表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/198

扇動

「はーい。では今日は『ブーケ』の日ですからねぇ!男子諸君は頑張ってくださいねー!」


 ミゼルのそんな一言で今日の学校のホームルームは始まった。入学から1ヶ月経った今でもこの先生のエロさには慣れないな。

 しっかし『ブーケ』の日?なんだそりゃ?

 困惑する俺をよそにクラスの連中はザワザワと騒ぎ始めた。どうにも事前に知らされていたらしい。俺だけか。聞いてないの。


「一応説明しますとねぇ、『ブーケ』の日は街中に出て行って女性に声をかけてくる日なんです。魔法ツガイになるにはそういう経験も必要ですからねぇ。ところどころに先生方が待機していますから、そこに女性を連れてきてください。あ!無理矢理は絶対にダメ!ですよぅ。」


 ・・要は『街に行ってナンパしてこい』ってこと、か。普通ならそんなことはむしろ禁止すると思うんだが、ここはワライラ王立学校。普通じゃない。なんでも毎年やってる度胸試しのような行事のようだ。

 『ブーケ』とはつまり花束。女性を花に例えていっぱい集められるようになれ、ってことらしい。

 ちなみにやるのは男子だけで、女子は学校で秘密の勉強会らしい。

 あー・・。小学校の頃に男子だけ外で体育していた時があったが、ああゆう・・・・カンジか。





「まあ、真っ当にやる訳ないわな・・・。ふわぁ〜〜ッ、と」


 俺は今、南の街に来ていた。『ブーケ』の範囲は北と東の街。ここは範囲外だ。

 欠伸をしながら通りを歩く。

 せっかく大手をふってサボれるんだ。この機会を逃す手はない。そう思って教師の見張りのない南に来たわけだが・・・。


「なんつーか・・汚ねーな。」


 王都は王城を中心とした円形をしている。中心部に近いほど生活のランクが上がっていく。なので内部が貴族や大商人の家、外縁部が普通の人の生活圏になっているわけだが、その中でも格差は生じる。

 王都の北と東には他の街への街道があるので自然と商店や宿屋が集まる。経済も活発になり平民の中でも生活ランクはわりかし上のほうだ。

 冒険者ギルドも東街にある。これは強い魔物がいるとしたら未開地に近い場所になるからだ。万が一、大量発生した魔物が王都に来たら冒険者は防衛に当たらなくてはならない。すぐ近くが海の西や、断崖の近い南で大量発生はしないだろうから自然と東になったらしい。


 その点、南は特に利点がないため、いつの頃からか低所得者が集まりスラムに近い雰囲気になっていった。

 王都の北は商店が多い。東が冒険者が多い。西は漁村で魚が多い。最後に南は危険が多い、と。

 実際、何人かスリが俺を狙っていたようだがあまりに身長差があるので成功せず、そのうち暴漢を適当にあしらう姿を見て諦めた奴が多いらしい。まあ今しがたその諦めなかった奴をふん縛って聞いた情報だがな。

 どうにもこの制服のせいで目立っているようだ。ブレザーを脱いで荷物にまとめ、スリの奴から奪った服を着た。サイズが違うのでなんとも奇妙な姿になったが気にするやつはいないだろう。服の中にいたチャルナが俺の肩の上に登って一声鳴いた。別にそこにいてもいいが落ちそうになったからって爪立てんなよ?この服防御力低そうなんだから。




 比較的大きな通りを選んで南下して来たが歩いているうちに大きな広場のような場所に出た。野球場ほど広さがあるそこでは、どこかの教会による炊き出しが行われているようだ。所々に煙が上がり、みすぼらしい格好の者達が並んでいる。どいつもこいつも腹をすかせてギラギラした視線を放っていた。

 明らかにこの街の住人ではない証に、綺麗な服・・・それも法衣、というやつだろうか。一定の規則性のある服を着ている。男が多いが女性もいる。体の線が出ないような服を着ているがそれはそれで退廃的なエロスがあるよな。


 ――――ザザザッ


 うおッ!?これでもアウトかよ!

 クソッ!まともに美術鑑賞・・・・もできねぇ!


 シスターらしきひとたちから視線を逸らすと耳鳴り、というかノイズは聞こえなくなった。やれやれ、厄介な体になったもんだ。

 視線を向けた先ではひとつの旗が風を受けて翻っていた。そこには指を組み合わせて祈る乙女・・・・の紋章が描かれている。

 確かあれは『聖女教会』の紋章だったはずだ。詳しいことは知らないが、災厄からの救済を教義に掲げた宗教だ。なるほど、こんな治安の良くない場所で炊き出しなんてするのはこいつらくらいか。

 この国に関わらず、同じような宗教は各大陸にあるらしく、国が戦っている時でも教会は独自の連絡手段でやりとりをしている。おかげでそれなりの権力があるらしく、戦争時は教会は不可侵領域に指定され、一切の戦闘行為を禁止される。まあそれも絶対ではないらしいのでどれほどアテになるかはわからないが。戦争時は『間違い』『勘違い』という便利な言葉が活用されるのはどこの世界も一緒だろう。

 昼が近いせいか俺も腹が減ってきたので空いてるところに並ぶ。料理は何かのスープらしい。ようやく自分の番になったので受け取ろうとしたら別の列から怒声が響いた。


「汚らわしい獣人めッ!お前らが聖女様の施しを受けようなど烏滸がましいわッ!」


 咄嗟に振り返ると、いかにも成金趣味、といった服装の小太りの男が2人の少女相手に喚き散らしていた。首元にはキラキラ光る金の首飾り。振り上げた拳にはまばゆいばかりの宝石を嵌めた指輪。どう見ても聖職者ではないのだが、下に着ている服が『聖女教会』と同系統なので高位の司祭のようだ。今もがなり続けているがそのほとんどは獣人批判のようだ。

 配給のシスターに声を潜めて聞いてみる。


「なあおねーさん。あの男はなんなんだ?」


「あの方はね、最近中央で、でっかい横領やらかして左遷されてきたの・・。もともと強欲で煙たがれられていたから、一気に失脚しちゃって今は獣人相手によく怒鳴っているのよね。」


「なんで獣人に?」


「かなり昔の教典に『獣人は敵だ』って書いていったんだけど、それを信じきってる一派がいるのよ。解釈のミスだからって教皇にたしなめられたんだけど、未だに信じてるらしいの、あの人。」


「ふーん。ありがと。」


 スープを受け取って礼を言い、列を離れる。

 聖職者を名乗るいけ好かない野郎、というのは分かった。理不尽な暴力を振るう者だというのも。

 ――――気に食わないな・・・・・・・

 面白半分で石でも投げてやろうか、と思って何かないか懐を探る。


 そういえば・・・。

 ふと思いついて荷物から『変化の輝石』を取り出した。



 こいつには人間以外を人化させる力がある。

 ネコのチャルナはネコの獣人に。

 ラットのラティはネズミの獣人に。



 ならばもともと人に近い獣人なら・・・・・・・・・・?



 自然に笑みが浮かんでくる。これを使ってどうこの場面を引っかき回すか、思考が高速で回転し始めた――。






「このッ!このッ!貴様らは聖女様の敵だッ!それをノコノコと現れおって!」


「そうだー!その通りだー!いいぞーもっとやれー!」


 獣人の少女をキラキラした杖で殴ろうとする司祭に後ろから声がかかる。憂さ晴らしなのか気軽な気分で応援しているやつも結構いる。

 獣人の子は片方が腰が抜けて動けないようで、もう片方の犬耳の子が前に出て杖の的になっている。とはいえ、司祭の腕が悪いのか、少女の運動能力がいいのか、なかなか当たらない。その様子にますますヒートアップする司祭、荒くなった攻撃を必死の形相で避ける犬耳、という構図だ。

 なんつーか見てる分には間抜けているが・・・。当人たちは必死だ。


「いいぞ!もっとやれ!」


「あてろー!」


 景気よく声を上げている連中に混じって拡声の魔法を使って声を張り上げた。




「そうだー!殺せ!手足切り落として食わせてやれ!目をえぐって耳に押し込んでやれ!腹かっさばいて引きずり出せ!」



 その瞬間、今まで上がっていた歓声がやむ。周りの奴らは信じられないようなものを見る目で俺を見ている。司祭でさえも杖を振る手を止めて目を丸くしていた。

 こいつらにそんなことをする度胸はない。ただ日常から外れた『暴力』に酔っているだけだ。本当に憎いと思っているのはひと握り。大抵は適当にボコボコにして終わりだと思っていたんだろう。今や広場は水を打ったように静まり返っていた。ドン引きである。


「どうしたぁ!やらないのか!こいつらは神の敵なんだろう!?」


「いや、だって、なあ?」


「そ、そうだよ。何もそこまですることないだろ・・・。」


「何を言う!こうして偉い司祭様が仰っていられるんだ!『獣人は敵だ』と!間違いなわけあるか!」


「お、おい!落ち着けよ!」


「どうした貴様ら!臆するのか!・・もしやお前らも神の敵か!」


「い、いや!違う!違うよッ!」


「ええい!話にならん!司祭様!ここは俺にやらせてくださいッ!」


「え?あ、ああ!そこまでいうのならやらせてやろうッ!」


 人をかき分けて群衆の前に進み出た。みんな気味の悪いものを見るようにしてよけていくのでずいぶん楽だ。

 怯えるウサギの耳の子と、それに寄り添う犬耳の子。先ほどの俺の声を聞いていたんだ。顔は真っ青でカタカタ小刻みに震えている。

 なんとも心苦しいが、大丈夫だ。もう少し待っていろ。


 いかにも役割を任せられて嬉しい、という風を装いながら近づく。犬耳の子が拳を突き出してきたが、それを掴み取る。


「なんだ!?ここから切り裂いて欲しいのか!?それともここか!?いいだろう!先にお前からやってやる!」


「ひッ!?」


 怯える犬娘の隙を突いて、そのポケットに『変化の輝石』を潜りこませた・・・・・・


 いつものように赤い光が湧き上がり、犬娘を包む。

 よし!いいぞ!そのままうまくいってくれ。


 全身を淡い光が包んで・・・。

 ボウンッ!


「わうんッ!?」


 よしよし。これでいい。やっぱりこうなったか。犬娘の頭を確認した俺は振り返って叫んだ。


「おお!こいつはなぁんてことだ!みんな見てくれ!こいつは『人間・・』だ!俺たちと同じ・・・・・・、人間だぁッ!!」


「わふ!?」


 驚く犬娘を俺の陰から押し出し、よく見えるようにしてやる。

 その頭の犬耳がなくなっている・・・・・・・・・・のを見てざわめきが広がる。


「お、おい!見ろ!あれ!さっきまで耳があったのになくなってるぞ!」


「尻尾もだ!どうなってる!?あの子は獣人じゃなかったのか!?」



 ――――・・ハマった・・・・



 くくく。いい具合に混乱しているみたいだな。さっきから笑いをこらえるのが大変だがまだ笑い出す訳にはいかない。

 プルプル震えそうになる指をなんとかまっすぐ伸ばして驚いてる司祭を指差してやる。再び拡声の魔法を使って声を張り上げた。



「そいつだッ!そいつが俺たちを騙してスープをケチろう・・・・としたんだッ!!

 見ろ!あんなに豪華な服を着て!きっと今までこうやって俺たちのメシ・・・・・・を掠め取ってたらふく溜め込んだんだよッ!」


「なにぃッ!?てめぇ!どういうことだッ!?」


「そういえば今まで普通に獣人でも食ってたよな!?急に『獣人が敵』だなんてやっぱりおかしい!」


「ならコイツの指輪とか、俺たちがもらってもいいんだよな!だって俺たちのメシ・・・・・・だったんだぜ!?」


「ひぃッ!?ち、違う!違う違う違うッ!これは儂の金じゃ!お前らみたいな貧乏人のものじゃないッ!寄るなッ!」


 民衆の強烈な敵意に曝されて慌てて後ずさる司祭。広場に集まっていた連中のほとんどが怒りと物欲に染まっている。何しろ相手は全身金ピカ。貰えるはずだったものがあれに変わっているならそれを欲しがるやつも当然いる。

 少し煽ったとはいえこうまでうまくいくとは思わなかった。諸々整合性が取れてないが興奮した群衆は気づかないようだ。司祭は青くなって逃げさだそうとしたが肥満体のせいですぐに捕まった。ざまあみろ。


「――――ーそいつを寄越せええええええッ!」


「俺のもんだあああああああああああああッ!」


「やめッ!?ぎゃああああああああああああッ!」


 おーおー。いい具合にボコボコにされている。服も触れたそばから剥ぎ取られていく。地球のバーゲンの時のおばちゃん集団を思い出すなぁ。

 さっきまでふんぞり返って暴力するっていたとは思えない醜態に腹の底から笑いがこみ上げてきた。もうこちらに注目しているやつはいない。これなら良いだろう。

 さっきまで堪えていたものが口を割って漏れ出した。


「・・・ぷッ!くくく!あはははっ!あはははははははははははははッ!」


「わうッ!?きゅ、急に笑い出したよ!?」


「えぅ・・・。ど、どうしちゃったんでしょう・・?」


 後ろから獣人の2人の困惑した声が聞こえて来るが今は些末事だ。

 ビクビクと震えるウサギ娘に肩を組み、暴動レベルの騒ぎの中心を指差す。先程までキラキラした服を着ていたブタ・・はもうパンツ一丁になってしこたま殴られ、蹴られて這いずり回っている。


「ぶははッ!見ろよあのツラァ!さっきまで『聖女様の敵だ〜』とか言ってたのに!くっくっく!『たしけて〜聖女様たしけて〜!み、みんながイジメるの〜ッ!』―――ぶはッ!あははははははははははははははははははッ!ひぃ〜ッひぃ〜ッ!たすッ、助けてくれ!笑い殺されるぅ〜〜!」


「うーわぁー・・・・。こいつサイッテー・・・。」


「だ、だめだよヴィゼちゃん。そんなこと言っちゃ・・。多分助けてくれたんだし・・。たぶん・・・・。きっと・・。」


「くふッ!ぶはは!くくく・・・。ダメだ!笑い死ぬッ!し、死んじゃうぅぅ〜〜〜〜ッ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ