地雷
学校に入学して一週間が過ぎた。相変わらず授業には出ていない。居る場所は大体屋上か図書室だった。
朝登校してきてホームルームで授業内容を確認。
大体が面白い授業がないので屋上行って魔法の練習。
昼には図書室で興味深い本を漁り、読み、コピーしていく。ある意味この時間が学校に来る目的なので一番生き生きしているかもしれない。
午後の授業も屋上で以下同文。
放課後はギリギリまで粘って図書館に居る。
学校から帰ったら冒険者『ジーン』として金稼ぎ。ラットのラティの『警報』魔法のおかげで効率よく素材が集まる。
これが俺の一日のスケジュールだった。
どうにも学校の授業としては基本的な知能、教養がないと魔法ツガイになれない、という考えのもと、基礎的な授業に力を入れているらしい。俺が期待していたツガイの授業はだいぶ先から始まるようだった。
「クソッ!ロクな方法がねぇッ!!」
俺はこの学校に入学してきた目的、『強くなる方法』について調べていた手を止め、壁を殴りつけた。
俺が転生してきてから7年。ターブは『猶予は数年』と言っていたが、もう7年も経っている。俺も当初よりは強くなってきたとはいえ未だ常識の範疇を出ない。とても『世界に変化をもたらす』という化物に勝てる気がしなかった。
いくら地道に強くなるしかないとはいえこのままではマズい。焦りのままに剣を振るい魔法を唱えても倒せるのは魔獣ばかり。その魔獣も手ごわいとはいえ冒険者のグループなら倒せるわけだ。いくら経験値を溜め込んでいるとはいえ俺が強いとは思えなかった。
レベルの表示があればまだ目安にできたかもしれないがこの世界にあるのかも疑わしい。
せめて強力な魔法や鍛錬方法があれば、と藁にもすがる思いで本を漁ったが出てくるのは『魔法ツガイ』の戦果についてばかり。鍛錬方法も『2人の絆を強める方法』という傾向のものばかりで参考になるどころか邪魔ですらあった。
剣で強くなる方法も探したのだがわかったのはいくつかある流派のうち、本拠地があるのは別の大陸ということで残りは伝説や御伽噺のようなものしかなかった。そもそも鍛錬に何年もかかる。もたもたしているうちに怪物が襲いかかってくると確実に死ぬ。
かと言って手っ取り早い魔法もツガイになれない、という障害のせいで先に進まない。そもそも個人で使える魔法があまり研究されていないのが最大のネックであった。
そうなると魔法を自力で開発するしかないのだが・・・これも行き詰っていた。魔法陣の呪文の解析ができないせいだ。
以前魔法の改造を行なった時に魔法陣を電子回路に例えたことがあった。
あの時のまま例えるならば、魔方陣は回路、各部品までの魔力の通り道だ。俺がいじったのはここ。
だが呪文は言ってみれば電気部品だ。真空管や半導体にあたる部分で、これが魔法の機能を決める。しかし、俺にはこれの構造を解析することができない。
回路をイジってムダを無くす事は出来たが、機能自体を変更できないのが現状だ。
魔法弾はそれ自体に形状変化、性質変化、属性変化が組み込まれていたから改造が容易だったが、俺が強くなる為には根本から変える必要がある。
しかし呪文の解析自体、簡単なことではなくどの魔道書でも失敗の記録が残っていた。唯一できるとされていたのは『エルフの里』に行くこと。だがそれも他の大陸でしかも厳重に管理されている。
俺の状況は手詰まりに近かった。
「クソ!クソッ!クソォッ!!どうしろってんだ!!」
悪態をつきながら壁を叩く。八つ当たりでしかないのはわかっているがこの苛立ちを押さえておくのすら億劫だった。強化された筋力で殴りつけているので壁にヒビが入る。構うものか。
「にゃうぅ・・。」
チャルナがブレザーから出てきて鳴き声を上げた所でようやく我に返り、拳を止めた。ため息をついて壁を背にして座り込む。
滲んでいた手の甲の血をチャルナが舐めるのがわかるが動きたくなかった。
何のためにわざわざこんなところにまで来て、学生ごっこまでしているのか。成果が何もなくそんなアホな真似をしている自分がひどく滑稽に思える。
ここ何ヶ月かの苦労が一気に吹き出したかのように疲れてしまった。もうしばらく動きたくない。俺は項垂れたまま瞳を閉じた。
「ユージーン!貴方という人は!またこんな所でサボってたんですのね!」
ああ、またあいつの声が聞こえる。ほぼ毎日俺に噛み付いてくるセレナ。今はいつにも増して鬱陶しかった。
「・・・うるせぇよ。誰にも迷惑かけてねぇんだ。放っておけ。」
「そういう訳にはいきませんわ。わたくしあのクラスの学級委員になりましたの!これまでのようにはいきませんわよ。」
「・・うぜぇ。とっとと教室戻ってアホみたいに『レオ様レオ様』言ってろよ。俺に関わんな。」
「な・・ッ!ユージーン!貴方ケンカ売ってますの!?」
「売ってるのはテメェだろうが・・・!ここから消えろ!俺に近寄んな!」
今日はいつも以上に抑えが効かない。わざわざ俺の気分を害する奴を近くに置いておく訳が無い。
威嚇の意味で鋭く睨みつけると怯えたようにブルッと震えて後ずさる。
このまま居なくなると嬉しいんだが、セレナは何を思ったのか腰に手を当てて胸を張った。
「ふ、ふん!そんなに凄んでもダメですわ!ユージーン!貴方は女性が怖いんですのね?」
「はぁ?」
こいつ・・頭おかしいんじゃないか?どう見ても俺がセレナを怖がってるようには見えないだろう。むしろ逆だ。
なんでそんな結論が出たのか。セレナは自慢げに語りだした。
「貴方はミゼル先生を露骨に避けてましたの。そしてこのわたくしのことも。
クラスの男子はミゼル先生にメロメロですわ。あの方の美しさは少々下品ですがそれでも男性を惹きつけるものですの。
しかし貴方は避けている。それは貴方が女性を恐れているからではなくて?」
勝ち誇ったように言うセレナ。何から何まで間違い、というわけでもないが根本的に間違っている気がする。
こいつやっぱアホだ。
「ですからそんな風に睨んだってダメですの。貴方がわたくしを恐れているのでしたら触れないでしょう。
うふふ。あんなに偉そうな貴方がわたくしみたいな、か弱い女の子を恐れているなんておかしくて仕方ありませんの!」
「レオ様の『強さ』を見習ったらどうですの?」
・・・。
・・・・。
ああ、こいつはやっぱりアホだ。
わざわざ『強さ』を求めて足掻いている俺の前にしゃしゃり出て来て特大の地雷を踏み抜きやがった。
腹の底から先ほど発散した苛立ちが暴力衝動となって立ち上る。理性の枷が容易く弾け飛んだ。
怒りがこみ上げてたまらない。今まで理性でフタをしていた分、膨らみきった憤怒が限界を超えて吹き出たような気がする。
―――ザザザザザザッ
ああ、ムカつく。
目の前のこの女に、
俺にトラウマを植え付けたあの女に、
全ての女に腹が立ってたまらない!
心が怒りに染め上がり、目の前が赤く染まった。
気がついた時には強化した脚力で瞬時にセレナに近寄り、足を払って転がし、その胸の上にまたがっていた。
そして怒りのままに固く握った拳を振り上げて。
「え?ひッ!い、いやああああああああああああああああああああああああああああッ!」
「にゃうッ!」
腕に走る小さな痛みに少しだけ理性が戻る。
慌てて顔に直撃コースの拳を横に逸らした。
ガゴッ!
「きゃあッ!?」
鈍い音を立てて拳が床に手首まで埋まる。顔の真横に振り下ろされた暴力の強さにセレナが青ざめた。あのまま直撃していたらまず生きてはいないだろう。
フツフツと湧き上がる怒りの感情を押し込めて、低く唸るように声を出した。
「・・・俺に近寄るな。次はない。」
「・・・・・ッ!」
俺が体をどけると半泣きになったセレナはひどく怯えた表情をしながら走り去った。
・・これでアイツも俺に関わろうとは思わないはずだ。
この場からセレナが居なくなったおかげか先ほどの怒りは潮が引くようになくなっていた。
「――――チャルナ。助かった。ありがとうな。」
「うにゃ。」
俺の腕に噛み付いたままのチャルナに声をかけると短く返事が返ってきた。あの瞬間、こいつが噛み付いてこなかったらセレナを殺してしまうところだった。
先程までの尋常じゃない怒りはいったいなんなんだ。いくら腹立つこと言われたからってあれはやりすぎだ。
また前世のトラウマ関係か?
これも解決しないといけない。
「障害が多すぎるな・・・。」
ため息をついて穴やヒビだらけになった屋上を見渡す。
・・・これも直さないとなぁ・・。