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合格発表

 試験から合格発表までは7日ほど時間があった。俺はその間、何度も北の森へ行きアラートラットを探したが、すべて空振りに終わった。出てくるのはスライムやゴブリン、たまに灰色狼アッシュウルフの群れだ。これでもそこそこの稼ぎにはなるだろうが、未だに換金しにギルドへは行っていない。行くたびに騒ぎを起こすので、魔獣の素材は貯めてから売ることにしたからだ。ニワトリ野郎に出くわすからな。


 結局、アラートラットに出くわすことなく俺は合格発表を見に来ていた。ワライラ王立学校のイカつい門の前に大きな立札があり、そこに合格者の番号が書かれている。

 俺の番号は・・・あった。あんだけ簡単な問題なんだから、まさか落ちてはいないだろう、と思っていたが、こうして確認するとホッとする。

 発表を確認したその足で事務室に行き、入校の手続きをする。事務員のオバさんは、親や使用人が手続きをする中、本人が来たのは初めてだ、と笑っていた。


 学校の寮はもう使えるのか、と聞くと用意されてるとの答えが返ってくる。場所を確認して俺は『まどろむ子ヤギ亭』に荷物を取りに戻ってきた。

 ・・・・なんでエミリア一家とチャルナが入口で待ってるんだ?ものすごく心配そうな顔をしている。

 チャルナが俺に気づいて走り寄って来る。抱きとめたまま宿の入口まで運び、エミリアに聞いた。


「どうした?そんなとこで何をしている?」


「ど、どうだったのよ。その・・合格発表。」


 なんだ?こいつらまさか俺が落ちてないか心配していたのか?赤の他人なのにご苦労なこったな。

 もちろん合格だ・・・と言おうとして、エミリアの顔を見てやめた。なんていうかこう、すごく困らせたくなるような表情をしている。俺はいかにも落ち込んだような顔を作って低く抑えた声を出した。


「実は・・・・。」


「じ、実は・・?」


「不合格だったんだ・・・・。」


「ッ!!・・・あ、あのゴメンね。辛いこと聞いちゃって・・。」


「いや、いいんだ・・。俺が、俺がバカだったから・・。ぐす・・。」


 腕を目元にあてて、啜り上げる声真似をすると明らかにエミリアが狼狽したのが空気で伝わってくる。ヤバイ。これ意外と楽しい。口元が緩むのが抑えられない。腕で顔が見えないから大丈夫だろう。


「大丈夫よ!入れなくたってアンタにはまだやれることがあるじゃない!」


「ほんと・・?」


「本当よ!」


「例えば・・?」


「た、例えば?えーとほらあれよ!その・・・ほら、おとーさん!」


「ええ!?ぼ、ボクかい?あー・・かーさんなにかないですか?」


「そこであたしに聞くなよ・・。ほら!しっかりしな!男の子がそんなんじゃモテないわよ!」


「ますたー・・。」


 全員困り果てているようだ。十分堪能したし、そろそろいいか。

 俺は持っていた『合格通知書』をエミリアの方につきだした。入学手続きの時に必要だったので受け取ってそのままだったやつだ。


「ん。」


「え?なにこれ?・・・『合格通知』・・?」


「え?合格?」


 そのタイミングでゆっくりと顔を上げてやる。もちろん満面の笑みで、だ。

 びっくりした顔の両親をバックに合格通知を持ったエミリアが視界に入る。顔が通知書で見えないがその手がプルプルしているので事態を理解しているのだろう。チャルナはまだよく分かってないようで、小首を傾げている。

 例のプラカードがないのは残念だが、ネタばらしをすることにした。


「ドッキリ大成功ー!!」


「あ、あんたねええええええッ!!」


 お?顔を上げたエミリアが半泣きだ。そこまでショックだったのか?

 いつものように拳が振り上げられた。しょうがない。今日くらいは殴られてやるか。そう思って目を閉じていると、突然、体が柔らかな感触に包まれた。

 な、なんだ?

 目を開けると真っ暗で、頭の後ろに手が回されている感覚がある。これはエミリアが俺を抱きしめているのか?


「え?え?ちょ、何!?」


「っこのアホぉ・・。本気で心配したんだからぁ・・。」


 少し涙声が頭の上から聞こえて来る。コイツそこまで心配していたのか・・。今更ながら罪悪感が湧き上がる。

 手を伸ばしてエミリアの頭を撫でる。きっと緊張して張り詰めていたのが、今のでぷっつりと切れてしまったのだろう。しゃくり上げる声が聞こえてきたが、今は聞こえないフリをした。




「ごめん。そんなに心配してたとは思わなくて。・・・あのそろそろ離してくれませんかね?」


「うっさい。ばか。顔上げんな。」


 結局エミリアが落ち着くまで30分ほど抱きしめられたままだった。






 ようやくエミリアが俺を開放すると今度はディランオヤジさんが話しかけてきた。エミリア自身は後ろ向いて目元をゴシゴシ拭っている。


「それでどうでした?うちの娘の胸は?」


「ちょッ!?お父さんなに聞いてんの!?」


「俺の知る限り、二番目に大きい。」


「あんたも何を答えてんの!?」


 男同士の譲れない話に、エミリアがツッコミを入れてくる。意外とあるんだよなコイツ。さっき抱きしめられてようやくわかった。

 ちなみに一番はギルドの受付、エリーナだ。最下位は実家のメイドのナタリアである。

 オヤジさんはきっと和ませようとしたのだと思うが話題のチョイスが最悪だった。今はエミリアに蹴り飛ばされて床に転がっている。そのままの状態で話しかけてきた。・・・せめて立てよ。


「それで、ユージーンさんは王立学校の生徒になった、ということでよろしいんですね?」


「ああ、入学手続きもついでに終わらせてきた。」


「そうですか。それでは今日でウチから出て行くんですか?」


 エミリアが今気づいたようにはっ、とこちらを見てくる。

 初日に合格発表まで、と言ってあるし、俺はここに留まる意味がない。学生寮以外でも自宅などから通う場合もあるが、俺の場合は、はっきり言ってメリットが少ない。距離も近いし、何より安い。俺は荷物を持って寮に行くことを告げた。

 返事を聞く前に荷物を取りに階段を登る。世話になったし、俺自身、ココを出るのは少し寂しい気がしないでもない。だが、いつまでもグダグダしているとここに居着いてしまいそうだった。




「寂しくなりますねぇ。」


「坊主!ウチの料理が気に入ったならいつでも食いに来な!」


「チャーちゃんに変なことしたらタダじゃ置かないんだからね!・・・アンタ自身も気をつけなさいよ。変なことに首突っ込んだりしないでね。」


 それほど多くない荷物を持ってくると、玄関ホールに一家が揃って見送りに来ていた。変に義理堅いやつらだ。


「ああ。ちょくちょく来るからそんな寂しそうな顔すんなエミリア。」


「これはチャーちゃんに会えなくなるのが悲しいだけですー。」


「エミリアー。ちょっと苦しい・・・。うにゃー・・。」


 早速、エミリアの腕の中に捕まるチャルナ。チャルナ自身も少し寂しそうだ。なんだかんだ言ってこいつら仲良かったからな。寂しくもなるか。

 そろそろ行くぞ、と声をかけると名残惜しそうに二人で抱きしめ合ってから離れる。こちらを向いたチャルナの目には涙が浮いていた。


「じゃあな。また来るよ。」


「うみゃあ。絶対来る!だからまたね?」


「ええ。また来なさい。いつでも待ってるから。」


 背を向けて歩き出すと、チャルナも後に続く。後ろを気にしながら何度も振り返っていたが、最後にエミリアに大きく手をふってこちらに走り寄ってきた。

 それで踏ん切りがようやくついたんだと思っていたが、寮に行くまで何度も「やっぱりエミリアのところで泊まらないか」ということを提案してきた。随分入れ込んでいたようだなこいつは。あまりにやかましいので『変化の輝石』を取り上げてネコに戻し、荷物ごと背負ってやるとようやくおとましくなった。

 名残惜しいのは俺だってそうだが、いつまでもあそこで厄介になるわけにはいかないだろう。財布的にも。




 学生寮は学校の敷地内に併設されていた。豪奢な作りの建物で、男子寮と女子寮に分かれていて間にある中央ホールで繋がっている。上から見るとアルファベットのHに見えるのだろう。中には貴族のような身分の高い生徒も居る、ということで屈強そうなガードマンを始め、セキュリティがしっかりしているようだ。門番に挨拶し、合格証を見せると手に持つ検査が始まり、次いで身体検査をしてようやく中に入れた。

 これから新しい生活が始まる。その期待と不安に胸を躍らせながら、中央ホールにつながる扉を開けた。




「あ!見つけましたわユージーンッ!こないだの続きを――――」


 パタン。


 俺は丁寧に扉を閉めた。

 ・・・・そういえばこいつがいたっけなぁ。近い、安い、というのを帳消しにするようなデメリットマイナスが。

 今も扉の向こうで何か騒いでいるが無視だ。こいつがいるとか絶対に心休まる隙なんて無いだろ。

 強化した筋力で扉を抑えているとふと近くの掲示板が目に入る。プリントが幾つかあるが、その中のひとつに寮則に関するものがあった。


【――――その3、門限は日が沈む(・・・・)まで。暗くなる前に帰りましょう。】

【――――その5、ペットは禁止(・・)です。】

【――――その8、定期的に部屋の検査(・・)があります。】

【――――その11、紛失を避けるため高価なものの持ち込みは禁止します。(宝石、貴金属、()など)】


 ・・・。

 ・・・・。

 メリット:近い、安い

   VS

 デメリット:お邪魔虫セレナ、門限、ペット禁止、検査、本の持ち込み禁止・・・・・・・・


 どちらを選ぶか、なんて考えるまでもないか。


「・・・チャルナ。」


「うみゃ?」


「帰るぞ。エミリアのとこ。」


「ッ!!みゃあッ!」


 扉を抑えていた手を離して、一気にダッシュした。セレナが来る前に逃げないとな。


「ようやく観念しましたのねッ!さぁ今度こそ――――あれ?居ませんわ・・・?」


 扉を開ける音と共にそんな声が聞こえてきたが、俺は既に角を曲がって見えない位置にいた。

 これから学校に通う以上、避けられないのだろうが、あいつに会うのは出来るだけ勘弁して欲しかった。


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