糾弾者
異変が起きたのは片付けが終盤に差し掛かった時だった。
突然、周りの生徒が倒れ始めたのだ。
「う、ああ・・!」「くるし・・。」「助、け・・。」
広場のいたるところで苦悶の表情を浮かべて倒れている生徒を見て教師が駆け寄っていく。が、それも途中で倒れてしまった。
死んではいないようだが、体が動かず、地面に力なく横たわっていた。
なんだ!?何が起こっている!?
真っ先に考えたのは食中毒。だがこんな一斉に同時に効果が現れるわけが無い。
考えられるのは・・・毒か!?
魔物の線も考えたがこの近辺に毒を扱う魔物はいない。誰かが食事に毒を混ぜた、というのがしっくり来る。
マズい!このままだと俺も・・・!
と、考えたところで気づく。
俺だけ毒の効果が無い・・・?
いつまで経っても体に以上はなく、健康そのものだ。既に周りには誰も立っている者がいない。大人が倒れるような量の毒を盛られて、子供である俺がピンピンしている、というのもおかしな話だ。
何がどうなってやがる。
誰かがこの状況を仕組んだとして、立っているものがいない状況でひとりだけ立っているとしたら物凄く目立つだろう。
俺の体のことを考えるのは後にして、その誰かの出方を見ることにして俺も倒れこむフリをする。
しばらく待つと、森の方から20人ほどの男たちが現れた。
身なりは冒険者風だが、全員が黒を基調とした服装で固めている。まるで闇から浮き上がるかのように現れる所を見れば、こいつらが真っ当な冒険者だとは思わないだろう。
こいつらがトサカの言っていた胡散臭い連中か?
「よし!良く効いているようだな。いいぞオメェら!縛ってまとめておけ!」
ひと際体の大きな男がドスの効いた言うと、手下らしき男たちが次々と倒れている者たちの手を縛っては、崖際の開けた場所に運んでいく。
その動きは統率が取れていて、組織だったものが感じられる。
とりあえずすぐさま殺されるようなことはないようだ。
意識があって声を上げている者もいたが、抵抗するほどの力があるものはいなかった。最終的には生徒、教員、それと冒険者も縛って転がされる。その頃には毒・・麻痺毒も抜けてきたようで体を動かす者も出てきた。
いきなりの出来事とあってか生徒の中からは恐怖で泣き出す者もいた。冒険者は殺気を放ちながら縄を解こうと動いているが、生徒や教員よりも厳重に縛られていてとても抜け出せそうにない。
「ユージーン・・!ど、どうなってますの・・!?」
「落ち着け。すぐには殺されないようだから大人しくしていろ。」
「こ、殺され・・!」
「叫ぶなよ。どうしても怖かったらレオに噛み付いていろ。」
「こんな時までふざけるなよ!」
レオが小声で叫ぶ、という器用な真似をしていた。社交的なやつってのはこんな無駄なスキルを覚えているんかね?
セレナみたいなお嬢様がそんなはしたない真似をするとは思えないが、一応、言っておく。叫んでこちらに注意が向いたらかなわんからな。
俺も痺れているフリをして縛られておいた。縄は俺が少し力を入れるとミチミチと音を立てているので、本気で力をこめれば簡単に切れそうだ。
相手の目的はわからんが、どうも俺たちを人質にしたいようだ。確かに貴族ばかりの学園を狙えば、身代金でバカ儲けできるだろう。
とはいえ学園側もバカじゃない。厳重に警備をしていただろうし、そのために冒険者が雇われたんだ。当然、書類審査も十分に行なっただろう。やすやすとこんな風に不審人物を招き入れることはないはずだ。
となると・・。
「内通者、か・・。」
不穏な単語が俺から漏れるとレオとセレナの驚いたような視線が突き刺さる。
内通者がいるとすれば食事に麻痺毒を仕込むことも容易だろう。俺は最近警戒レベルを上げた女教師の姿を探す。
色気を振りまいていた姿は何故かこの場には無かった。
「さて、紳士淑女の諸君!我々の話を聞いてもらおう!」
例のリーダー格の男が声を張り上げた。その顔には大きな傷跡がついている。いくら麻痺毒で弱っていたとは言え、上級の冒険者を捕らえてくるような部隊の男だ。相当の腕なのだろう。手を大きく広げて無防備に演説しているように見えて全く隙を見せない。
「我々は現状の王都を是正せんと立ち上がった者だ!」
その宣言に人質の空気がざわつく。
この場には貴族の子が多い。当然、その親は王家に忠誠を誓った貴族だ。その思想を受け継いでいるだろう。
その王家の治める王都を間違っている、とこの男は言っているのだ。
仕える王族を否定されて色めき立つ者が生徒から出始める。
「どういうつもりだ!王家のことを馬鹿にしているのか!?」「いったい何様のつもりだ!?」
「皆さんの怒りは分かる。だが、君たちは王家が民衆にしていることがわかっているのか!?」
唐突な問いかけにその場の空気が少し緩む。
「無茶な政治で無辜の民に要らぬ苦労を強いているのがわからないのか?数年前から続く金策で膨大な失業者が出た!
いくつもの村が廃村になったのを知らないのか!?」
傷顔の男はその胸の内の悲痛な叫びを吐き出すかのように語りかけてくる。
そのイカつい顔は感情を堪えられぬとばかりにくしゃくしゃに歪み、見る者にその激情を訴え掛ける。
先ほどまで自信に満ち溢れていた男の唐突な変化に、多くの人が度肝を抜かれたようだ。
「君たちも通ってきただろう!王都の南街がそうだ!王が行なった政治であのスラムができたんだ!
みすぼらしい老婆横たわるのを見たか!?
食うものがなく犯罪を犯す、小さな子を見たか!?
アレを行ったのは王だ!貴方たちが尊敬し、崇拝し、媚びへつらい続けている王族だ!」
「そんなの嘘だ!」
生徒の誰かが叫ぶ。
というかレオだ。なんでこいつが過剰に反応しているんだ?
横のセレナは青を通り越して白くなった顔を地面に向けている。汗が止まらない様子で今にも倒れてしまいそうだ。
「王は起こるかもしれない戦争のために備えて政治を行なった!国のために国民が苦労するのは当たり前だろう!我らが王を愚弄するのか!?」
「君たち貴族はそうかもしれない。だが、民衆はどうなる!?明日生きるのにも必死な民衆は、いつ起こるともしれない戦争で殺されるのか!?まだ起こってもいない戦争のために!?勝っても死体しか残らない、無益な戦争に命を捧げろと!?我々はそれをおかしいと考えている!」
「戦争が起こって負ければそいつらも貴族もみんな死ぬんだ!勝てるように下々から搾取したとしても仕方ないだろう!」
「貴族達からすれば仕方ないで済むかもしれない。だがその家族はそうは思わないのだ!――――我々は王族に『仕方ない』で殺された者の家族だ!」
「―――ッ!!」
いままで貴族の価値観で語っていたレオも、当の被害者を前にしてはその口を噤むしかなかった。
「私たちは貴方がたの身代金を求めない。代わりに軍備の増大を抑え、人々に回してくれるようにお願いしたいのだ!頼むから邪魔をしないでくれ!そうすれば身の安全を保証しよう!」
その言葉にいきり立っていた者達が鎮まっていく。
利己目的でない、公共のことを考えているのなら、と良くも悪くも純粋な者達が賛同していく。
逆らいさえしなければ己に危険がないということを知ってこの場も落ち着いていく。
このままここにいれば俺たちは帰れるんだろう。
―――――あいつの言ってることが本当ならば。
「―――なんだこの茶番は?」
思わず口から出してしまった言葉に周りが静まり返る。
あー。こっちに被害がないなら放置しておけば良かったんだが、つい言ってしまった。
まあ、向こうもこっちを|無事に帰すつもりはない(・・・・・・・・・・・)のだし、別にいいか。
「ど、どういうことだユージーン。茶番だなんて・・・。」
「なんでおかしいと思わないんだ。コイツの言葉を証明することなんて何も無いだろう。こいつが本当にそんなことを思っているのか、確証なんてない。
それと、いかにも今回の事件は何年前からも続く失策だ、みたいなこと言ってるがスラムなんてずいぶん前からあるだろうが。」
俺の言葉にハッとした表情をするレオ。
いくら今の状況がおかしいからって、なにかおかしいと思わないのか?
――――ああ、そういうことか。
「貴様!私たちが嘘をついているとでも言うつもりか!?」
「そう言ってんだよ。馬鹿か?馬鹿なんだよな?こんなガキにも分かること突かれて動揺してんじゃねーよ。
―――――それとも絶対にバレない自身でもあったのか?
例えば精神魔法のような。」
「―――――ッ!?」
それを聞いて露骨に動揺する傷顔。適当なカマかけなのにここまでわかりやすいと笑えてくるな。
やっぱりそういうことか。
いなくなったミゼル。
図書館での誘い。
この場で使われたらしい精神魔法。
毒を仕込んだ内通者。
全部がバカバカしいほど明確なヒントになっていた。
「居るんだろ。いい加減出てこいよ。ミゼル・ハイドランジア?」
「ッ!いい加減にしろ!いったい何を言って―――――」
「オッサンももう少し演技上手くなろうぜ?あんたさっきから魔力が漏れてないぞ?
「!?」
気づかなかったのか?
魔力が感情で引き出されるということは、逆に言えば感情が揺れると魔力が漏れるということだ。
「さっきのご大層な演説の時、あんたはいかにも悲しいようなツラだったが、それだったら何も感知できないのはおかしいよな?大事な大事な家族を殺されて、そのことを糾弾しているには感情が動いてないってのは変だよなぁ?」
「そ、それは・・。」
収まりかけた場が再びざわめき出す。
こいつらには俺たちを無事に帰すつもりなんてないのだ。でなければこんな風に崖の端になんて連れてこない。協力を仰いでログハウスの中に入れて監視すればいいだけだ。
「どうせ目的を果たして用済みになったらこっから突き落として魔物の餌にでもするつもりだったんだろう?わざわざ事件の目撃者を生かしておくわけが無い。人質は最低限いればいい。全員行方不明になれば何人取り返して安心、とはならないからな。交渉のカードに使えるわけだ。」
「ち、違ッ――――」
「目的は・・・・・・そうだな。貴族のガキを人質にして、近々あるとかいう『天上殿会議』に参加させないことか。『英雄』を呼ぶ会議に出れないんだ。相当な痛手になる。
――――この国にとっては。」
俺の言葉に人質になっている全員が同じことを思ったんだろう。
全ての視線が傷顔に集中する。そこにトドメの言葉をくれてやる。
「ま、それはあわよくば、ってとこで狙いはさっきの演説通り軍備縮小だろ?王が軍備を増強しているんだよな。それは近々戦争が起こると予想しているから。それを妨害しよう、ってんなら話は簡単だ。
――――いい加減その恥ずかしい被害者ヅラやめたらどうだスパイ野郎?」
俺の言葉に傷顔の男は、
悲劇の男を着けるのをやめていた。