ギルドカード
「ったく手間ぁかけさせやがって。」
「ま、マスター・・。この人大丈夫?」
「死にはしない。死には。」
北の森の盗賊、その最後の一人を見下ろしながらそう告げる。この盗賊には手こずらせてくれたお礼として米、お湯、タワシをご馳走してやった。口からタワシの茶色がはみ出たまま白目でビクビク震えていたが大丈夫だろう。多分。
他の盗賊も死なない程度に痛めつけて縛ってある。後は衛兵に引き渡すだけで報奨金が貰える。簡単なお仕事だ。
「大丈夫ですかユージーンさ――――うわッ!?だ、大丈夫ですかこの人!?」
「シェルビーか。大丈夫だ。心配ない。そもそもお前がこの米とタワシ用意してくれたんだろうが。」
「確かに『なんか使えるモノないか?』って聞かれて手元にあったものを渡しましたけど・・・。まさかこんな使い方するとは・・・。む、酷い・・!」
なぜ俺が王都で別れたハズのシェルビーと一緒にいるかというと、盗賊に襲われそうな豪華な馬車を探していた時に、たまたまこいつが居た、というだけだ。
要はオトリとしてその豪華な馬車に付いて行って、盗賊が襲いかかってきたところを捕らえる、という至極単純な作戦だ。随分簡単にいって、かえって拍子抜けした。
「私はここで野宿して、朝を待ってから北の街に出発します。それでこの盗賊はどうしますか?」
「無論、引き摺っていく。」
「え?だ、誰がですか?」
「俺だがなにか?」
俺の言葉に力なく首を振るシェルビー。俺の非常識な提案に驚いてるのはまだわかるが、なんかこう・・色々諦めてる感が凄い。俺と会ってない時にこいつにいったい何があったんだろうか?
ちなみに俺が引き摺っていく、というのは比喩でもなんでもなくそのままの意味だ。シェルビーの馬を借りて実験したんだが身体機能上昇(中)で上昇した俺の脚力は馬の全力疾走に引けをとらない速さだった。スタミナに至っては全力疾走を1時間ほど続けても余裕がありそうだった。
「じゃあな。達者で暮らせよ。」
「ばいばーい。馬のオジちゃん!」
「あ、ああはい。また会う日までお元気で!ユージーンさんもそちらのお嬢さんも!」
盗賊の手にかけた手枷から伸びた縄を持つ。全員分なので13本ほどある。結構な太さだが問題はない。
肩に担ぎ上げてから歩き出す。肩に成人男性の重さ13人分が掛かっているはずなのに大して痛くないのはスキルのおかげか。
後ろからはズルズルと重いものを引きずるときの音がしている。盗賊どもはまだ気絶から覚めていないようだ。シェルビーからも見えない距離になったので今のうちにチャルナをネコに戻してローブの中に入れる
さて、本番だ。
問:果たしてこれほど重い荷物を引いた状態で俺はどれほど早く走れるのだろうか?
実験 スタート。
最初は小走りで、軽いジョギング程度の早さだ。
タッタッタッタッタッタ ザッザッザッザッザッザッ
肩に縄が食い込むがこれでもあまり負担は感じない。
スピードアップだ。
タタタタタタタタタタタ ズザザザザザザザザザザザ
今の状態だと少し重いくらいか。
「――――あつッ!な、なんだ!?どうなっている!?」「お、おいなんだこれ!?」「誰だ俺たちを引きずっているのは!?」
おや?重りが起きたようだ。まぁ今更逃げ出せないだろうから放っておくか。
さぁ全力だ。
ダダダダダダダダダダダダッ! ズザアアアアアアアアアッ!
「いだだだだだだだだッ!」「に、肉が!?肉が削れるウウウウウッ!?「痛いというか熱いッ!」
何か走っているうちに段々楽しくなってきたな。妙な充足感がある。
今ならもっと、もっと早く走れそうだ。もっともっと風のように――――
そう、俺は風になるんだッ!
「くッくくくくくくくッ!あはッ!あーはっはっはっはっはっは!」
「ヒィッ!な、なんか笑い出した!?」「あ、悪魔だ!人間にこんな速さで走れるヤツはいねぇッ!俺たちは悪魔に捕まっちまったんだああああッ!」「ひいいいいいッ!た、助けてッ!誰かこの悪夢から助けてくれええええええッ!」
「まだだッ!まだ行けるッ!俺の限界はまだ先にあるッ!その壁をッ!ぶち壊すッ!くふッ!くははッ!あははははははははははははははははははははッ!」
「「「ひいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃッ!?」」」
→状態異常:ランニング・ハイ
その後、夜が明ける前までに王都に着いて、無事に衛兵に引き渡したが、盗賊たちはボロボロの姿で衛兵にすがりついていた。そのあまりの様子にさすがの衛兵も引き気味で困惑しながら手続きをしていたな。そのあまりの狂乱っぷりに同情したのか、本来なら死刑のところを無期限の強制労働にされていた。
正直やりすぎたと思わなくもない。
実験の結果、全力疾走とほぼ同じ速さで2時間走り込んで息が切れるようになった、ということが分かったが逆に使いどころが分からないな・・。
翌日、俺は再びギルドに居た。昨日の襲撃をダシに交渉するために。
俺がカウンターに行くとエリーナが呼ばれて出てきた。別に指名とかしてないんだが・・・。
「あら?いらっしゃいませ。珍しいですね。あなたが2日続けてギルドに来るのは。」
「今日は報告があったんでな。ところで毎回お前が担当だな。他のはどうした。」
「・・最初も前回も私が担当だったんで、もうずっとやれ、と・・。」
「そりゃなんつーか・・すまん。」
「いえ。お仕事ですから。」
なんかこれからすることが一層やりづらくなったような・・。
心の中で謝りつつ、懐から2枚のギルドカードを出す。
「・・これは?」
「昨日、一般人の俺を襲撃した2人が持っていたカードだ。――――意味はわかるな?できれば上の人間と話がしたいんだが。」
「―――ッ!わかりました。呼んできます。しばらくお待ちください。」
しばらく待つと相談室らしき小部屋に誘導された。近くの部屋も同じ構造なのでおそらくここで依頼人とギルドで依頼の詳細を決めているんだろう。
俺が入った小部屋ではメガネの中年男性が座っていた。表情は固く、眼光は鋭い。その引き締まった体躯をギルドの制服に押し込めている。
どう見たって事務方ではなく冒険者側だろこいつ。
その中年は岩から掘り出したような口を開いた。
「エリーナ。そちらが今回の?」
「はい。そうです。」
「驚いたな。こんな子供が・・・。」
「ガキだろうがなんだろうが起こったことは変わらない。さぁ。交渉を始めようか。」
「・・・わかった。私はケルヒマン。このギルドの幹部だ、と思ってくれていい。」
「へぇ。幹部がそんなホイホイ出てきて大丈夫なのか?」
「事はそれほど重大、ということだ。」
イカつい顔を歪ませて苦悩の表情を作るケルヒマン。その後ろに立つエリーナも同じ表情をしている。
まあそうだろうな。武装した組織の一部が、非武装の一般人に危害を加えた、とあっては批判が出るのは当たり前だ。俺は非武装でもないし一般人でもないのだが。
地球でも軍人が一般人に手を出すのがたびたび問題になっていた。力を持っている、というのはそれが小さくても持ってない者からすれば十分に脅威だろう。
「まだ俺が申請したばかりだろ。それでアンタみたいな幹部が出てくるのはちょっと早すぎるんじゃないか?」
「昨日の時点で事は伝わってきている。君があの2人を倒したことも。」
とっくに把握済みだった、てことか。
必要なら昨日のあの場所に居た商人に証言させるつもりだったが、調べてくれたというなら手間が省けた。
ケルヒマンのセリフにエリーナが驚いている。こいつはあまり詳細を知らなさそうだな。
「まずは謝罪を。うちのギルドの者が面倒をかけた済まなかっ――「ちょっと待て。」―――なんだね?」
ケルヒマンの謝罪に割り込んで待ったをかける。ここから交渉の始まりだ。
「そちらさんとしては問題を大きくしたくない。表沙汰にしたくないはずだ。違うか?」
「それはそうだ。何人かの首が飛ぶ事態になるだろう。損失は避けられない。だが、君はいったいなにを・・・。」
「俺をギルドに入れろ。」
「「ッ!?」」
俺の提案に2人は息を呑む。一度は断念した話だが、今回ギルドの弱みになる部分が露呈したので利用させてもらう。
「俺がギルドの冒険者なら話は単純だ。非力な一般人に手を出したわけじゃなく、仲間内のケンカだからな。これなら大きな話にならなくて済む。」
「そんなッ!年齢が低すぎます!規定だと15歳から。あなたは半分にも満たない7歳じゃないですか!」
「ならば『エルフ』ということにすればいい。俺はギルドに来るときこのフードを外さなかった。誰も俺が『人』だと確認したわけじゃない。」
エリーナの興奮した言葉に冷静に言い返す。学校にバレないようにしていたことがここでプラスに働いた。確認が取れてないならいくら不自然なところがあったって何とでも言いくるめられる。
エルフは長命な種族だ。当然老化のスピードさえ人とは違う。
「しかし危険です!あなたは北の森にしか行ってないでしょう!?依頼にはもっと危険な場所に行くことだってあるんです!」
「もともと行こうと思っていたんだ。冒険者になれなかった、と言って行かなくなるわけじゃない。――――エリーナ。俺が冒険者に憧れて無謀なことをいうただのガキに見えるか?」
「そ、れは・・・。」
「ついでに言えば俺は立派な冒険者2人を相手にして勝ったんだが、それでもまだ不満か?」
「・・・冒険者は力だけの職業じゃありません。」
「そうか。少なくとも力は合格だな。」
うなだれて黙ったエリーナを視界から外し、ケルヒマンの方に向き直る。
俺とエリーナの会話の時も、こいつは黙ってじっとこちらを観察していた。こいつはどう出る?
「それでどうだ幹部殿?」
「いいだろう。ただ、条件がある。」
「聞こう。」
「君はその正体が知れてはいけない立場になる。なので『フードを外してはいけないこと』『その正体が明らかになるような行動を慎むこと』が条件だ。もし君の正体が公になったら、ギルドは君を書類を偽造して冒険者になった者として扱う。」
「―――それでいい。」
「・・・・。」
これ以上言っても無駄なのがわかったのだろう。エリーナは俺とケルヒマンの会話に口を挟まなかった。ただ黙って複雑そうな表情をしたまま俯いてるだけだった。
「本当に良かったんですか?このギルドの上級者でも怪我をすることは多いです。常に危険にさらされるのですよ?」
「言っただろ。『冒険者になってもならなくても』って話を。やることは変わらん。」
「・・・・本当に問題児ですね、あなたは。―――分かりました。ではこちらの書類に記入を。」
今は場所を移してカウンターで登録手続きをしている。名前は偽名を使う旨を告げてあるので遠慮なくつけさせてもらう。
『ジーン』
これが俺のギルドでの名前だ。『ユージーン』の短縮系、というか愛称なのだが、何故か俺に愛称を付けると『祐次』になるのできっとカタカナ野郎が何か細工しているに違いない。今回はそれを利用させてもらう。
「あとは・・・チーム名?俺は一人だぞ?」
「一応便宜的につけているだけです。合併したり分裂したり、あと、新しい人が入った時に気軽に変えられますから適当につけてくださって構いませんよ。」
「そうか・・・。なら―――」
サラサラと適当に書き付ける。思い出すのはさっきのエリーナの言葉。
「これは・・・本当によろしいのですか?」
「ああ。これでいい。ぴったりだろ?」
エリーナが俺の書いた用紙に目を落としながら尋ねてくる。俺の返答に困ったように笑っていた。
『問題児集団』
ま、今のとこ1人だけどな。
こうして俺は非合法ながらも冒険者になることが出来た。