林間学校
10月13日
日曜日に一週間分、7話の掲載を行っています。
希望があれば、投稿形式を変更するので感想や活動報告欄で連絡お願いします。
「はーい。では来週に迫った学年行事、『林間学校』について説明しますぅ。」
あの日からミゼルを警戒していたが特に目立ったことはなく、二人きりでの接触はあの図書館の時だけだった。
それ以外は特に変な行動をしている様子はない。
「今年の新1年生で南の崖の近くにある宿泊施設に泊まりがけで滞在してもらいますぅ。まあ言ってみればオリエンテーションや自己紹介を兼ねた旅行みたいなものですね」
こうして見ている分にはただの色気の過剰な女教師だ。
あいつが誘いそうなものと言ったら・・・美術品の押し売り?無くはないが・・。
いや、協力して欲しい、というなら何かしらの行動を求められるのだろう。
「南街は危険なので門の外に出るまでは馬車から出ないでくださいね?」
「センセー!街の外も危険があるんじゃないですか?」
セレナから情報を引き出し、俺に魔法かけて判断を鈍らせ、色香で惑わせ、その上で俺に勧誘をかける。
その真意はいったいなんだ?
「大丈夫ですぅ。強い冒険者が守ってくれますからね。宿泊施設も守ってくれますが、だからといって外には出ないでください。」
「はーい。でも冒険者なんて野蛮じゃないですか?そっちのほうが危ないと思いマース!」
「ダメよぅそんなこと言っちゃ。―――ああそう、何をするのかは当日発表しまーす。」
――――こいつは本当に俺が強くなれる方法を知っているのか?
「はい。それじゃ持ち物は――――」
――――だとしたら。それを知っていたとして、俺は――――
「聞いてますかユージーン君?」
「ああ、聞いている。」
「はい。よろしい。それじゃみんな楽しみに、ね?うふふ。」
俺の思考とミゼルの思惑をよそにホームルームは終了した。他の子供がはしゃぐ中、あいつの笑顔の裏を見透かすように俺はずっと睨み続けていた・・。
「で。なんでお前が俺の隣だ?」
「しょうがないですの。他の子が怖がってこの馬車に寄り付かないのですから。」
「別にそっちの優男でも良いだろう。」
「フンッ!君にずっとセレナの顔を見せながら行くわけにもいくまい。」
「そうですわ。それにレオ様に貴方の粗暴さが移ったらどうしますの?」
意味分かんねー・・。どこをどうしたらそんな理屈になるのか毛ほども理解できない。
ゲンナリとため息をつきながら窓の外を眺める。馬車はいつか見たような薄汚れた広場を通りすぎるところだった。
俺は今、件の林間学校へと向かう馬車の中に居る。
朝、登校してくると、学校前にいくつもいくつも馬車が止まっており、一種物々しい雰囲気を醸し出していた。
これひとつあたりに3~4人乗れるようになっていて、少しずつ小分けにして出発した。
で、俺の同乗者はこの2人。レオとセレナだ。
「だいたい、君はなんで参加したんだ。いつもみたいにサボれば良かったじゃないか。」
「こいつに聞いてくれよ。無理やり泣き落としで連れて来やがって。」
「あら。これは学年行事ですわよ?病気でもないのに不参加の者が居るなんて他のクラスに対して無礼ですわ。」
「何なんだよそのよくわからない理屈は?」
「だって今回の林間学校の目的は『仲良くすること』ですわ。もしかしたら貴方を気に入る奇特な方がいらっしゃるかもしれませんの。そういった方のチャンスのために貴方を無理やり参加させるんですの。」
いねーよそんなヤツ。大人しく病欠にすれば良かった。だけどなぁ・・。図書館行きたかったし。
すぐ帰るつもりだったので何も持ってきていない、と言ってみたがミゼルの方で既に準備されているらしい。無駄に手回しが早い。
一応、宿の連中には言ってあるが・・・今日はたまたまチャルナがいないんだよなぁ。あいつが何かやらかさないか心配だった。
ごちゃごちゃと言い合いしている内に王都から出たようだ。あたりは畑が一面に見える。
馬車の中は既に言い合いで疲れたために誰も口を開いていない。時折、レオとセレナが話しているのが聞こえるだけだ。今は伝説の英雄について話している。
俺はそれを耳にしながら欠伸を噛み殺しながら流れていく景色を見ていた。
「―――――なので・・・・その・・スキルが―――」
「―――ん?」
今の会話の中に『スキル』って単語が入ってなかったか?俺はてっきり改造で与えられたモノだと思っていたので他の人間は持っていない、どころか知らないモノだと思っていた。
「おい。今、スキルって言わなかったか?」
「え?言いましたけど、それが?」
「なんだねいきなり会話に割り込んできて・・。」
「いいから。それでスキルってなんだよ?」
「え?知らないんですの?英雄が持つと言われる、ええと――――すっごい力ですの!」
「ふむ。レオ。解説頼む。」
「気安くボクの名前を呼ぶな。―――まあセレナの情報に補足すると、英雄が持つ特殊な技能だ。それは潜在的に多くの人間が自覚もなく持っているとされていて、特に優れた英雄のスキルはそれの規模が目に見えて凄まじい、という話だ。」
「へぇ。普通の人で目に見えて分かるスキルを持ってるヤツはいない、ってことか?」
「逆だ。目に見えて分かるようなスキルを持つ者が英雄と呼ばれる。正確には持ってるだけでは英雄の卵だな。なにかしらの功績を成し遂げると英雄になる。」
「・・・よくわからんな。」
「そうだな。一般人がもし何かのスキルを持っていてもそれは規模が小さいから、普通の技能と何が違うのかわからない。
例えば、『投石』というスキルがあるとしよう。でも石を拾って投げれば、『スキルと同じことが出来た』と言えるわけだ。
これが一般人の『あっても無くても変わらないようなスキル』。
それで、『投石』の力が、岩と呼べるようなものをやすやすと投げられるほどの規模なら英雄の卵、『スキル保持者』。
そのスキルで民衆を襲う強大な魔物を倒したら『英雄』。
こんな感じの分類だ。」
「なるほどな。」
「こんなことも知らないのかい?」
ふふん、と勝ち誇ったような顔のレオを無視して考え込む。
俺の場合はその潜在的に持っているスキルを自覚して段階を分けて把握できている。英雄に仕立てようとして一応の改造はしていた、ってわけか。
「それはどのくらいの比率でいるんだ?」
「ええと、ただの『スキル保持者』なら結構ゴロゴロしていますわよ。」
「そうだな。千人に1人くらいか。でも直接何かに役立てるような力のあるものは少ない。まして功績を成し遂げられるような者は極僅かだ。」
結構居そうな気がするな・・。でもそれなら3つも持っている俺は規格外なのだろう。
「お前らは持ってんの?」
「それがわかるようなら苦労しないですわ。」
「そうだ。英雄は長い間修行してようやく己の才能に気づくんだからな。」
そもそも持っているかどうかもわからないらしい。仕事しろよファンタジー。
日が暮れる頃になってようやく宿泊施設とやらについた。絶壁の近くではあるが間に広い運動場、というか開けた場所を備えて居る。
外見は大きなログハウスのようなものだ。それが幾つも幾つも建っている。一応、ここ魔物とか出るんだが管理はどうしているんだろうか?
あと関係ないとは思うが、護衛の冒険者の中にいつぞやのトサカ野郎がいた。ギルドでなにかと俺に突っかかってくるやつだ。今はローブを着ていないので気づかないだろう。貴族の子供の護衛に駆り出されるところから見るにもしかするとアイツも上級冒険者なのかもしれない。
「はい。皆さんお疲れ様でしたぁ。ですがまだ、林間学校は始まったばかり。そしてその目的は皆さんの自立を促すことにあります。なので今日の晩御飯は皆さんで作ってもらいますぅ。」
「「「「「えぇー。」」」」
「はぁい。文句言わなぁい。それでは各宿泊場所に荷物を置いて広場に集合してください。」
その言葉に各々、文句を言いつつそれぞれの所に散らばる。
ログハウスに荷物を置いて(といっても俺は何も持ってきていない)集合するとうちの班のヤツは揃っていた。メンバーは先ほどの馬車のメンツ+3人ほどの女子だ。人気の二人に近づける反面、問題児というデメリットがいるので複雑そうな表情だ。
既に日は完全に沈み、満月が辺りを照らす。広場周辺は明かりの魔法で明るいため、料理は問題なくできるだろう。
「ようやく来ましたのねユージーン。というかなんで荷物のない貴方が一番遅いんですの?」
「気にすんな。―――――というかどうした?微妙そうな顔して?」
女子3人ならわかるがなんでセレナ達も微妙な顔しているんだ?
俺の疑問にレオが答えた。
「いや、だって君・・。料理だよ?そんないきなり作れといわれても・・・。」
「なんだ。そんなことか。大方、先生からレシピが渡されんだろ。それ見て作ればいいじゃねぇか。」
「そ、それが・・・。」
浮かない様子の連中から聞くに、学校側の不手際でレシピが無くなってしまったそうだ。
どんな管理してんだよ・・。
「食材はあんだろ?なに作るかも決まってんだから楽じゃねぇか。」
「だって料理なんかしたことある人いる?」
「俺ができるが。」
「「「「「え・・・?」」」」」
一斉に不審そうな顔をする5人。なんだよその『魚も空を飛べるんだぜ?』って言われた時のような顔は。
前世で軽くとはいえ作ってたんだ。食材さえ見ればだいたいできる。とはいえ7年ぶりだから上手くできるかはわからん。
「う、嘘ですわよね・・?」
「こんなことで嘘ついてどうすんだ。どうせ生徒に作らせようって企画なんだからあまり手の込んだ物はないだろ。――――味には期待すんなよ?最低限食える物だ。」
「意外ー・・。」「ちょっと不安かも。」「でも他の班よりはマシかも・・。」
「よろしい。やってみたまえ。」
「なんで偉そうなんだレオ・・。」
幸い、メニューは簡単にパン、サラダ、スープ、スクランブルエッグだ。パンは最初からできてるし、スープもそこまで難しくない。レシピも何もあったもんじゃねぇ。多分、家庭科の教科書的なものだったんじゃないか?ナイフの使い方とか、調味料の測り方とか。
個人的にこういう時はカレーなんだが材料がない。物足りないがしょうがないだろう。
「そんじゃ、やるか。つっても俺が全部やっても意味ないからお前らに教える。
セレナは野菜切ってろ。自分のいつも食ってるくらいのサイズにな。レオは水汲み、そこのメガネは――――」
適当に役割を振って、最後にナイフの使い方を実演する。硬いものとか無いしそこまで問題はないだろう。
魔法で簡易の竈を作り、火をつけて薪を放り込む。
「それと卵は使うなよ。俺が一品別の料理作る。」
「え?でも材料ないよ?」
「ああ、今から採ってくる。」
そう言って森に入る。トイレに行くふりをして脇道から藪に入った。さて、あるといいんだが・・。
森に入って近場の海鳥の巣を襲う。以前にこの近くまで来ていたのが幸いした。似たような地形に巣を作っているのを覚えていたので比較的楽だった。
海鳥を殺して血抜きをしている間に卵を失敬しておいた。これで材料は揃った。月に雲がかかってあたりが完全に真っ暗になってしまったので帰りはあかりの魔法を使う。
森から引き返す時に例のトサカとその仲間がいたので声をかけて海鳥をさばいてもらう。ここはどうやら広場の近くで同じように他の冒険者も散らばって護衛をしているらしい。
中心に焚き火を据えてその周りを囲むように立っていた。
俺が『ジーン』だとバレた気配はなく気楽に話しかけてくる。
「坊主、貴族なのに中々やるじゃねぇか。魔獣の出る森に入ってメシを仕留めてくるとは。冒険者にならねぇか?」
「貴族に言うセリフじゃないな。ところでなんか厳しい顔してたが何かあったのか?」
「ああ・・。いや、坊主には関係ないんだがどうにも胡散臭くてさ。」
「と、言うと?」
「この護衛の依頼、冒険者ギルドに回ってきたものなんだが、ギルドで見たことない連中が混じっていてな。」
「・・・それは学園で用意した騎士とかじゃないのか?」
「俺たちだって『武』で食っているもんだ。アレが騎士の動きかどうかなんざ見りゃ分かる。強くはあるが、騎士ではないわな。」
騎士でもなく冒険者でもなく、護衛に就く武芸者・・?
「それは・・・胡散臭いな。」
「いや、俺たちが気にしすぎているだけかもしれん――――ホレ。できたぞ。」
「おお。ありがとな。余ったパンと卵で良ければやろう。」
「なんだ。しっかりわかってるな。報酬がないと冒険者は働かん。」
「いささか貧相だがな。」
「食えればいい。長丁場になりそうだしな。」
礼を言ってその場を離れる。
例の冒険者のことは気になる。職を失った流れ者でも紛れ込んだのか?嫌な予感がするが俺からはどうしようもない。
気にしないことにして広場に戻った。
「美味い!なんだこのフワッとした黄色い物は!」
「ただのオムレツだよ。いいから食え。」
「意外ですわ・・。本当に上手に作ってましたの・・。」
「お、美味しい・・。」「本当に意外・・。」「他の班よりすごく豪勢になったね・・。」
あの後、とってきた鶏肉、余った野菜くずなどを炒めて味付けし、卵を流し込んで作った普通のオムレツを食わせてみた。レオは少し大げさだが、女子勢の反応が悪い。
他の班は阿鼻叫喚、というのがふさわしい惨状になっていた。指を切ったり、やけどをしたり、調味料を間違えて泣きながら食っていたり。それに比べればマシだと思うんだが・・。
「どうした?口に合わなかったか?」
「いえ、なんというか・・殿方のユージーンにここまで美味しい物を作られると女子の威厳が・・。」
「なんだ・・。そんなことか。」
そんなしょうもないことを気にするなら帰ったら練習しておけと忠告しておいた。まぁ貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが料理なんてするわけないからわからなくもないが。
幸い、こいつらに味見しながらやるように言っていたので不格好ではあるが十分に及第点クラスの品ができていた。基本を覚えたんだからそうそう大きな失敗はしないだろう。