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素材

 どうやら一度、『変化の輝石』を使うと動物状態に戻っても言葉が分かるようだ。アラートラットのラティ(後で名前をつけた)は俺の言葉に従い、鳥カゴの中でおとなしくしている。今は宿の中だ。もっとも、少しでも外に出ると飢えたチャルナの餌食になるからしょうがないのだろうけど。


 そのチャルナは、と言うと、俺の隣でむくれている。


「うにゃ。最近、マスターのあたしの扱いが雑だよぅ。」


「それはお前が語尾に『にゃ』ってつけてないからだ。」


「ホント!?付けたら可愛がってくれるかにゃ?」


「ウソだ。だから可愛がらない。」


「にゃあああッ!?」


 昨日、宿に戻って人化してからというもの、翌日の朝になってもずっとこんな調子だ。縛って荷物に放り込んだうえ、ラティをお預けしたのをずっと根に持っているのだ。ラティのことはこれから必要になるから、あいつも俺のペットだから、と言い含めてカゴの中にレモンを入れてようやく諦めたようだ。

 機嫌については後で何か買ってやれば直るだろう。

 そう思いながら俺は宿の扉を開けた。



 今日は貯まった素材を売りに冒険者ギルドに向かう。ついでに北の森以外の狩場について詳しく教えてもらおうと思っている。

 以前のようにギルドの扉を開ける。とたんに中の喧騒が外に漏れ出す。いつ来ても騒がしい場所だ。

 中に足を踏み入れると視線がいくつかこちらに集まり、そこからさらにザワめきが広がる。前のように「あれが例の・・。」とか「あいつがそうか・・。」というのがちらほら聞こえる。


「あれが例の『夜のご主人様』か。」「あんな小せぇのになんて野郎だ。」「後ろの子がそうなの?」「泣かされているらしいわよ。」「まだ子供なのにどんなテクニックを・・。」


 ―――ん?なんか前とは違う噂が流れているみたいだ。聞こえて来るザワめきの内容が違う。

 男連中からは嫉妬と軽蔑、女連中からは興味と同情。視線、というか表情で理解したが、これだけの感情を向けられるってのはいったいどんな噂なんだ?聞いても本人に教えるわけないから聞かないが。



 受付のエリーナのところへ行くと何故か俺たちを見て顔を真っ赤にしていた。なんだこいつ?


「よぉ。どうした?顔が赤いが・・・。」


「い、いえ!お気になさらず・・。今回はどんな御用でしょうか?」


「ああ、魔獣の素材を売りたいんだ。」


「・・・あれほど危険だと忠告いたしましたのに魔獣と戦ったんですか?」


「こうして生きているんだ。問題ない。」


「はぁ。分かりました。今後は怪我しないように気をつけてください。決して無理はしないように。―――それで何を持ってきてくれたんですか?『ゴブリンの剣』ですか?それとも『綺麗な石』?」


「それと『灰色狼アッシュウルフの皮』と『月光青熊ナイトライトベアの皮』だな。」


「・・はい?」


 荷物の中からそれぞれの毛皮を取り出す。狼の毛皮だけでも20近い数があるので持っていた入れ物には収まらず、追加で大きめのリュックを買ってきておいた。カウンターに出すとこんもり山のようになっている。こうして見ると結構大量だな。


「あのぅ、これホントに倒して持ってきたのですか・・?」


「どっかで買い取って持ってきても仕方ないだろ。全部俺が倒したんだよ。」


「あ、ありえない・・。」


 さっきまで赤かった顔が今度は青くなる。そんなに驚くようなことか?


「そんなに変か?」


「変なんて可愛らしいもんじゃないですよ!上級チームの稼ぎに匹敵しますよコレッ!」


 そう興奮するなよ。喫茶スペースにいるやつらが何事かと視線を向けてきているじゃねーか。

 視線を向けるとハッとしてコホンと咳をついてからこちらに向き直る。そこから値段交渉に入ったが、視線の数は交渉が終わるまで減ることはなくむしろ増えていった。





「絶対に無茶はいけませんよ?」


「わかってるよ。んじゃまたな。」


 エリーナは俺が何か危険なこと|(要は犯罪だ)をして、皮を手に入れた、と結論づけたらしく執拗に何度も入手経路を聞かれたが、そのたびに同じ答えを返した。事実そのままなのだがよほど信じられないらしい。ギルドを出るときにも釘を刺してきた。


「それにしても盗賊、か。」


「にゃ?とうぞく、ってなに?マスター。」


「ゴブリンみたいなやつのことだな。(適当)」


「うにゃ・・。ゴブリンはイヤー・・。」


 次のステージとして選んだ南の崖にいる魔獣について情報を仕入れた時に、警告として告げられていた。なんでも北の森に盗賊がでるらしい。他の都市との交易で稼いでいる商人が何人か犠牲になっている、という話だった。


『なので、見かけても絶対に近づいてはいけませんよ?なにかあったら逃げてください。』


『別に倒してしまって構わんのだろう?』


『いけませんッ!!』


 討伐して衛兵のところに引き渡すと報奨金が入るらしい。最近なにかと入用だったし、小遣い稼ぎに倒してみるか。素材を売って手に入れた金はそこそこの額になったがこれから【まどろむ子ヤギ亭】にずっと滞在するとなると金がかかるからな。とはいえ門限やら何やらで余計なものがついてくる学生寮よりはマシだ。絶対に。

 南に向かって歩いていたが予定を変更して引き返し、北門に向かおう・・・としたところで声がかけられた。


「ケケケ。おい坊主ども。随分景気がいいみたいだな?」


「どうせ親の金で毛皮を手に入れて見せびらかして悦に浸ってんだろ。もったいないねぇ。俺たちが有効に使ってやるからよこしな!」


 見るからに『俺たち荒っぽいですよ』と看板背負っているような格好した野郎が2人、俺たちの前に立っていた。口ぶりからすると冒険者ギルドからずっとついてきていたらしいが、わざわざこんな人通りの多いところで声をかけてくる当たり相当なバカなんだろう。


「見ろチャルナ。こいつらが盗賊だ。」


「うにゃ。ホントにゴブリンみたい・・。うええ。」


「だ、誰がゴブリンで盗賊だああああああッ!?」


「いいから寄越せッ!」


 やれやれ。マナーのなってない連中だな。ゴブリンだってもう少し礼儀があるぞ。

 以前のように暴力がこちらを向いている、と認識した途端、俺はこいつらに容赦しないことを決めていた。

 俺の胸元に伸びてくる手を軽く払う。払われた方は予想外の反撃に驚いたのか、それとも獲物に反撃された屈辱にか顔が徐々に赤く染まっていく。周りの通行人がようやく厄介事が起きているのに気づいたのか、俺たちから距離をとり始める。


 その時、ポーンという音が聞こえた。空気を震わせる音じゃなく、直接頭に響く音。

 スキルのレベルアップ音だ。このタイミングからして・・【剣豪の系譜】か。ようやくレベルがあがったのか。レベル2の効果は・・・身体機能上昇(中)だったな。

 今までの身体機能上昇(小)の効果で単純な力は成人男性並になっていたが、身体機能上昇(中)ならどれほど上がるのか。

 ちょうどいい。試してやる。


「死ねッ坊主ッ!」


「危ねぇ!逃げろッ!」


 近くの商店のオヤジが叫ぶが、普通なら完全に遅かっただろう。

 ただあいにく俺は普通じゃない。

 伸ばされた拳を掴んで受け止める。反射的に伸ばされたもう片方も同様に掴んでやる。たったそれだけで相手は押すのも引くのもできなくなってしまった。


「ぬ、ぐ、ぐぐぐ・・。」


「おいどうした?遊んでないでさっさとやれよ!」


「わかってんだ!わかってるけど・・・。くそッ!動かねぇ!なんだこの馬鹿力!」


 2メートル近い筋骨隆々の体躯の男が、己の半分、いや、3分の1程しかない子供と組合って力負けする。傍から見たらそりゃ遊んでいるようにしか見えないだろう。巻き込まれないように遠巻きにしているギャラリーからどよめきが上がった。


「おい、もう終わりか?金を巻き上げるんじゃなかったのか?」


「うるせぇ!何もんだてめぇッ!」


「ただの坊主、だよッ・・・!」


 拳を掴んだまま、勢いをつけて手を上に振り抜く。重心とかまったく考えないで行った、ただそれだけの行為に男の体が浮き上がった。


「うおッ!?――――があッ!?」


 そのまま手を引いて下に叩きつけると胸から落ちた男を中心に地面にヒビが入った。男の方は気絶しているが死んではいないようだ。

 おお。結構強化されたなぁ。岩とか素手で割れそう。

 そんな呑気な感想を抱いていると、視界の端で残った片割れの男が背中の大剣を引き抜いた。


「このッ!化物おおおおおおおおおッ!」


 振り下ろされる大剣がゆっくりとした動きに見える。身体機能上昇はどうやら動体視力も上げてくれるもののようだ。

 俺は振り下ろされる途中の大剣の側面・・を手で叩いた。

 バシィィンッ!


「なッ!」


 軽くやったつもりだったが、大剣は目標オレから大きく逸れて地面に刺さる。

 運動エネルギーの方向を突然、強制変更されたせいで男の体勢が崩れた。その硬そうな胸当て目掛けて軽く握った拳を振るう。


「オラァッ!」


「ぶべらッ!」


 いつかのゴブリンと同じように民家の壁まで吹き飛ぶ男。最も、ゴブリンは俺の身長と同じくらいなのに対し、この男は軽く3倍ほどある。体重に至ってはもっと差は開いているだろう。それを軽く吹き飛ばすほどの力・・・・。身体機能上昇(中)の効果は劇的、といってもいいくらいの上昇ぶりだ。

 男は胸当てが砕けたがまだ生きている。気絶もしていないがダメージで動けないようだ。


「わぁー。マスターすごぉーい!」


 パチパチとのんきに拍手しているチャルナ以外は全員あっけにとられている。まぁちょっと現実離れした光景だよな。気持ちは分かる。

 チャルナの手を引いてその場を去ろう、としたがひとつ思いついたことがある。


 吹き飛んだ男の胸元を探る。

 ・・・あった。そいつを回収してもうひとりの方も同様に回収しておく。


 俺が抜き取ったのはギルドカード。金属製のプレートに名前を始めとした個人情報が刻まれている。ギルドに登録するともらえるカードで一種の身分証明書になるものだ。


「こいつは頂いていく。ギルドの名を汚すような真似をしたんだ。しっかり報告させてもらおう。」


「ま、待て!待ってくれ!それだけは・・!」


 身元を保証をしたものが犯罪を犯すとギルドの責任が追求される。だからそうした者に対するギルドの処分は当然厳しい。

 冒険者は戦力だ。一般人よりもよほど強い。冒険者が牙を剥いたらたやすく死人がでるのでこうした決まりはある種の首輪・・の役割がある。次にギルドへ行く時はそれを利用させてもらおう。


「チャルナ。行くぞ。」


「うにゃ!マスター!」


 チャルナを引き連れて、今度こそ俺は北門に向かった。さぁお次は盗賊退治だ。

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