望む英雄
「く・・・あはは・・・・・はははははッ!最・・らこ・・てお・ば良かったのよ!」
狂ったように笑うミゼルの姿を俺は地面に倒れながら聞いていた。耳が先ほどの衝撃でやられたようでいまいち聞こえにくい。
辺りには抉られたとおぼしき土。少し離れた場所にはフォルネウスが倒れている。ピクリとも動かない所を見ると死んでいるようだ。
俺の攻撃を食らってその上、魔法弾を受けたんだ。生きている方が不思議だ。
――――あの女ァ・・・・ッ!仲間ごと俺を魔法弾で攻撃しやがった・・・!
おそらく周りの森に魔法ツガイの仲間を隠していたのだろう。ツガイは基本的に2人ひと組で機能する。戦場でも陣地の奥深くから魔法を使う。
戦闘能力がほとんどないためだ。戦場で睦言を言いながら魔法を使うなんておよそ現実的ではない。
だからミゼルも最初から伏兵扱いで表に出さず潜ませていたのだろう。
クソッ!これだからあの手の女は!
心が怒りと憎しみの色に染まる。ギリギリと音を立てて、血に汚れた手が地面を掻く。
心の中でミゼルへの罵詈雑言を垂れ流しながら、体の状態をチェックする。
体中に痛みがあるがかろうじて生きてはいる。傷は・・・・細かいのがいたるところにあって数えるのも億劫になる。
幸い直撃はしなかったようでどこか折れているとか消し飛んでいるとかはない。
フォルネウスにやられたところがひどく熱を持っているし出血もしているが・・・・。
体から土をふるい落としながらかろうじて立ち上がる。体はズタボロでとてもではないが戦えるようなものじゃない。
だがここでただ倒れているというのも癪だ。勝算はもう無いに等しいがそれでも諦めてはいない。
なによりここまで良いようにされて、ただ倒れているなんて俺自身が許さない。
パラパラと上に乗った物が落ちる音でミゼルはこちらに気づいた。
「あらあら・・・。見るも無様な姿ねユージーン。いい気味ねぇ。動かないでね魔法の準備は終わっているの。いつでも殺せるのよ。」
「ぐ・・・・。クソ、ったれ・・・!よくもやりやがったな・・・!」
「それはこちらのセリフよぉ?いくら頭にスラム上がりの役たたずを据えていたからって、ここまで手こずるとは思わなかったわ。スキル所持者だからって期待していたけど所詮は平民。糞の役にも立たなかったわ。」
「やはり・・・精神魔法で操っていたか!」
「そうよ・・・。やっぱりこういうのは貴族でなくちゃねぇ。私の操り人形に卑しい平民なんてふさわしくなかったのよ。その点、貴方は将来有望よ?」
「どういうことだ・・・!?」
そういえば図書館のときにも優秀だからとかなんとか言っていたが・・・。
「貴方が授業をサボってやっていたことには驚いたわ。なんせ大人でも理解が難しい魔法書を読み、内容を理解しているだけじゃない。持っている魔法も戦闘用の、個人で使える最高ランクのものだもの。そして戦闘能力も訓練を施された大人を易々と正面から倒す・・・・これが優秀でなくてなんだというの?」
この口ぶりからするとコイツ自身か、その部下が俺のことを監視していたようだ。
「貴方のクラスメイトは貴方のことをヘタレだなんだと下に見ていたようだけど、どう見ても格は貴方の方が上。貴方を連れ帰って、ゆっくり調教してあげれば良いコマになりそう・・・・。後は目標を確保すればお仕舞い。」
「目、標・・・?」
「ええ、そうよ。貴方は貴族の子供がメインターゲットだと思っていたようだけど、私の目標は最初からひとりだけ。――――――貴方よ。セレナ。
いいえ・・・セレスティナ・リリー・アルフメート!アルフメート王家の血を引く、継承権第2位の王女さま!!」
「なッ!?」
セレナが・・・王女!?
視線をセレナの方に向けると青い顔でガタガタと震えている。その姿はどう見てもただの女の子だ。
「王女様・・・!?」「そんなまさか!」「でもあの気品は確かに・・・。」
ミゼルの発言に周囲の人間も驚愕と疑念の眼差しを送っている。
「すっとぼけたことほざいてんじゃねぇよ・・。アイツが王女とか国が終わるぞ・・。」
「ひどいこと言うじゃない。でも本当のことよ?なんでも有力貴族の息子が入学してくるからその子と交友関係を結んでおくのが目的だったらしいけど・・・。残念ね。そのお相手はもう見つからないわ。」
「そんな・・・。わ、わたくしが目的でこんなことをしたって言うの!?わたくしが居たから・・・わたくしのせいで・・・・こんな、こんなヒドい事に!いや!いやああああああああああああああッ!!」
頭を押さえて金切り声を上げるセレナ。その体から濃密な魔力が漏れ出ているのが分かる。
やばい・・・・。この一連の事件が自分のせいだと思って精神的な重荷になっている。魔力暴走しかかっている状態だ。
せめて暴走しないように落ち着かせないと。
「セレナ!落ち着け!どう考えてもこいつらが悪い!」
「でも!でも!わたくしがいたから・・・!だからレオ様も嘘をついてまで近づいて!みなさんも、貴方も傷ついて!わたくしさえ・・・・わたくしさえいなければ!こんなことにはなりませんでしたのに!」
セレナはボロボロと涙をこぼして泣きながら己の激情を訴えている。
厄介だな・・・。感情に飲み込まれて俺の話なんて聞こえていない様子だ。こんな時の対処法も魔法書に書いてあったが・・・。
・・・・少しばかり強引な手を使うか。
「そんなことはない!お前がいなければ俺の頑張りはどうなる!俺のこの気持ちはどうなる!?頼むから居ない方がいいなんて言うな!」
「気、持ち?」
「お前のことが好きなんだよッ!」
「「「「「「ッ!!?」」」」」」」
魔力暴走を抑える為には対象を落ち着かせる必要がある。そのためのひとつの方法として『混乱させる』という処置がある。
これは元になった強い感情を、他の雑念によって薄めて沈静化させる手法だ。
今、こんな場面でセレナは告白されても正常な答えを返すことができないだろう。
しかも相手は好感を持っていた相手ではなく、それをボコボコにした素行の悪い不良だ。とてもではないがいつものやり取りで愛情を育んでいる、なんて思わないだろう。もちろん俺がこいつを好き、というのは真っ赤な嘘だ。
だが嘘でもそんな相手から突然愛の言葉なんて聞かされたらどうなるか。
「え、あ、あのゆゆユージーンがわたくしに・・・!?う、嬉しいですけどそれは・・・・ッ!」
あ、れ・・・?
おかしい。ここは「こ、こんな時に何考えてますの!?」とかそんなセリフが飛んでくると思ってたんだが・・・。
ま、まあいい。そのまま今まで読んだ本から状況にあったセリフを抜き出して言い放つ。
「俺は絶対にお前がいなかった方がいいなんて思わない!お前を守るために傷ついたとしても、それは誇らしいことだ!俺の努力を、お前の存在を、否定なんてするな!」
「あうぅ・・・・。そ、それは分かりましたからぁ・・・。」
吹き上がっていた魔力が、真っ赤になってうつむくセレナの周りを取り巻く程度に減少する。
なんとか暴走は防げたか。
若干反応は予想していたのと違ったが、これでいい。飛び込んできたインパクトの強い情報に対しての思考が、先にあった強い感情と混ざり合って混乱する、らしい。この辺は魔法書の解説にあった。
人によっては『え・・・このバカなに言っちゃってんの?』ってなるかもしれないがそれはそれで却って冷静になる。
こんなギャラリーの多いところで告白する羽目になるなんて思わなかったが、後でいくらでも取り返しは効く。
・・・・思いっきり背中をかきむしりたくなったが今は置いておこう。
「落ち着いたか?」
「え?あ・・・。わたくし暴走しかかってましたの・・・?」
「ああ。」
「で、でしたらさっきの言葉は・・・・。」
「生きて帰ったら本当の事を教えてやるから大人しくしていろ。」
「・・・・はい・・・。」
「――――――お熱いのねぇ。先生にも同じくらい尽くしてくれるかしらぁ?」
「絶対にお断りだよ。」
「うふふ。生意気ッ!ねッ!」
「げうッ!があッ!!」
近づいていたミゼルに蹴りを喰らう。最初は腹に。次は胸に。内蔵にダメージが入って呼吸するのが苦しくなる。フォルネウスのように何メートルも吹き飛ばされるような威力はないが、それでも全身ズタボロの体だ。痛みで面白いように体が跳ね回る。
「やめてくださいミゼル先生!死んでしまいます!」
「ではどうするの王女さま?貴方が私たちに大人しく従うなら、他の生徒も愛しいこの子も生かしておいてあげるわ。」
「・・・・いいでしょう。この身で救えるというのなら好きにしなさい。」
「お・・・い・・・。勝手に決めてんじゃ、ねぇ、よ・・・。」
セレナの勝手な物言いに腹が立つ。それよりもミゼルの行いに腹が立つ。
なにより、あれほど力を求めてそれでも無力な己がどうしようもなく情けなくて。
腹の底から怒りの感情が湧き上がってしょうがない。
「うふふふふ。ねぇユージーン。無力なのが悔しい?どこまで力を求めても、貴方一人じゃ限度がある。そうは知っていても強くなりたいんでしょう?この子みたいに守りたい物があるんでしょう?絶対に倒したい相手がいるのでしょう?」
なん、だ?ミゼルがなにか言っている。
倒れこんだ俺の顎を掴み、顔を近づけながら言葉を紡ぐ。その瞳に映るのは今までの偽りの感情ではない、熱く荒れ狂う生きている想い。
「もし、この戦いに生き残っても貴方は日常の中にいる限り決して強くはなれないでしょう。安寧の汚泥に身を浸しているならこれ以上前には進めない。
せっかくの才能を埋もれさせていくだけ。日常を捨ててのみ道は開ける。
それでも。
それでもなお強さを求めるというのなら――――――
私の仲間になりなさい。ユージーン。
精神魔法で操ることのない、人形じゃない本当の仲間に。」
艶っぽく笑うわけでも、侮辱するような表情でもない、真剣な眼差し。
きっとこれは掛け値なしにコイツの本当の願いなのだろう。今まで見てきた演技ではない、本当の感情。
俺が特定の国家に思い入れがない、というのはフォルネウスとの会話でわかっている。だからこいつは俺に勧誘をかけたのだろう。仲間に引き入れられたら優秀な戦力になることを見込んだ勧誘。
確かに国家のことも、ましてや善悪も俺には関心がない。どうでもいい。
コイツの提案、案外いいのかもしれない。
俺が単に強さを求めるのならこいつに付いて行くのも悪くない。
俺に精神魔法は効かないのだから人形になったフリでもしていれば、戦闘部隊仕込みの戦闘技法を習得できる。
むしろ、他の余分なことに時間を割かなくて済む分、よっぽど効率がいい。あとは俺がこの怒りの感情を飲み込めば済む話だ。
最終的に組織を乗っ取れば『黄道十二宮』にも対処が楽にできる。ミゼルの精神魔法を習得できればさらに確実。
あいつらがこの壇上に現れるまで時間がない。少しでも早く、もっと強くなりたい俺にとって、これは転機になり得る提案だ。
ならばこいつに付いて行って、散々利用してやろう。
――――――なんて言うと思ったのか?
「何を・・・勘違いしてやがる。」
「・・・・え?」
「別に・・・な、ゲホッ!・・・・俺が倒したい相手を倒すだけなら簡単なんだよ。」
痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がる。額が切れているのか流れた血が目に入るが、それを拭う気にもなれない。赤く染まった視界の中でミゼルを睨みつける。
俺の様子に気味の悪さを感じたのかミゼルが後ずさって離れる。
そう。別に『行動十二宮』なんて化物を倒すのなら、俺だけが戦う必要なんてない。トラウマも飲み込んでありとあらゆる手段を以てして倒すだけだ。
コネを使い、
地球の知識を使い、
チートと呼ばれるほどのスキルを使い。
いくらでも俺はあいつらを倒す手段を持っている。
一番わかりやすいのは公爵家の力を使い、王族にコンタクトを取り、『天上殿会議』で『黄道十二宮』が来ることを世界に伝える、という方法。
ダメ押しに『拳銃型魔道具』の作り方でもばら蒔けば、そしてそれを軍隊で運用できるようにすればなお確実だ。
「なら、なんで貴方は・・・。」
強くなるためになら、ミゼルのことを利用しても良かった。
だがどうしても。
コイツのように人を騙し、操り、暴力で押さえつける。そんなヤツに利用されるのだけは絶対に嫌だった。
祐次が死ぬ原因になったようなやつらと同じ種類の人間の下に、仮でも、演技でも、従うような真似するのは嫌だ。
「そんなことをしても意味がないからだ。
――――――俺は子供の時にな、ある目標を立てているんだよ。」
「目標・・・?」
そう、それはあの何も出来なかった赤ん坊の時に決めたこと。
ターヴを殴り、『黄道十二宮』どもを倒す力を手に入れること。
そして――――――
「『世界を楽しむ』こと、それが俺の目標だ!」
「何を、言ってるの・・・!?貴方は力がなくて不安なんでしょう!?焦っているんでしょう!?そんな目標どうでもいいじゃない!」
「それが勘違いだと言ってるんだよ!全部俺が選んだんだ!
俺の不安も焦りも嘆きも、全てはその感情の果てに生まれるものを元に最高の魔法を使うために!
それもこれも全ては俺がこの世界を楽しむためのものだ!
脇役風情がしたり顔でしゃしゃり出て来て好き勝手言ってんじゃねえ!」
怪物を倒すだけなら簡単だ。
親に取り入り、王に取り入り、前世の知識を活用し、普通に英雄していれば良かったんだ。
今まで読んだ物語のように。
だが、俺はそれを選ばなかった。
この世界に来て、状況を整理した時、正直拍子抜けだった。
将来起こる災厄がわかっていて
事件の黒幕がわかっていて
神から力を授かっていて
英雄になれると約束されている?
冗談じゃない!
俺は本が好きだ。小説が好きだ。
けれど。
最初から全てがわかっていて、最初から全てが用意されてて、最初から未来が決まっている。謎はもうない。
そんなクソみたいな小説、誰が楽しむ気になるか!
「どいつもコイツも好き勝手に人を騙して、利用して!なんでも思い通りになると信じている!お前も、ターヴも、神ですらも!だったら――――!」
だから俺は決めたんだ。
俺が『この世界を楽しむために』
誰にも結末がわからない、そんな世界にするために―――――!
「俺は俺が思う英雄になってやる!
誰も信じず、どんな暴力にも負けず、怒りのままに全てを薙ぎ払う、そんな英雄に!」
あの死の瞬間に吐き出せなかった感情のままに世界を渡り、感情そのままに暴れまわる。
英雄が怪物に勝ったからって平和になんてなるわけがない。ターブの思うような世界は来ない。
すべて利用してやる。
例え世界に変革をもたらす化物でも、ただ俺が英雄になるための踏み台にして、俺は俺だけの物語を描いてみせる。
俺だけのやり方でこの世界を楽しんでやる!
「これは俺が描く俺の物語だ!誰にも邪魔はさせやしねぇ!」
静まり返った広場に俺の宣言が響き渡った。
すると俺の思いに呼応するように俺の右手が光りだした。