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トラウマ

「うわああああああああああああッ!?」


「きゃあッ!?」


 とっさに手を伸ばして影を振り払うと、いつの間にか暗くなっていた視界が、霧が晴れるように明るくなっていく。

 先程までの悪寒じみた気配はもうない。荒く息をつきながら辺りを確認すると、尻餅をついているミゼルと、その後ろで怯えているセレナ。さっきの影はどこにも見えない。

 今のはまさか・・・。


「す、すいません。ユージーン君・・・。そこまで驚くとは思わなくて。え、えと、そのぅ大丈夫ですか?」


「・・・。今、何かここに居なかったか?」


「え?い、いいえ。私たちのほかには何も・・。」


「そう、か・・・。」


「あの、お顔が真っ青ですわ。早く保健室に・・・。」


 セレナが遠慮がちに声をかけてくる。

 実際、体に力が入らず体温が落ちているようだ。だというのに汗の量が尋常じゃない。その上先ほどの出来事に引きずられたかのように吐き気がする。どう見ても正常な体調だとは言えなかった。


「いや・・・、今日はもう帰る。」


「は、はあ・・。」


 ゆっくりと膝をついた状態から立ち上がり、玄関に向かって歩き出す。こいつらの要件は明日に回そう。図書館も今は後回しだ。今は落ち着く場所で休みたい。

 あっけに取られるセレナとミゼルを置き去りにしてその場を離れた。




「大丈夫ですかな?顔色が優れないようですが。」


「大丈夫じゃないから帰るんだよ・・・。いいから仕事してろ。」


 門のところにいる守衛が声をかけてきたが、今はそれどころじゃない。ゾンビだってまだ確かな足取りだろうと思えるほど足がフラフラしている。

 くそ、自力じゃキツいか。路地裏に身を隠すと、服の中に手を入れる。

 先程から服の中でモゾモゾしている存在を取り出した。今日、ずっと一緒にいたチャルナだ。懐から『変化の輝石』を取り出して首にかけた。


 ボウンッ!


「マスターッ!マスターッ!?どうしたの!だいじょうぶ!?しっかりして!」


「チャルナ・・・。まず、服を着ろ。」


「にゃ。わかった!」


 俺のシャツとブレザーを脱いで渡す。いそいそとチャルナが着ている間のわずかな時間でも座り込みそうなくらい足に力がない。

 人化したチャルナの肩を借りてなんとか宿に戻り、ベットに横になれたのはそれから一時間ほど経ってからだった。






「ふぅ・・・。」


 ベットで一息ついてようやく、ゆっくりと考え事ができるようになったのを実感していた。

チャルナは俺が病気だと思ったのか、おクスリ!おクスリ!と騒いで下に降りていった。多分、エミリアが宥めていてくれるだろう。ラティは食いすぎたのかぐったりしている。今、俺に話しかけてくる者はいない。これで思考に没頭できる。


 ――あの時。ミゼルが俺に接触しようとしたあの瞬間に聞こえた。そして重なって見えた金髪・・


『ホントは君のこと、ずっとうざいと思ってたんだ♪殺したいくらい』


「うぐッ!?」


 こうして少し思い出しただけでも俺の心を滅茶苦茶にかき回す、忌まわしい記憶。

 さっきのセリフと金髪、そして嘲笑う影。

 どれも覚えがある。


「未だに俺を縛るのか・・・ッ!あのクソどもはッ!」


 湧き上がった怒りのままにベットの横にあったテーブルに拳を叩きつける。普段ならこのテーブルくらい簡単に破壊できたが、今は力が入らず表面をへこませる程度に終わる。

 もう7年も前のことだというのに今も忘れられない。忘れられる訳が無い!

 上月祐次オレが死ぬ原因となった、あの事件。その始まりに俺は倉庫で拉致された。その時に俺をおびき出した女の吐いた身勝手な言葉が転生した今のユージーンオレを苦しめる。


 まるで呪いだ。


 あれが事件の始まりを告げた言葉。

 あれをきっかけにあの理不尽が始まったんだ。そのせいで俺は死んだ。

 性格すら変わったんだ。トラウマになっていてもおかしくない。

 だがこれまでその兆候はなかったはずだ。いったい何をきっかけにして表に現れた・・?


「あの状況できっかけになったのは――――『女』・・か?」


 そういえばミゼルの服装が顕著なセックスアピールになっていたのを強く意識していたな。下心満載で眺めていたが・・。

 もしそうなら性を強く意識するたびにあの幻覚に悩まされることになる。これはマズい。大問題だ。

 幸い、チャルナやエミリアと一緒に居てあの状態になったことはなかったから、俺の意識の問題なのが救いか。要は俺が欲情しなければいい話だからな。




「ましゅたー・・・。おくすりなかった・・。」


 部屋の扉が開いたと同時にチャルナが入ってくるが、薬が見つからなかったらしく、背中に雨雲でも背負ってんのかってほどドンヨリした空気をまとっている。顔も涙と鼻水で非道い事になっている。もともと、トラウマに効く薬なんて無いから当たり前なのだが。


「大丈夫だ。寝てたら治る。」


「ホント・・?死んじゃわない?」


「死なない死なない。ほら、顔拭け。」


「ん・・。んにゃ。」


 チャルナは俺の差し出したタオルで顔をぬぐい、何を思ったかそのままベットに倒れ込んでくる。そしてのそのそと俺の隣まで這って来ると寝っ転がって抱きついてきた。


「チャルナ?」


「・・・マスター。ホントに、ホントに大丈夫だよね?いなくなんないよね・・?」


「ああ。ちょっと疲れただけだ。死にはしない。」


 元々、幼いチャルナだが今は輪をかけて幼く見える。仰向けの状態から右にいるチャルナに体を向けると、手を背中に回して胸に顔を埋めてきた。子供特有の高い体温が、今は心地いい。やっぱりコイツだとトラウマは刺激されないようだ。これだけ密着してもあの耳鳴りは聞こえない。

 様子がおかしいチャルナの背を子供をあやすようにポンポンとゆっくり、柔らかく叩くとすぐに寝息が聞こえてきた。

 俺が弱っていたから不安だったのだろうか。ある意味コイツの保護者のポジションだからな。


 チャルナの体から干した布団のような、太陽の匂いがする。その匂いを嗅ぐと少しだけ気が晴れた。

 昼に帰ってきてまだそれほど時間は経ってないようだ。窓から日光が降り注いでいるがこのまま寝てしまおう。今はしょんぼりしていたチャルナも、明日元気な姿を見せれば安心するだろう。

 そう思って俺は目を閉じる。隣にいるチャルナの暖かな存在を感じながら眠りについた。

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