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不良品

 次の日、俺は昨日のミゼルの言葉を振り払うように、王都の南、断崖絶壁の近くで剣を振るっていた。

 崖下は海になっていて、崖の上の足場は不安定だがそれもお構いなしに剣を魔物に突き立てる。


「オラああッ!」


「ピギィイイイ・・・・!」


 断末魔を漏らしながら消えていくトカゲの魔物の最後を確認しないままに、俺はチャルナと切り結んでいたゴブリンを蹴り飛ばす。


「ギャアッ!?」


「うにゃ!?マスター!またあたしのエモノ取ったー!」


「お前がチンタラやってんのが悪い!ッセリャアアアアアアアアアッ!」


 返事もそこそこに次の敵に斬りかかる。

 戦闘は開始10分で終息した。




「今日のマスターなんか怖いよ・・。」


「ああ?俺はいつでもこんなもんだろうが。」


「うー。絶対なんかヘン!」


「いいからほら、ラティ。次だ。」


「ちゅう。『チチィッ!』」


 次の獲物を探して歩きながらチャルナにそう答える。周囲には木が生えているが森とは言えず、せいぜい林のようなものだ。

 ある程度の間隔で開けた場所があり、そういった場所では魔物がたむろしていることが多い。

 ラティの『警報アラート』の魔法でおびき寄せると、近場のゴブリンや集団で狩りをするトカゲモドキが集まってくる。

 そいつらを狙って狩りをしていたのだが・・。

 自分でもわかっていたが、どうにも今日は荒れている。昨日のことが原因なのは明白だった。


 昨日、『強くなる方法を教える』、と言われて俺は動揺していた。

 こんなふうに剣を振って魔物を倒しているがこのままで本当に強くなれるのか、という考えが頭の中にずっとつきまとっている。


 あの時はタイミングも最悪だった。

 ターヴが捕まっているという仮説が頭にあって、その上、俺の代わりの英雄が呼ばれるかもしれない、という情報も持っていた。

 まるで俺の力不足を神が思い知らせようとでもしているのか、と錯覚するほどのタイミングの悪さだった。


 考えてもしょうがない、と吐き捨てた昨日の仮説が蘇る。


 英雄になれない失敗作できそこない

 強者になれない未完成品なりそこない


 神に見放された『不良品』


 それが今の俺だ。

 『異世界ノススメ』が反応しないという事実がその仮説に現実味を与える。

 ターヴからの連絡がなにもない、という現実がさらに拍車をかけた。


 監視装置も無くなった、と楽観はできない。改造チートを与えた人間なんて不確定要素を放っておくとは考えられない。最悪、召喚された英雄が本命で、俺はただの二次戦力扱いで監視されているのかもしれない。


 強くなれない焦りと、不安。


 何よりも勝手に呼んでおいて、勝手に見放されたということからくる、怒り。


 そして、ミゼルの誘い。


 今の俺の心のなかはぐちゃぐちゃに掻き回されていた。





 今までやりたくなかったので試してなかったことがある。

 だがもう四の五の言ってる場合じゃない。それを試してみることにした。

 チャルナ・・・はダメだな。エミリアあたりにしよう。


 宿に戻り、仕事中だったエミリアを連れだして宿の中庭に出てくる。


「ちょっと!なんなの?」


「いいから少し手伝え。」


「もう・・最近変よアンタ。・・・で何をすれば良いわけ?」


「そうだな・・・。ちょっと抱きしめて・・・・・くれ。」


「ブッ!ちょ、アンタ何言ってんの!?」


「いいから。」


「もう!なんなのよ・・・。」


 まだブツブツ言っているエミリアが腕を伸ばしてくる。ふわりと暖かな香りを感じて俺はそのまま腕の中に飛び込んだ。


「きゃ!?・・そ、それでどうすればいいの?」


「すまんが少しこのままで。」


「そ、そう。」


 他人から見ればちょっと大きな子供が近所のお姉さんに甘えているように見えるだろうこの光景は、実はもっと別の意図がある。

 エミリアに欲情する・・・・ためだ。


「きゃあ!?ちょ、ちょっと!どこ触ってんの!?」


「無論、尻だ!」


「なんでそんな自信満々!?あ、ちょっと!ダメだってば!は、離しなさい!!はーなーしーてー!」


 ジタバタと暴れるエミリアを押さえ込みながら、俺は集中した。

 ふにふにと柔らかい、けれども芯のような確かに指を押し返す弾力を感じる。

 俺はそれを存分に揉みしだいた。

 やがてあの耳鳴りが聞こえて来る。


 ――ザザザザザザ


 よし、いいぞ。

 そのまま俺はエミリアの肉体を感じることに神経を集中させる。


 『〈ザザ〉ホン・・君のこと〈ザザザザザザ〉と思って・・んだ〈ザッ〉』


 あの女の声を思い出すのは苦痛だがそれさえも魔力を引き出す糧にしていく。

 湧き上がる得体のしれない感情が心を乱す。だがそれ自体も、それが生み出す不快感も、体の中のフタを動かす力だ。

 俺は魔力が十分に出てきたと感じて詠唱を口にする。


「『我らが絆 我らが―――――っ!」


 途中まで上手く構築された魔方陣に揺らぎが生まれる。

 脳内で展開されつつあった魔方陣の回路部分が寸断され、魔力が漏れ出す。


「クソッ!ダメか!」


 魔力は十分だったが、魔法陣を構築できない。あまりに複雑なそれは、とても荒れ狂う感情を制御しながら構築できるものではなかった。

 制御を失った感情が際限なく溢れ出す。脳裏に様々な景色が一瞬映し出されては消えていく。


 薄く浮かんだ魔法陣が一瞬、青く光り、

 そしてなんの効果も生み出すことなく消えていく。


 ――――失敗だ。



 俺がやったのは、トラウマを利用して本来2人で扱う『ツガイ』の魔法を、俺ひとりで行使する実験だ。

 『ツガイ』の魔法は戦争で使用されるだけあって強力なものだ。これを個人で使えるとなれば非常に大きなアドバンテージを持つことになる。

 普通なら2人でするものをひとりでするには、大きな感情の発生、魔力の潜在量、処理能力など様々な問題が出てくる。


 俺がひとりでそれをする場合、ネックになるのは2点。

 ・いかにして大きな感情を生み出すのか。

 ・大きな感情を抱えたまま魔法陣を構築出来るか。


 魔力の潜在量は改造で増やされているらしいから問題ない。

 残るふたつの内、ひとつは先ほどやったようにわざとトラウマをほじくり出して無理矢理に感情を発生させることでクリアした。

 問題が起きたのは魔法陣の構築だ。


 俺は魔法陣の回路をイジって負担を軽減させることができるために、『ツガイ』の魔法でも俺ひとりで行使できると踏んだのだが・・・。

 結果はご覧の通りだ。

 発生させた感情に構築を乱されて制御に失敗した。

 どうやらその制御には人ひとりの頭をフル回転させなければいけないほどの処理能力が求められるようだ。その上で感情を抑える・・。

 とてもではないが可能だとは思えなかった。


「あのー。もういい?」


「・・・ああ。すまん。すっかり忘れていた。」


「人のケツ鷲掴みにしたまま忘れないでよね!?」


 エミリアが体を離しながら怒鳴ってくるが俺の耳には入ってこなかった。

 これもダメか・・・。心が落胆で満たされる。

 わざわざ思い出したくもない過去をほじくり返してまでやったのに、ロクな成果もない。

 これ以上、どうしたらいいって言うんだ・・。


「あたしのお尻触るのが目的だったの!?このエロガキ!――――さ、参考に聞いておきたいんだけど、そ、それでユージーン?その、どう、だった?」


「・・ああ。ダメだったよ・・。」


 あれほど制御が難しいとは思わなかった・・・。


「ええ!?ダメ出しされた!?あたしのお尻、そんなにダメ!?」


 何故かしきりに自分の尻を揉みながら「張り?張りがダメなの!?それとも柔らかさ!?」と呟いているエミリアをその場に残し、俺は肩を落として宿に戻った。

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