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ペット

 チャルナに振り回された、その次の日。

 俺とチャルナは昨日、結局行けなかったところに向かっていた。まぁ冒険者ギルドなのだが。以前に行ったときはあのトサカ野郎に邪魔されて目的を達成できなかった。情報収集と物品の売却だ。今日はそれを済ませてから近くの森に行く予定だ。


「マスターッマスター!今日は何するの?ねーねー?」


「狩りだよ狩り。少し落ち着け。」


 ピョンピョンと跳ねるように道を行くチャルナに街の人の視線が注がれる。その服装は昨日と違い、活動的なものだ。膝ほどまである茶色のブーツ、黒色のストッキング、革で補強され切れ込みの入った緑のスカート。上半身は黒色の肌着の上からレザーメイルという革で出来た鎧を身にまとっている。動きやすいようにか肩のあたりが露出している。肘から先には黒い手袋だ。

 この装備、いかにも冒険初心者、といった印象なのだが何故かところどころ露出しているのだ。腹、肩から二の腕。これで胸元が開けてたり、太ももが露出していたりしたら森を歩くどころの話ではなかったかもしれない。コイツの胸は小さいからそれほど危険ではないので開いていたとしても意味はなかったかもしれないが。


 俺?いつもの服に、いつものローブ、ってだけだ。パッと見、冒険者よりも魔法使いとかアサシンとかいう方がしっくりくる。

 俺もチャルナもナイフを持っている。来る途中にある鍛冶屋で体格に見合う物を購入したのだ。俺は一本。チャルナは二本。どうせ魔法で作り出せるんだから意味はない、と思いがちだが咄嗟に必要になった際にいちいち詠唱なんてしていられない。チャルナは接近戦がメインだから二本だ。



 ぼーっと考えていたらギルドを過ぎるところだった。鞘を持った鷹の看板を見上げてから扉を開ける。中に一歩足を踏み入れると、ざわめきが耳に届く。入って右、カウンターの反対側がカフェになっていて今も多くの荒くれ者どもが飲み食いしている。

 こないだのヤツは・・・・いた。薄い紫色の髪のおねーさん。今もカウンターのところで視線をこちらに向けて驚いた表情をしている。

 子供が入ってきたということでざわついているがこの前も来たのでちらほら「あれが・・・。」とか「例の・・・。」みたいな会話が多い。暇人かこいつら?1日しか経ってないのにどんだけ噂が広がってるんだか。後ろにチャルナがトコトコ着いてきてるのが拍車をかけているんだろうか。こいつはこいつで興味深そうにキョロキョロしている。

 受付のおねーさんに、カウンター下からこないだのように話しかけた。


「よっ。こないだは邪魔が入ったから、今日来させてもらったぜ。」


「は、はい。ええと魔獣と素材の情報ですね。一応準備はしていましたが本当に来るとは・・・・。」


「言っておいただろ。『後で来る』って。」


「そうでしたね。・・・本当に危険ですのでお止めになった方がよろしいかと。」


「危ないから売らない、って言うんなら情報も何も持たずに行くだけだ。」


「・・ハァ。こちらがその情報になります。本当に、本っ当に、危ないですから始めのうちは薬草採取などでお金を稼いでください。」


「わかった。おねーさんとのお約束、ってな。」」


 守る気はないが。心底困った様子で返事をする受付の人。名乗った名はエリーナといった。

 その後、おすすめは危険の少ない北の森だとか、最近、灰色狼アッシュウルフの群れが出没することだとかを話していると、後ろから声がかかる。


「おやおや、ガキがいっちょ前に色気づいてら。調子乗ってんじゃねぇのか。」


「油乗ってる鶏に言われると照れるな。」


「テメー・・!」


 声の調子で誰かわかった。振り返るとこないだのようにトサカ野郎が立っていた。もう顔を赤くしているがいくらなんでもキレやす過ぎだろう。ほとんど意味不明の返しだったぞ、今の。


「へっ!どうせその子の前でカッコイイとこ見せようとか考えてんだろ。」


 俺の後ろにいるチャルナを指差す。ビクッとチャルナの肩が震えた。


「完全にガキの思考だな。それ以上こっちに歩いてくると赤ん坊まで戻るんじゃないか?」


「お、俺をニワトリ扱いするんじゃねーっ!」



 ああ、コイツ完全に小物だわ。背中に斧を背負っているがそのせいで余計に小さく見える。


「だいたい、なんでこいつにそんなとこ見せにゃいかんのか。」


「ああ?近所の幼なじみとか学校の気になってる子とかそんな関係じゃないのか?」


 小学生か。くだらねー。3歩も歩いてないのに言い返されたのは忘れているのか?

 しかしチャルナとの関係、な。




「こいつは俺のペット・・・だ。」




「「―――え・・?」」


 ん?トサカもエリーナも、後ろの笑っていた連中も驚愕の表情で固まっていた。騒がしかったギルドホールが一気に静まり返っている。

 なんだ?何に驚いている?チャルナも空気の変化を感じ取ったのか、俺の後ろで固まっている。

 ようやく目の前のトサカが搾り出すように声をだした。


「ペ、ペ、ペット!?お前この子に何をしたんだ!?」


「何って・・指で(頭とか喉とか)イジって(ゴロゴロと)鳴かせたくらいか。」


「ゆ、指でイジって泣かせた!?」


 ザワ、と空気が揺らいだ。

 そこかしこでヒソヒソと交わされるささやき。なにかマズイ事を言ったか?こんな状態で話できないな。必要な情報はもらったし、あとは森に行くことにしよう。


「ふむ、また後で来るか。チャルナ。行くぞ。」


「うん、マスター!」


 驚きで固まっているトサカの脇を通り、外に足を向ける。

 さらに大きくなったザワめきを無視して俺たちはギルドを後にした。





 街の北門から出て、歩いて2時間ばかり行ったところにある森に到着した。

 王都は周りを草原と小高い丘に囲まれている。東と北は丘を抜けると森が、南は砂浜に、西は崖につながる。

 東の森は大陸中央の未開地と接しているせいか、強力な魔物がうろついていることが多い。こないだの月光青熊ナイトライトベアとかな。

 それに対して北の森は大きな街道が通っていて、他の都市とつながっていることから、小まめに魔獣掃討が行われているらしい。冒険者の初心者はここで薬草採取して金を稼ぎ、弱い魔物を相手に戦闘の経験を積む。経験を積んで、中級クラスになれば他の場所に行く。北の森は初心者の鍛錬場所といことだ。

 ―――以上、エリーナおねーさんのお役立ち情報でした。




「というわけで、だ。」


「にゃ?どしたのマスター?」


 その北の森の前に俺とチャルナは立っていた。

 ――――手を繋いで。

 別段森が怖いからお手々つないで入りましょ、というわけではない。これは今からする実験の前準備だ。俺はチャルナと『ツガイ』の魔法を試してみるつもりだった。元、飼いネコだって分類上は女性|(いやネコだからメスか?)であることに変わりはない。

 ――――おい、誰だ。『女がいないからってペットに手を出すなんて』みたいなこと考えたの。分かってんだよ。これが虚しい行為だってことぐらい。


 前世の影響のせいで、俺は普通の女性とツガイになるのは難しい。俺はそいつを信頼できないし、そんな男に相手も信頼を寄せることはできないだろう。その点チャルナは俺のペットだ。こいつは女ではないと考えればツガイの魔法を使える・・・・はず。確証は何もないが。


 ツガイの魔法を行使する手順は、

1、男性が女性を口説き、感情を揺れ動かす

2、出てきた魔力を男性が構築した魔方陣に流す。

3、魔法発動

といったものになる。

 さてチャルナの感情を呼び起こさなければいけないわけだが・・。


「チャルナ。お前はどんな時、嬉しくなる?何を言われたら嬉しくなる?」


「うにゃ?うれしー?」


「どんな時、笑顔になるかってことだ。」


「にゃあ!それならマスターに撫でられたとき!」


「・・・そんなんでいいのか?随分と安上がりだなお前は。」


 やすあがりー?と言いながらかしげている頭に俺は手を伸ばす。ネコの時にそうしたように俺はゆっくりと頭を撫でた。サラサラと指通りのいい感触が伝わってきて気持ちがいい。チャルナも目を細めて嬉しがっているようだ。シッポもゆらゆらと機嫌良さそうに揺れている。なにかプレゼントでも贈った方が喜ぶかと思っていたが、本当にこんな手軽な方法で喜んでくれている。サイフ的な意味でもありがたいな。

 おっと、本来の目的を忘れるところだった。

 俺はチャルナから漏れ出る魔力を魔方陣に誘導しようとして、気づく。


「チャルナ、お前、魔力が・・・。」


「マスター?」


 チャルナからは魔力が一切出ていなかった。導く魔力がないならツガイの魔法は使えない。

 この場合、原因は二つ考えられる。チャルナに魔力がないか、感情が動いてないか、だ。

 一瞬、この喜んでいるのは演技で本当は嬉しくもなんともないのか、と背筋が凍るようなことを考えた。が、今も不思議そうにこちらを見ているチャルナからはそんな様子が感じられない。そもそも頭に触れて嫌がっているなら、その感情で魔力は湧く。

 ならば原因は・・・。


「魔力がない、のか・・・?」


 チャルナ自体はよく分かってないようだが、それはおかしなことだった。『魔術初級編』の本で「魔力は生命力が変化したもの」とある。生命力が肉体という器のなかに満ちて、溢れた分が魔力に変性して出てくるのだと。器のフタを動かすのが感情だ。

 チャルナは嬉しがっているようだから、感情はある。ならば魔力が発生しないのは、あふれるほどの生命力がないから・・・?いや、こいつが生命力無いとか冗談だろ。むしろ有り過ぎて困る。

 仮説としてはあの本が間違っている、ということか。あともう一つあるとすれば、こいつにはフタがない、ということだ。動かすフタがなければ、トリガーになる感情を生み出しても意味がない。これならなんとか説明がつきそうだ。

 フタが無いのは、元野良ネコのチャルナだからか、それとも似ている獣人も無いからか。そういえば、ツガイになっているやつは大体人間だったような気がする。


 とにかくチャルナとでは『ツガイ』の魔法は使えないらしい。

 ―――べ、別にちょっと残念だなんて思ってないんだからねッ!


 ・・・・。ダメだ。なんとなくツンデレしてみたが気分は晴れない。むしろ気持ち悪くなった。そもそも何故やろうと思ってしまったのか。

 重いため息をついているとローブの袖が、くんっくんっと引かれる。見るとチャルナが不安そうな顔をしていた。


「マスター。あたし何かしちゃった?」


「あー。いや何もしてない。今のため息は別の事でだ。気にするな。」




 気を取り直して街道から眼前の森に入っていく。木はまばらに生え、生い茂った葉が日光をある程度緩和していて非常に過ごしやすい。草をかき分けながら探索を進めていった。

 エリーナの情報通り出てくる魔物もそんなには強くなかった。せいぜいゴブリンがいいところだ。大半はスライムで、30センチほどの球状の粘液の体をナイフで適当に切るとすぐに終わる。何も残さない時が多く、たまに綺麗な石コロを落とすだけだ。一応この石も換金できるが大した売上にはならないだろう。教えられた薬草もここでしか取れないというわけではない。正直、ここに来るなら他の場所に行ったほうがマシだ。だというのに何故ここに来たかといえば・・・。


「チチィッ!」


「お、ようやく出たな。待ってたぜー?」


 草むらから出てきたのはスライムよりもひと回り小さいネズミだ。灰色の体を震わせてこちらを威嚇してくる。このネズミの名前はアラートラット。この森の中でも珍しい魔法を使う魔獣だ。

 使う魔法は『警報アラーム』と『自己敏捷度上昇』。自己敏捷度上昇は自分の移動速度を上げる魔法。そしてアラームは大きな音を出して周りの生き物をおびき寄せる魔法だ。

 獲物を見つけると、警報で近くの生き物をおびき寄せる。互いに殺し合わせて残った死体を喰らう、というえげつない習性をこのネズミは持っている。警報の魔法で獲物同士が殺し合ってる間、自分は速度上昇した身体能力で逃げているわけだ。


 草むらから出てきたネズミも例に漏れず、俺たちを獲物と見定めたらしい。その小さい体を起き上がらせ甲高く鳴いた。と、同時にネズミの前に魔法陣が現れる。これが魔物特有の『咆吼魔法』だ。特定の魔物が持つ魔法の行使形態は、詠唱に似た鳴き声を上げると、魔法陣が現れる、という特徴がある。


 俺はその様子を見てニヤリと笑った。今の今まで使えなかったスキルがようやく使える場を与えられたんだ。嬉しくない訳が無い。新しいオモチャを前にした子供というのはきっとこんな気持ちなのだろう。

 俺は懐から『フライクーゲル』を取り出した。構えながら【妖精眼の射手】を念ずる。何も変化はないが、これであの魔方陣に弾を打ち込めば魔法を妨害できるはずだ。


 ガチンッ!

 手の中のフライクーゲルの撃鉄が落ちる。彫刻された魔方陣に沿って魔力が導かれ、呪文の記述に従って魔法弾バレットが顕現する。速度上昇の魔法が組み込まれた魔法弾は、相手の魔法が完成する前にその魔方陣に当たる―――――はずだった。

 肝心の魔法陣があたる直前で消えてしまわなければ。


「なに!?」


 まさか完成してしまったのか?マズい!もし警報の魔法が完成すると当たり一帯の生き物が集まってくる。倒せなくはないのだが、アラートラットに逃げられるのが良くない。遭遇率が低いから2時間も森の中を駆け回ったのに意味がなくなる!

 慌ててラットの方を見るとそこで黒色の瞳・・・・と目があった。


「・・・・。」


「・・・・・・。」


「・・・・何を、している。チャルナ?」


「・・・・・。」


 チャルナは冷や汗をかいているが、一言も弁明の言葉を喋らない。

 いや、喋れないのだろう。

 当然だ。その口には先程まで俺と対峙していた灰色のネズミ・・・を咥えているのだから。


「ちゃ〜る〜な〜・・!」


「ふみゃあ・・・。ごめんなさいマスター。なんかすごくこの子美味しそうに見えてそれで・・・。」


 元がネコだからある意味しょうがない事態ではある。が、納得出来るかどうかは別だ。


「宿に戻ったら覚悟しておけよ。お仕置きだ。」


「にゃあッ!?何!?何する気なの!?マスターすごく悪い顔してる!」


 ラットは既にピクリとも動かないので死んでいるのだろう。あの一瞬でラットを絶命させる一撃をこいつは放ったのだ。そこそこ身体能力は高いようだ。ネコの時もスキルで強化した俺から全力で逃げたことがあったので素質はあるのかもしれない。鍛えれば強くなるだろう。

 ビクビクと怯えるチャルナを連れて俺はラット探しを続けるのだった。

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