未だ分からず
夏の大陸の海域に入ったからと言って俺の生活がそれほど変わるわけでは無かった。
朝起きて鍛錬して、その後に読書。たまに魔物が湧いたら討伐。その繰り返し。
今も甲板に出てススメを広げていた。背中にはいつもどおりチャルナ。
まったく暑苦しくてたまらない。せめてもの救いは日本のように湿度が高いわけではないことか。
あと四・五日で陸が見える、ということでその前にススメのことを一度整理しておこうと思う。
あの事件のときに開放されたことについて、船旅の中で俺なりに調べて分かったことがある。
まず【魔力ロック】と【感情ストッパー】
これについてはどうも一定以上の魔力が出て行くのを防ぐ安全機構のような効果があったらしい。
今はもう解放されていて意味はない。
魔法を使ってみると、事件前と比べて魔力がより多く引き出せるようになっていた。
魔力の行使のしすぎは生命活動に支障をきたすのは事件の際に身をもって味わった。
次に【固有スキル】
ステータス欄に追加されていたため割合直ぐに見つかったのだが……。
――――――――――――――――――――――――
【ユージーン・ダリア】
固有スキル
・ケース【憤怒】:?????
・ケース【憎悪】:?????
・ケース【不信】:?????
――――――――――――――――――――――――
……ご覧の有様だ。
解放されていない。
しかも明らかにヤバイ匂いがする。
なんとなく俺のトラウマに関係していることはわかるのだが……。
この『ケース』というのは……もしかして『症例』ということなのだろうか?
なぞったり鑑定したり、様々なことを試してみたのだがこれ以上の情報は出てこなかった。
これはいったい何を意味しているのか……。
というかターヴめ。出し惜しみもいい加減にしろ!
まぁおいおい分かるとしてこれは放置。
それよりも今まで持っていたスキルが一つずつレベルアップしているのが嬉しかった。
――――――――――――――――――――――――
・【鑑定眼の御手】 レベル3
効果:物の名前や効果がわかる
1:情報レベル1解禁(名前)
2:情報レベル2解禁(効果)
3:詠唱短縮、遠距離発動
4:情報レベル3解禁(ステータス)
5:詠唱省略
・【剣豪の系譜】 レベル3
効果:身体機能上昇、武術習得補正
1:身体機能上昇(小)、武術習得補正(小)
2:身体機能上昇(中)
3:武術習得補正(中)
4:身体機能上昇(大)
5:武術習得補正(大)
・【妖精眼の射手】 レベル2
効果:対象の魔方陣に攻撃を当てることで魔法を妨害できる
1:魔法遅延
2:命中補正(小)
3:命中補正(中)
4:魔法中断
5:命中補正(大)
――――――――――――――――――――――――
原因はわからないがレベルアップしていた。
ボーナスのようなものか?
新しく増えたのは詠唱短縮、遠距離発動、武術習得補正(中)、命中補正(小)の4つだ。
鑑定眼については試しに発動させてみたら『鑑定と呟いただけで発動した。
さらに遠距離にあるものについても分かるようになった。範囲はおおよそで200メートル四方。条件として俺がそれを認識していなければいけない、というのがあったがこれで格段に使いやすくなった。
武術補正についてはなんとなく思ったとおりに動ける、程度の実感しかない。
これは追々わかるだろう。
命中補正は目に見えて効果が分かる。
魔法弾を放つとほんの少しだけ曲がるようになったのだ。
俺の思考によってある程度誘導できるらしい。要はホーミング弾だ。流石に投石なんかには効果はないようだが、それでも当たりやすくなった。
面白がってバカスカ撃っていたら海鳥の死骸だらけになったことがあるのは余談だ。
そして最後に特殊機能。
といってもなんてことはない。最近お世話になっているアイテムボックス機能だ。
自由に物の出し入れが可能になった、というのはかなり旅に有利だ。なにしろ持ちきれない、ということがない。
ただひとつだけ気がかりなのは項目の中に赤い枠があることだ。
アイテムはその項目をドラッグして移動できる。赤い枠の中にアイテムを置いてみたけどなにも変わらない。
再度取り出しても変化なし。
なんのための枠なのかよくわからないので、今は何も入れずに放置している。
『ススメ』本体の機能をまとめると次のようになる。
・監視機構
・俺自身のステータス確認
・ブックコピー
・メモ帳
・アイテムボックス
あとはスキル付与だが、これは俺自身では使えない。ターヴが『ススメ』を寄生させる際に一度やっただけだ。
ターヴといえば……。死にかけたときに聞こえた『声』のことを思い出す。
くぐもったぼやけたような声だったが、あんなことができるのは『神』であるあいつくらいだ。
あの時のあれがきっかけで魔力の使い方に気づいたんだ。
正直な気持ちを言えば『余計なことをしやがって』というものになるだろうか。
確かにあの場面では助かったが、なんとなく俺の喧嘩に水を差されたような感じだ。
というかあのシチュエーション、いかにも漫画に出てきそうな場面だ。こう、『主人公の中に封印された邪神が〜』という感じ。
狙ってやったんじゃないだろうな?
何はともあれアイツを殴る動機がまたひとつ追加された。
あの時の声はこの『ススメ』を介して聞こえたのだろうか?
そうするとこれには通信の機能もあることになる。
―
「結局これについてはなにも分かってない、ていうことが分かっただけか」
「うにゃ?なにがー?」
「なんでもねぇよ。…………よし。座ってばっかってのもアレだし。訓練するか」
「分かったー!それじゃ剣持ってくるねー!」
構ってもらえるのが嬉しいのか、それとも体を動かすのが好きなのか。
チャルナは尻尾を振りながら船内に戻っていく。
その間に俺は船長を探して鍛錬に甲板の一部を使うことの許可をとってきた。
しばらくするとチャルナが甲板に上がってきた。服もちゃんと運動に適したものだ。
持ってきた双剣を鞘付きのまま構えさせる。俺はボックスから竹刀を取り出した。
俺の体ならもし剣が当たっても少しの打撲で済む。チャルナに俺の力で剣を当てるわけにはいかないので竹刀だ。
「それじゃ……始めッ!」
「にゃッ!」
短く声を上げてチャルナが踏み込む。
一瞬のうちに俺の懐に入った剣先を、持ち手を軽く払って逸らす。
だが突きが不発に終わったのを気にしていない。
チャルナは勢いのままに体を回転させる。
もう片方の剣の横薙ぎを、竹刀を斜めに構えて滑らせる。
「いにゃッ!」
「ふッ!」
チャルナの飛び蹴りがしゃがんだ俺の頭上を掠める。
着地した瞬間を狙って後頭部に向け、振り向きざまに竹刀を打ち下ろす。
勘でも働いたのか、チャルナは後ろを確認することなく前方に転がって避ける。
俊敏さでは向こうの方が上だ。だがそれに無理に張り合おうとはしない。
剣の扱いでは俺の方に一日の長がある。それにこれは鍛錬、練習だ。実戦を想定して訓練するならば、同じ土俵に上がらずに自分の持ち味を生かしたほうがいい。
――果敢に向かってくるチャルナの剣を躱し、避ける。
体のバネを活かし、縦横に駆け回るチャルナ。
そのしなやかな躍動から発せられる剣戟は早く、重い。
対フォルネウス戦では体重の差で行動の選択肢を潰されることが多かった。
これからもそんな場面は多いだろう。何しろ俺はこんな子供の体だ。体重が重い相手のほうが圧倒的に多い。
ならば、どうするか?
簡単だ。
正面から打ち合わなきゃいい。
どれほど体重に差があろうと。
どれほど膂力に差があろうと。
かち合いさえしなければそれが発揮されることはない。
剣を振っても接触できなければ無意味だ。
チャルナの力は俺よりは弱いが、勢いを付けて攻撃してくるのがコイツのスタイルだ。
それを加算して考えるとその攻撃力は侮れない。
練習相手にはちょうどいい。
「うにゃうにゃうにゃうにゃあああああああッ!」
「――そこッ!」
ペシ、と間の抜けた音が甲板に響く。
連続で繰り出した突きの一瞬の隙を突いてチャルナのおデコに竹刀が当たった音だ。
「うにゃう……また勝てなかった〜!」
「お前の主人がそうそう簡単に負けてたまるか」
「う〜……。マスターずっこい!なんか魔法使ってるでしょー!?」
「使ってねぇよ。単純にお前の実力不足」
「うう〜。なんかマスターヘロヘロ避けるんだもん……」
「なんだ『ヘロヘロ』て」
「いっぱいいっぱい頑張ってるのに当たんないんだもん」
手足を投げ出して床に大の字で寝っ転がるチャルナ。
こらこら。はしたないだろ。
とはいえこの炎天下の中動き回ったのだ。俺も汗だくだ。
アイテムボックスから水瓶を取り出すとチャルナに浴びせかけた。
転がったまま美味そうに飲むのを見ると、つい顔が緩んでしまう。
あれ?
もしかしてチャルナの品の無さって俺のせいか?
「わはは。なかなか見事な剣術じゃねぇか。楽しませてもらったぜ!」
「船長か。見てたんなら金もらうぞ」
「おお、やるやる。駄賃だ」
そう言っていつの間にかそこにいた船長が串焼きにした魚を取り出す。
酒を持っている所を見るに、俺たちの鍛錬を肴にして一杯やっていたようだ。
見せもんじゃないんだが。
「んじゃ遠慮なく」
「ほれ。嬢ちゃん……て、もう食ってやがる。わはは。こりゃかなわんな」
船長はその赤ら顔を歪めると自分も串焼きに齧り付く。
チャルナはいつの間にか串焼きを手にしているし。なんとなく俺もその場に座って齧り付いた。
「強えなあ、ボウズたちは。流石は『ダリア』といったところか。そんで?夏の大陸には何しに行くんだ?」
「もっと強くなるため、てとこか」
逃げるために出国したとは言え、俺の目的は変わらない。
強くなって化物を殺す。それだけだ。
そのためにはもっと情報が必要だ。
「ほほぅ。その年でそこまで強いんだから天狗になっててもおかしくないはずだが、随分と謙虚じゃねぇか」
天狗って通じるのか?と思ったが、ここファンタジーだしな。何がいてもおかしくない。
苦笑しながら言葉を返す。
「もうしこたま怒られた後だしな。ところで夏の大陸ってのはどんなところだ?」
「んー。そうだな。まず、人の数が少ない」
「それは……人口が少ないってことか?」
「いや、違う。人族が春の大陸に比べて少数なんだ。あそこはまぁいろんな種族がいるわけよ。
エルフにドワーフ、獣人に妖精種、数は少ないが竜人もいる。」
「多民族国家、てことか」
南方の大陸だし、黒人種がいっぱい居るようなイメージだったが違うようだ。
ジャングルに生えるような巨大な葉の下で、様々な人が行き交う光景。
……うん。良いな。とっても異世界、って感じがする。
「難しいことはわからんがあれは国じゃないな。『国』とは付いているが」
「ん?どういうこった、そりゃ?」
「大陸各地に部族事に集落を作っていてな。長が居るわけだ。
んで、大陸の中心にデカイ都があるんだが、そこは各部族の長が集まって運営しているらしい」
「そうか。連邦制だっけか、そういうの」
「知らねえって。――名前が付いてる場所はその都くらいだな。
交易都市国家 エンコントロ・エストラーダ、『出会いの路』ってな。単にエストラーダって呼ぶ時が多いな」
「『路』なのに『国家』か。変な感じだが……面白そうだ。くくく。なかなか楽しめそう」
「さっきも言ったが色々居るからな、アソコは。そりゃもう楽しいだろ!」
まだ見ぬ場所に想いを馳せる、というのは異世界に限った話じゃない。
例えそれが成績不信の露見を恐れての逃避行だとしても。
俺は寝転がるチャルナの髪を弄りながら、遠足前の小学生のように胸を高鳴らせていた。