幕間:フィルシア視点
―――――フィルシア視点――――――
その人のことは最初、とても怖かったんです。
優しいご主人様が死んでしまって、悲しむ暇もなく生活が苦しくなっていた時でした。
それまではなんとか自分の持ち物を売って、ヴィゼちゃんと一緒に居れたんですけど、とうとうお金も持ち物も無くなってしまいました。
治安の良くない南街での慈善事業の情報を手に入れて、仕方なく食べに行ったんです。街でも様々な危険があって、なんとか炊き出しまでたどり着いたんですが、そこでもトラブルが起こってしまいました。
私たちが獣人だから。
ただそれだけで私たちは殺されそうになりました。今までいろんな人に会いました。獣人によくない思いを抱いている方もいらっしゃいました。
ですがそれでもここまで悪く言われたことはありません。
キラキラした司祭様のあまりにひどい言葉に私は耳を塞ぎたくなりました。周りの人達の視線にも、体を縮こまらせて震えていました。
ヴィゼちゃんが私を守ろうと、司祭様に向かっていった時も震えて見ているだけ。
獣人なのに私は『臆病』で、昔からこうしていじめっ子から守ってもらうばかり。
親友が殺されてしまうかもしれないのに、動けない自分が情けなくて。
本当に神様がいるのなら助けて欲しかった。代わりに私から何を持って行ってもいいですから!
そう思っていたけれど状況は悪くなるばかり。
とうとう恐ろしい顔をした子供が、恐ろしいことを言いながらヴィゼちゃんを捕まえてしまったんです。
もう誰も助けてくれません。私も、何より大事な友達も。あの恐ろしい少年に殺されてしまうんだと、そう思いました。
だから。
その時起こったことが信じられませんでした。
今までのことが全部、全部ひっくり返ってしまったかのように、見える景色が変わりました。
怖い司祭様がいなくなって、怖い大人もいなくなって、怖い顔の少年が笑っていました。
あんなに怖い顔をしていたというのに。
あんなにひどい事をしたというのに。
赤ん坊のように無邪気に笑い転げていました。
その笑顔に引き込まれて――――。
神様は私の『臆病さ』を持って行ってしまったようです。
その後、私はその人に『ご主人様』になって欲しいと言ってしまいました。
いくら私がウサギの獣人で発情しやすいからって。
いくらあの時、目隠しをするためにずっとくっついていて、興奮したからって。
いくらの鋭い視線にゾクゾクしていたからって。
私の中から『臆病』が無くならなければ、そんなことを言うわけがありません。そうじゃなきゃ説明がつかないんです。
そうでもなければ私は『ヘンタイ』さんじゃないですかぁ・・・。
結局ユージーンさんはご主人様になってくれませんでした。
でも私たちに居場所をくれました。新しい友達を紹介してくれました。
その場所はとても暖かく、私たちを受け入れてくれました。
その人のことは、とても『怖かった』です。
でも、今は――――。
「うふふ・・。ご主人様ぁー・・。」
「アンタも抵抗しなさい!無駄にいい笑顔してんじゃないッ!――――もうダメだエミリアさん呼んでこないと!」
暖かいご主人様の布団に引っ張り込まれて。
私たちにはない、いい匂いに包まれて。
ちょっと痛いくらいの力で抱きしめられて。
でもその痛みが気持ちいいような気がして。
「うふふ・・。幸せですよぅ。ご主人様ぁー・・。」
「ダメだ!フィルシアちゃんうわごと言ってる!」
「しっかりしてフィー!おーきーろー!ユージーンッ!」