を引きずってきたらしい」
「そいつは……なんつーか……」
それを聞いた兵士も同じ顔になる。何か言っているようだがこの激情を抑えられない。
俺は泣き喚くようにして絶叫した。
「守ってくれればキッチリ仕留めきれたんだよッ!どうしてくれんだ俺の経験値ッ!?」
「「「…………はァ?」」」
集まった全員が全員、目が点になった。
その間抜けヅラに対して捲し立てる。怒りと苛立ちを撒き散らす。
「だぁーッ!もうッ!あのチキン野郎に何を手こずってやがったこのフニャチ○共があああああッ!」
「ひッ!?ひいいいいいいいいッ!?」
その感情をぶちまけるように手にしたドラゴンの尻尾を振り回してひとしきり暴れた。
――俺の怒りが収まったのはソコに居た兵士たちを軒並み昏倒させてからだった。
「――で?炎龍を退かせたあとに兵士をぶっ倒したって言うのかい?」
「は、はぁ……。その通りで」
「……こんな子供が……?」
「……はぁ。その通りで」
散々暴れまわって力尽きた俺が運び込まれたのは他よりも大きく、作りこまれた一台だった。ちなみに今はグルグル巻きにされて床に転がされている。
周りには円状に座席が並び何人もの大人が座っている。格好はバラバラだが共通するのは一様にそれなりの価値がある服を身にまとっていること。さらに言えば視線が俺を検分するかの如く遠慮がないことだろうか。
「だぁーかーらー。何度も言ってんだろ。『俺は客として乗っていたがお宅の警備がザルで被害に遭いそうだったから撃退した』ってな」
「……なんというかまぁ、なんでそんなデカイ態度が取れるんだいこの小僧は?あんた床に縛られて転がされてるんだよ?」
「はッ。こんなもん何の意味があるんだ」
さっきから俺に言葉を投げかけてきているのは、正面に座る身なりのいい婆さんだった。指輪やネックレス、イアリングなどの装飾品が目立つ。背後には犬に似た耳を持つ女の兵士がひとり立っている。どう見てもこの中でもそれなりの地位にいるのだろう。
「……なんでもいいがバアさん、露出多いな。どうした?ボケたか?」
「言うじゃないか。本当に物怖じしない小僧だね」
「ああ、すまん。言葉が足らなかったな。――色ボケしたか?」
「死にたいようだネェ小僧?」
「……ひぃぃぃ」
俺とバアさんが発する殺気混じりの応酬に、近くで事情を説明していた兵士が悲鳴を漏らす。ガタガタ震えんな。繋がれてるこっちまで揺れが来るじゃねぇか。
「え、ええとそこまでにしておいてください、コネホさん」
「そうそう。いつまで経っても話が進まないでしょう」
近くの席のオヤジどもがバアさんを窘める。
舌打ち一つして席に着いたバアさんを見て年若い男が話しかけてくる。
「すいません。驚いたでしょう?ここは『旅の灯台』の商人会議の場です。貴方の処遇についての話し合いをするところなのですよ」
「そいつはご苦労なこった。で?どうして俺が拘束されなければならないのか、そのへんも説明してくれないか?」
「え、ええと……」
「このガキ、自分のしたことがわかってないのかい?」
曖昧に笑ってごまかす若い商人にバアさんの声が被さる。その声も困惑が混じっている。そのまま目配せすると近くにいた兵士が紙を取り出して読み上げ始めた。
「まず、炎龍の探索及び被害者の捜索に出ていた5分団が全員昏倒。今も6人ほどが目を覚ましていません。分団のうち骨折が半数。他の者も打ち身などの怪我をしております」
「……こんなにしておいて拘束するなとは言えんだろうに」
「全くだ」
兵士の報告に商人からぼやきが上がる。
あー……。つい調子に乗ってやりすぎたようだ。まぁ反省はしていないが。
「それとこの少年が主張している炎龍撃退の件についてですが……どうやら本当のようです」
「馬鹿なッ!?」
「ありえん……まだ元服もしていない子供だぞ!さすがに嘘だろう」
「……言いたかぁないがウチの娘たちが証言してる。なんでもその小僧、炎龍を追って森の中に入っていったらしい」
渋々、といった感じでバアさんが報告を上げる。
娘……?馬車の下敷きになっていた女達だろうけどこのバアさんの娘にしては若い。あるいはこのバアさんこそ老けすぎなのだろうか。
「なんかおかしなこと考えてないかい……?」
「はっはっは。そんな馬鹿な」
ジト目で睨んでくるが気にしないことにした。
その後の議会は紛糾した。
「その他にも『尾の無い炎龍が西へと飛び去る姿を見た』という報告が多数。それと少年が振り回していた尾がまさに炎龍のものでした」
「そんなおかしな話があるかッ!こんな年端もいかないガキに英雄のようなことが出来るわけが……」
「いやしかし、現に兵士が皆やられているのです。しかも、10メートルはある尾を持って」
「フザけた話だ……。いっそゴブリンがクマを殴り殺したと言ったほうがまだ笑えるだけマシだ」
段々と俺を見つめる目に興味とは別の感情が混ざり始める。
それは恐怖。
得体のしれない穴を覗き込むのにも似た感情なのだろう。
「――名前を聞いてもよろしいですか?」
この中では比較的友好的に話しかけてくる若い商人が問う。それに正直に答え、続けて馬車番号を聞かれた。隠しても仕方がないのでこれまた正直に話す。
「またあんたの所か。こないだもおかしな連中を載せてただろう?」
「こう何度も問題を起こされると何かしらの処罰が必要になりますな」
「そ、そんな……」
見れば俺に馬車を貸した主人が責められていた。
まぁ身元の確認もしないで誰彼構わず載せればそうなるだろう。とはいえいつまでも反論しなければこの状況は良くならない。
面倒だがそろそろ動くか。ため息をついて口を開く。
「なぁ。ここの商人は客に対してもこんな態度をとるのか?」
「はぁ?君は何を聞いていたのかね?」
「そうだ。今は君のしでかした事の処分についてのことだ」
「――ほぉ。つまり商品に不備があるのにその責任を客に負わせるのか」
俺がニヤリと笑いながら言うと血の気の多い連中が立ち上がって抗議し始める。
「言いがかりは辞めたまえ!我々が何を――」
「『何を売ったのか』だろう?俺はこの巡業商団に『安全な旅』を求め、この商団はそれに応えた。違うか?」
「ぐ、それはそうだが……」
苦々しげに口ごもる様子を見てこのまま攻め続ける方向でいい、と当たりを付ける。この商団は商品として『安全』売っていたのだ。それが覆されたのだから責められる謂れはない。
「例えそれが不備のある契約だとしても、だ。そしてあんたらは炎龍を防げず、客が危険にさらされた。これは契約に違反しているだろう」
「し、しかしだな!」
「黙れ!あんな天災クラスの魔獣の襲撃など防げるはずがなかろう!」
「――――それを防いで帰って来た恩人に取る態度がこれかと聞いているんだッ!!」
俺が放った怒声に周囲が静まり返った。
正直あまりいい気分ではない。獲物を取り逃がし、その原因にある連中からこうして犯罪者のような扱いを受ける。
それは到底我慢できることではなかった。
――まぁ、俺にやましいことがないかと言えばそうでもないが、ここは勢いで言いくるめる。
「黙って聞いていればこのバカどもが!俺が本気になればここにいる連中を皆殺しにできるというのがわからないかッ!?」
言葉と共に俺を拘束する縄を引きちぎると馬車の中から悲鳴が上がる。そのうろたえる様子に少しだけ溜飲が下がった。
くっくっく。このまま憂さ晴らしにひと暴れしてやろうか。悪ノリしている自覚はあるがどうにも止められない。
「――――――確かにそうさねぇ。それでも、だよ」
ちッ。あのバアさんだけは俺の演技に引っかからなかったらしい。余裕のある態度で言葉を返してくる。
「恩人にする態度としては間違っているんだろうねェ。でもそれとこれとは話が別さ。アンタがウチの護衛を一部とは言え使えなくしたんだ。その落とし前はつけなくちゃいけないねぇ」
「そ、そうだ!そのとおり!」
「ふむ。だけどねぇ。あたしらのやり方が間違っているのも、また『確か』なのさ」
「コ、コネホ!なぜそんなことを言うんだ!このまま――」
「やかましい!黙ってな!いつもはうちらの商売を馬鹿にしているくせに、こんな時だけ尻に乗っかるな!」
あのオッサンボコボコにやられているじゃねぇか。見ろよ、可哀想に肩を落として落ち込んでやがる。
「ざまぁ見ろ」
「ど、どうしました?」
危ねぇ危ねぇ。心の声が漏れてたか。
首を振って否定するとホッと息をつく兵士。俺の呟きが聞こえたのか、バアさんは一瞬口元を緩めたが、次に口を開くときには至極真面目な顔をしていた。
「さて、ユージーンとやら。アンタはやってはいけないことをした。けれど褒められることもした。アタシたちにも落ち度はあるし、それはあんたにも言える」
「――さっさと結論を言え。まどろっこしい」
「ぶっちゃけて言えば護衛が足らないのさ。そこでアンタが罪滅ぼしに護衛の仕事をすることで手打ちにしないかい?」
「ふむ」
確かに調子に乗ったのは俺が悪い。しかし、その原因を作ったのはこいつらだ。これをそのまま流すのは釈然としない。
まぁガキのようにいつまでも駄々を捏ねるのもアレなのでこの辺で折れるのも手だ。
「条件によるな」
「聞こうじゃないか」
「俺は強い魔物を狩りたいんだ。炎龍を殺そうとしたのだってそうだ。だから強い魔物の情報と引き換えだ。他にも色んな情報を集めている。魔法、武器、物品なんでもいいから情報を持って来い」
「……本当にそんなことでいいのかい?」
「後々、追加で何か頼むかもしれないが無理を出ない範囲にする、ってことでどうだ」
バアさんは頷くとすぐに他の商人と協議し始める。
その姿を眺めながら一つ大きく欠伸をした。なんだかんだで動き詰めだったから結構疲れが溜まっているのだ。
――その後、ウトウトし始めた俺が熟睡し、また起きる頃になってようやく話がついたと、あのバアさんに聞かされた。要求は受け入れられ、早速明日から警備に回されることになった。そして俺が回されたのは俺が昏倒させた傭兵たちの穴埋め、要はあのバアさんの受け持つ一角の警備だった。
問題があるとすれば……バアさんがやっているのが娼館の経営だったということくらいか。