悪役
「待ち給えユージーン!君はセレナに何をしたんだ!」
「・・・・。」
翌日、教室の中で例の『狼殺し』とやらに話しかけられる。どうせ昨日の屋上の件だろうがなんでコイツまでしゃしゃり出てくるんだ。
「別に。」
「嘘をつくなよ!昨日泣いて帰ってきたんだぞ!君のところに行ってくると言っていたんだ!」
ウザい。こいつもあいつも俺に向かってこなければ何も問題ないというのに、何故こうまで付きまとう。
正義感か?目つきが悪いから、俺を『悪』として扱って偽りの正義で悦に浸っているのか?
そのセレナは教室にいない。担任のミゼルに呼ばれて席を外した際にこのイケメンが突っかかって来た。ホームルーム前だったおかげでほとんどのクラスメイトが俺たちに注目している。
「俺に関わらなければ泣かされることもないだろ。お前からも言っておいてくれ。」
「なんだと!君のような出来の悪い生徒をわざわざ更生させようとしたセレナにそんなことを言うのか!?」
「誰がそんなこと頼んだ!俺に関わらなければ何もしないと言ってるのに付きまとうなよ!」
最初から俺が悪いと言い、見下すような態度を取るレオ。
ダメだ。こいつは俺の話を聞く気はないらしい。
勝手に正義を気取ってそれを押し付けてくる。まさに偽善者だ。
「正義の味方ごっこは俺のいないとこでやれ!ガキの遊びに付き合っていられるほど暇じゃないんだよ!」
「なッ!このボクがしていることを遊びだって!?」
大げさに驚くレオ。周りの連中もザワザワと騒ぐ。
「おい!あの野郎、レオにケンカ売ったぞ!」「態度の悪い奴だと思っていたが最低な野郎だな!」「善意の施しを断って女子を泣かせてその上、レオ様にあんな言葉を言うなんて!」「人間のクズですわね!なんでこの学校にいるんでしょう!?」
どいつもこいつも好き勝手言いやがる。
俺が何したって言う・・・。
――――ああ、そうか。
こいつらは今まで俺に怯えてきたヤツらだ。だが俺は実害を与えてきてなかった。授業を抜けても生徒に害はなかったわけだ。不安はあったかもしれないが敵意はなかった。
それが今回、クラスの一人が泣かされるという害が出た。それで今まで固まっていなかった気持ちが方向性を与えられて一気に加速したのか。
まるっきり悪役だな・・・。
今の教室は俺に対する敵意が渦巻いていた。
そこに――――。
「何事ですの!?」
「廊下まで声が響いてましたよぅ!何があったのですか!?」
事件の当事者と、一番偉い人が入ってきた。
セレナは向こう側につくだろうしますますうるさくなりそうだ。
セレナは騒ぎの中心にいる俺に気づくとビクッと震えていた。昨日の件が相当堪えているようだな。それを見てレオが口を開く。
「セレナ!こいつが君に何をしたか知らないがもう心配いらない。こいつはボクが倒してあげるから!」
「・・・良いだろう。好き勝手言いやがって。二度と俺に口出しできないようにしてやらあ!」
「――――待って!」
俺がレオの喧嘩を受けようとするとセレナが待ったをかけた。
なんだ?こいつには止める理由なんかないはずだ。レオが『狼殺し』だというなら憎い相手がボコボコにされると思っているだろう。もしかして昨日のアレでレオが傷つくと思って止めたのか?
「ユージーン。わたくしは貴方に謝らなければいけませんわ。」
「!?」
「せ、セレナ!?どうしたんだい?」
こいつが、謝る?俺に?
意味がわからない。
セレナは混乱する俺に申し訳なさそうな顔をすると頭を下げてきた。
「ごめんなさい。ユージーン。わたくし、貴方が怖がっていると思ってあんなこと言って。よりにもよって『女性が怖い』なんて言ったら怒るに決まってますわね・・。」
「・・・あー。そういうことか。」
こいつは俺が昨日怒ったのは『女が怖いと誤解していたせい』だと思っている。実際にはそのあとのセリフなのだが。
そして怖いと思っている対象に攻撃したので『女が怖い』という誤解が解けたようだ。
間違った推察の上に、さらに思考を重ねてもはや真実とはかけ離れた答えになっている。アホくさすぎてやる気が萎えてきた。
「・・・謝らなくていいから俺に関わるな。」
「それはできませんわ。わたくしは学級委員ですもの。なのでその勝負も認められません。」
「なッ!?考え直してくれセレナ!その誤解があったとしても君を泣かせていい理由にはならない!」
「勝手に人のことで勝負していい理由にもなりませんわレオ様。」
「くッ!だが・・・!」
こちらを睨むなよ。メンドくさい。どうやらこいつには敵視されたままのようだ。
本当にこいつらに関わっている暇はないんだ。さっさと退散するに限る。
「あとはいいな。俺は行くぞ。」
「ええ。本当にすみませんでした。」
「・・・もういい。」
見当はずれのことで謝られてもしょうがない。どうせ本当のことに気づくことはないんだ。水に流すか。
セレナはまだかすかに震えているから、昨日の事を吹っ切れたわけでもないのだろう。それでも謝ってきたんだ。
恐怖を抱えて、それでも自分のせいで争っているのを止めたくて。
レオの偽善よりはまだましかもな。
俺は教室を出ながらそう思った。
「・・・って!授業をサボることは許してませんわよッ!?お待ちなさい!」
「ちぃッ!バレたか!」