ヘタレ
その後、事件の解決記念、と称してパーティが開かれた。
案の定、何かしらの利権を求めて顔も知らない奴らが接触してきたが、大体のことは『帰って来れるかもわかりませんから』と言うと矛先をダリア家当主の方に向けた。
ドルフからは勝手に『渡り鳥』になったことを酷く怒られた。まぁこいつからしたら利権はほとんどなく、手に入った戦力が居なくなってしまうので痛し痒し、と言ったところか。
そう言って謝罪したら親心が分かっていない、と拳骨を落とされた。むぅ。意外と俺のことを息子として心配してくれているらしい。
放蕩息子なんざ放り出して後は知ったこっちゃない、なんてことが普通にある貴族階級では珍しいことだった。
「ふぅ。ったく、腹黒タヌキどもの相手はしてられないな。」
今、俺は出発の荷造りのために、と言い訳してパーティを抜け出していた。
目の前には案内役のメイドがいるために愚痴るのも小声だ。月明かりが照らす薄暗い廊下を、メイドの持つロウソクを頼りに歩む。
しかし・・・・。
―――このメイドどこに向かっているんだ?
先程からどうにも入口どころかむしろ奥の方に引き入れられているような気がする。
「すまないがどこに案内する気かな?門とは逆方向なようだが。」
「すみません。主人からこちらに案内するようにと、仰せつかっていますので。」
「・・・随分勝手な主人だな。とうの本人に確認もとらないなんて。」
「―――――どっちが勝手なんですの。一人で勝手に居なくなろうとしているじゃありませんの。」
唐突に少女の声がしたと思ったら、腕を掴まれて部屋の中に引き込まれた。
この声は――――
「セレナか。」
「もっと驚いたらどうなんですの?」
「王城はお前の家だろうが。」
つまりませんの、と言ってむくれる少女は豪奢なドレスに身を包んだセレナだった。
背後でパタンと音を立ててドアが閉まった所を見るとメイドに言いつけたのはこいつのようだ。
部屋の中は年頃の令嬢らしく、気品と可憐さが同居していた。全体的に豪華な家具が配置され、細々とした小物がセレナの少女趣味を表している。
部屋の中にはロウソクの明かりがひとつ。ゆらゆらと揺れる光に照らされてわずかに赤らんだ顔でセレナがこちらを見てくる。
「ユージーン。貴方に聞きたいことがありますわ。」
そう言ったセレナの顔は怖いほど真剣な表情をしている。どうせ国をでることについての話だろうが・・・。
「貴方が本当の『狼殺し』ですわね・・・?」
「はぁ?」
なんだそりゃ?なんで今更そんな話が出てくる?そしてなんで俺が?
「いや、違うだろ。」
「えっ!?そ、そんなはずありませんわ!貴方があの時使っていた古代遺物は確かに『狼殺し』様が使っていたものですもの!」
「古代遺物、・・・・ってこれのことか?」
そう言って俺は拳銃型魔道具を取り出す。
「そう!それですわ!なによりあんな強さの子供がそうそういるはずありませんもの!」
「いや待て。あんとき馬車は王都に向かっていたんだぞ?お前は王族なのになんで馬車に乗る必要がある。」
「いつもは離宮に住んでいたんですもの。」
「つってもなぁ・・・。確かに俺は試験日の前日に灰色狼の群れを倒して、どこぞの令嬢を助けたけど。
それでもお前の言うような公明正大な人物になったつもりはないぜ?」
「あ、あれはそのぅ・・。なんていうか・・・。えと、ほんのちょーーーっとだけ願望が混じっていたというか、他の娘の手前、誇張していたというか・・・。」
なに?
「それじゃ何か?あんときの馬車にはお前が乗っていたのか?
それで助けてもらった礼も忘れて俺のこと追い掛け回していたのか?」
「うぐぅ・・。その通りですの・・・。」
ほう・・。
どうしてやろうかこのアホ娘は・・・・。
今までの学校生活のことを思えばこいつに引っ掻き回されたことは枚挙にいとまがない。その上でこの仕打ちか。
「あうぅ・・・。そ、そんなに睨まないで欲しいんですの・・・・。」
「お前ってヤツは・・・・。ホントにアホの子だな。ハァ・・・。」
「ええと、お詫びと言ってはなんですけど、その・・・。」
「ん?」
何を言っているのか聞こえないほど声が小さくなってしまった。見れば顔が真っ赤になっている。
いきなりどうしたんだ?
「なんだ?言いたいことがあったらはっきり言え。」
そう言うと意を決する、というような感じで顔を上げて――――
「そ、の・・・。おっ!お嫁さんになってあげてもいいですわよ!!?」
「はあああああああああああああああああああっ!?」
こいつ何言っちゃってんの!?
セレナはもう羞恥心も吹っ切れたように目をギュッと瞑ってまくし立てる。その顔は先ほどよりも赤く、熟れたトマトもかくや、と言わんばかりだ。
「だ、だって!一度のみならず二度も命を救ってもらっているんですもの!そ、それにユージーンだってあの時、私にぷ、ぷろぽーずしたじゃありませんの!?」
「い、いや待て落ち着け!?あんときのは―――――」
「うううううるさいうるさい!いいから私と結婚しなさいですの!」
ポカポカと俺の顔に向かって駄々っ子パンチをしてくるセレナ。完全に混乱している。俺もだが。
状況を整理しよう。
まず、セレナの発育過多な胸がむにょむにょと俺に当たって形を変えている・・・・。
・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
いや、違うんデスヨ?
信じてください。決してこの緊迫した状況で欲情しているわけじゃないんです。
今までのことを盾に『へっへっへ。今までよくもやってくれたなぁ・・・?オシオキだぁああああ!』とか考えているわけじゃないんです。
妙に胸を強調した格好のセレナが手錠で吊られているところとか想像しているわけないじゃないですか。
「だって!だってだってぇ・・!あんな格好良く助けてくれてその上で『好きだ』なんて言われたら意識しちゃうじゃありませんの!!」
ポカポカ殴り続けながらそんなことを言うセレナ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
チョロい。チョロすぎる!
え!?普通あれくらいで好きになるか!?俺ほとんどズタボロだっただろ!?
「ようやく家に帰ったら、いつの間にか私がダリア家に嫁ぐことが褒美になっていましたし!」
あの国王そんなこと考えていたんかいっ!
と、ここまで考えて気付く。
王立学校では女性は『純粋』であることが求められる。セレナも当然、そのために教育を受けていたはずだ。
そんな純情娘が期待と不安に胸を高鳴らせて『恋愛』の学校に向かう途中で、衝撃的な出会いをしたら・・・?
ドラマチックに窮地に助けに来て、怪我をしてでも自分の存在を肯定してくれたら・・・?
「貴方とは憎まれ口しか交わしてないのに気になって仕方ありませんでしたの!男の子なんていつもヘコヘコしてる人ばっかりなのに、貴方は、貴方は・・・っ!
あ、貴方が悪いんですの。力強い目で私を見つめて・・・。
私だって女の子なのですから、あんなことされたら、ドキドキ、しちゃいますの・・・。」
いつの間にか俺を叩いていた手を止め、胸元にしがみつきながら艶っぽく濡れた瞳でこちらを見上げていた。
そこまで言われたなら俺だって満更じゃない。つい、『うん。結婚します』なんて言ってしまいそうな甘い空気が漂っていた。
「他の大陸になんて行かないでください・・・。英雄になんてならなくても良いから、私の隣に居て欲しい・・・。」
そしてフルフルと震えながら絞り出すようにして言う。
「お願いしますの・・・。どうか私を貴方のお嫁さんに・・・。」
そう言って目を閉じるセレナ。そのツヤツヤした唇をツンと突き出している姿が幼いながらも色っぽい。
これは・・・・・。あれか。キス的なものか。
生唾をひとつ、喉を鳴らして飲み込んだ。
セレナの熱意に答えるように、俺は顔を下げて・・・・。
バンっ!
「―――え!?ちょ、ちょっとユージーン!?どこに行くんですの!?」
衝動的に走り出していた。
気づくと唇どうしが触れないうちにセレナの体を押しのけて扉を開き、薄暗い廊下を疾走していた。
「ま、待ちなさい!返事を聞いていませんわ!?ちょ――――待ちなさいってば!バカあああああああああっ!」
後ろからセレナの声が聞こえて来るが無視した。
――――怖かった。
もう少しで触れ合う、あの瞬間、漠然とした不安感が俺の体を襲ったのだ。
上手くできるのだろうかとか、嫌われたらどうしようとか。
また騙されているのではないかとか、気の迷いかもしれないだとか。
そんな漠然とした不安感が雲霞の如く心を埋め尽くしていた。
ああ、クソっ!ようやく気づいた!
トラウマがどうとか、これはそんな話じゃない!
思えば前世でも俺は誰かと付き合ったことはない。
誰かに嫌われるのが、恋人になるほど親しい誰かに嫌われるのが死ぬほど怖いのだ。
そう。これは要するに、ただただひたすらまでに、この、俺が―――――
「っ!こ、のぉ!ヘタレ ーーーーーーっ!!!!」
心底どうしようもないほど腰の抜けた『ヘタレ野郎』だった、という話だ。
―――
自己嫌悪で消えてしまいたい・・・・。
あのセレナのことだ。恥ずかしさとか色々なものを押さえ込んでそれでも俺に告白してきたはずだ。
それをこともあろうに逃げ出すとか・・・・。
何やってんだ上月祐次(28歳童貞)。
「あー。なんつーか、死にてぇぇぇ・・・・・。」
そんなことを言っても時間は戻らないし、こんなくだらないことで死ぬわけにもいかない。
結果として浮浪者のように歩きながら『死にたい』と呟き続けていた。
宿に戻り、突っ伏すようにベットに転がる。獣人娘たちはまだ食堂で働いているので俺ひとりだ。
「あーっ!クソっ!くそったれ!最後の最後でなんでこんなことに!」
俺は苛立ちをぶつけるように壁を叩く。
振動とともにパラパラと埃が落ちてくる。
「チチィーーーっ!」
あ、っと。ラティが居たのを忘れていた。鳥かごの中から威嚇していて見るからに不機嫌そうだ。
そういえばコイツのことも解放してやらないといかんな。
ええい!セレナのことは一旦忘れよう!
あの年頃の女子は惚れっぽいからな。麻疹みたいなもんだろ。『恋に恋するお年頃』、ってな。
そうでも思わないとこの先、辛すぎる。
言い訳なのは十分承知しているが、このままセレナと結婚なんてしたらこの国にずっと囚われてしまう。
「いつも戻れんのかもわからないんだ。このまま別の奴に惚れてくれるとあいつにとっても俺にとっても都合がいいだろう。」
「チュ?」
「ああ、いや、こっちの話だ。それよりラティ。お前、森に帰りたくはないか?」
「っ!?チュ、チュウ!」
コクコクと首を上下に降って肯定するラティ。
ある意味こいつは俺に誘拐されたようなものだしな。そりゃ帰りたいか。
「なら条件がある。ひとつはもう一度、お前の魔法を俺に見せること。もうひとつは森の仲間に『人間を襲うな』と言って回れ。」
「チュ?チィ!チュチューっ!」
「・・・・何言ってんのかわからん。」
「チューー!?」
まぁ承諾したみたいだし、いいか。
後、することって言ったらギルドに活動地点を変更することを報告、学校も辞めないとな。シェルビーには・・・、この宿に伝言頼めばいいか。
エミリア達にも言わないとなぁ・・・。
あいつらに『海を渡っていつ帰るのかもわからない旅に出る』なんて言おうものならどうなるか。考えただけでも面倒だ。
ヴィゼ達を連れてきて日がそれほど経たないうちに出て行くのも良くない。なんていうかほっぽり出していくような気分にもなる。
「でも言わないとなぁ・・・・。」
ハァ・・・とため息ひとつ吐いてから、紙と羽ペンを取り出す。
ラティの『警報』の魔法は楽に経験値を稼げる魔法だ。これからの旅で重宝するだろう。
そのために紙に書き写しておいて、後で魔道具にするなり、人用に変換して行使するなりするつもりだ。
「んじゃラティ。さっきの約束通り『警報』の魔法を見せてくれ。」
「チュ!『チチィーーーー!』」
「いいぞ。そのまま維持していてくれよ・・・・。」
魔法陣を書き写しながら、俺はどんなふうに説明するかを悩み続けていた・・・・。