生還
「死んだ・・・はずだったんだけどなぁ・・・。」
天丼ネタだ。
もっとも、以前にやったのは世界の狭間に来たときだったので実に7年ぶりだが。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!ていうか馬鹿なの!?テロリストだかスパイだかに向かって行ってあまつさえ勝つとか本当に馬鹿なの!?」
「うるせぇよエミリア・・・。叫ぶな。」
「ましゅたー・・・。ウソつき・・・。ぐすっ・・・。えぐっ・・・。いなくなんない、って言ったのにぃ・・・。」
「嘘ついてねえよ。ほら、生きてんだろ。・・・っていうか俺のパジャマで拭くなよ。」
「うえええええええええええっ!良かったよおおおおおっ!ユージーンい゛き゛て゛る゛う゛う゛う゛!」
「やっかましいわ!ええい!いつもはサバサバ系とか言ってんのに泣き虫か!泣き止めヴィゼ!」
「ごしゅじんさまごしゅじんさまごしゅじんさまごしゅじんさまごしゅじんさまごしゅじんさまああああああああああああ!」
「怖えよ!?――ぅ熱ぁっ!?ほっぺた擦りつけんなフィルシア!手が焼ける!!」
「――――――なんですのこれ・・・・?」
部屋に入ってきたセレナがあまりの混沌とした中の様子を見て、戸口で呆然として立っていた。
エミリアはベットに横たわる俺の右でずっと涙目で説教しているし、反対側ではフィルシアが何か呟きながら高速で左手に頬ずりしている。うさ耳がもの凄い速さで揺れている。
頭の上じゃヴィゼが大声で泣いている。
かと思えばチャルナは俺の胸の上に、というか全身に体ごと抱きつきながら鼻水やら涙やらを俺のパジャマの胸元で拭う。
グリグリとぐすぐすとガミガミとゴシゴシ。
どれもダメージが小さいがそれが複数重なると結構痛い。もうどこから手をつけたらいいのやら。
とてもではないが病室の中とは思えない阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
目を覚まして早々にあの騒ぎに巻き込まれてツッコミに徹していたが、どうやら俺は生きているらしい。
人質事件からまる6日。その間、俺は目を覚まさず、生死の境を彷徨っていたという。
今は体中に包帯が巻かれて手当されていて、ベットに寝かされている。体を動かそうとすると鋭い痛みが走る。が、生きてはいる。どうにかこうにか身を起こしてセレナの話を聞く。
話によるとあの後すぐに騎士団が駆けつけて来て残った連中を捕縛したらしい。あれだけデカイドンパチやってりゃ気づきもするか。
「―――――ぷはぁっ。じゃあミゼルは逃げたのか・・・・。あむっ。ほんなひょうきょうはらにげれるろか・・・。ごくん。騎士団も居たのにどうやって?」
「・・・・話すか食べるかどっちかにしたらどうですの・・・?」
「んぐっ。血が足らねぇんだよ。察しろ。んで、どうやって逃げた?というか俺はどうして助かった?」
「ええ。あの死んだと思われていた隊長が起き上がってミゼル先生ごと崖下に落ちて行きましたの。」
「・・・フォルネウスか。あの状況で生きてるとかマジバケモンだな。それでなんで『逃げた』なんだ?」
その行動が俺を庇ったのか、操られた恨みを晴らそうとしたのか、はたまたコイツの言うように計画の失敗を悟っての退却なのか判別がつかない。
「取り調べで崖の下に万が一のために船を待機させておいたらしいんですわ。結果として犯行グループは主犯格以外はほぼ全員が拘留。人質は全員無事ですの。・・・・貴方を除いて。」
「喧嘩して怪我ひとつない方が不自然だっての。そんなしょげたツラすんな。」
「いえ・・・これはその・・・呆れているんですの。」
「あ?」
「その・・・貴方いったい何人の子に手を出したんですの?」
視線を辿るとあぐらをかいた膝の上ではチャルナが丸まって寝ている。泣き疲れたようだ。その右手が俺のシャツをしっかり掴んで離さない。
もう一方の泣いたカラス・・・もとい犬は俺に寄りかかって船を漕いでいる。ずっとビービー言ってたからな。
兎の方は・・・・頬ずりする場所を背中に変えていた。ずっと高速で顔が動いているので見えないがコイツもまた泣いていたんだろう。
「ごしゅじんさまごしゅじんさまハァハァいい匂い・・。」
泣いている・・・・はず・・・・。こいつ最近怖いな・・・。
ちなみにエミリアは宿に報告に行って今は居ないがずっと『馬鹿じゃないの』を繰り返していた。随分心配させたようで心苦しい。
「手を出すとか・・・こいつらは別に俺の同居人とか宿の従業員とかペットとかそんなもんだぞ?」
「それでもその懐き様はおかしいですの!・・・・・あれ?今、ペットって言いました?言いましたよね!?」
・・・・事件の方はどうにか収集がついたようだがむしろ俺の問題はここからだ。あそこまで大事になってしまったのだから当然俺の力のことも知れ渡っているのだろう。なにせ教職員プラス人質の全員が俺の戦闘行動を見ていたわけで。まして王族というVIPもいる。そうなると何かしらの追求がある。
こうなると面倒事がついてまわる。あまり深く考えないで『腹が立ってつい』やってしまった。
どうしよう・・・。
「・・・・セレナ。何か親とかその取り巻きから何か聞いてるか?」
「無視ですの!?」
「何がだ?」
「無かったことにされましたの!ひどいですわ・・。」
「いいから質問に答えろ。何か事後処理で言われたことは無かったか?」
「うう・・・。えと、王宮の方で何かしら褒美を取らせるから、ユージーンのお父様をお呼びになられたそうです。」
「はぁ!?オヤジを呼んだ!?」
「ひうっ!?」「ふにゃっ!?」「わうっ!?」「ごしゅじんさまごしゅじんさま・・・・」
俺の出した大声に部屋にいた全員が大きな反応を見せた。いや一名歪みねぇのがいるが今はそんなことどうでもいい!
「なんでわざわざオヤジなんて呼ぶんだ!?」
「な、なんでって貴方自分のしたことがわかってますの?王侯貴族の子息を守り、敵国の企みを阻止したんですのよ?まったくもって前代未聞ですわ。当然何かしらの恩賞は与えられますわ。その際にその生家にも褒美が出るのも当たり前のことですわ。」
「余計な真似を・・っ!」
「ええ!?なんでですの!?」
マズい。非常にマズい・・・!
俺が授業にロクに出ていないことが実家にバレる・・・っ!
「チッ!俺の恩賞はいいからオヤジを家に返せ!」
「そんな無礼なことできませんわ!」
クソッ!どうしたらいい・・・・・!?
「何なんですの・・・?」
「うにゃ・・・。マスター、大丈夫?」
「わふー。びっくりしたよー。いきなり叫ぶんだもん。起きちゃった。」
「鼻血が・・・。止まりません・・・。」
「フィルシア!?ちょっとアンタ何してんの!?」
「きゃあッ!?どどどどうしたんですの、そちらの方!?」
背中に何か濡れた感触があるが気にしてられない。
ヤバイ・・・。ヤバイヤバイ・・・。
オヤジが俺を王立学校に送り込んだのは『性格改善』のためだ。それが授業にも出ずにひたすら魔法の研究をしていたなどとバレたら・・・・。
「と、とにかく脱がせないと!ユージーン!ユージーンてば!・・・・ダメだ。考え込んじゃってるよ。こうなると何があっても気づかないんだよなぁ。」
「全く微動だにしませんわ・・・。仕方ないので裂いてしまいましょう。ええと、何か刃物は・・・。」
「うにゃ?ならあたしがやるー。そりゃッ!」
「きゃあッ!な、なんで下も切っちゃったんですの!?」
「あちゃー。失敗しちゃった。ゴメンマスター。」
「う、わ・・・。意外と逞しい・・・。」
「鼻血とよだれが止まりません・・・。」
「見ちゃダメですわ!?」
オヤジの方も問題だが恩賞とかいうのも面倒だ。
注目が集まれば動きにくくなる。なにか、なにかいい案ないか?
オヤジの追求を躱し、注目を避けてついでに俺の利益になるようなこと・・・。
――――そうだ!
ガバッ!
「きゃああああああああああああああッ!?なん、なんで立ったんですの!?なんで立ったんですの!?」
「わふううううううううううう!?すご・・・。おっきぃ・・・・・・。」
「うにゃ?マスター何つけてるのコレ?ブラブラしてるー。」
「ハァハァ・・・ちょっとだけ・・・先っぽだけだから・・・。」
「フィーは触っちゃダメッ!」
逃げてしまえばいい。オヤジが学校のことを気にする前に。
報酬も受け取るだけ受け取って注目の集まらないところ――――外国に。
俺の報酬はむしろそれでいい。それがいい。
耳に入る騒ぎを放っておいて俺は計画の案を練り始めた。