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帰還


 再び【まどろむ子ヤギ亭】前に戻ってきた。玄関ホールから中を覗くと、カウンターにオヤジさんが座りその対面にエミリアが立っていた。こっそりエミリアの後ろに忍び寄る。オヤジさんはこちらに気づいてウインクしてきたが、エミリアの方は気づいていない。


「ほら、お父さん。ちゃんと仕事してよ!一番手のかかる子がいなくなったからって仕事がないわけじゃないんだよ?」


「確かに最近忙しくてしょうがないねぇ。いっそ新しく人を雇おうか?」


「はぁ。お母さんと相談してからね。―――――ねえ、お父さん。あの子達本当に大丈夫かな?」


「ははは、大丈夫だって。今もきっと元気にイタズラを考えているさ。」


 こちらをチラチラ見ながらそんなことをのたまうオヤジさん。

 なにかやれってことですね。わかります。

 こっそりとチャルナを人化して、俺の月光熊ナイトベアローブを着せて待機させる。合図をしたら飛びかかっていいことを言い含めておく。

 俺はエミリアが目を離した隙にオヤジさんのいるカウンターの下に潜んだ。


「そんなこと言ったってあの子達まだ子供だよ?」


「心配ない心配ない。」(オヤジさん本人)


「あ、でも・・・。」(声真似)


 会話の隙をついてオヤジさんの声真似をして会話に参加する。わざと渋みのある心配そうな声を出した。すると今までのお気楽口調から一変したのが気になったのかエミリアが食いついてくる。ちなみにオヤジさんは口元を手で隠し、咄嗟に陰のある表情を作っていた。意外と演技派だな。


「え?何?何かあるの?」


「いや、噂で聞いただけなんだけどね。学生寮に化物が出るとか・・・。」(声真似)


「何それ聞いたことないわよ!?」


 それはそうだろう。何しろ今作った話だし。

 こちらに身を乗り出してくるエミリアに話の続きをする。


「噂によるとそいつは可憐な女性を狙うらしい。ターゲットにされた女性は暗がりに連れ込まれて・・・。」(声真似)


「つ、連れ込まれて・・?」


「その美しい顔を食われてしまう・・・とか。発見された時には無惨な姿に・・。」(声真似)


「な、なにそれ怖すぎるわよッ!?どんなやつなのそれ!?」


「なんでも真っ黒な姿で毛が生えていて、とても素早いらしい――――――お前の後ろにいるそいつみたいにッ!」(声真似)


「え!?きっ、きゃああああああああああああああああッ!?」


 オヤジさんが声に合わせてエミリアの後ろを指差す。咄嗟に振り返ったエミリアに黒い影チャルナが襲いかかった。エミリアからは後ろを向いた瞬間、噂の化物が襲いかかってきたように見えただろう。

 驚いて腰を抜かしたエミリアをチャルナが押し倒して顔をベロベロ舐める。怖くて力が入らないのか、手足をバタバタさせながら叫ぶエミリア。


「きゃああああああああああッ!うぶッ!い、いやああああああ!」


「れろッ、ぷちゅッ、カプッ!」


「か、噛まれたああああッ!もうダメ!死んじゃうッ!顔かじられて死んじゃうッ!」


 おーおー。いい感じに大混乱してる。慌てようがおかしくてカウンターの影でひたすら笑いをこらえる。やったのは子供騙しみたいなことなのに、パニックになっているせいか相手がチャルナなのにまったく気づいていない。チャルナもチャルナで面白がってますます勢いをつけて舐める。オヤジさんは助けずにニコニコ見守っている。


 そのまま2分ほどされるがままになっていたがようやくなにかおかしい事に気づいたようだ。チャルナを引き剥がし、顔にかかっていたフードを脱がせた。


「うにゃー。」


「あーッ!?チャーちゃんじゃないッ!ていうかコレ、ユージーンのローブ!!ちょっと!いるんでしょう!?」


「――――――ぷッ!くくく・・ッ!あはッ!あははははははははッ!」


「いきなりカウンターの中から出てきてお腹抱えて笑い転げないでよッ!?」


 顔を真っ赤にしたエミリアが、こらえきれずに声を上げて笑っている俺を指差す。が、俺はそれどころじゃない。

 ―――いくらなんでももう少し早く気づけよ!しまいにゃ耳まで舐められて叫んでいたし。


「くははははははははははははッ・・・!はぁーはぁー・・・ちょっと待って。あー腹いてー。」


「いきなりなんなのよッ!あー、もう。顔中ヨダレまみれじゃない・・。」


「うにゃん。」


 エミリアはチャルナを抱えたまま顔を拭っている。そんなエミリアの胸元に顔をこすりつけるチャルナ。今日の出発の時、しょんぼりしていたのが嘘のように笑顔だった。




「んで、なんであんたがここに居るのよ?」


「なんだ。随分なご挨拶じゃないか。俺が恋しいみたいだから帰ってきたというのに。」


「誰がよッ!というかいくらなんでも早すぎるわよッ!なんで1時間もしない内に帰ってきてんのよ!?」


 あの後、エミリアが顔を洗いに行って、悲鳴を聞いて集まってきた宿泊客やら近所の連中やらを相手にして全員が落ち着いてから再び集まっていた。場所は玄関ホール。今日はやけにここでだべっている気がしないでもない。


「ああ。面倒臭いのがいるから抜けてきた。」


「抜けてきた、って・・・・。あんた向こうの方がいい、って言ってなかった?」


「向こうにいるよりもこっちの方がメリット多くなったから戻ってきたんだよ。それとも俺がいるのは不満か?」


「別に、そんなことないけど・・。あ、あんたの方こそ私が恋しくなったんじゃないの?」


「それはないな。」


「ないですねー。」


「うにゃ。」


「お父さんやチャーちゃんまで!?」


 慣れないことを言ったせいで頬をやや赤くしているエミリア。照れるくらいなら言わなきゃいいのに。

 そんなエミリアを見ていると、オヤジさんがこちらに向き直った。いつものように膝を曲げて俺に目線を合わせてくる。


「ユージーンさん。それでは再び、我が家にご宿泊ということでよろしいですか?」


「ああ、大体、卒業までだな。金は・・そうだな、一ヶ月ごとに払う契約でいいか?」


「はい。いいですよ。」


「それじゃよろしく頼む。」


「はい。こちらこそ。」



 こうして俺は寮ではなく、【まどろむ子ヤギ亭】で卒業までの間、逗留することになった。規則で息苦しくなりそうな寮よりは随分マシだろう。後は金の問題だが・・・。地道に魔獣を狩り続けるしかないだろう。



 余談


「ところでエミリア。お前、さっき顔舐められた時、チャルナとキスしてなかったか?」


「え?嘘ッ!?ホントに?」


「ああ、たしか『うぶッ!』とか悲鳴上げてたな。」


「うにゃー。なんか恥ずかしい・・。」


「ええー・・。奪った方が恥ずかしがっちゃうんだ。というか私のファーストキス・・。」


「捧げる相手がいなかったんだから良かったんじゃないか。」


「いいいいいるわよ!私にだって相手くらいいるわよ!う、嘘じゃないんだからぁぁぁぁッ!うわぁぁぁぁんッ!」

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