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ドラゴン

 過ぎ去っていく馬車が半壊した『馬車だった物』になり始めた頃から、あたりの空気が熱を帯びる。

 離れた場所からでも大きく感じられたドラゴンの巨体は、近づくにつれてその印象をさらに強くさせた。


「いくらなんでもデカ過ぎんだろ!」


 目算だが30メートル以上は確実にある。

 力強さを感じさせる盛り上がりを持った四肢は、今も遠慮会釈なく人を蹂躙し続けている。

 ちょうどその足の下に逃げる男性を捉えて踏み潰していた。ドラゴンの体は元から赤いようだが、今はその表面にさらに赤黒いシミが広がって全体的にまだらになっていた。

 それが何なのかは今更考えずともわかるだろう。

 今度は翼を動かして空を飛び、鷲がそうするように急降下してエサをかっ攫う。

 後に残った下半身を見て近くの者が悲鳴を上げて……次の瞬間には同じように上半身が消え去っていた。


「一旦、アレをどうにかしないと倒すも何もあったもんじゃねえな……」


 だがどうやって?

 相手は高速機動する肉食のヘリコプターみたいなもんだ。

 下手に攻撃魔法を当ててもあの早さじゃはじかれて終わり。肉弾戦はさらに無理。

 どうしたもんか。


 ……ん?


攻撃魔法では・・・・・・……?」


 なら丁度いい。

 使えるかどうか、ずっと試してなかったんだ。ダメもとでも良いからやってみるか。






 俺が作戦を立てながら近づいている間に、ドラゴンの方は新たな獲物を見つけたようだ。

 横倒しになった馬車の脇に薄い衣を纏った褐色の女性が居る。どうやら馬車の下に中学生くらいの子供が挟まれているらしかった。

 褐色美女の方は必死に引っ張り出そうとしているが、いかんせん上にある物が重すぎて動かせない。

 下敷きになっている子供が上空で旋回しているドラゴンを見て悲鳴を上げる。

 ようやく自分たちが次の犠牲になることに気がついて、褐色美女が腰が抜けたようにへたりこんでしまった。

 まるでそれを待っていたかのように、ドラゴンが急降下を開始する。


 いや、事実あいつは待っていたんだろう。

 哀れな獲物が自分の逃れられない運命を知って絶望するのを。

 それによって引き出される魔力ごと相手を喰らうために。

 それまでゆっくりと姿を見せびらかすように上空を旋回していたのがいい証拠だ。




 ――けどな、それを待っていたのはテメェだけじゃねぇんだよ!




「『我と我が名と我がしるべ 誓いによりてわれ守る 堅牢なる水楯すいじゅん いざここに!』」「『アクア・シールド!』」


 俺の詠唱とともに薄い水の盾が女達の前に広がる。

 よし。上手くいった!

 成功した喜びを表に出す暇もなく、さらに壁を重ねる為に俺は再度詠唱を開始した。

 たかだか拳銃型魔道具フライクーゲルの一撃で壊れるような盾だ。重ね掛けしないと期待している効果は望めないかもしれない。




 俺が試したのは春の大陸の事件の際、実行部隊の隊長フォルネウスが使っていた魔法のコピーだ。

 通常、人が魔法を覚えようとするときには必要になるポイントがいくつかある。

 そのうち、最も重要とされる要素が『詠唱を知る』ことと『魔方陣を記憶している』ことだ。

 普通なら魔法書を読んで習得するべきものだが、俺には魔法陣が見えている。謁見式の後に確認してみたが、一般人には魔法発動の際に魔法陣が見えることはないらしい。

 何かのスキルによる恩恵だと思われるが、詳細は不明だ。だが、これで俺は最初からただ他人が魔法を行使するところを見ればコピーができる。




 脳内にある仮想領域に転写・・した魔法陣を複製し、それをポテンシャルの許す限り同時に展開する。

 数枚の水のシールドがドラゴンと女達の間に発生し――


 そのどれもが数瞬も耐えることなく千切れ飛ぶ・・・・・・


 ドラゴンはその勢いを減じたままで、そのまま行けば彼女たちに食らいつくだろう。


 しかしそれでいい。元よりこんな薄壁が突進を止められるとは微塵も思っていない。


「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」


 俺は抱え上げた馬車・・を動きの遅くなったドラゴンに向かって投げつけた・・・・・

 風を切る音を引き連れて馬車はドラゴンの顔にぶち当たる。


「ガアアアアアアアアッ!?」


 勢いをつけた大質量の激突に、さしものドラゴンもそのまま真っ直ぐ飛ぶことは難しかったようだ。

 女達の脇をすり抜けて森の木々をへし折りながら墜落する。


「へへっ!ザマァ見ろ!これでようやくケンカができるってもんだ」


 今までドヤ顔で空を占領し続けていたのにはムカついたが、そんな慢心があったからこそ馬車が当たったのだろう。これであいつの翼を使えなくすれば勝機は見える。

 森の中に木々をなぎ倒して出来た道を辿ってあいつの元へと行こうとすると後ろから声がかかる。


「あ、あの、助けて、くれたの……?」


「あぁ……?」


 振り返れば先程の女達がこちらを見ていた。あたりに誰もいないから俺が何かしらの手段でさっきの激突を引き起こしたと判断したようだ。

 あー……。状況的に見ればそうなんだろうけど……。ドラゴンの機動を限定するために、すぐに戦おうとはせずに待っていたのだ。

 ぶっちゃけ餌に使ったようなものだ。『助けた』という言葉には不適切に思う。

 後ろめたさと少しばかりの焦りを混ぜて返答する。


「――なんでもいいがあいつにトドメを刺さないとな。もう一度空に飛ばれたら厄介だ」


「!?む、無茶よッ!あなたみたいな子供があの炎龍に勝てるわけないッ!いいから早く逃げましょう!」


 褐色の方が叫ぶ。

 その子供に助けられた(と思っている)のにあんまりじゃないか?

 面倒だ。さっさと行くか。


 そう考えて拳銃型魔道具フライクーゲルで中学生くらいの娘の上にある馬車を打ち抜く。

 何度か連射すると細かい破片だけになって抜け出せるようになった。


「これで逃げられるだろ。ここに居ると俺のケンカ・・・・・の邪魔だ。さっさと行け!」


「え?ちょっと待っ――――」


 なおも声がかけられるが、今度は振り返ることなく薄暗い森の中に歩を進めた。





 森の中のある程度開けた場所に着くといきなり手荒い歓迎を受ける。

 人ほどの大きさの火球が俺めがけて飛んできたのだ。


「うおッ!?」


 咄嗟に飛び退って避ける。

 火球は木々を消し炭へと変えながら流れていった。

 燃え移った木々が辺りを照らす。

 その明かりを受けて薄闇の中からドラゴンが現れた。


 どうやら向こうも俺に気づいていたらしい。

 わざわざ待ち受けていてくれるとは。嬉しい限りだ。

 馬車をその顔で受けたっつーのに元気いっぱいじゃねぇか。クソが。

 ドラゴンはその後ろ足で立ち上がると大きく裂けた口を目一杯に開き、夜空に咆哮を上げる。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 あまりの大音声に空気がビリビリと震え、火が大きく揺らめく。

 動物のケンカ・・・ってのは、こうやって相手を威嚇するところから始まる。

 ただの狩り・・なら音と気配を消して獲物が逃げないように気を使うだろう。

 だがそれが縄張りを賭けたケンカなら相手に自分の強さを示さなければならない。ある意味これは俺を対等と見ている上での行動だ。


 それは何も、この化物に立派なプライドがあるとかそんな話じゃない。

 ただ知っているだけだ。

 本能レベルで『ここから先が本当の殺し合いだ』ってことを。


「かかってこい……!この俺が相手してやるよッ!」


 それが殺し合いの合図となった。

 こちらの言葉を理解したわけではないだろうが、俺の言葉を契機にドラゴンが火球を連続して吐き出す。

 数は6。

 そのうち4発は森の木々の枝を掴んで飛び上がって回避する。

 残る2発は手前の方に着弾した。


 それを避けて大きく回り込むように木々の間を駆け抜ける。

 火のあかりを反射して光るウロコを目印にして、夜闇の中に身を躍らせた。

 ドラゴンの足元まで近づくと今度は前足で踏み潰そうとする素振りを見せた。

 咄嗟にフライクーゲルを取り出してその足の裏を狙う。


 △セット:ノーマル・レーザー△


 2・3発撃ち出すが、表面を焦がすだけで穴が空くこともない。全く効いていないようだ。

 ――ちッ!腐ってもドラゴン、並大抵の防御力じゃ無い、ってか!


 足はそのまま振り落とされ、間一髪でそれを避ける。

 地響きがあたりに木霊して大きく地面が揺れる。


 魔法がダメだってんなら、接近戦だ!


 そう思い振り落とされた前足を掴んで登り始める。

 その太さは大きく手が回しきれない。まるで丸太だ。

 ドラゴンも俺を振り落とそうと体を揺すって暴れるが、俺は強化された身体能力で登りきる。

 背中には大きく突き出したトゲがある。

 それを鉄棒の要領で使って飛び上がる。

 空中で首の位置まで来ると武器精製ウエポン・クラフトの魔法を唱える。


「『我と我が名と我がしるべ 誓いによりて敵を断つ 破敵の大剣 いざここに!』」

 「『ソード・クラフト』!」


 光輝く両手剣が俺の手の中に現れた。

 そのまま分厚いウロコを貫けるように、体重と渾身の力を載せて振り下ろした!


 ――――が。

 ガキャイィィンッ!

 赤い首筋に突き立たんとした大剣が甲高い音を立てて弾かれた。

 これでもまだダメなのかッ!?


 弾かれた反動とそれがもたらした精神的な衝撃に、俺の動きが止まる。

 だから、

 背後から迫る一撃に気づかなかった。


「――――ぐあッ!?」


 背中に強烈な衝撃を喰らい、着地しようとしていた体勢のまま吹っ飛ばされた。

 地面をゴロゴロと転がり木の根元にぶつかってようやく止まる。


「ゲホッ!なん、だってんだ……!」


 そう言ってドラゴンの方を見ると楽しげに尻尾が振られている。

 どうやらアレで打擲されたようだ。


「お約束過ぎんだろ……」


 大抵の対ドラゴン戦だと尻尾の一撃が不意を打つことが多い。

 だから注意していたのだが、避け場が無い空中ではどうすることもできない。そもそも気づかなかったのだが、それは置いておくことにした。

 体の状態は……背中が痛むくらいでそれほど異常があるわけではない。右手を握ったり開いたりしてみてまだ剣が握れることを確認する。

 全く、スキルさまさまだ。

 

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