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ハッピーバースデー

今回、読みづらい表現があります。ご注意下さい。

「なん、だ、これ・・・。」


 右手の甲からゆっくりと『異世界ノススメ』が浮かび上がる。

 それは俺の眼前まで来ると、ひとりでにパラパラとめくれていく。そしてあるページを開いて止まった。

 そこには今までなかった文字が金色に光りながら揺らめいていた。


『受諾。特定行為による宣言を認証。

 所有者の【世界に対する在り方】を確認。

 魔力マナロック リリース

 感情エモーションストッパー リリース

 固有ユニークスキル 解放

 特殊機能 解放――――――』


「こ、れは・・・・・・。」



「ま、魔法隊!早くこいつを殺しなさいッ!何をしているのッ!早くッ!」


「ッ!?」


 金色に光る文字を目で追っていると、ミゼルの焦った声が聞こえて来る。

 俺から発散された魔力の余波をモロに全身に感じて、さらに様子がおかしいことに警戒したのだろう。

 ミゼルは後ずさりながら怯えたように命令を下す。

 戦闘中に呑気に本を読んでいる場合ではない。


「考える時間くらい寄越せっての!」


 再び森から放たれた巨大な魔法弾。先程の物と同威力、しかもそれが複数。

 どう考えても今のズタボロの俺に躱せるものではない。直撃すれば今度こそ耐え切れずに死ぬだろう。


 どうすればいい・・・!?

 視界の大部分を占め始めた魔法弾。いやにゆっくりと俺に迫っているのが分かる。

 視界の端でセレナが泣きながら飛び出そうとしているのが見える。

 それをボロボロの体で必死に引き止めているレオの姿も。


 魔法弾の膨大な魔力を身近に感じるほどまで接近している。

 ・・・・どうしようもないのか!?




 ―――――また・・殺されなきゃいけないのか!?




 トクン


 鼓動がひとつ、鳴った気がした。

 いや、心臓を誰かに叩かれたような気がした。

 頭の中でその誰かが叫ぶ。


『なぜ君が死ななきゃいけない?

 なぜ君があいつらの勝手な理屈で死ななきゃいけない?

 なぜ君が理不尽な暴力にさらされなきゃいけない?』


『あんな奴らにいいようにされてまた死ぬのか?それが嫌だからあんな目標を立てたんじゃないのか?

 それとも――――もう忘れた・・・のか?あの日のことを。』


 その言葉と共に、俺の視界は白い光に包まれた。

 あの日、俺が死んだ日のことが切れ切れに、頭の中に映し出される。


 拉致られ、蔑まれ、友に裏切られて、暴力に曝されて。

 そしてそこから逃げて―――――死んだ。


 あの瞬間の爆発しそうな感情が。

 思いが。

 恨みが。

 焼き切れそうな熱を伴って洪水のように流れ込む!


 痛      や

 い   怖い め

   苦    て

   し ど  く

   い う  れ

     し

     て  

         

 信じてたのに  

         

  イヤだ 許

 憎    さ

 い    な

      い

 殺す    

         

――――殺してやる!


「あああああああああああああああああああッ!」



 ―――――ただただ憎かった。

 あの理不尽なものを俺に強いた奴がたまらなく憎かった。

 あいつらの理不尽をなぜ俺が背負っていかなければいけないのか。


 ドクン



『なぜ君が我慢しなくてはいけない。

 なぜ君が耐えなくてはいけない。

 なぜ君が己の感情から顔を背けなくてはいけない。』


『憎め。怒れ。己の汚い部分も全て認め、心のままに、思うままに気持ちの全てを吐き出せ!

 この世界ではそれが何よりも強い・・・・・・力だ!』



 ドクンッ!!



「ああああああああああああああああああああああッ!」


 神経が焼ききれるほどの激情を、伸ばした指先に込める。その先には巨大な魔法弾。

 自分でも何をしているのかわからない。だが――――。


 これでいい・・・・・


 何故かそう思える。

 体の奥底から魔力が吹き出す。

 まるで噴火のような勢いで現れたそれは、眩いばかりの光を発しながら展開した魔方陣に注ぎ込まれる。

 これほど膨大な魔力に魔法陣が耐えられるわけがない。豆電球に雷を流すようなものだ。

 青白く光っていた魔法陣は血のように赤くなり、跳ねるように脈打ち、そして―――――。


 ビシッ!パキャァァァァァァアンッ!


 ガラスのような硬質な音を立てて砕け散った・・・・・

 そしてかろうじて残った外枠だけの魔方陣、その中心から猛烈な勢いで吹き荒れた!

 可視化するほどの密度の魔力が奔流と化し風となって荒れ狂う。その色は何故か黒い。


 眼前まで迫っていた魔法弾が魔力風に押し流されて消えていく。まるで水流に乗った紙風船のようにその球形を保てず流れの中に埋没する。

 衝撃波が俺のつきだした手の方向に流れていき―――――凄まじい音を立てて木々をなぎ倒した。

 戦略魔法並みの威力のぶつかり合いで月を覆っていた雲がちぎれ飛び、辺りを月明かりが照らした。




「―――――え?」


 少し前まで哄笑を浮かべていたミゼルの顔には、驚愕を通り越して恐怖の感情が浮かんでいた。

 セレナたちも何が起こっているのか全くわからないようで、呆然とその場に座り込む。

 俺が放ったのは魔法ではない、ただの魔力の流れ。それがあれほどの威力をもたらすとしたら、魔法として調整、増幅、変化させればどんなことになるのか想像もつかない。

 俺は――――


「・・・は・・・はは・・・。」


 ―――――酔っていた。


「ははは・・・・あはははっ!くははははははははははッ!」


 魔力を生み出す心地よい熱に酔っていた。

 ついに手に入れた強大な力に酔っていた。

 何より―――――


「くだらないっ!あははははっ!なんてくだらないことに囚われていたんだっ!」


 俺が俺であるという確かな事実・・に酔っていた。

 取るに足らないことであれほど悩んでいたことが可笑しくてしょうがなかった。

 以前の俺は転生前の自分と、転生後の自分が違うことに悩んでいた。

 だがそれも些細なことだとわかった。あの、死の瞬間を突きつけられたことによって。


「こんなに強烈な憎しみが、これほど熱い怒りが、他人のものであるはずがないっ!」


 繋がった・・・・

 地球で死んだ祐次と

 この世界で生きてきたユージーン・ダリアは

 世界を超えて、7年という時を経て、今、この瞬間、確かに繋がった!




「な、何をしたの・・・!?何をしたの!?あれほど重ねがけされたツガイの魔法を貴方ひとりの魔力で打ち破ったとでも言うの!?」


 取り乱したミゼルが鬼気迫る様子でわめき散らす。もう演技をする余裕もないのかいつもの教師の面影は何処にもない。

 口の端から泡を飛ばして声を張り上げる様子は狂乱と表現するに値するものだった。

 そのあまりにひどい有り様に水を差されて冷静になる。


「ありえないッ!そんなこと、出来るわけがない!!なんなの・・・!?いったいなんなのよッ!?

 貴方はいったい何者なのッ!?」


 何者、か。

 ようやく俺は胸を張って名前を言える。自分を自分と言える。

 己が己だという確かな感触と共に俺は名を告げた。


「―――――俺の名はユージーン。上月祐次ユージーン・ダリアだ!」


 他の何者でもない、紛れもない己の名を。




『―――――ハッピーバースデー♪』


 狂気と狂喜の只中ただなかで、さっきまで聞こえていた誰かの声が嬉しそうにそう言った気がした。


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