狼殺しのレオ
「待ちなさいユージーン!ホームルームが終わったと同時に教室から出ていくとはどういう了見ですのッ!?」
「・・・お前は毎回俺に話しかけるときは怒鳴らないといけない決まりでもあるのか?」
「そ、そんなことありませんの!というか貴方が怒鳴られるようなことするのがいけないのです!それよりも質問に答えなさい!」
「そうですよぅ。ユージーン君?なんで授業に出ないのですか?」
トラウマ発覚から一夜開けて、普通に登校した俺。昨日と同じように早速サボろうとするが今日はそこに邪魔が入った。まぁいつもどおりセレナなのだが。その後ろには昨日の騒動の原因となったミゼルもいる。相変わらず色気たっぷりだ。じっくり見ていたいのだが地味に耳鳴りがするのが恨めしい。
ちなみに今は教室なので人の目が気になる。ある意味公開処刑なのだが・・・今更か。
「なんで、と聞かれてもな。程度が低くてついていけないからだが。」
「まぁ!思い上がりもいい加減にしなさい。この国最高の学校ですのよ?そんなわけありませんわ。」
「それこそ思い上がりだな。とにかく、興味深い授業まではサボらせてもらう。」
「そんなのはダメですよぉ?ほらぁ、こっちに来なさい。」
ミゼルの手が伸ばされる。昨日のことを思い出してしまった。
ごちゃまぜの感情が心の中を占めようとする。嫌悪。咄嗟にそれが伝わったんだろう。ミゼルの手が止まる。
見上げた担任の顔は困ったような笑顔のままだったが、今は余計に不気味に感じる。
「まだ先生のこと怖いですか?」
「・・・いいや。だが俺に触るな。近くに寄るな。」
「なッ!・・・ユージーン!いくらなんでもひどすぎますわッ!謝りなさい!」
「うるせぇよ。少し黙ってろ・・!」
「―――――そこまでにしたらどうだい?」
今まで黙っていたギャラリーの中からやけに気取った男の声がした。そちらに視線を向けると金髪の美少年がこちらに歩いてくるのが見えた。
なんというかいかにも『王子さま』って感じだ。実際女子の方から黄色い悲鳴が上がっている。
しかしこいつなんの要件だ?
「関係ないやつは引っ込んでろ。」
「いやいや。婦女子が頑張っているというのにここで見ているだけ、というのは名折れというもの。君も男なら彼女らに優しくしたらどうだね?」
・・・うぜぇ・・。
なんだこのフェミニスト。関わりたくねぇタイプの人間だ。
後ろのギャラリーできゃーきゃー言ってるが本気でこんなやつに人気があるのか?
・・そうか。ここは『魅力』も鍛える学校。モテるやつになるのが奨励されている場所だ。顔がよければ後は自然とフェミニストになっていくのか。あんなこと言ったら普通ならなにかしら反発がありそうな男子も憧れの目で見ている。
「レオ様。こんな粗暴な人間にそんなこと言ってもムダですわ。ユージーンも謝りなさい。彼は『狼殺し』ですのよ?あなたに勝ち目はありませんわ。」
「『狼殺し』?なんだそりゃ?」
「おやおや。困ったな。秘密にしていてくれと言ったじゃないか。いけない子だねセレナは。」
『狼殺し』、ねえ・・・。なんていうかショボそうなんだが・・。
俺の疑問に答えるようにセレナはその将来有望な胸を張って言い放つ。
「あれはわたくしが試験を受けにこの王都に来たときのお話ですわ。
ちょっとしたトラブルで夜に北の街道を走っていた時のことですの。突然灰色狼の群れに馬車が囲まれてしまってわたくしは怖い思いをしたのです。
護衛の騎士が1人2人と倒れる中、とあるお方が現れてわたくしを救ってくださったんですの!」
・・・・え?ちょっと待て。なんかすごく身に覚えのある状況なんだが。
試験の前、北の街道、灰色狼の群れ・・・どう考えても俺が遭遇した状況じゃねーか!?
こいつがあの時、助けた子かよ・・・。うわぁ・・・。
俺の困惑をよそにセレナの演説は続く。
「その方は10匹もいる灰色狼の群れに恐れず突入し、なんとお一人で倒してしまわれたんですのッ!
華麗に狼の攻撃を避け、一撃で斬り殺しながら舞うそのお姿はさながら偉大な英雄のようでしたわッ!」
セレナが腕を広げて興奮を表現しながら話す。後ろでやっぱりきゃーきゃー言っていたが今度はそこに男子の姿が加わっている。
というかまんま俺じゃねーか。レオとやらは話に合わせて名乗り出ただけのような気がする。普通に考えて何の改造も受けてない奴がそんなことできるとは思えない。
しかし、こいつの側からはそんな風に見えていたのか・・。
いやー。なんつーかそこまで言われると照れくさくなるな。英雄とか!そんなガラじゃなくても、こう、嬉しいっつーか。
この後は実は俺だ!と名乗り出て実力を示してやると俺の人気が鰻のぼりになっちゃったりして。
「その方はわたくしと同じ王立学校に入学すると仰っていましたわ!
とても優しく、公平で、誠実で、そして力強い方でしたわ!」
・・・あれあれ?なんか別人っぽい・・。
俺とあの子が交わした会話はとても少ない。しかもぶっきらぼうに言ったのでそんな印象になるわけがない。
――――これはマジで別人か。
そう考えるとさっきの照れくささが急に恥ずかしく思える。
うわー・・。勘違いかよ。俺ってやつは・・・・。
「貴方とはまったく違う紳士な方でしたわッ!それがこちらのレオ様ですの!」
セレナが俺に止めを刺しに来た。
もうやめて!俺のMPはゼロよッ!
指をビシッ!とこちらに向けてドヤ顔をしている。俺の方はリアクション取れないほど心にダメージが入っているのでしばらくそのままの状態で話を聞かされた。
曰く、入学式の日にレオに声をかけられて話しているうちにその紳士なお方の話になったそうだ。
そこでレオが名乗り出て運命の再会、という話を延々と聞かされた。
レオの方は終始、照れくさそうに微笑んでいる、というイケメンっぷりを発揮していた。
クソ・・。こんなイケメンってだけでも許せんのに、その上チート使った俺と同等とか何なんだよ・・・。
「まぁまぁ。すごいですねぇレオ君は。先生こんな優秀な生徒がいてくれて鼻が高いわ。」
「やはり素晴らしい方ですわ!」「カッコイイです!レオ様ぁー!」
「彼ほどの天才はいないな。この歳でそんなことができるなんて。」「オレ、どうしたら強くなれるのか聞いてくるぜ!」「バカ!女の子の口説き方を聞いてこいよ!」
「・・・・。」
俺?教室の隅で膝抱えて自己嫌悪ですよ。転生してきたからって自意識過剰だったらしい。
今の俺を見ているものなんて誰もいない。
・・・というかみんなセレナの演説に注意が行っているので今ならこっそり抜け出せるな。
俺は目立たないようにこっそりと教室を抜け出した。というか逃げ出した。
やったことはほぼ同じなのに、何故こんな惨めなことになっているのかと思うと情けなくてしょうがない。
その後、自分の失態を忘れるかのように、図書館でのブックコピーに励んだ。
目の端から涙がこぼれていたような気がしたが気のせいだと思うことにした。気のせいだから。
その甲斐もあってか図書室にある膨大な本の中から、魔法関係の本をフルコンプすることが出来た。
―――達成感なんて微塵も無かったが、な・・・。