チャルナの気持ち
失敗した・・!失敗した失敗したッ!
先程まで呑気に考え事していた自分を殴り飛ばしてやりたかった。
獣人が影響を受けるのは年齢、体の成長、季節、そして月齢。
地球の物語で出てくる狼男の変身条件は満月・・!
どうかんがえても今日の夜が最も危険だったというのにそれを忘れていた。
飢えたライオンの檻にうまそうな肉を置くような真似をしていたのがさっきの状態だ。ライオンが食指を伸ばさない訳が無い。
「すんすん。・・・いー匂いするぅー。ますたー美味しそう・・・。」
「チャルナ!落ち着け!目ぇ覚ませ!」
声をかけるが反応が薄い。完全に理性がない状態だった。
というか美味しそう、ってまさか本当に食うわけじゃないよな!?
ベットに上がったチャルナは四つん這いでこちらに近づいてくる。
俺の所にまで来ると何を思ったか首筋に噛み付いてきた。
「かぷ。んちゅ・・・。ちゅううう。―――んぱッ。にゃふふ。ますたーやっぱり美味しい。」
甘噛みというには少し力が強かったが、幸いうっすら血が滲んでいるくらいで済んだ。
熱に浮かされているように目の前のチャルナの視点が定まらない。発情して力の加減ができていないのか!?
マズいぞ。このままいくとアレが来る・・・!
そう思ってもチャルナを跳ね除けられない。どうやら満月の影響か、いつも以上の力が出ているようで、ベットに押しつけられている。
チャルナの顔が再び近づいてくる。
―――――ザザザザザザ
あの耳鳴りが聞こえてきた。
俺の精神力で欲情を押さえつけようとしても無理だった。
チャルナが密着しているので色々と柔らかい部分が当たっていて、興奮するなというのが無理な相談だ。
チャルナの体の熱を感じる。今や異常なほどの熱がある。
「チャルナ!待て!止まれってば!」
「えへへー。ますたーますたーますたー!」
クソッ!聞いちゃいねぇ!
このままだとトラウマで心が壊れるか、体に影響出てお陀仏かのどちらかしかない。
なんとしても止めなければ・・・!
そうだ!魔法!
「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を「んちゅッ!」――――んんぅーー!?」
「―――んぱぁッ。おいひい・・・。美味しいよ、ますたー・・。」
キスで無理やり詠唱を止められた。クソッ!大声上げても同じかッ!
なら無詠唱の『フライクーゲル』で・・・ッ!と思ったがそもそも手が抑えられていて届かない。
ヤバイ!このままだと詰むぞ!
『〈ザザ〉ホン・・君のこと〈ザザザザザザ〉と思って・・んだ〈ザッ〉』
もうあいつの声が聞こえ始めた。早く。速くこの状況から脱出しなければ・・・!
そう思っても興奮とトラウマで余裕がなくなっていく。思考ができずにチャルナの為すがままになっている。
俺の体も興奮で熱くなってきた時、先ほどの廊下で考えていたことがふと口から漏れる。
「チャルナ・・・。俺は、お前にとっていったい、なんだ?」
「にゃふ。ハァハァ・・ますたー・・?」
ようやくチャルナが俺の声に反応した。
かすかな期待を込めてもう一度聞いてみる。
「俺は、お前にとってなんだ?親代わり、なのか?それともただの家族か?」
「ますたーは・・・。うみゃ。よくわかんない・・。」
「けどますたーは『マスター』だよ?」
「―――ッ!」
多分チャルナは深く考えないで言ったんだろう。
もしかしたらこいつには最初から線引きなんて意味がなかったのかもしれない。
けれど、それはそのまま俺を受け入れてくれているような気がして。
以前、俺が自分の存在について迷った時に言った言葉と被る。
あの時は適当に『俺は俺だ』と言っていたが、チャルナからその言葉を聞くと何故かひどく安心できた。
まるで俺を肯定してくれているようで・・。
「ますたーはあたしのこと助けてくれた。お父さんもお母さんもあいつらにやられちゃったけど、ますたーがやっつけてくれた。」
先程までの興奮した様子が嘘のように流暢に言葉を紡ぐチャルナ。
「あたしに優しくしてくれた。もう誰もいなかったあたしに『家族』を教えてくれた。『友達』も作ってくれた。」
その言葉にはこれまでのチャルナの全てが込められているようで・・・。
「美味しいものも楽しいことも、全部、ますたーと一緒だった。だから・・。」
そこで言葉を切って、首から顔を離しこちらに顔を向けるチャルナ。それは夜だというのにとても眩しいくらいの笑顔で。
「だからありがとう。マスター!」
思わず魅入ってしまうほど綺麗で純粋な笑顔だった。
「だから・・・食べていいよねぇ・・。ますたー?」
「いや、ちょ、待てぇ!?」
直前の清々しい笑顔はどこに行った!?
一気に情欲にまみれたトロンとした笑顔を浮かべるケダモノ。
・・危険は去っていなかったらしい。
「ふぅーッ!ふぅーッ!あ、危なかったぁー!」
「一応見に来て正解だったわね・・・。」
なんとか脱出できたのはそれから10分後。
様子を見に来たエミリアのフライパンの一撃でチャルナはベットに沈んでいた。
「チャルナが行くとこまでいかないで、ずっとベタベタしていたおかげで助かった・・。」
「たぶん、気持ちは高ぶっちゃったんだけど、そこからどうするのかわからなくて、それでそうしていたんじゃないかしら?」
「・・・そうか。そもそもネコだし、まだガキだからな。いつもと違う体をうまく使えるわけじゃないのか。」
なんにせよ助かったわけだ。
生命的にも操貞的にも。
「わふー。惜しかったねー。」
「す、すごくドキドキしましたー・・。」
・・・・待て。ちょっと待て。
「・・・・お前らいつからそこにいた?」
「えー。ずっと居たよ?」
「す、すみません。」
新しく追加したベットからヴィゼとフィルシアが顔を出している。
もしかしてこいつらずっと見ていたのか・・?
「なんで助けなかったんだよ!?」
「いや、だってあたし達も獣人だよ?いくら発情していたからって、嫌いな人に迫るわけないって知ってるし。チャルちゃんの気持ち優先させてたわけさ!」
「覗くのはやめよう、って言ったんですよ?」
「ウソだー!フィーだって興奮しながら見てたじゃん!」
「ち、違うんです違うんです!私そんなはしたないことしてません!興奮してません!」
顔を真っ赤にしているフィルシアとそれをからかうヴィゼ。
・・・・そうか。そういえば同じ部屋だった。それはつまり最初からこの部屋にいたということで。
最初からこいつらのこと思い出していればさっさと解決していたということで。
「なんだかなぁ・・・。」
色々な感情を含んだため息が一つ、体の熱を出すかのように抜けていった。