カタカナ(仮)
「――異世界転生ノススメ?この白紙の本が?」
「はい・・・。」
横で小さくなっているカタカナ(仮)。
その顔には菱形の仮面がついていて、表情は見えない。見えないはずなんだが今は目の部分が下向きの三角、口が普通の三角になっていてなんとなく悲しそうだ。
こいつの頭に飾り羽根つけてヤリをもたせると完全にジャングルの某民族になりそうだ。
体は・・・よくわからん。モザイクになっているわけではないがぼんやりしていて輪郭が掴めない。だが男だ、というのはわかる。
「じゃあ何か。こっちで死んだから異世界にいきましょー、てか?」
「そんな感じですね。」
頷くカタカナ(仮)。
ちなみに今は目の部分がただの黒丸だ。変にコミカルで芸が細かい。
変といえば自分もそうだ。さっきからなんか喧嘩腰に、乱暴になっている。 いつの間にか自分を「俺」と呼んでいるし。
いくら腹がたっても以前なら手を出すことはなかったはずだ。初対面には敬語だったし。
物騒な思考に偏っている気がする。俺の危険度は公園のハト(人懐っこい)並みだというのに。 死んだことで性格が変化するなんてあるのだろうか。
「ちなみに断ると?」
「今あなたは魂魄だけの状態です。異世界に来られない、となるとそのままの状態でお帰りいただき、さまよう魂として永遠に徘徊することになります。」
選択肢はほとんどないじゃねぇか。浮遊霊とか絶対に勘・・べん・・・。
「いや、それはそれでおいしい・・・。」
「ええッ!?なんでですか!?」
ほぼ選択の余地がない提案の、絶対に避けるべき選択を選ぼうとする俺に、絶句するカタカナ(笑)。セールストーク中だろうに動揺しすぎじゃないか?
これも含めて演技だとしたら相当食えない野郎だ。
「向こうでは幽霊になってもやりたいこと、幽霊でしかできないこと、というのがあってな。ひとつのロマンだ。」
覗きとか。憑依とか。壁抜けとか。夢広がるよな。
「へぇ。そんなことがあるんですか・・。あ、で、でも異世界もいいとこですよ。」
一瞬黒丸を大きくして驚きを表現するカタカナ(確定)。
もちろん元の世界に未練もある。自分の家族がどうなったかも知りたい。
だが、幽霊でしかない自分は、そんなものはどこまでいっても自己満足だと思っている。
なによりあのクソヤク中どもに会いたくない。前の自分ならそれでも行っただろう。今は胸くそ悪くなるだけだと予想がついている。
さて、別に異世界行ってから浮遊霊になってもいいんだが、ここから交渉を難しくして利益を引き出さねばな。
コイツの目的が異世界に引き込むことならば、交渉をはじめるはず。
「べつにそっちに行かなくてもいいんだが・・。そこまで言うからにはなにかあるんだろう?帰るよりも魅力的な、何かが。」
「あ、はい。もちろんです。とりあえず魔法の強化、魔力量増大、スキル【鑑定眼の御手】【剣豪の系譜】【妖精眼の射手】などですね。」
「なに・・・?」
魔力・・・。魔法があるのか?魔法にスキル・・。随分と元の世界とは違う場所らしい。それこそ小説の中みたいな剣と魔法のファンタジーのような。
いや、今そこはいい。問題は交渉内容だ。
さっきから脳内で覗きのシュミレーションをしていた思考を元に戻す。
どう浄化魔法を避けて覗きをするか、とか考えるな。
交渉材料は初手から盛りだくさんだった。おかしい。交渉して引き出すものがすでに用意されている、だと。
銀行強盗に入ったらガードマンが金庫まで案内してくれるようなもんだぞ。
いや待て。とんだゴミかもしれない。札束かと思ったら発信機付きの新聞紙かよ!てなもんである。
「どんな効果だ?使えないものをよこしてもダメだぞ。」
「どれも最高級品ですよ。詳しくは鑑定でわかりますが。他にもお望みのものがあれば実現可能な範囲でお答えします。」
ええー。このガードマン、小切手きって「好きな値段を書き給え。言い値で買おう。」とかやりやがったよ・・・。裏がありそうで怖いな。
「最高級だというなら逆におかしくないか?そんなスキルをたくさん持つ人間なんてホイホイいないだろ。パワーバランスがおかしくなる。
それが当然というならここまでスキルを持たないと厳しい世界だ、といことになる。そんなのはゴメンだね。」
「いいえ。これはあなたにだけの特別なサービスです。まわりにこれだけのスキルを持ったものはいませんし、これなら人生イージーモードですよ。」
「あなただけ」「特別」ときたか。急に詐欺師っぽいな。どちらもよく使われる常套句だ。
心の中で警戒レベルを引き上げる。睨みつけながら声を低くして問う。
「過剰とすら言える力を与えて俺に何をさせるつもりだ?
お前にとってはただの他人。それどころか異世界人だ。そこまでする理由はなんだ。
そもそもお前はいったい、なんだ?」
カタカナが何を聞かれたかわからない、といった顔をしたあと。
名前も目的も告げてないことを思い出したのか、改まったようすでこちらに向き直る。
「ああようやく聞いてもらえましたね。ボクはターヴ。神さまの使いっぱしり、みたいなものです。よろしくお願いしますね。」