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誘い

「・・・なかなか興味深いな。」


 俺は持っていた本の文字を目で追いながらそう呟いた。今持っているのはいつもの『ススメ』ではない。れっきとした図書館の本だった。


 俺は学校の図書館でこの世界の宗教について調べていた。

 この図書館は国内外のあらゆる本を集めて収蔵している国立図書館だ。製紙技術はそれほど発達していないのか、国中から集めた割にそれほど多くない。といっても優に万を超えるが。

 そもそも日本の国立図書館と比べるのがおかしいのか。全ての発行物を集めていくつも建物を分けて作って保管しているなんてことをやっているんだ。規模が違いすぎる。

 ネガティブなことを言ってはいるがこの場所は俺のお気に入りだ。

 書架に並ぶ膨大な蔵書には興奮したし、濃密な紙とインクの香りには圧倒された。

 そしてもって紙の酸化防止に薄暗くしてあるのがなんとも落ち着く。ロウソクの明かりに頼って本を読むとかいかにもな雰囲気が出ていてたまらない・・!

 話が逸れたが、ココを使えるのが学生や、教職員だけとあって利用者は多くない。まして昼食に時間を取られる昼休みならなおさらに。


 静寂の中、ページを捲る。

 この世界の宗教は基本的には『英雄信仰』というものだ。過去、世界に現れた英雄を祀り、その特徴ごとの派閥が存在している。

 例えば以前、南街で炊き出しをしていた『聖女教会』。あれは『慈悲の聖女』を祀る組織だ。大いなる癒しの力をもって民衆を導いた聖女の残した教えと技術を守り伝えていくことを目的としている。

 まあ『聖女』なのに『英雄』とかつけていいのかとは思うが、要するに大きな功績を残した者についての信仰だ。

 そんなくくりなので、結構各地で祀られている英雄の数は多い。土着信仰の神様みたいなもんだな。


 その中でも象徴的な英雄が『五英雄』だ。

 この集団パーティはかつて『終末の魔王』と呼ばれた強大な魔王を倒した五人のことだ。


 『護剣聖』

 『斧槍王』

 『神弓』

 『聖女』

 『聖魔導』


 英雄の中でもこの五人が最も大きな成果を残したとされ、信者の数も多い。

 ちなみに魔王は、魔獣や魔物が膨大なエーテルを吸収して変化する存在だ。魔物から魔人へ、そして魔人から魔王へと変化する。その過程で人と変わらぬ、あるいは人以上の知恵を手に入れる。姿も人に近くなるらしい。


 では神はいないのか、と言うと、実は居る。

 創世記で神々はこの世界を作り、そして天上に昇った、とされる。

 日本にも確かそんな感じで世界を作るだけ作っていなくなった神様の話があったな。あれに似ている。

 それで何をしているのかといえば英雄を天のそのへと導いて地上の様子を見守らせているという。


 その神々の名前がアレフ、ベート、ギーメル、ダレット、へー、ヴァヴ。

 ヘブライ語で1~6までの読み方だ。割と適当につけてんな、と俺は思っているが、この世界にヘブライ語なんてあるかわからない以上、突っ込むだけ無駄だった。

 

 そしてターブ。あいつはヘブライ語で『終わり』の意味を持つ。なんとなくあいつ末っ子かよ・・、と思ったがこの本を読んでいると、妙なことに気がついた。


 ターブの名前だけが見つからないのだ。


 確かにアイツは神の使い、って名乗ったから無くてもおかしくないのかもしれないが、何か引っかかる。

 一応使いとはいえ神の手先、尖兵だぞ?普通なら人間よりも上位の存在として扱われるだろうに。地球で言う天使みたいなものだ。それが描かれていない、というのは何かおかしい。

 これはいったい何を意味するのか・・。


 そして――


「『英雄召喚』・・・・。」


 最近、宿に来る冒険者の間で話題に登る、英雄を異世界から召喚する儀式のことだ。

 何か大きな厄災がある前触れとして、厄災の対抗策として、神から専用の古代遺物アーティファクトが下賜される。

 呼ばれた英雄は強大な力と、類を見ない知識を持っているらしい。


 その召喚魔法が各大陸、各国のお偉いさんが集まる『天上殿会議オリュンポスサミット』で行われる、というのが最近の話題だった。


 これはつまり、『黄道十二宮』がいよいよ来る、ということなのだろうか。


 そして神から古代遺物アーティファクトが下賜される、英雄が召喚される、ということは神は盤上に駒を追加した、ということだ。

 イレギュラーが起きたために駒が追加された、と考えると、もしかして俺の存在イレギュラーがバレたのかもしれない。


 ターブのヤツ、意外と捕まってるのかもな。神々の牢獄に。




『あなたには人類種の中から現れた英雄ヒーローになってもらいます。』


 ふと、あいつが俺を騙した時に語っていた言葉を思い出す。

 もし俺を英雄に仕立て上げようとしていたターヴが捕まったなら、そして俺の代わりになりうる英雄が召喚されようというなら、




 俺はいったいなんだ?



 英雄にもなれず、こんなところで足止めをくらっている、この俺は・・・。




「いや、俺が考えてもしょうがないか。」


「何がしょうがないのですかぁ?」


「少なくともあんたには関係ない事だよ、ミゼル先生。」


「あらぁ。驚いてくれないのねぇ?」


 いつの間にか俺の背後にいたミゼルがそう言った。俺は思考を切り替えながら振り返る。

 いったい、何の用だ?コイツの体を見てるとまた、あのトラウマが来るんだが。

 ちなみに見ないという選択肢はない。というか視線が強制的に釘付けになる。


「・・・なんだかユージーン君は視線を隠そうとしないのですねぇ。」


「見ないほうが失礼だ。」


「それは褒めているのかしらぁ?」


 無論だ。俺があのトラウマに悩まされていなかったら無条件で触りに行く。

 と、思ってはいても口には出さない。そもそも元オタクだ。思ってはいてもそんな度胸はない。


「それより何の用だ。スパイなんぞ寄越しやがって。」


「そうそう、それなんですぅ。せめてユージーン君のしていることの目的だけでも教えてもらえないかと思って。」


「結構重要だぞ、それは。」


「先生でも力になれないかな、と。」


 俺の目的。

 俺の目的ねぇ。


「今のとこ、強くなることか。」


「強く・・?」


「そうだ。誰よりも強く、何よりも強く。どんなことがあっても負けないような強さが欲しい。」


「そうですか。」


「そうだ。だからアンタは俺に協力などできない。とっとと帰ってくれ。」




「でも、協力できたら、どうする?」




 

 その言葉に俺は顔を上げた。

 ロウソクの照らす光の中でその瞳が蠱惑的にきらめいていた。顔は笑みの形になっている。

 二人しかいない図書館に妖しい雰囲気が漂う。


「なんだと?どういう事だ!?」


「うふふ・・。先生に協力してくれればなんだって叶えてあげる。強くなる方法も、貴方が怖がっているオンナ・・・のことも教えてあげる・・。」


 まるで契約を持ちかける悪魔のようなセリフだ。

 そう言うとミゼルはただでさえ露出過剰なスーツの胸元を開き、スカートも上げ始めた。

 少しずつ、ゆっくりと焦らすように、下に身につけた黒い下着があらわになる。



 こいつはいったい何を――――と考えた所で異常に気づく。

 なんだ?頭がうまく働かない・・。モヤがかかったかのように思考がまとまらない。


「う・・ぐ・・?」


「貴方は優秀・・だから、これは特別よ?先生に協力して欲しいの。」


 その綺麗な顔がすぐ近くまで迫ってきていた。囁くように言葉を紡ぐ、その真っ赤な唇から目が離せない。

 俺が何か答える前に手が勝手に伸びていく。

 息が荒く、興奮している、いや、

 させられている・・・・・・・・


 その豊かで柔らかそうな胸に。もう少しで手が――――


 『〈ザザ〉ホン・・君のこと〈ザザザザザザ〉と思って・・んだ〈ザッ〉』

 『〈ザザッ〉ホントは君のこと、ずっとうざいと思ってたんだ♪〈ザザッ〉』


「があっ!?」


「きゃあっ!?」


 突然耳元に聞こえたあの女の声と共に、俺の胸に重い鈍痛が発生する。いきなりの痛みに体が跳ねた。

 クソっ!次から次へと!何が起こっているか把握くらいさせろ!


「があっ!く・・ああっ!」


「どうしたって言うの!?ちょっと大丈夫!?」


 胸を押さえて蹲った俺にミゼルが声をかけるがこっちはそれどころじゃないっての!

 ガンガンと頭痛がして、思考を蝕んでいく。

 胃の中がひっくり返ってすべて吐き出してしまいそうだった。


 頭の中のモヤ、ひどい頭痛、吐き気、それらを振り払うように俺は――――

 頭を机に叩きつけた!


 ガゴッ!


「〜〜〜〜〜〜ッ!」


 現実的な痛みが頭を駆け巡る。代わりにモヤは吹き飛ばしたかのように消え、頭痛は声と共に薄れていった。

 その場で悶えていると声がかかる。


「ユージーン君?大丈夫?」


「―――は、あ。大丈夫、だ。」


 ―――危なかった。

 あのままだったらどうなっていたことやら。

 先程までの俺はどう考えてもおかしい状態だった。まるで正常な思考力を奪うような力を感じた。


 おかしい。ミゼルこいつはどう考えてもおかしい!


「俺に何をした・・!?」


「え?いいえ何もしていないわ。」


 そんな訳が無い、と糾弾したかったが問い詰めようとした所で鐘の音が聞こえる。

 授業開始の合図タイムアップだ。

 そもそもこいつが何かしたという証拠がない。ここでこれ以上問答を重ねてもしょうがないか。


「あら、もうこんな時間。ごめんなさいねユージーン君。先生授業に行かなくちゃ。体調は大丈夫?」


「―――もう大丈夫だ。ただの持病だ。」


「そう。よかった。薬があるなら飲んでおきなさい。――それと、さっきの話。興味があるなら先生のとこに来なさい。」


「ああ。興味があったらな。」


 そう言ってミゼルは出て行った。


 ―――何者なんだアイツは・・。

 俺を何かに勧誘していたようだったが・・。セレナに俺のことを探らせたのは教職としてだと思っていたが、あの様子だと違うらしい。

 あの女はおかしい。先ほどの色仕掛けといい、生徒の病気にも反応が薄いところといい、普通の反応じゃない。

 魔法でもかけられたようで、思考の制御もできなかった。俺の知らない精神に関する魔法でもあるのだろう。

 目的がわからない以上、今後は警戒レベルを上げておこう。


 そう思っているのに俺はあいつの言葉が気になってしょうがなかった。


 ――あいつは俺が強くなる方法を知っている・・・?

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