前世死亡
「祐、次……」
恐怖で怯えた顔でボクの名前を呼ぶのは仲間内でも特に仲のいい友人だった。
研究を手伝ってもらったことがある。
家に招いたこともある。
こいつが裏切ったのか?
これを置いてあった家には弟と妹がいたはずだ。
こいつは我が身可愛さに、ボクを、無関係なボクの家族を――――!
「家族は…………」
低くくぐもった声が口から漏れる。
「あぁ?」
「ボクの弟たちに何をしやがった!?答えろ!!」
ボクが叫ぶと、友人が……友人だと思っていたやつがビクリと震えた。なんだそれは。ボクが怖いなら最初からしなければいいのに……!
煮え立つような怒りが腹の底からこみ上げる。
例えコイツに事情があったとしても、家族と面識があるならばそれを害する行動をとるべきではなかった。
怒りと憎しみを込めた視線をぶつけると周りがまた笑う。
嘲る、というのを体現した嗤い。
反応が薄かった獲物がようやく望みの表情を見せたことに対して喜色ばむ。
「なに熱くなってんだよ?いつもの冷めた態度はどうしたよー?」
「だーいじょうぶだって。ちょっと小突いただけだから」
「お友達もチョーっと説得して協力してもらっただけだよ」
どうやら家族は無事らしい。
怪我をしているかもしれない。心に傷ができたかもしれない。
だが口ぶりからして生きているようだ。
後で慰めておこう。…………生きて帰れたら、だが。
不良どもはまだ笑い続けている。目が覚めてからずっと続く笑い声。まるで狂ったように。
…………いや。
――――本当に狂っていないのか?
いくら気に食わないからとはいえ、こんなことをして割に合うわけがない。その程度のソロバンを弾けないわけがない。
となると…………クスリでもキメているのか?
奴らの目を見る。暗くて気付かなかったが、アイツら全員、目の焦点が合ってない。愉悦に歪んだ、正常な人間の目であるとは言い難い眼。
唯一、あの裏切り者だけが辺りの異常な雰囲気に呑まれて震えている。
あの異常なテンションからしてアッパー系の薬物だろう。
おかしいおかしいと思っていたが本当におかしくなっていたとは。
このまま何もしなかったらボクは死ぬだろう。狂った化け物に殺されて。
そんな間抜けな最期はゴメンだ。どうにかして逃げなければ。
気付かれないように辺りを見回す。部屋の隅、物陰に隠れるように窓があった。そこから外の景色が見える。
どれほど気絶していたのか、外は暗くなりつつある。
夕日が細く差し込んで、かろうじて見える程度。あそこから外に出よう。
体は…………正直ヒドイことになっているのがわかる。それ以外にはわからない。分かりたくもない。
今、無理をすれば人生に支障をきたす、と言われても絶対に信じるだろう。しかし今、動かなければそもそも人生終了だ。
なけなしの体力を振り絞って起き上がり、走りだす。
遅い。
振った右手が奇妙に歪んでいる。真っ直ぐに走れない。
後ろからは歓声とも笑い声とも聞こえる喜悦の声と、数人の足音がする。
あいつらにとってはこれもお遊びなんだろう。
チクショウ!ふざけんな!こっちは文字通り必死なんだ!
痛い。一歩踏み出すごとに血が滴り、骨が軋んだ。痛みと恐怖で、涙がにじむ。それでも逃げなければ、終わりだ。幸い、窓はそこまで遠くないのが救いだ。
重い体を引きずってなんとか窓まで来れた。後は―――――
そこで気付く。ここは二階だ。少なくとも一階の高さではない。
万全な状態なら、飛び降りても大怪我で済んだかもしれない。
しかし今のボクの体では確実に……。
絶望してるボクに鼻ピアスが突っ込んでくる。走ったことでクスリが回ったのか、はたまた興奮しすぎたのか。
鼻息荒く走ってきた鼻ピアスは足をもつれさせていた。そのままタックルするようにぶつかって来て。
ボロボロのボクの体は、あっさりと慣性に従い、窓に押しつけられ。
老朽化したガラスが一瞬耐え、そして砕け散る。
迫る地面との距離がゼロになるまでの間、ボクは咆哮した。
――――騙した女への憤怒と
――――理不尽な暴力への憎悪と
――――裏切った友への不信と
それらを何一つ発露させることも表現することも許さない死への絶望と恐怖に。
……。
…………。
………………。
『本日午後6時頃、工場跡地の倉庫から人が転落したと通報があり、警察官と救急車が駆け付けたところ、近くの大学へ通う、上月裕次さん(21歳)が転落死しているのが発見されました。
通報したのは裕次さんの友人で、現場の近くにいた学生グループから暴行を受け、逃げようとしたところ三階窓から転落した、との事です』
『警察署の取り調べによりますと学生グループからは薬物反応が検出され……』
『死亡一名、重傷一名、軽傷二名。日本の薬物に関する事件としては……』
――――こうしてボク、上月裕次は、死んだ。