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発情

 それからは大変だったがしばらくすると慣れてきたのか生活のペースが安定してきた。

 俺は学校生活と冒険者生活の両方をこなしながら強くなる方法を模索している。

 ヴィゼ、フィルシアはマスコット的な立ち位置を確立していた。服を揃え、薄汚れた体を洗い、乱れた髪を整えると2人ともタイプは違うが美少女と呼ぶにふさわしい容姿になった。今では彼女らを目当てに来る客で以前より宿泊客が増えて、従業員を増やしたのにもっと仕事がキツくなるという笑えない状況に陥っていたが・・。まあ繁盛しているようなので良しとするか。しかしロリコンが多いのかここは?


 2人に俺が王立学校の生徒だと告げると、ひどく驚かれた。

 学校に行けるのは、貴族の子供か、大商人の子供だと決まっている・・・わけではないが、高い授業代を払えるのがそのくらいの者達しかいないので実質、そういう風になっている。俺の授業代はダリア家のほうで払ってくれているはずだ。情報を握り、統括しているのは学長だけらしいが、本当に学長一人で膨大な計算を済ませているのか疑問に思う。

 制服で服装を統一しているのは、服装で貴族か、そうでないかを見分けるのを防ぐためらしい。貴族といっても地方の貧乏領主とかも居るから一概には言えないが。


 思考が逸れてしまったな。

 チャルナは目論見通り俺についてくるより、ヴィゼ達といることを選び、そのまま宿の手伝いをしている。獣人3人娘は何が楽しいのか毎日笑いながら仕事をしているようだ。俺からすればやかましいのがいなくなって動きやすくなったが、たまに服がブカブカになったように感じられて微妙な気分を味わっている。




 そんな毎日を送っていたが、最近様子が変なのがいる。


 チャルナだ。


「マスター。マスターッ。えへへ。まぁすたぁー。にゅふふ。」


 今日も普通に食堂でメシを食っていたが、チャルナはやってくるなり俺にもたれかかって砂糖菓子のような甘い蕩けた声を出していた。

 いつかのように相手していなかったから余計に甘えているのかと思ったが、それにしては変だ。あの時はネコだったが体を押し付けて来ることはあってもこんな声は出さなかった。

 いつもの癖で頭に手を伸ばすと顔を赤くしながらされるがままになっている。しかも――――


「ん・・・。あふ・・。んにゃう。あ・・んん。ハァ・・ハァ・・。ますたぁー・・。」


 しばらく撫で続けると呼吸が早く、というか荒くなり始める。瞳もトロンとして口が半開きになっていた。これはどう見てもおかしい。


「フィルシア。お前、チャルナになんか変な病気移しただろう。」


「いきなりひどいですッ!?」


 給仕をしていたフィルシアに声をかけると何故かひどく驚かれた。

 いやだってどう見てもここに連れてきたときのお前に似てるだろ。と思うだけでなく口に出して言うと頬を染めてボソボソとしゃべる。


「ううう・・・。忘れてくださいって言ったじゃないですかぁ・・・。あの時はホントにたまたまおかしくなってたんですってばぁ・・。」


「そのおかしい状態にチャルナがなっているから聞いている。具体的にこれはどういう状態なんだ。」


 これ、と言いながら俺の膝にもたれかかってビクンビクンしてるチャルナを指差す。しばらく撫でていたら急に力を抜いてくたぁ、と倒れ込んできたんだ。少し体が熱いみたいだから病気を疑っているわけだ。

 フィルシアはテーブルに遮られて見えなかったようで周りこんで覗き込んできた。

 と思うと顔を真っ赤にしてワタワタと慌て始めた。


「ふぇ!?私と同じで『これ』って・・・きゃあッ!言えるわけないじゃないですかッ!ご主人様のヘンタイ!」


「はぁ!?」


 急に叫んだかと思う走り去ってしまうフィルシア。呆然とその場に座っていたが周りの視線で我に返る。・・・何なんだいったい・・・。

 というかお前にだけはヘンタイと言われたくない。


「いやぁー乙女にそんなこと言わせようとするとは。大した変態力ですな。」


「なんだその変態力って。というかお前も知ってるなら教えろよヴィゼ。」


 テーブルの向こうで目から上だけを出してこちらを見ているヴィゼに声をかけた。が、またしても顔を赤くする。


「あ、あたしがいくらサバサバしてるといってもそんなことは言えませんなぁ・・。」


 こそこそと沈み込むように見えなくなってしまった。いやまあしゃがんで逃げただけなんだろうが。

 なんでこんなに恥ずかしがるかわからない。しょうがないからエミリアに聞くか。今はいないようなのであとにするか・・・。力なく横たわるチャルナを背中に背負い、食堂を離れて部屋に向かった。




「た、たぶんチャーちゃんは、その・・・は、『発情期』に入ったんだと思うのッ!」


「――――・・・・・は?」


 衝撃的な言葉が顔を真っ赤に染めたエミリア(18歳彼氏なし)の口から飛び出した。おかげで一瞬言われたことを理解できずにフリーズしてしまう。

 エミリアはリンゴ色の顔のまま「うぅー」とうなっている。


 はつじょうき・・。

 発条機・・・・。

 撥条機・・・。

 いや『発情期』か!


 え、でもそういうのアリなの?ファンタジー物だと無かったことにされてるし、あるとしたら薄い本くらいのものじゃないの?

 というかチャルナが?|そういうことしたくなっちゃってるのか?そう考えると今の状態も理解できる、か。いやまて・・・・・。



 だいぶ混乱している俺にまだ顔の赤いエミリアが説明してくれたところによると獣人の一部でそういう状態になる人がいるそうだ。普段はなんてことないそうだが、年齢、体の成長、月齢、あとは季節の関係でそういうことになってしまうらしく、この宿でも獣人の客がいる関係で知っていたらしい。

 そういえば過度にスキンシップとって来たり、いつも一緒に居たがるのはその兆候だったのかもしれない。


「男でもなるんだったらお前ヤバくないか?」


「だ、だからそういうのを抑える薬があるんだってば!力も強くて理性が弱くなるから危険なのよ!」


「なら早くそいつを買ってこないと!」


「あたしどこで売ってるか知らないわよ!それにもう夜遅いんだし閉まってるわよ!」


 なんてこった。同じ部屋で悶々としてる女の子と眠ることになるのか・・・。普通なら喜ぶところかもしれないが、俺には『あれ・・』がある。もし同じ部屋で積極的になってる子と接している状態であれが来れば・・・。


「最悪死ぬかもしれないな・・・・。」


「え!?そ、そんなに激しいプレイをするつもりッ!?」


 横のおマセさんの言ってる戯言を聞き流す。マズい。ある意味死活問題だ。それも文字通りの意味で。




 今日はとりあえず野宿することに決め、こっそりと部屋に荷物を取りに帰る。今は夜遅く、起きているのは一部の者のみだ。

 部屋の前まで来たところでふと思いついたことがあった。


 チャルナは俺のこと異性として好き、なのか?


 たまたま今は発情期で最も近くにいる対象が俺、ということで迫られる危険があるのだが、もし発情抜きで見た場合、俺という人物はチャルナの目にはどう映っているんだろう。


 保護者?

 契約者候補?

 それともただの同居人?


 いつも連れ回しているのに今までこんなことを考えもしなかった。俺からしたらアイツはただのペットだ。【変化の輝石】のおかげでアイツがネコから女の子に変わってもそれは変わらない。



 だが、チャルナから見たら・・?

 ・・・いくら想像してもわからなかった。これかもしれない、という候補が多すぎて絞り込めない。

 好かれている、というのは分かるが果たしてそれが『親愛』なのか、『敬愛』なのか、はたまた『恋愛』なのか。


 前世でいくら本を読んでも、いくらゲームの中で体験しても。それが現実の人物に当てはまるか、と言うとそういった経験の乏しい俺には判断がつかない。




 もし、チャルナのそれが発情に関係なく、そしてその感情が『恋愛』のものであったなら―――――。


「俺はどうすればいいんだろうな・・。」


 求めに応じてあいつと恋仲になるのか、それとも拒絶して突き放すのか。

 とにかく今の関係が壊れるのには間違いないだろう。


 保護者で契約候補で同居人。

 今の関係はそのどれでもあってどれでもない。変化してないがゆえにその全てを内包するのが今の立場なんだ。

 ちょっとしたきっかけでこの状態は変わるだろう。それを惜しむ気持ちが湧き上がる。

 惜しむくらいにはあいつとの関係を気に入っていた、というのは確かだな。


 まだあいつの気持ちを確かめたわけではない。だから心配しすぎといえばそれまでだった。俺のただの妄想だからな。

 だけど・・・。


「なんとかまーるく収まる方法はないかねぇ。」


 そう、窓からのぞく夜空にぽっかりと浮かぶ満月のように丸く・・・・。


 ・・・・。


 ・・・ッ!?


 満月・・!?


「しまッ・・・!?」


 気づいた時には遅かった。いつの間にか開いていた扉から細く華奢な腕が伸びる。

 それは俺の服を掴むと部屋の中に引きずり込んだ。


 そしてその勢いのままベットに放り投げられる。


「――――がはッ!」


 衝撃で肺の中の空気をすべて吐き出してしまい、咳き込んだ。




 マズい・・!

 マズい!マズイぞッ!


「ますたぁー・・。熱いよ・・・。カラダが熱くてタマンない・・・。おかしくなっちゃいそうだよぅ・・。」


 ゆらり・・・、と、薄暗い部屋の影からチャルナが進み出てくる。かすかに入り込む月光が照らす体は何も身につけていない・・・・・・・・・・。ほっそりした体躯にまだ育ち始めたばかりの初々しい特徴が浮かんでいる。よほど興奮しているのか赤みがかった肌がなんとも淫靡だった。

 進み出てくるうちに顔の部分まで光で照らされるが、その瞳には一片の理性も無かった。欲望に満ちた目でこちらを眺め、真っ赤な唇で舌なめずりをしている。どう見ても年相応の少女の顔ではなく、それは捕食者のそれ・・だった。

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