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精神魔法

「へぇ。似合うじゃないか。小っ恥ずかしい演技をするよりよっぽどいい。あんたのツラはどう見ても慈善で動く人間には見えなかったからな。」


「小僧・・・。どうやって精神魔法を打ち破った・・!?」


「ご丁寧に事前にかけてくれた奴がいるからな―――――ほら、出てこいよ!ネタは割れてるんだ!」


 怒りに震える男―――ではなくその後ろの森に声をかける。

 俺の言葉に森の方からミゼルが出てくる。あれだけわかりやすいヒントをバラまいたんだ。この期に及んで隠し通せるとは本人も思っていないんだろう。その足取りは悠々としたものだ。

 学園の関係者は俺の呼びかけでそれが誰か気づいたらしくザワザワと戸惑った雰囲気になっている。


「あれはミゼル先生!?」「なんであいつらに・・。」「これを仕組んだのも彼女が・・。」


 当の本人は特に気にした様子もなく俺の前まで来ると艶然と微笑み、普通に話しかけてきた。まるで出来の良い生徒を褒めるかのように。


「やっぱり貴方が一番厄介な相手だったわね?」


「散々怪しまれるようなことをしておいてよく言う。」


 最初から俺にバレることを前提にしていたんだろう。傷顔スカーフェイスが動揺していることからミゼルの独断か。

 隣のレオが猛然と俺に食ってかかる。


「どういうことだ!なんで先生が!?」


「なんでもなにも、見ての通りこいつが最初から向こう側だった、てことだ。こいつらを招き入れたのも、毒を入れて俺たちを拘束したのも、コイツの手引きだろうさ。理由なんざ、

本人に聞いてくれ。」


「そ、そんな・・・。」


 俺から告げられた言葉に顔を青くするレオ。

 己の担当した生徒からの失望と疑いの視線を気にすることなく、なおもミゼルは俺に話しかけてくる。


「ねえ・・・。あの時の言葉の意味、今ならわかるでしょう?この人たちの言うことが本心でないとしても、この国の王族は民草を犠牲にして戦争をするような連中よ。私達についてくればそんな腐った連中を倒せる。どう?悪い話じゃないでしょう?協力しない?」


「・・・悪いが興味ない。俺は俺の目的のために行動するのみだ。」


 別に俺はこの国の政治が腐ってようがどうだろうが、どうでもいい。そもそも軍事を強化したから、それで死人が出たから、だからこの国は悪だ、なんて単純に考えてはいない。見方を変えればどんなことだって言えるのが政治の世界だ。

 俺の言葉を効いたミゼルはわざとらしく残念そうな表情を浮かべ――――狂気がにじむような引きつった笑顔になった。


「そう・・。―――――では無理にでも仲間になってもらいましょう!」


 そう言うとミゼルは杖を取り出した。

 杖の先端に毒々しいほど真っ赤な宝石を据えた、禍々しい杖を。

 アレで魔法を増強するつもりか。そして使われる魔法は―――――


「『我と我が名と我がしるべ 誓いによりて彼を誘う まどいの調べ いざここに!』」


「『洗脳ブレインウオッシュ!』」


 艶やかに濡れ光る唇から、魔力を行使する呪文が紡がれる。

 俺の鼻先に突き出された杖の先端から、耳鳴りを引き起こすような低周波と高周波の音波が発せられた。

 これは先ほどの生徒にかけたような誘導するものじゃない。もっと強烈な、自由意思をなくすほどの威力を持った洗脳用の魔法。

 本来、もっと複数人にかけられるような代物を、個人にまで範囲を狭めて行使したのだ。真っ当な人間なら物言わぬ操り人形になるだろう。強度次第では廃人になりかねない。


 それを見ていた生徒から悲鳴が上がる。

 ミゼルは俺の様子を見もせずに狂ったように笑い出した。


「うふふふふ・・。あははははははははは!さあッ!ユージーン!これからは私の手駒として使ってあげるわ!光栄に思いなさい!」


「――――――もういいか?いい年こいたババアの一人芝居ほど見苦しい物はないな。見てるこっちが恥ずかしくなる。」


「―――ッ!?」


 はじかれたようにこちらに視線を向けるミゼルをはっきりと侮辱を込めて嘲笑ってやる。

 俺はミゼルの洗脳魔法をくらっても、精神に変調をきたさずにそのままの状態でいた。

 ミゼルは驚愕の表情のまま後ずさり、震えながら声を張り上げる。


「そんな・・。そんな馬鹿な!何故精神魔法から、逃れることができるの!?私が放てる最高の威力よ!?ありえない・・!」


「わざわざ前もってかけてくれたおかげでな。事前に準備できたんだよ。そのままにしていると思ってんの?」


 ―――嘘だ。


 少なくとも偶発的に発生した効果だと思っている。

 今回の精神魔法といい、食事の時の麻痺毒といい、俺は状態異常に掛かりにくいようだ。先ほどから考えていた仮説を思い出す。




 俺と麻痺にかかった連中との差はなにか、と考えると最もわかりやすいのがスキルだろう。とはいえ『状態異常:無効』なんて効果は無かった。

 では何が原因か、と考えた時に気づいたことがあった。


 【剣豪の系譜】の効果、『身体機能・・上昇』だ。

 俺はこの力をずっと運動能力が上がる程度のモノだと思っていた。

 だがこれがもし、体の持つ働きそのもの・・・・・・の能力向上だとしたら?


 その効果は何も筋肉だけじゃない。体の中の内蔵にも効果は及ぶのではないか。

 毒を体に受けても問題なく分解してしまえるほどの消化器官の働きの強化。

 精神を変質させる魔法も押さえ込む、脳が精神を維持する働きの強化。


 精神に作用するとしても、その精神を動かしている以上、肉体の効果が精神に影響されることもあるはずだ。

 麻痺毒や、精神魔法を打ち破ったのはこうした隠された機能だと、俺は当たりをつけた。


 精神魔法が1回目の図書館でかけられた時と、今回の2回目、3回目で効果が違うのは、何度も経験することで耐性がついたか、もしくは広域でかけられたので薄まったのか。それとも複雑な構造を持つ脳を強化するには時間が必要だったか。

 今は判断がつかないがおおかたこんなところだろう。



 俺が考察を済ませている間になんとか動揺から立ち直ったミゼルが、女教師の仮面を貼り付けて俺に問いかける。


「うふ・・うふふ。どうやら思っていた以上に優秀なようですねぇ。

 それで?これからどうするつもりですかぁ?

 私たちが他国の密偵で。

 貴方がそれを暴いて。

 ・・・それで?

 未だ囚われの身であることは変わりないのです。まさかこの人数を突破できるなんて思っていないでしょう。」


「馬鹿の大根芝居と、ババアのクソくだらん独り芝居が終わったら今度は説教か。全く、テロなんて起こすヤツは暇で良いねえ。」


 俺のあからさまな挑発に、傷顔とミゼルの顔が憎しみに染まる。

 後ろのメンバーも隊長格の2人が小馬鹿にされたことで今にも手が出そうなほど怒りに満ちた視線を向けてくる。

 人質からは挑発したことでとばっちりを受けると思っているんだろう。顔色が青い奴が多い。


「そうだな。確かにこのままじゃ手詰まりだ。俺たちは手が出せない。そちらは無闇に殺すこともできない。お前らは人質が暴走・・すると困る。だからわざわざ精神魔法を使って心を落ち着かせたんだろう?」


 俺が言っているのは精神が未熟な魔法ツガイ、特に女性に多い魔力暴走マナ・スタンピードについてのことだ。

 『感情の起伏によって魔力を行使する』というシステム上、癇癪を起こすなどして感情を爆発させると、その身に溜め込んだ魔力が無秩序に暴走し、周囲に撒き散らされて甚大な被害を及ぼすことがある

 これが魔力暴走マナ・スタンピードだ。

 魔力保有量が少ない男性はそれほどでもないのだが、女性がこれを引き起こすと当たり一帯が更地になることも少なくない。物理現象に転化しやすい魔力を撒き散らす、ということはガソリンをばら撒いているのと変わりないのだ。



 このテロリストどもが後で殺すであろう人質に、ご丁寧・・・にも精神魔法をかけて落ち着かせようとしていたのはこれが原因だ。


「・・・・ではどうしようと言うの?」


「賭けをしないか?」


「・・・賭け?」


 俺の提案に不審そうに眉を寄せるミゼル。

 俺は気楽に話しているが、他の人間にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際だ。そんな時にいったい何の賭けを持ち出すのか。そう思っているのだろう。

 俺としては別段、他の奴がどうなろうと知ったことじゃない。最悪、自分だけでもこの包囲を振り切って逃げることもできる。


 だがこのミゼルだけは気に食わない・・・・・・


 人のことを都合のいいコマにしたてあげようとしていたんだ。そのツケは払ってもらおう。

 せめてこの盤面を滅茶苦茶にかき回してやる。


「そうだ。時間は十分にあるだろう。お前らのお仲間が王都で脅しをかけて城の兵士がその確認に来るまでの時間。暇つぶしに・・・・・そうだな。俺がそっちのメンバーひとり倒すごとに10人の人質を開放する、というのはどうだ?」


「――――本気で言ってるの?」


「もちろん本気だ。・・・・・・それとも不安か?大層な装備整えたお仲間が、こんなガキに負けるのが怖いのか?」


「なんだとお前ッ!」


「ヤメろ!」


 俺の言葉にミゼルの後ろで固まっていた集団の中から声が上がる。

 血気盛んなバカがいるようだ。

 俺の横ではセレナが信じられないものを見る目で見てくる。


「・・・良いだろう。その条件に乗ってやる。」


「フォルネウス!?待って!このガキ、絶対にロクなこと考えて無いわ!」


 傷顔の男に猛然と反抗するミゼル。

 たぶん、あの男はわかっているんだろう。俺が何かを隠しているのを。


 だが、それでも。

 それでもアイツは乗ってくる。

 なにせご自慢の部隊を、こんなガキに馬鹿にされるんだ。少しはこちらに痛い目を見せないと、部下から舐められるだろう。


「おやおや、怖気付くんだ?こんな大事やらかしておいて、たかだか子供に負けるんだ?へぇ〜。どこの国か知らないけどよっぽど平和なとこなんだろうな。そんなヘタレが隊員なんだからな。特殊部隊(笑)。」


 わかりやすい挑発をしてやる。

 俺がわざとこんな態度に出ている、とわかっていても乗らざるを得ない。本気でこいつらをしばくにしても、何かの策があるとしても、それで現状をどうこうできると思われているんだ。腹が立たないわけが無い。


「このッ・・・!」


「やめろ!・・・わかった。勝負してやろう。だが、こちらが勝ったら同じ人数ずつ建物に連れて行かせてもらおう。そこで人質になり得るものか調べて、そうでなかったらここに戻して始末する。」


 一応『人質になって生き延びる』という逃げ道がある分、魔力暴走も引き起こされにくいのか。

 建物の裏でこっそり、一瞬で殺せば感情がどうこう言う前に死ぬからな。


「いいよ。別に。・・・・というか俺が負けたら誰がやるんだ?」


「その時は無理矢理引っ立てるさ。」


「―――――おい!無茶だ!やめてくれ!ミゼル先生も止めて!」


 捕まった職員の中からそんな声が上がる。

 無理矢理戦わされて、その上で生徒が殺される責任も負わされる。たかがか子供の戯言でそんな窮地に立たされたくはないだろう。けれど―――


「先生。どうしたって殺されるんだ。それなら少しでも生き残れる可能性がある方に賭けるだろ。」


「し、しかし・・。」


「まあ俺で全員倒せばそれで済む話だ。意気地無しは黙ってろ。」


「――――ッ!・・・・わかった。」


 さて、これで外野は黙った。あとはひたすら戦い抜くだけだ。

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