初登校
今日は記念すべき初登校日。もうすぐ登校時間だというのに俺はまだ宿の部屋に居た。
「お前は連れて行けない、って言ってるだろ。諦めろ。」
「前は一緒にいてくれたのに・・。やっぱり新しいオンナができたのね・・・?」
「どこの昼ドラだよ・・。誰だそんなこと教えたのは?」
「うにゃ。食堂にくるぼーけんしゃさん。」
最近、こいつと一緒にいる時間が少ないせいか、チャルナが俺にやたらと絡んでくる。
今は学校に部外者は連れて行けないから宿でおとなしくしていろ、と言ったら足に抱きついてきた。色々と柔らかい部分が接触してきて結構気持ちがいい。
ここでウダウダしててもしょうがない。俺は妥協案を出した。
「はぁ。しょうがないから今日はネコでいろ。んで、おとなしくしていること。それなら一緒に連れてってやる。」
「うみゃ!わかったー。」
『変化の輝石』を外してネコに戻ったチャルナはトコトコと近づいてきた。俺が抱き上げると制服の中に潜り込んでくる。
ワライラ王立学校の制服は白と赤を基調としたゆったりしたデザインのブレザーだ。子ネコが一匹入るくらいの隙間はある。
ラティに外出することを告げ、餌を多めに入れておく。もの凄い勢いで食ってるんだが帰宅まで持つんだろうか。宿の玄関に出てエミリアと軽口を交わしたあと登校、という流れになった。学校近くに来ると俺と同じく、寮住まいでない連中がちらほら見られるようになった。
なんというか、いかにも学校の風景という感じがする。大学生だった頃から7年も経っているせいか妙に懐かしく感じる。
正直、勉強はキライだったが離れてみるとああした何気ない時間というのは大切だったんだよなぁ。大学ではレポートやらなんやらに追われて堪能できなかったんだ。今から存分に楽しんでもバチは当たらないだろう。
そう考えるとワクワクしてきた。俺は意気揚々とした足取りで学校の門に向かった―――――
「あー。だっりいぃぃぃぃぃぃ・・・。」
朝方のフレッシュマンな空気はどこに行ったんだろうか。エアーな人に吹き飛ばされたんだろうか。倒せないのか。
今の俺は学校の屋上で空を見上げている。ムカつくほど晴れ渡った空を見上げて寝っ転がっている。腹の上には丸くなったチャルナ。ちなみに今は休憩時間ではない。れっきとした授業時間である。では何故ここに居るのか。答えは単純。サボタージュしたのだ。
「あんな授業でやる気出せとかふざけてんのか・・。」
地球で大学生やってたおかげで授業の理解は早いほうだと思って今まで勉強していたが、これは予想以上に苦痛だ。
最初の内はまだ良かった。入学式(短時間で終わった)や校内案内では興味深いことが多かったが問題は授業内容だった。算数が四則演算ができれば卒業レベルとか、そういう授業レベルだったのだが、これが眠くてしょうがない。頭を使う使わないの話ではなかった。こんなことで時間を取られるくらいなら、と俺はここに来ていたのだった。
学校の屋上、とは言っても現代の地球のような場所ではない。何もないのは理解できるがところどころに投石器のようなものが置かれているのはなんなんだ。どちらかというとこれは・・・砦、か?恐らく戦時には砦の役割を期待されていたんだろうと思しき箇所がいくつかある。
まぁ魔法ツガイなんてのを使うのはそれこそ戦争時くらいなんだし、魔法ツガイ育成校たる王立学校にこれがあるのは理解できなくはない。
さて何して時間を潰そうか・・・。一応、自分が未熟だと思う授業なんかは出るつもりだが、しばらくはこうして屋上暮らしだろうな。
ふと、拳銃型魔道具を取り出す。
そういえば月光青熊の時にたいしてダメージを与えられなかった気がするな。足を止めにはなったが他の魔獣のように一撃、というわけにはいかず、結局、『武器精製』で作った斧で断ち切ったんだが。
多分あれはナイトライトベアの堅固な皮に阻まれて、内側にまでダメージが及ばなかったのだろう。それを突破するには・・・。
「よし。改造するか。まずは・・。」
拳大の弾をもっと細く、もっと固く。
細く細く引き伸ばして棒状になるようなイメージで練りこんでいく。性質変化でさらに直進のイメージを追加する。
試し撃ちの的は・・あそこの木でいいか。
「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を撃つ 破敵の弾丸 いざここに』」「『魔法弾』」
淡く輝く光が一条、屋上から見える木の幹に向かって伸びる。
バシュッ!
「・・・。」
木の幹、ぶっとい中央部分が消し飛んだ。
貫通力を上げすぎて弾が触れた部分をえぐり抜いたんだろう。ちょっと人に使うとマズい仕上がりになった。完全にSFのレーザーじゃん・・・。
いや、これはこれで使えるんだがな。そこそこ太い木を貫通する弾とかをちょっとした思いつきで作ってしまったんで驚いただけだ。
せっかくだから弾に刻んでおくか。
昼まで屋上でこのレーザー弾を各属性分、刻んで過ごした。
「さぁお楽しみの図書館ですよー♪、っと。」
メシを食堂で済ませた俺は廊下を歩いていた。
向かう先はこの国最高学府の頭脳。人の英知の結晶。夢の世界への扉。
そう!図書館だ。
最近はすっかり娯楽小説専用になってしまったが、俺の持つ『異世界ノススメ』にはブックコピーの能力がある。
コイツさえあればいつでもどこでも・・・・。くくく。本当にいいもんをくれたぜあの野郎は。
『ススメ』に図書館の莫大な蔵書をコピーできれば、ラインナップはさらに増える。そこには俺が現在行き詰っている『強くなるためのヒント』が必ず含まれているはずだ。半分以上は趣味のためだが。
ある意味このために俺はこの学校に、というか王都に来た、といっても過言ではない。
知らず、口から笑いが漏れていたようだ。すれ違う生徒が驚いているが気にしてはいられない。
「待ってろよー。子ネコちゃーん。隅から隅まで調べ尽くして読み尽くして――――」
「見つけましたわよユージーンッ!」
「そうですぅ。待ちなさいユージーン君!キミは今までいったいどこに―――ー」
「――――ああ?」
「「ひッ!?」」
誰だ俺の素敵時空を乱そうとするバカは?そう思って声の方を振り返る。
そこにいたのはいつものお邪魔虫と、赤い髪の女教師だった。なんだこいつら。口ぶりからするとわざわざ俺を探していたみたいだが・・。
「あー。誰だっけあんたら。名前忘れちまった。」
「セレナよッ!今日も教室で話しましたわよ!?」
「ミ、ミゼルですッ!ミゼル・ハイドランジアッ!自分のクラスの担任を忘れないでくださいぃ!」
その担任とやらは薄手で大きく胸元が開いた白いブラウスを着て、丈の短いスカートを履いている。足元は赤い靴。さすがにピンヒールではないし、赤い三角メガネでもないが明らかに性的な興奮を誘う格好・・要するに『魅惑の女教師』みたいな格好をしていた。なんというかこう、タイトルの後にサブタイトルで『秘密の〜』とか『放課後特別授業』とかつきそうな感じである。教室で最初に見たときは思わず凝視しちまった。まったく、目の毒だな。ありがとう御座いますッ!
顔にも化粧をしていて、その妖艶さが引き立っていた。いかにも『大人の女性』って印象だな。酒場とかに居そう。となりのセレナの幼さが残る顔と比べるとその美貌がひときわ際立って見えた。
こいつらのことは覚えていたんだが、今は気の焦りからついからかいたくなったんだ。他意しかない。
女教師の方はコホン、とひとつ咳払いをして気を取り直してから俺に声をかけてきた。
「ユージーン君。いけません。レディーに『お前』なんて使っては。モテませんよぅ。」
「いいんだよその気はないから。それより何の用だ?俺はお前らに付き合ってる程、暇じゃない。」
静かに怒りを込めてそう言い放つ。
――――早く、一分一秒でも早く、茶色く柔らかな背表紙を手のひらに包んで白く細やかなページに指を滑らせて官能的なまでに美しい文字の連なりに溺れたい。
なんてことを考えていると、先生の横にいたセレナが声を上げた。
「せ、先生に向かってなんたる口の聞き方ですの!?失礼にも程が―――」
「――――黙ってろ・・・!」
「ひぅッ!」
いい加減イラついてきたので睨みつけるとセレナは怯えてミゼルの影に隠れてしまった。
図書館は昼休みと放課後しか開いていない。午後の暇な時間を潰すためにも少しでも多くコピーしたかった。こんな漫才をしている暇はない。
ミゼルはひとつため息をつくと、かがんで俺の顔を覗き込んできた。満面の笑顔だが顔の位置が近い。それとともに胸の谷間がはっきりと強調されて視界に映る。なかなかの大きさだ。まったく、こいつはわざわざこんな格好してきて生徒を誘惑するのが目的なんじゃないか?
その瞬間、俺の耳にかすかなノイズのような音が入り込んできた。
――――ザザザッ
ん?これ耳鳴り、か?
俺の疑問をよそに、ミゼルは話しかけてきた。
「ユージーン君。そんな態度はいけませんよぅ?もしかして女の子が怖いからそんなことを言っちゃうのかなぁ?」
ミゼルが何かを言ってるのが聞こえるが俺の意識は別の方向に逸れていた。
『〈ザザ〉ホン・・君のこと〈ザザザザザザ〉と思って・・んだ〈ザッ〉』
なんだ?耳鳴りの向こうで何か・・・というか誰かが喋っているのが聞こえる。それはひどく聞き取りづらく、だというのに俺はそれを知っている気がした。
それを思い出そうとすると、得体のしれない感情が湧き上がる。
俺はこの声をどこで聞いた?
「なぁ何か・・聴こえないか?」
「・・・?いいえ。何も聞こえないですわよ?」
「私もです。・・・ユージーン君?顔色が悪いですけど大丈夫・・・ですかぁ?」『〈ザザ〉ホントは君のこと、ずっと〈ザザザ〉と思って・・んだ〈ザッ〉』
それは同じ言葉を繰り返しているように聞こえる。周囲を見渡すが廊下には俺たち以外いなくなっていた。声の主はセレナじゃない。目の前のミゼルでもない。
どこからか聞こえて来る言葉が徐々に明瞭になって、ミゼルの言葉と重なって聞こえて来る。
なにか、酷く気持ち悪くなってきた。知らず、手が震えてくる。
必死に吐き気をこらえた。ここから早く去らなければ、という強迫観念じみた思いが湧き上がる。
「ちょ『〈ザザ〉ホントは』と、ユージー『〈ザッ〉君のこと、ずっと』本当に体ちょ『〈ザザザ〉と思ってたんだ〈ザッ〉』」
ミゼルの発言に被せるように音がなる。もうほとんど彼女の声は聞こえない。段々ノイズがなくなってきた。何故かこれ以上聞いてはいけない気がする。
汗が吹き出し、膝から力が抜けた。立っていられずその場に膝をつく。
様子がおかしくなった俺に対してミゼルが手を伸ばしてきた。
その心配そうな顔が、まったく違う表情の誰かに重なる。よく見えないが、これは?
笑っている、のか・・?いや違う。こいつは―――
「ヒドイ汗です。熱でも『〈ザザッ〉ホントは君のこと、ずっとうざいと思ってたんだ♪〈ザザッ〉』
『殺したいくらい』
はっきりと耳元で囁かれるようにその言葉が聞こえた。
視界に映る赤い髪が、薄汚い金髪に変わる。心配そうな顔はこちらを嘲笑う影になった。