異世界事情
「いやはや。第一接触があんなのだったんで説明をいくつか飛ばしていましたね。」
「いやぁ、衝撃的だったわな。」
今、俺たちは椅子に座り、テーブルをはさんで向かい合っていた。カタカナ・・・・もといターヴが手をかざすと床から生えてきた。
さすがは神の使い。見た目は完全にシャーマン系だが。
「・・・実際に衝撃くらいましたけどね。顔に。さて、とりえずここがあなたの居た世界でないのはわかりますね。
ここは狭間の世界。そちらとあちらのあいだに横たわる世界の壁に、ボクが作った空間を割り込ませてできた場所です。」
「割り込ませた?」
それだと常には存在せず、わざわざ作り出したということになる。世界をわざわざ超える用事。しかも自分絡みらしい。
「世界を隔てる壁というのは強固なものなんです。神の力も及ばぬほどに。自由自在には扱えず、自身も世界を越えるのはほぼ不可能です。いえ、神だからこそでしょうか。」
「妙に饒舌になったな。そんで神が世界を越えられないってのは?」
「神を数えるとき、1柱2柱と数えます。これは世界を支えているのが神だから、ということに由来します。そちらで有名なのはギリシャ神話のアトラスでしょうか。」
「たしか空が落っこちないように体張って支えてるんだったか。じゃあ何か、もしその神さまがいなくなったら・・・。」
「落っこちてきますね。」
「マジで!?怖ッ!」
なにか哲学的な比喩か御伽噺かと思っていたが、本当に落ちてくんの!?怖いなッ!杞憂って故事があったけどあながち間違ってないのかよ。
「正確には『空は落ちてこない』『空は落ちてくるような物ではない』という概念がすっぽり抜け落ちますね。他にも世界そのものを支えているマヤ神話のバカブとか。」
「わかったからもうやめてくんない?ね?お願いだから。」
若干涙目である。怖くてこれ以上聞けない。なんでこいつそんな普通に話してんの?
「その強固な壁に無理やり割り込んだのはわかった。で、だ。なんでそんなことをしてまで俺を呼んだ?」
「あ、はい。やってもらいたい事があるんでした。そのために先ほどのスキルや改造が必要になるんです。」
・・・嫌な予感しかしねぇ。自分でやればいいのに俺にさせるってことは相当厄介なことだろう。世界の強固な壁に穴を開けるような奴が、異世界のなんの力もない死人に何を頼るって言うんだ。
本当にこの提案を蹴ってからの浮遊霊化も選択肢に入れるか。
「・・・断ってもいいんだよな?話を聞いたからには死んでもらう!とかはナシだぞ?」
「もちろんですよ。こちらは別にあなたでなければいけない理由がありませんから。」
及び腰の俺にさらりと答えるターヴ。あれか。チミの代わりはいくらでもいるんだよってやつか。 大きな力を与えるんだから、頼みを聞いてもらえないやつを連れて行っても混乱のもとになるだけだからな。
向こうも慎重になるか。
「さてそれでは。異世界には6柱の神々がいましてね・・・。」
あああもう始まってる!早い!早いよターヴさん!心の準備がまだですよ!
「アレフ、ベート、ギーメル、ダレット、へー、ヴァヴ。この6柱の神々が暇つぶしを始めたんです。
神々は変化に乏しく、人類種の変化はあれど神からすればとても小さなものでした。
暇を持て余した神々は考えました。人類種の変化を大きくするにはどうしたらいいかと。」
はた迷惑だな!まぁ例え一つ国が潰れても神からしたらそんなものか。
「そもそもなぜ変化は小さいのか。それは人類種が持つ力が小さいから、変化もまた小さい。
ならば大きな力を持つものを作り、変化を呼び込もうという結論に至ったのです。」
あ、きな臭くなってきた。
「神々はそれぞれ2体ずつ、力を注いだ生き物を作りました。世界を壊さない程度に、神々に影響をもたらさない程度に。
そして12体の強大な力を持つ生物が誕生したのです。各々星座から取った名前を付けられたその生き物たちは、地上にいるどんな生き物より強いものでした。これが人類種の世を荒らすもよし、これを倒すために英雄が生まれるもよし、人類種に確実に変化が訪れるでしょう。
神々はそれを眺めて楽しむことにしました。」
短絡的ィ!え、つか何?俺はそのうちの1体になれ、とか?
いや、違うか。口ぶりからしてもう生まれてるっぽいな。それにこいつの名前がなかった。コイツの立ち位置がわからん。神のパシリとかいってたよな。
もう舞台は整っているんだ。ここで俺みたいなイレギュラーを放り込んでどうなる。まさか倒せ、とか言わないよな。
神の意向に背くことになる。なんかかっこいいな。
「んで、俺にどうしろと?どうつながってくるんだ?」
「あ、はい。あなたにはその12体を倒してもらいます。」
「え、マジで!?」
否定したはずの答えが正解だった。スーパーふとしくんボッシュートです。
「お前は神の使いなんだろ?いいのかそんなことして?」
「本当はダメでしょうね。けど世界をメチャクチャにして遊ぶ、なんて止めないわけにはいかないでしょう。
あなたには人類種の中から現れた英雄になってもらいます。派手な働きをしてください。
大丈夫ですよ。神々は楽しめればいいんですから。」
「つまりお前の独断か。だがなぜ俺なんだ。そっちの世界のやつに力を与えればいいだろう。」
勇者とか。神の力を与えられた伝説の剣とかな。別に労力使って異世界から連れてくる必要はない。
「こっちにも色々事情があるんで全部は言えませんが、そうですね。
一つ、根本から改造しないと彼らには勝てません。どんなに強い力を与えても所詮は元の生物に毛が生えたくらいでしょう。
二つ、そんなことをしたらバレて私の給料に響きます。異世界からたまたま落ちてきた魂が、たまたま転生して、それがたまたま強かった、これならなんとかなります。」
こいつ意外と俗物だぞ!世界を守る、みたいな行動理由だったのに。というか給料制なのか神の使い!いいのか神とその使いがこんなんで?大丈夫か異世界!?
冷静に考えて俺がそんなもんに付き合う義理はない。知らない人間がどうなろうが知ったこっちゃないね。
生前の俺なら真面目くさって戦うかもしれないが、今は全てがどうでもよかった。
俺は帰って覗きに幽霊生活を捧げるんだ。
あーばよ〜とっつぁ〜ん。
「悪いが俺には無理だ。他を当たって―――「あ、いえ。もう無理です。」」
「・・・・は?」
こいつ今なんつった?あれ?断っても元の世界でウキウキ浮遊霊ライフじゃなかったのか?
「よかった。なんとか間に合ったみたいですね。ようやく『異世界転生ノススメ』が馴染みましたよ。」
「え?・・・は?なんっじゃこりゃーーーー!?」
右手に持っていたあの古臭い茶色の本が、手の甲にゆっくりと沈んでいく。クソッ抜けねぇぞこれ!
焦っているあいだにも本はゴゴゴゴゴ・・・という効果音と消えていく。
なんだこの効果音!?何も始まんねぇから!むしろ今から終わるんだよ!やめろ!俺は帰る!
「その本には先ほどのスキルなど、改造の情報が入力してあります。それと同時に監視装置を兼ねていますから討伐から逃げようとしても無駄ですよ。」
「てめぇ騙しやがったな!!」
仮面がいかにも悪そうな顔をしていた。どうやってんだそれ。基本丸と三角にしかならないくせに!
こいつハメやがった!事情説明しながら裏でこの本が寄生するのを待ってやがったのか!
「怪物たち、『黄道十二宮』が動き出すにはあと何年か猶予がありますから。それまでは自由にしてください。聞きたいことがあるなら『ススメ』に書き込めば答えますよ。」
「黙れッ!」
心の奥から湧き上がる自分が思っていた以上の憤怒に突き動かされて、俺はターブに殴りかかった。
と、同時に、床が消える。顔を狙った拳はターブの足の下を薙いだ。「あなたが世界の希望となり得るか、期待していますよー。
」
していますよー。
いますよー。
すよー。
なんでエコーかかってんだ!というかどこに落ちてんだ俺は!?ゴオオオオオオオオオオオという風の音。とてつもない落下感。一瞬まぶしさを感じ、目を閉じる。再び目を開けると大空が広がっていた。
視界の下には中世ヨーロッパっぽい町並み。どうみても西洋建築の城。街を囲む壁の外には森が広がり、遠くに山が見える。・・・気がする。落下スピード早すぎて見えんよこんなん。
唯一見えるのは自分の下。つまりは落下先なんだが・・。
お屋敷。広大な野原とか、湖とかじゃなくお屋敷。どう見ても直撃コース。 あのバカ!よりにも寄って建築物の上に落としやがった!つうかどうやって着陸すんだこれ!?
死ぬ。異世界来て十秒で死ぬ。あああもう目の前だよド畜生!
完全にパニックを起こしていた。
ワタワタと手を振るが毛ほども速さは落ちない。青い屋根が迫る。
ぶつかる!と思った瞬間、屋根を突き抜けた。
そのまま椅子に座る女性に重なって―――意識を失った。