VSレオ
「しょうがないわね・・・じゃあこちら側の誰が戦うかは、私が決めるわよ?」
ミゼルの提案に頷くことで意思を示す。
でも何が狙いだ?向こうは俺がただのガキだと思っているんならこんな提案意味がない。適当な隊員あてがってしまえばそれで済む。
そう考えている内に何故かミゼルはこちらに近づいてくる。その顔には底意地の悪そうな笑顔が浮かんでいて・・・。
何か・・・嫌な予感がする。
「うふふ・・・レオ君。貴方がユージーンの相手よ。」
「えッ!?何を・・・何を言っているんですかミゼル先生!?」
「「『我と我が名と我が標 誓いによりて彼に迫る 執着の音 いざここに!』」
「『妄執!』」
「い、いやああああああ!?レオ様あああッ!」
先ほどとは違う詠唱により発せられた音波が今度はレオに降りかかる。その様子を見ていたセレナの口から絶叫が迸った。
その音波を浴びたレオの目から意思の光が失われ、体から力が抜ける。どう見てもミゼルの精神支配の影響下に置かれてしまった。
レオの拘束をナイフで切ると、その手にナイフを握らせながらそのまま顔を近づけて語りかける。
「レオ君。貴方はユージーン君が憎い?」
「は、い。」
「それは何故?」
「アイツが僕の正義をゴッコ遊びだと・・・・言ったから・・です。」
「そう。なら・・・・貴方の正義を否定したユージーン君をこのナイフで殺しなさい。」
「はい。」
力なく頷くと、縛られて座った状態の俺にナイフを振り上げた。
俺は慌てて立ち上がるとナイフをギリギリで回避しながらぼやく。
「クソッ!正義だなんだとほざいておいて、やってることは卑怯そのものじゃねえかッ!」
「うふふ。どう?クラスメイトの手で殺される、っていうのは。」
「年季のいったオバさんらしいやり方だなッ!」
「レオ君。その減らず口を二度と叩けないようにしてやりなさい!」
「はい。」
連続で振るわれるナイフを避けながら開けたところまで逃げる。走る背中にナイフがかすめた。
どうにもあの魔法は術者の言うことに服従する魔法らしい。まるで操り人形のようにミゼルの言葉を全肯定しているレオを見て、状態異常を無効化できなかったら俺も・・・、と思うと背筋が寒くなる。
「レオ様!やめてくださいまし!どうか正気に戻って!」
セレナの叫びにもレオは反応しない。ただただ俺目掛けてナイフを振るだけだ。
俺の髪の毛を数本切り飛ばす金属のきらめきが、いつの間にか顔を出した月の光を反射して、闇に白い軌跡を描く。
「うふふ。いくら貴方でも『狼殺しのレオ』にはかなわないでしょう?うちの隊員を使うまでもないわ。先ほどの『妄執』は対象の『想い』を引き出し、強化し、思い込ませる。それをしないと狂ってしまいそう、そう思ってしまうのよ。
―――――うふふ。よっぽど『思われている』じゃない。お熱いわねぇ。」
ミゼルがこちらを小馬鹿にしたように言う。
その間もレオはナイフで切りつけてくる。
だが、なんというか・・・。
「正直、そんな強くないぞこいつ・・・?」
「何!?そんな馬鹿な!?」
今の今までナイフを繰り出してきたレオだが、その動きは早くない。同年代の子供に比べたら確かに早いがそれほどでもない。
現に俺はある程度余裕を持って回避できている。とてもではないがこれで灰色狼は殺せないだろう。
「どういうことよ!?貴方は『狼殺し』なんでしょう!?本気で殺しなさい!!」
「・・・ち・・がう。」
「―――――え・・・?」
レオから漏れた呟きを悲鳴を上げていたセレナが聞き取った。
もちろん俺にも聞こえた。
レオの口からはなおも独白に近い、茫洋としたままの口調で言葉が紡がれる。この魔法は対象の思いを元にしている分、自由意思までは完全に奪うことはできないのだろう。あくまでレオが元々持っていた想いに方向付することしかしていないわけだ。
「僕は・・・『狼殺し』なんかじゃない・・・!セレナのことが好きで・・だから嘘をついた。セレナに近づくために・・!」
「そ・・んな・・。」
セレナの口から失望の声が漏れた。そのまま力なくうつむいてしまう。
そりゃ、命の恩人として散々持ち上げてきた奴が全くの別人だったらショックだろう。
クラスの連中も思いっきり失望した視線を向けてくる。レオは『狼殺し』を足がかりにクラスでの立場を築いたから、一旦瓦解すると歯止めが効かないのだろう。
というか、コイツの他に実力者がいんのかよ。新入生って言ってたからこの中にいるんだろう。そいつが襲ってきたらまた面倒だよなぁ・・。
なんて考えている場合では無かった。
突き出されてきたナイフを上半身を反らすことで避ける。
そんな俺の様子を見ていたレオの顔が憎々しそうに歪む。意志が抜けた瞳にはいつの間にか怒りが満ちていた。
その顔は泣いているようにも見えて――――
「だというのに・・!何故だッ!!何故お前みたいなヘタレがセレナに近づける!?彼女が気にかける!?」
「ッ!?」
その叫びに数瞬、俺の動きが止まる。
ヘタレ・・?この俺が・・・・?
「魔法ツガイにとって女性が怖いなどヘタレ以外の何者でもない!そのくせ図々しくもこの学校に入学して!お前はいったいなんなんだユージーン!
何故お前がセレナを取っていく!?
何故ヘタレのお前が無法者相手に恐れずに立ち向かえる!?
何故そんなにも・・!
君を殺そうとする刃を!僕を!雑草のように冷静に見ていられるんだ!?
やめろ・・!!そんな目で・・!そんな目で僕を見るなあああああああッ!!」
叫ぶだけ叫んで滅茶苦茶にナイフを振り回すレオ。まるっきり子供の癇癪だ。
だが・・・それだけに純粋だ。
きっとこいつは我慢出来なかったんだろう。
好きな人の注目を浴びたいがために、英雄の真似事をして。
その誰かがいつか己の嘘を暴きに来るとずっと怯えて。
けれど代わりに手に入れた注目さえよくわからない不良に持っていかれる。
それはどれほどのストレスだったのか。
俺には想像することしかできない。
それでも、そんなのは7歳の子供が耐えられることじゃないのは分かる。
「僕は英雄になりたかった!彼女に僕だけを見ていてもらいたかった!そのために努力もした!
だというのに君はそれを歯牙にもかけない!君だけは僕を『英雄』として見ていない!
英雄じゃない僕なんて・・・ッ!誰も好きになってくれるわけがないッ!」
「レオ・・様・・・。」
「そんな・・。」「俺たちそんなつもりじゃ・・・!」
動きが完全に止まった俺にレオが足払いをかけ、地面に転がした。
その後にマウントポジションを取り、ナイフを両手で持って振り上げる。
「だから示して見せろユージーン!!君が僕から全てを奪うにふさわしい存在か!そのための力があるか!!そうでなければ―――――このまま死ねッ!!」
騒ぐ外野の声は完全にレオには届いていない。
相変わらず泣いているのか怒っているのかわからない顔でじっと俺を見つめている。
ポタポタと落ちてくるのはコイツの涙だろうか・・?
元々不安定だった心をミゼルの魔法で無理矢理引きずり出したんだ。子供のやわな心にガタが来てもおかしくない。
こいつはもう、何が目的で何をしているのかもわからないんだろう。何を言っているかもわからないのだろう。
それでも心の命じるまま、感情の赴くままに殺意を叩きつけようとする。
縋るようにナイフを握り直し、そしてその刃を振り下ろす―――――
「やめてくださいレオ様!もう・・・!もうやめてえええええええええッ!」
「刺しなさい!刺して!殺すのよ!」
「殺せ!殺せ!」「待て!ヤメろ!」「正気に戻って!」「うわあああ!もうダメだあああっ!」
「死んでくれ!ユージーン!死ねええええええええええ!」
「ああもう!うっぜエエエエエエェェェェッ!!」
落ちてくるナイフに縄を引きちぎった拳を叩き込み、へし折りながらレオの胴を殴りつけた。
レオは悲鳴を上げる間もなく3メートルほど後ろに吹き飛び、ゴロゴロ転がって人質の中に突っ込んでようやく止まった。
「・・・・ったく。ごちゃごちゃごちゃごちゃウルセーっての。」
「―――――え・・・?」
呆然とした声を漏らしたのはいったい誰だったんだろう。
先程までやかましいほど悲鳴と怒号が支配していた広場。だが今は耳が痛くなるほどの静寂が広がっている。
誰も彼も呆然とした表情で俺と、地面に転がったレオの間で視線をさまよわせていた。
まあさっきまでサスペンスばりの人情劇やってたら、急にハリウッドみたいなワイヤーアクションで人が吹っ飛ぶところ見せられたらそうなるか。
ようやく現実に復帰したミゼルが、口の端から泡を飛ばしながらまくし立てる。
「なっ!?貴方クラスメイトを・・!?さっきのレオ君の言葉を聞いてなかったの!?少しも哀れに思わないの!?それでも人間!?」
「はあ?しらねーよ。ナイフ片手にグダグダほざいてるのに同情しろってぇの?あんた馬鹿?クラスメイトだから攻撃されないとでも?
だいたいいかにもこの世の終わり口調でこっちが悪いみてーに言いやがって。勝手な勘違いだろ。」
「そ、んな・・。」
ミゼルの顔から先程までの鬼気迫る様子が抜け落ちてひたすらポカーンとしている。
レオの方は・・・おお。一応生きているみてーだな。
頭を振って起き上がった。あんだけ吹っ飛ばされてよく平気だな。
砂埃やらなんやらでひどい有様だ。イケメンのツラも台無し。
「う・・・ぐ・・・。僕は・・?」
「おいレオ!なんだか知らんが勝手に溜め込みやがって。帰ったら覚悟しておけよ?」
状況がわかっていないようで呆然としているが、精神魔法の影響は抜けたようだな。
心のうちを聞かされて同情している奴が結構いるようだ。厳しい視線をこちらに向けてくる。
おーおー。イケメンてのはつくづく得してるねぇ。
――――まあでも、これでアイツが嘘吐いてたって責められることがなくなった・・・わけじゃないだろうが、だいぶ少なくなっただろう。
体の埃を叩き落としながら軽く肩を回す。
いい準備運動にはなったな。
「さあーて。練習も終わったし、そろそろ本番始めようか?」
静まり返った広場に俺の宣言が響いた。