探りと和解
「あなたいつもこんなとこに居ますの?」
「・・・・。」
「なんですのコレ?『イセカイノ―――』あ、ちょっと!まだ見てますのよ!?」
「黙れ!むしろお前が『なんですの?』だよ!」
いつもの学校。いつもの屋上。いつものサボり。
いつも通りだというのに何故か今日の屋上には異分子が居た。
俺が読んでいた『ススメ』を下から覗いていたのを取り上げて止めさせる。
なんだってんだこいつは?一応和解はしたが怖がっているんじゃないのか?何故、わざわざ俺に近寄る?
「お前は俺のこと怖がってんじゃないのか?なんで近寄る?」
「わ、わたくしは別に怖がってなど!」
「ほう・・・。」
ボキボキボキッ!
「ひぃッ!」
試しに指を鳴らして近寄ってみると露骨に怯える。どう見たって怖がっている。
そのまま見ていると、慌てて取り繕うように笑うセレナ。
「い、今のはちょっとした冗談ですの。」
「次は漏らすまで脅す。」
「う・・。分かりました。認めましょう。確かに怖いですわ。」
なんで上から目線だ。
「よく考えたらわたくし、貴方のことよく知らないんですもの。だから怖いんじゃないかと思いまして。何が好きで何が嫌いとか。」
「・・・見合いかよ。そんなん知ってどうする。」
「それだけじゃありませんわ。いつも授業サボって何しているのか。なぜ『この学校』に来ているのに誰とも仲良くしないのか。なにより―――」
そこで一旦言葉を切り、目を閉じて深呼吸してからこちらを見る。
その瞳にあるのは強い意思を秘めた光。場の空気が一瞬で引き締まるのを感じた。
「あの時の異常な力は、いったいなんなんですの?」
「・・・・・・。」
確かに、俺がセレナに怒りを抱いた時の力は、普通の人からすれば異常そのものだ。普通のガキはゲンコツ一つで石の床を陥没させない。
疑問を持たれるのは当然だった。
「それに貴方の目的はいったいなんですの?毎日毎日、学校に来て一人で何をしているんですの?」
「話す義理があるとでも?」
「・・ないですわね。ですが貴方は一応あの時のことを気に病んでるみたいでしたから。その弱みでつけこませて頂ければ口を開くんじゃないか、というか弱い女の浅知恵ですわ。」
「はッ。か弱い女がわざわざこうやってチンピラの前に来るわけがないだろう。」
「ただのチンピラなら自分の力を示して威張り腐ってますわ。貴方はあまりにも不可解なんですの。行動の整合性が取れない。つじつまが合わない。」
「・・・・。」
壁を背に座っている俺の顔を覗き込みながらセレナは続ける。
「力で他人を威圧しているかと思えば、自分からは振りかざさない。
他人と、特に女性と仲良くなるのが目的のこの学校に入学しておきながら、他人とまるで近づかない。
粗野な振る舞いが多いと思えば動作は優雅な貴族のそれ。
・・・・貴方は謎過ぎますわ。ユージーン」
「・・・俺のこと何も知らないとか言いながら、しっかり観察しているじゃねぇか。」
こいつ本当に7歳児か?俺みたいに転生してないだろうな。
おそらく、こいつに疑念を持たせた奴がいる。俺のことを探らせている奴がいる。こいつがそんなことに気づくわけがねぇ。
「誰だ?お前にそんなこと吹き込んだのは?」
「―――ッ!?な、なんで分かりましたの!?」
「お前はアホだからな。そんなことに気づくわけがない。難しい言葉使えば頭いいとでも思ったか。」
「それはそれでひどい侮辱ですわ!?」
「いいから答えろ。誰の差し金だ?」
「・・っこ、答える義理はありませんわ!」
今度は俺の真似か。
まあ大体想像つくがな。
「――ミゼルか。」
「――――ッ!!?」
さっきよりも大きな反応。当たりっぽいな。
こいつは本当にアホだな。ものすごく動揺してわかりやすい。
「な、なんでですの!?なんでですの!?」
「落ち着けよ。俺のことを観察するのはお前かミゼルくらいだ。レオも考えたがアイツはそんなことにお前を使わないだろう。むしろ引き離す。」
ほかの連中で頭のいいやつはそもそも関わらないだろうし、頭の悪いやつはそもそも気づかないだろう。
必然的に問題児を観察する必要がある担任のミゼルしかいない。実質すでに絞り込んであるのと同義じゃねぇか。二時間ドラマなら苦情くるレベルだ。
「屋上のことがあった次の日か。あのことは言ったのか?」
「いいえ。まだ気持ちの整理がついていませんでしたもの・・。」
ならいいが。
はぁ。あの先生も首突っ込んで来やがるのか。メンドくさい・・。
「伝えておけ。俺に関わろうとしなければ問題は起こらない。授業も進んだら出るから放っておけ、とな。」
「むぅ。どうしても出ませんのね?」
「ああ。ついでにお前の質問の方はノーコメントだ。」
「むぅー。」
膨れる頬を見ながら、ああやっぱりこいつはアホだと思う。
「それから。お前も無理して来るな。」
「む、無理などしていません!」
「手ぇ震えてんぞ。」
「!」
こんな年端もいかないガキが、あんな力を間近で見て、それで何事も無かったかのように振舞うってのがそもそも無理なんだ。
持ち前の正義感で俺の所に来ても、怖くないわけがない。
「俺のことはわかっただろ。後は愛しのレオ様にでも慰めてもらえ。」
「れっ、レオ様とはそんな関係ではっ・・・!」
「ならこの機会に関係を進めろ、ってんだよ。男ってのは『弱った女』とか『女から頼りにされる』ってのに弱いからな。」
「よ、余計なお世話ですわ!?」
叫びながら屋上から階段につながる扉に入るセレナ。その身にまとう空気が少し緩んだように感じたのは気のせいだろうか。
ああ、そういえば、言ってなかったことがある。
「セレナ!」
「な、なんですの!?」
「こないだは悪かった。」
「!?」
・・・ん?なんかものすごく驚いているが・・・。
「貴方、まともに謝れたんですのね・・・。ぶっきらぼうにしか話せない病気かと心配していたんですの。」
「それこそ大きなお世話だよ・・・。」
疲れたように呟く俺を見て、初めてセレナが笑った。年相応に大口を開けて笑ったわけではない。淑女のようにクスクスと口元を手で隠して笑っていた。
だがそれはさっきの演技のような無理に背伸びしたものではない、彼女の自然な笑顔だった。